ダンジョンのコンサルタント

流水斎

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上層までのモラトリアム

懇談と婚談と

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 そうこうする内にエレオノーラが一時的に戻って来た。
一時的にというのは、あくまでダンジョン管理の指示を行うため、資料や手紙では補えないことをする為ということになっている。

もちろん今後の計画を練り直すためであり、当主就任への進捗はその第一歩だ。

「当主の就任おめでとう」
「ありがとう。嫌味じゃないと助かるわ」
「俺としては待機料を払ってもらえるならそれで良いさ。契約更新するなら、そこは割り引いとくけどな」
 仮決定から本決定へ、後は就任式を行うだけらしい。
元から本家の子弟はエレオノーラ以外おらず、エレオノーラが不甲斐なければ親族の誰かが婿入りする形になっていただけだ。懸念していた行政が黙る実績を示した以上は、親族衆が以前からの取り決めを覆せるはずがない。

なのでこの確認は重要ではなく、俺にとってはダンジョン攻略と再管理への道筋確定まで契約更新するかどうかが問題だった。

「流石にここで切るほど薄情でも、おバカさんであるはずもないでしょ。私に忠実な奴とか、親族衆に一人も居ないわよ。残念なことにね」
「なら最低でも暫くは腐れ縁だな。俺としてはそれ以上でも良いんだが」
「考えておくわ。貴方が有能であり続けるならね」
 エレオノーラは往年の自信を取り戻していた。
必死になってダンジョンマスターの資格を得たり、その維持に救急とし、実家が有するダンジョンをどうにかしなければ……なんて疲れ果てていた面影はない。このくらいの佳い女ならば正面切って口説きたいものだ。

それはそれとして、報告と連絡と相談はやっておかなきゃな。

「ひとまずは以前からの計画通りで生産中だ」
「強化個体の古い奴を量産型として調教してる」
「護衛やら作業用としてならそれなりのが1グループ」
「現在生産中ので2グループ目だな。お前さんに従う奴と、こっちに寝返えらせたい奴の分は確保できると思う。後は新案で呪文を使う新型を構想中ってところだ」
 まずは彼女が不在の間の状況説明。
契約が一時的に切れている仲間がそれぞれの元に戻り、ジャンが四つ足のレンタルを考えているとか、リシャールも合わせて調教を担当させているという資料も渡しておく。

ここで目新しい発見は、新型の素案をエレオノーラが確認した時だ。

「ウイザード・アイで説明できないから? そんなの幻覚の呪文で見せれば一発じゃない。まあ種類の異なる探知を重ねるのは悪くないけどね」
「ああ、その手があったか。灯台もと暗しだな」
 エレオノーラは幻覚呪文でダンジョンの途中階を映し出した。
そこは迎撃用のフロアがある場所であり、俺も良く知る場所だ。そこにホムンクルスにクロスボウを持たせて配置すれば、たいていの魔物は倒せると思えるほどの戦果を挙げた場所である。

重要なのはコレがダンジョンの監視用ではなく、記憶をそのまま映し出している事だ。その証拠に俺やフィリッパの横顔も映っている。

「ダンジョンの説明をするのに便利だから覚えてたのよ」
「なるほどな。経験ってのは重要だってのは良く判った。それじゃあ次期生産分は決まってるとして……その次の生産で試すとしようか。それで、下層攻略の時期はどうするよ?」
 エレオノーラの説明を受けながら、手元の資料に記載。
日程表に『→』を大きく描くことで、この時期に生産すると資料に判り易く記載する。その上でエレオノーラの確認を同時に取っておこう。この手の相談は一気にやった方が良いからな。

この場合、新型の完成を待つかどうかの問題を挟む。戦力を考えるならば、当然待つ方が良いのだが……。

「そうもいかないわ。ホムンクルスの性能を示す意味もあって、隣領との境で工事をして欲しいそうよ」
「また面倒な。確かに力仕事は得意分野だが、判断力とかまるでないぞ?」
 この件には、幾つかとっても面倒な事がある。
隣の領地との境は、いつの世も揉めて来たという事だ。諍いがある事もあれば、無くても揉めることで利益を得ようとする者も居る。水利権などは特にそうで、仮に上流が災害でせき止められているなど、双方が困っているから工事をしたいとしよう。その時に許可を出すどころか、『水利権は元もと我が家のモノなので、水の配分を多くするように』などと言って来るのだ。

問題なのは、さらに別の内容を付け加えられるという事だろう。

「長々とやってたら大きな揉め事にするし、そうでなくても刺客やら事故を装ったり考えられそうね。その上で、今後を考えたら両家の為に、血筋を一つにしよう。なんて絶対に言って来るわ」
「家の歴史を考えたら絶対にありえないが、言うのはタダってやつだな」
 自分から揉め事を起こしたうえで、揉め事を無くすために結婚しよう。
良くある手だが、今回の問題はエレオノーラの手腕が舐められていた時期に、秘かに温められていた素案の一つだという事だ。行政の連中にもその案を押している者も居るだろうし、地域の安定を考えれば分からない事ではない。

ただ、歴史のある家と言うのはそれだけで関心事が強い。
本家が途絶えて親族が成り代わって居ない限り、二つの家を一つになんて案は絶対に認められないのだ。しかし、前にそういう話があったという事でまた持ち出し、その案を撤回することで譲歩したと言い張る事は可能なのである。

「オーケー。さっさと工事を片付けて、ぐうの音も出ないようにしろってことだな? 佳い女を口説くのに財産狙いもやるなんて野暮ったれに負ける気はないぜ。あんたはただ命令してくれればいい」
「……馬鹿。そういうのは良いのよ。でも、サッサと片付けてきなさい。そしたら下層も覗きに行くわよ」
 満更でもないと思っておこう。
いずれにせよ俺たちは、今動かせる戦力を使って、ちょっとした工事を行うことにした。
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