ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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上層までのモラトリアム

デモンストレーション

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 持ち込まれた案件は事故現場での工事らしい。
この手の仕事は段取り八分であり、同時に交渉事であることを忘れてはいけない。

長々とやってたら相手につけ込まれるし、威圧する意味でもさっさとやってしまうとするか。

「エレオノーラはまず行政府と話を付けてから戻ってくれ」
「向こうの貴族ともめるなら、過去の事例・現在の主・行政への届けが重要だ」
「通行やら行政が気にする部分はこっち持ちで全部片付けると提案するんだ」
「お互いに放棄して相手が何とかするのを待ってる状態だから、こっちが実権を持てる。過去の事例を持ち出してもめる気なら、こっちは放棄された荒れ地を立て直して実行支配したことで押し通すんだ。明らかに向こうの支配地はちゃんと返すが、証拠の無い主張は認めんと言って良いぜ」
 まず味方につけるべきは行政府である。役人を敵には回さない。
その上でこっちが実効支配してしまえば良いし、事故が起きたところはお互いに放棄しているのである。ならば相手の思惑に乗って、こっちが先に動き出し費用はこっちが負担すると言えば良いだけなのだ。

それで向こうの分まで整備して、何が悪いのか?
ちゃんと向こうの領地にあるゴミや残骸を片付けて、元の状態に戻すだけである。

「そりゃ楽でいいけど、後で文句付けられない?」
「向こうの土地まで占拠しないから、この機に言おうとするだけだな。その為に行政を味方に付けるし、重要なのはメモても良いが『決闘』を受けては駄目って事だ。こっちは正統性があるし防衛隊を配備するから、掛かって来いと言う態度で行く」
 ここで重要なのは、行政を先に抑えることだ。
もし千日手になって行政が口出しして来るにしても、境目をどっちにずらすかで調停するだけの事だ。エレオノーラの所に婿入りして、実権を寄こせとかは絶対に主導できない。筋を通して行政に話を持って行ったのも、現場を押さえているのもこっちだからだ。

要するに、こっちはもめたままでも問題ない。それどころか、事件現場を元に戻した費用も労力も、こっちが出したのだから、何もしなかったし、行政に届けもしなかった向こうには何の権利も無いと主張できるわけだ。

「でもそれって最終的に決闘裁判に持ち込まれるんじゃ?」
「フェーデを撃退した上で、決闘裁判には応じないって路線で行くんだよ。決闘裁判に持ち込まれるのは、領地同士の戦争をやっても良いってルールがあるからだ。今のダンジョニア同士でまず戦争なんか起こせない」
 ここでいうフェーデというのは、相手に正統性を主張する私闘だ。
貴族には戦いや決闘で自らの正当性を主張する権利があり、本来の私闘は戦争行為が先である。戦争行為が嫌ならば、決闘裁判に応じろという順番になるわけだ。

さて、思い返して欲しいのだが、ダンジョンが重宝されている理由である。
一つ目は魔力を収集して利用できること、もう一つは周囲の獣やモンスターを強制召喚することで、町などを守れることである。つまり、相手はエレオノーラの家の権利を害そうと攻め掛かって来ても、ダンジョンで全て収められてしまうのだ。

「交通を妨げている事故を放置していたのは向こう」
「行政に届けて、先に解決をしたのも金や労力を出したのもこっち」
「明らかに向こうの領域は犯さずに、係争地の中間で折り合いをつける気だ」
「そして攻め掛かって来てもビクともしないのはこっちだな。むしろ決闘を行うために、戦力を調整される方が困る。ホムンクルスはゴーレムと同じ区分だし、傭兵は家の騎士ではないからダメだと主張されたら困るわけだ」
 もめても受けて立てる態勢ならば強く行く方がいい。
大貴族だとそういう態度で小貴族が泣き寝入りすることが多いからな。まあ大貴族の場合は強力な傭兵を騎士扱いであると強引に認めさせる力もあるから、別に決闘を受けても良い訳だが。

とにかく、こっちは毅然とした態度と粛々とした動きで済ませてしまうという流れだ。

「確認するが、弱気に成ったら文句を言う爺さんとか居るんだろ? もちろん付き合いがある相手には察してやれと言う奴も居るんだろうが」
「それもそうね。どこかで文句が出るなら、せめて強く行きましょうか」
 今回の一見で一番重要なのはエレオノーラの実権を確立する事だ。
だから態度を大きくして出る部分と、素直に流しておく部分を分けるべきなのだ。相手の貴族と長々と交渉し、境界線の権益を奪われそうになる方が問題になるだろう。そしてそんな態度に文句をつける身内が居る訳で、どうやっても文句が出るならばここは得る物を最大にしようと言う訳だ。下手に出ても良い事は何も無いからな。

もし、この状態まで持ち込んだのに行政なり身内が裁定したとしよう。
こっちの戦力でホムンクルスや傭兵を出させないという主張を強引に通すのであれば、向こうの戦力は数分の一まで抑えなければならない。もちろんその主張をこっちが言い出す場合は明らかに利敵行為なので、その場で発言権を失うだろう。こっちが圧倒的有利で正統性もあるのに、敵対者を利する理由なんてないからな。

「この流れを用意した上で、一気に現地を補修する」
「四つ足のゴーレム二体、通常型ホムンクルスを十体」
「実際には俺たちが連れて行く個体も居るが、どうせ分からねえ」
「これに加えて四つ足の使い方を覚えているジャンの所の連中と、エレノーラの一族で協力的な奴を連れて行こう。ホムンクルスの使い方を覚えさせるのに丁度良いからな。工期が減るし費用も抑えられて万々歳だ」
 体力が高く文句も言わないのでホムンクルスは工事向きだ。
問題なのは隠れて襲ったり、子供や好奇心の強い大人がベタベタと触り始めると扱い難くなる。そこで人員も増やして置いて、作業するのはホムンクルス、その脇で様子を見つつ他者が入って来ないか確認するのが人間って役割で行く感じだ。

そしてそれだけの戦力と人員を動員すれば、工事も早くなるし、相手も警戒するだろう。自分の所の領地を整備して返したらそれで満足して矛を収める可能性があった。何しろフェーデはやり返すことも出来るからな、自分よりも戦力のある相手には挑みにくい物だ。

「後はそうだな……日避けなり防寒対策で外装を共通化しとこうぜ。遠目にはお前さんの所の騎士か、他所の傭兵か分からんだろ」
「よくもまあそういう事を思いつくわね。白か無地で良いでしょ」
 と言う訳で俺たちは速攻で工事を行うことにした。
フィリッパは呪文を使う個体の仕上げが残っているし、ダンジョンに行く時に間に合わせてもらいたい。また現地だと暗殺されたり、親族に勧誘されて直接取引しかねないからな。ここにおいて行く方が良いだろう。

こうして俺たちは工事と言う名のデモンストレーションをする事になった訳だ。
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