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ところ変われば、よくある光景も変わる
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●
「嵐の中に浮き島が……これが自由の島、リベルタスなのですね」
「はい。この島に目的の人物が居るとのこと。彼の力ならば……」
とある二人が空飛ぶ浮き島、リベルタスを訪れていた。
空飛ぶ島自体はこの世界に珍しくはない。だが嵐の中にある島リベルタスは独特の文化と気風を持っていた。かつて騎士の夫が守りの呪文を唱え、魔獣使いの妻がペガサスを駆り、夫婦の力を合わせてこの島を覆う嵐を越えたという。世界に逸話は多く存在するが、契約魔法エンゲージの意義を示す有名な話の一つである。
「羽ばたく三対……女神ニキーの紋章。情報は正しかったようですね」
「申し訳ありません。このような胡乱な輩に頼らねばならぬとは……」
リベルタスは自由を掲げる島だが、それだけに怪しい輩が多い。
空賊たちの多くが此処に出先の仮宿を持っているとされ、この島に居るだけで蔑む者も多い。いや、高貴な……と称する者たちの多くは国家に所属しないだけで怪しんでいた。それでもなおこの場所を訪れるのは、それだけこの二人が追い詰められていると言っても良かった。逸話に登場する夫婦も、元は国家を追放された騎士たちであったとされる。
「ジョージ殿! ジョージ・カワラー殿は御在宅か!」
時間が無いのか、意を決した護衛が扉を叩いた。
嵐の中にある島らしく、扉を叩けば堅い音がする。カラカラと鳴る様な軽いベルでは、常日頃から鳴って煩いからであろう。やがて奥の方から誰かがやって来る足音と気配がしたのだろう、護衛は少し下がって家主の到着を待った。
「俺がジョージだ。何の依頼だ?」
「……『逃がし屋』とも『天つ風』とも呼ばれる貴公に頼むことなど一つだろう。我が主を期日までに目的地まで無事に届けていただきたい」
現れたのはウェーブが掛かった黒髪に、黒い瞳の男だった。
黒髪自体は珍しくもないが、大抵は青い瞳を持って居るものだ。かといって東方にあるという大国の民はストレートの髪が多いという。パッと見で言えば出自が不明であり、仮にファッションであるとしたら誤魔化しである様に見えた。もちろん伊達者を気取っているだけかもしれないが。
「悪いね。俺の本業は聖職者なんだ。てっきり聖女を守る女騎士として誓いでも立てに来たのかと思った。女騎士と女軍師に限り、女性同士でもエンゲージを結ぶ例はあるからな。我が神ニケ=チューティアンも洋の東西を問わず軍師とされるだろう?」
「……我が姫は尊い方ではあるがな。生憎と聖女ではない」
ジョージの話を鼻白んだ護衛だが、女神ニキーの事は知って居た。
大地母神に使える女軍師とも、その使者である使い神ともされる女神だ。基本的に同性同士では行われない契約魔法エンゲージも、言われてみれば確かに例があるのだと納得することにした。『聖女』という称号に例えられて反感を感じたが、主人とエンゲージを結べるならばそれはそれでありがたいのだ。
「まあ、こんなところで話すのもなんだ、入ってくれ。本当に困ってる人の依頼なら、採算を越えて受けても良いさ。俺も相棒たちもね」
「我が主を疑うのか!? 我が主に正義が無いとでも!?」
「言い分は双方にあるだろ? 腐っても先約を優先するがね」
フードを下げて顔を出した女騎士は、顔に大きな傷があった。
逃避行の最中で傷ついたのかとジョージは思ったが、よく見ればもっと前の傷のようだ。古傷と言うほどではないが真新しいという程でもない。とはいえ質問するのも野暮なので、家の中に入れながら……互いの失言に対してバツの悪い顔をし合った。
「メアリ、この方の言い分の方が正しいわ。私たちはご厚意に縋るしかない窮鳥です。素直に話すべきだわ」
「ですが姫……いえ。承知いたしました」
理屈自体は女騎士も判っているのだろう。だから主人の命に従った。
正義など立場が違えば双方にあるものであり、だからこそ彼女たちはここまで追い詰められていたのだ。彼女たちにも正義はあるが、追っている側にもそれなりの理がある。いや、正義を為すためには他方への悪を為す必要があるという可能性すらあるのだ。ならば二人が自らのみを正義と言える筈もない。何しろ、これから不法な関所破りを幾度も繰り返さねばならないのだから。
●
「わたくしはアリノエール。リベルタスが現在浮かんでいる国家にて、伯爵位を継ぐ身ですわ。小さな国であれば、公爵を名乗れるほどの大きさを名乗れる血筋と身代を有しておりますの」
「……いずれ女公となられるお方が、何故こんなむさくるしい所に?」
フードを降ろした美しい女の挨拶に、ジョージは話を促した。
自らも名乗り返すべきなのだろうが、そんな身分ではないし、そもそも彼女たちは追い詰められており、時間が少しでも惜しいと判断したからである。
「その血筋とご身分ゆえに苦心されておいでなのだ。伯爵位を継げる正式な跡取りは姫さまだけ。それゆえに王家は王太子妃として、まずは共同統治者に、いずれ国家に取り込む算段だった」
「ああ……なるほど。稀に良くある偶然が重なったのですね。聖女が?」
「察していただいて助かりますわ」
王太子と婚姻させ、伯爵領の共同統治者に王子が立つ予定だったそうだ。
直系の家族が居なくなってしまったアリノエールにとっては王家が後ろ盾になるし、彼女が王妃である間は伯爵領と王立議会での発言権が丸まる王家側に加算される。いちおうは次男以降に伯爵位が継承される建前になっているが、今の世の中は決して安定していない。魔物が居る事も含めて、王家が吸収していずれ分家するという建前だったのだろう。聖女が現れるまでは。
「ロードは精鋭兵を、聖女は光の加護を。ゆえに身を引かれたのですね?」
「はい。伯爵であった父を含めて、家族を失ったのも魔物の攻勢が激しかったからです。光の魔法を取得できる聖女の出現は、わたくしにとっても待ち望んでいたことです。王太子妃の位も、何でしたら婚約を解消しても構わないとすら思ったのです。しかし、政局はそんな悠長な事などさせてはくれませんでした」
この世界には契約の魔法エンゲージが存在する。
夫である王太子がロードの上位職に就けば、下位職による集団をそのまま精鋭部隊に出来る。それは単に指示を出して強化したり、瞬時に命令を伝達できるというだけではない。妻と成る者の呪文系統に寄っては、精鋭部隊全体に強化呪文や治療呪文を掛けることが出来るだろう。アリノエールも付与系の魔術を収めて来たと思われるが、対魔物に関しては光魔法が上位互換となってしまう(他は普通)。
「それは政敵が介入したということですか? それとも魔物が?」
「両方だ。この国は魔物の攻勢で危うい所に来ている。守る者の減った伯爵領を王家がついでのように守るのは限界があるのだ。一部の領地を持参金として返上し、代わりに離宮を結納として与えられる予定だった。現地には既に代官が赴任しており、婚姻と共に伯爵領が直轄領に準じて守られ、施策を適用される計画だったはずだ」
ジョージが踏み込んで尋ねると、代わりにメアリが悔しそうに答えた。
その様子からおそらくは伯爵領付きの騎士なのだろう。国家からも位を与えられた勅任の騎士扱いであったとしても、伯爵領の住人であるという自負は誰より強かったに違いあるまい。女騎士であり顔に傷があるのは仕方がないが、それを隠しもしない辺りにそれが伺える。
「失礼な事を申してしまいますが、その……自然な婚約解消では無く、不義に寄る婚約破棄扱いにして、持参金である領地没収と?」
「もっと悪い。貴族の務めである領地防衛は事情により免除されていた。婚約が無かった扱いになるのだから、その事情も存在しない、ゆえに貴族として不適合ゆえに全領地を没収と通告されているのだ!」
王太子の婚約は国家行事なので、大きな扱いとなる。
だから自分の領地も守れない伯爵家を守る事は当然だった。それが王家の為にもなるのだから、国家運営としても正しい事になっているわけだ。だが、聖女の出現によって王太子妃を変更するにあたり、これまでに遡って『貴族として相応しくない』とするのはどうかと思う。それはジョージだけの判断ではない筈だ。普通なら政局を混乱させない為に身を引くアリノエールに斟酌し、『事情を考慮して将来に期待する』で済ませるところだろう。
「ということは一刻も早く領地に戻って防衛戦の準備をしたいと?」
「まさか、それでは国が割れてしまいます。伯爵として異議を申し立て、裁判を起こしますがそれだけですわ。重要なのはその後、伯爵領も王国も成り立つ未来ではありませんか?」
そもそも、国と争っても未来はない。何処かで吸収されるだろう。
そう言い切って国家を恨みに思ってないアリノエールは立派な人なのだろう。その視座は確かに王妃に相応しい教育をされていると言えた。ジョージは現代から来た転生者だからこそ理解できているが、まだ若い少女にはそこまで割り切って考えられないだろう。
「判りました。僭越ながらこの依頼、受けさせていただきましょう。確認ですが御料地にいつごろまでに到着する必要がありますか? 現時点の地図を写しますが、呪文を唱えることにご容赦ください」
「なん……だと? このように正確な地図が……」
ジョージは素早く事情を呑み込むと、介入するに足りる理由だと思った。
ならば行動は早い方が良いと考え、テーブルの上に幻覚魔法で地図を描く。それは空を飛ぶリベルタスがこの手の技術に長けている事を考えても、異常と言える精度ではないか。しかも映像として凝り過ぎず、簡略したメモ状の画像も同時に写しているのだから、騎士であるメアリが驚くのも無理はない。
「正式な使者が訪れるまでは余裕がありますが、『爵位を継ぐことは認めぬ』と差し止められる可能性があります。その為には一刻も早く領地に戻り、一週間でも十日でも『領地を実効支配した』と言える期間が必要でしょう。理想を言えば領都ダキナまで三日、可能でしょうか?」
「嵐を避けるのではなく、風に乗って進むならば何とか。揺れますがね」
「っ!? 本当に三日で? ならば救われる!」
不思議な事だが、国の指示よりも慣例が重視されることがある。
それは貴族たちが豪族として領地を実効支配していたころからの話である。実質的にその土地を支配し、時に同盟を組み時に反抗して王国を形成していったから流れよりなるものだろう。ゆえにアリノエールの政敵が大臣として命令を出す事よりも、上に扱われる慣例との事である。何しろ私的に戦うフェーデや裁判の上では、権威よりも実質的な力が重要視されるからである(もちろん地方領によっては大人しく改易される場所もあるだろうが)。
「嵐の中に浮き島が……これが自由の島、リベルタスなのですね」
「はい。この島に目的の人物が居るとのこと。彼の力ならば……」
とある二人が空飛ぶ浮き島、リベルタスを訪れていた。
空飛ぶ島自体はこの世界に珍しくはない。だが嵐の中にある島リベルタスは独特の文化と気風を持っていた。かつて騎士の夫が守りの呪文を唱え、魔獣使いの妻がペガサスを駆り、夫婦の力を合わせてこの島を覆う嵐を越えたという。世界に逸話は多く存在するが、契約魔法エンゲージの意義を示す有名な話の一つである。
「羽ばたく三対……女神ニキーの紋章。情報は正しかったようですね」
「申し訳ありません。このような胡乱な輩に頼らねばならぬとは……」
リベルタスは自由を掲げる島だが、それだけに怪しい輩が多い。
空賊たちの多くが此処に出先の仮宿を持っているとされ、この島に居るだけで蔑む者も多い。いや、高貴な……と称する者たちの多くは国家に所属しないだけで怪しんでいた。それでもなおこの場所を訪れるのは、それだけこの二人が追い詰められていると言っても良かった。逸話に登場する夫婦も、元は国家を追放された騎士たちであったとされる。
「ジョージ殿! ジョージ・カワラー殿は御在宅か!」
時間が無いのか、意を決した護衛が扉を叩いた。
嵐の中にある島らしく、扉を叩けば堅い音がする。カラカラと鳴る様な軽いベルでは、常日頃から鳴って煩いからであろう。やがて奥の方から誰かがやって来る足音と気配がしたのだろう、護衛は少し下がって家主の到着を待った。
「俺がジョージだ。何の依頼だ?」
「……『逃がし屋』とも『天つ風』とも呼ばれる貴公に頼むことなど一つだろう。我が主を期日までに目的地まで無事に届けていただきたい」
現れたのはウェーブが掛かった黒髪に、黒い瞳の男だった。
黒髪自体は珍しくもないが、大抵は青い瞳を持って居るものだ。かといって東方にあるという大国の民はストレートの髪が多いという。パッと見で言えば出自が不明であり、仮にファッションであるとしたら誤魔化しである様に見えた。もちろん伊達者を気取っているだけかもしれないが。
「悪いね。俺の本業は聖職者なんだ。てっきり聖女を守る女騎士として誓いでも立てに来たのかと思った。女騎士と女軍師に限り、女性同士でもエンゲージを結ぶ例はあるからな。我が神ニケ=チューティアンも洋の東西を問わず軍師とされるだろう?」
「……我が姫は尊い方ではあるがな。生憎と聖女ではない」
ジョージの話を鼻白んだ護衛だが、女神ニキーの事は知って居た。
大地母神に使える女軍師とも、その使者である使い神ともされる女神だ。基本的に同性同士では行われない契約魔法エンゲージも、言われてみれば確かに例があるのだと納得することにした。『聖女』という称号に例えられて反感を感じたが、主人とエンゲージを結べるならばそれはそれでありがたいのだ。
「まあ、こんなところで話すのもなんだ、入ってくれ。本当に困ってる人の依頼なら、採算を越えて受けても良いさ。俺も相棒たちもね」
「我が主を疑うのか!? 我が主に正義が無いとでも!?」
「言い分は双方にあるだろ? 腐っても先約を優先するがね」
フードを下げて顔を出した女騎士は、顔に大きな傷があった。
逃避行の最中で傷ついたのかとジョージは思ったが、よく見ればもっと前の傷のようだ。古傷と言うほどではないが真新しいという程でもない。とはいえ質問するのも野暮なので、家の中に入れながら……互いの失言に対してバツの悪い顔をし合った。
「メアリ、この方の言い分の方が正しいわ。私たちはご厚意に縋るしかない窮鳥です。素直に話すべきだわ」
「ですが姫……いえ。承知いたしました」
理屈自体は女騎士も判っているのだろう。だから主人の命に従った。
正義など立場が違えば双方にあるものであり、だからこそ彼女たちはここまで追い詰められていたのだ。彼女たちにも正義はあるが、追っている側にもそれなりの理がある。いや、正義を為すためには他方への悪を為す必要があるという可能性すらあるのだ。ならば二人が自らのみを正義と言える筈もない。何しろ、これから不法な関所破りを幾度も繰り返さねばならないのだから。
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「わたくしはアリノエール。リベルタスが現在浮かんでいる国家にて、伯爵位を継ぐ身ですわ。小さな国であれば、公爵を名乗れるほどの大きさを名乗れる血筋と身代を有しておりますの」
「……いずれ女公となられるお方が、何故こんなむさくるしい所に?」
フードを降ろした美しい女の挨拶に、ジョージは話を促した。
自らも名乗り返すべきなのだろうが、そんな身分ではないし、そもそも彼女たちは追い詰められており、時間が少しでも惜しいと判断したからである。
「その血筋とご身分ゆえに苦心されておいでなのだ。伯爵位を継げる正式な跡取りは姫さまだけ。それゆえに王家は王太子妃として、まずは共同統治者に、いずれ国家に取り込む算段だった」
「ああ……なるほど。稀に良くある偶然が重なったのですね。聖女が?」
「察していただいて助かりますわ」
王太子と婚姻させ、伯爵領の共同統治者に王子が立つ予定だったそうだ。
直系の家族が居なくなってしまったアリノエールにとっては王家が後ろ盾になるし、彼女が王妃である間は伯爵領と王立議会での発言権が丸まる王家側に加算される。いちおうは次男以降に伯爵位が継承される建前になっているが、今の世の中は決して安定していない。魔物が居る事も含めて、王家が吸収していずれ分家するという建前だったのだろう。聖女が現れるまでは。
「ロードは精鋭兵を、聖女は光の加護を。ゆえに身を引かれたのですね?」
「はい。伯爵であった父を含めて、家族を失ったのも魔物の攻勢が激しかったからです。光の魔法を取得できる聖女の出現は、わたくしにとっても待ち望んでいたことです。王太子妃の位も、何でしたら婚約を解消しても構わないとすら思ったのです。しかし、政局はそんな悠長な事などさせてはくれませんでした」
この世界には契約の魔法エンゲージが存在する。
夫である王太子がロードの上位職に就けば、下位職による集団をそのまま精鋭部隊に出来る。それは単に指示を出して強化したり、瞬時に命令を伝達できるというだけではない。妻と成る者の呪文系統に寄っては、精鋭部隊全体に強化呪文や治療呪文を掛けることが出来るだろう。アリノエールも付与系の魔術を収めて来たと思われるが、対魔物に関しては光魔法が上位互換となってしまう(他は普通)。
「それは政敵が介入したということですか? それとも魔物が?」
「両方だ。この国は魔物の攻勢で危うい所に来ている。守る者の減った伯爵領を王家がついでのように守るのは限界があるのだ。一部の領地を持参金として返上し、代わりに離宮を結納として与えられる予定だった。現地には既に代官が赴任しており、婚姻と共に伯爵領が直轄領に準じて守られ、施策を適用される計画だったはずだ」
ジョージが踏み込んで尋ねると、代わりにメアリが悔しそうに答えた。
その様子からおそらくは伯爵領付きの騎士なのだろう。国家からも位を与えられた勅任の騎士扱いであったとしても、伯爵領の住人であるという自負は誰より強かったに違いあるまい。女騎士であり顔に傷があるのは仕方がないが、それを隠しもしない辺りにそれが伺える。
「失礼な事を申してしまいますが、その……自然な婚約解消では無く、不義に寄る婚約破棄扱いにして、持参金である領地没収と?」
「もっと悪い。貴族の務めである領地防衛は事情により免除されていた。婚約が無かった扱いになるのだから、その事情も存在しない、ゆえに貴族として不適合ゆえに全領地を没収と通告されているのだ!」
王太子の婚約は国家行事なので、大きな扱いとなる。
だから自分の領地も守れない伯爵家を守る事は当然だった。それが王家の為にもなるのだから、国家運営としても正しい事になっているわけだ。だが、聖女の出現によって王太子妃を変更するにあたり、これまでに遡って『貴族として相応しくない』とするのはどうかと思う。それはジョージだけの判断ではない筈だ。普通なら政局を混乱させない為に身を引くアリノエールに斟酌し、『事情を考慮して将来に期待する』で済ませるところだろう。
「ということは一刻も早く領地に戻って防衛戦の準備をしたいと?」
「まさか、それでは国が割れてしまいます。伯爵として異議を申し立て、裁判を起こしますがそれだけですわ。重要なのはその後、伯爵領も王国も成り立つ未来ではありませんか?」
そもそも、国と争っても未来はない。何処かで吸収されるだろう。
そう言い切って国家を恨みに思ってないアリノエールは立派な人なのだろう。その視座は確かに王妃に相応しい教育をされていると言えた。ジョージは現代から来た転生者だからこそ理解できているが、まだ若い少女にはそこまで割り切って考えられないだろう。
「判りました。僭越ながらこの依頼、受けさせていただきましょう。確認ですが御料地にいつごろまでに到着する必要がありますか? 現時点の地図を写しますが、呪文を唱えることにご容赦ください」
「なん……だと? このように正確な地図が……」
ジョージは素早く事情を呑み込むと、介入するに足りる理由だと思った。
ならば行動は早い方が良いと考え、テーブルの上に幻覚魔法で地図を描く。それは空を飛ぶリベルタスがこの手の技術に長けている事を考えても、異常と言える精度ではないか。しかも映像として凝り過ぎず、簡略したメモ状の画像も同時に写しているのだから、騎士であるメアリが驚くのも無理はない。
「正式な使者が訪れるまでは余裕がありますが、『爵位を継ぐことは認めぬ』と差し止められる可能性があります。その為には一刻も早く領地に戻り、一週間でも十日でも『領地を実効支配した』と言える期間が必要でしょう。理想を言えば領都ダキナまで三日、可能でしょうか?」
「嵐を避けるのではなく、風に乗って進むならば何とか。揺れますがね」
「っ!? 本当に三日で? ならば救われる!」
不思議な事だが、国の指示よりも慣例が重視されることがある。
それは貴族たちが豪族として領地を実効支配していたころからの話である。実質的にその土地を支配し、時に同盟を組み時に反抗して王国を形成していったから流れよりなるものだろう。ゆえにアリノエールの政敵が大臣として命令を出す事よりも、上に扱われる慣例との事である。何しろ私的に戦うフェーデや裁判の上では、権威よりも実質的な力が重要視されるからである(もちろん地方領によっては大人しく改易される場所もあるだろうが)。
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