エンゲージ・マジック、約束の魔法【第一部完】

流水斎

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一つの旅の終わりに

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「お嬢様。方針は聴かせていただいておりますが、具体的なところを御教授願いたいですな。縁者を説得し易くなります」

「爺の言う事ももっともね。こちらのカワラー卿との契約契約にも関わるから、卿も聞いてくださいな」

「承知しております」

 マーシャル卿の屋敷に通されて今後の話し合いをする事になった。

伝令の馬が用意されていたが、迂闊に飛び出すのではなく、説明を聞いてから方々に飛ばす気だろう。『お家の大事だ直ぐに集え!』では命令の行き違いがあるからな。

「我がダキナ家は貴族としての責務を放棄しているとして、宰相から領地没収の意向を伝えられております。それに疑義を呈し裁判を起こしつつ、同時に宝剣探索の旅を行い、周辺の魔物ついでに狩っていくという方針になりますわね。ここまではよろしくって?」

「魔物の群れをついでとは、お嬢様もヤンチャに成られましたな」

「……」

 改めて告げられただけで、ここまでは再確認に過ぎない。

俺は異論をはさまなかったし、マーシャル卿もユーモアを交えて笑ってるだけだ。魔物の害があるからこの地方だけでなくこの国も困っているし、大義名分的にも宰相の言い分を何とかする為にも、宝剣探索は良い言い訳なのだろう。

「ナルモン伯の協力も得られましたので、協力を申し出る各家の戦力から抽出して、『聖騎士の墓』を最初の目標に、ナルモン伯が守る城塞の近くにある『断崖回廊』を第二目標として移動します。得られた情報の再確認や、魔物を再度退治する為にカワラー卿たちの飛行船を使わせてもらう予定です」

「使う? ということは御雇いになっているのではないのですかな」

「ダキナ市に学校を建設していただき、利用の代わりに奉仕をと」

 アリノエールの挙げた地名はどちらも魔物の多い難所である。

西南部に存在する『聖騎士の墓』は隣国との国境であり、谷間に存在して亜人たちの集落も点在する。魔物を狩り尽くしても亜人との争いが直近に控え、隣国との通商が上手く行くかも分からない。だから難所をそのままにしておいて、国境を守る防衛線代わりにしているというのが現状だ。ただしそれは魔物を放置しているという事でもあり、被害報告が止まらないので見直す必要があると何度も言われている。『断崖回廊』の方も海の民が済む島国との国境線であり、バイキングめいた略奪商売を受けるのと、そのままにして魔物の被害を受けるのとどちらが良いか悩んだ末に要塞が用意されていると言うわけだ。

「なるほど。我が領内にも存在しないくらいです。現在のリベルタスには学校がありませんし、そのスペースも惜しいから協力して利用料代わりと言う事ですか。それならお互いに裏切られる可能性もありませんし、良い事ではないかと思います」

「最初は兵学校の他に航海士も育てるわ。我が領に海は無いけど、近くの貴族を取り込みましょう」

 テーヌ領は王国の西部南よりに位置するが、海はもっと西になる。

大きな川はあるのでその領地の交流も出来るし、道中で海風から塩害が無くなるから良い風だけを貰って、農作物が良く取れる穀倉地帯だ。海辺の方が航海士の学校には丁度良いのだが、この世界では魔物も多過ぎる。また飛行船乗りの存在もあるし、テーヌ領で育てて悪いという理由は無いだろう。

「兵学校? ああ、歩卒を指揮する方の従騎士を育てるのですな」

「ええ。騎士に使える従騎士はおいそれと増やせないけど、歩卒を指揮する専門の従騎士を育てる学校が王都にもあるわ。文官になる人も居るそうだから一概には言えないけど、近隣の領地で足りてない戦力を育てるには十分でしょう」

 騎士には一名から三名の従士が付くが、役割には差がある。

騎士の周囲で背中を守る役目であったり、騎士に代わって歩兵を率いる役目、あるいは単に荷物持ちから初めて騎士になる為の修行をする者などだ。従来はこれらを全て同一の人物が務めて、少しずつ技術と心得を身に着けて次の騎士になる。だが、魔物が多いこの世界で途中で死んでしまうこともあり、三名を雇用して役割を分けることが多かった。そこからこの世界での兵学校は、伍長役を育てているという訳だ。

「大変結構でございます。何より今直ぐお金が必要でないというのがよろしい。それならば領地経営が安定化した後からでも建設できますし、実現すれば他の領主たちも乗って来るでしょうなあ」

「……待って。その言い方だとテーヌ領が赤字に聞こえるけど?」

「赤字でございますとも。不思議な事に不作が続くからとのことで」

「裏で調べてから追求しなさい。軽々しく動かぬように」

 穀倉地帯なので赤字な筈はない、少なくとも領主が居ないのだ。

それを考えたら国の派遣した代官が横領しているか、さもなければ分家なり仕える騎士家が収めていないのだろう。だがそれを正面から追及しても理屈をつけて逃げられるし、証拠は隠滅される。権限のないマーシャル卿は無い事もあり動いていないし、その事に気が付いたアリノエールは即座に動くなと伝えたのだろう。

「と言う訳で直ぐに県🅂熱と行かないけれどよろしくて?」

「構いません。どのみち講師を探す必要があるでしょうし、また横領と決まったわけではありませんしね。代官を通して国に金が流れないように、お家の為に貯蓄しているとか、亡くなられた伯爵様に代わって戦死者に一時金が下されたと言う事かもしれません。他所者である我々が口を出す理由は無いかと。もちろん、不履行にならない限りという前提ですが」

 アリノエールは謝罪と言うより繰り延べを要求して来た。

俺は徳川家康の伝記にあった、三河に戻って来た時を思い出しながら頷いて置く。この手の話は複雑怪奇だし、言い訳自体は幾らでも付けられるものだ。その可能性を伝えつつ、最終的に約束が果たされるならば急がないと伝えておく。まあ、俺たちにとってリベルタスの独立国家化はともかく、学校は目の前の利益にはならないからな。即座やれというより、事情を鑑みて控えめにした方が良い態度であるとみられるだろう。

「確認ですがカワラー卿。『聖騎士の墓』の向こう側はどうなっておりますかな? ああ、もちろんカストリー王国の話ですぞ」

「卿は不要ですよ。少し前まで愚王のせいで政局は混乱していました」

「今は違うという事ですかな? 残虐王の話は聞いておりますg」

「レオン伯を中心に反旗を翻して居ます」

 国境である山脈と『聖騎士の墓』と呼ばれる峡谷の向こう。

そこにはカストリー王国と言う国が存在していた。魔物の被害は比較的に少なかったのだが、それで安心したのかそれとも中央集権に走ったのか、残虐王と呼ばれる国王のせいで国が荒れていた。これが近年になりまとまりつつあるとの話をリベルタスの一部で噂されていたのだ。俺自身は言った事が無いので知らないから伝聞になるのだが。

「ふむ。ということは魔物を討伐して周辺を収めても問題ありませんな。むしろ国境を安定させた功績をこちらが誇れるようになります。カストリー王国に対しても、レオン・・に対しても」

「このままならそう言う事になりますね。レオンは北部ですから」

 国境の向こうが混乱してるままだと自体は悪いままだ。

それが一つにまとまるの方が良いのだが、かといって侵略したり大きな顔で交渉されても困る。だが二つに割れるならば良い事だし、その流れならば魔物は対峙しても良いという事だろう。カストリー国が再び一つに成る可能性もゼロではないが、いまのところレオン伯が耐え忍んでいるならば、フランキス王国との通商が始まる事で利益が増して盛り返す可能性は高い(背後の魔物が減るという意味でも)。

「伝承ではあの地で没した聖騎士の中に七大魔剣の持ち主が居たはずです。魔物たちを退治すればその過程で見つかる可能性が高いですし、仮にカストリー王国が持ち帰っていても、交渉を持ちかけることは可能でしょう。それこそその証明さえできれば、我が領の貢献は果たせますから」

「西部諸侯をまとめてレオン国に介入とならぬ限りはですか?」

「考えてませんよそのような事は。我が領はあくまでフランキスです」

 マーシャル卿が所属を変える案を出すがアリノエールは即座に否定。

そこまでちらつかせたら宰相だけではなく、他の諸侯も露骨に警戒するという事だろうか? どちらにせよ牽制で疑って来ると思うので、いさささか甘いというがまあその辺は他人事なので構うまい。俺たちとしては小国連合になってもらって、その一国にリベルタスも入れて貰う方が早いが、それはそれで問題は出るからな。

「ではその方向で家中を説得いたしましょう。みな、お嬢様が領主となられる日を心待ちにしておりましたぞ」

「そうではない者も居るでしょうが、それでも我が領を守るのは私の役目。爺もカワラー卿もこれからもお願いしますね」

「契約を果たされる限り、我々も協力いたしますよ」

 こうして一つの依頼を終わらせ、新たな依頼を更新した。

短い期間だがアリノエールは優秀そうだし、経験不足を補う家臣も、他者の提言を受け入れる度量もある。どこまで付き合うかは分からないが、ちゃんと報酬を払いこちらの要望を受け入れてくれるなら協力しても良いだろう。これからの彼女の行動をみんなと共に見守り、この地方を中心に独立を目指すのも悪くはないのかもしれない。そう思いながら、浮島に居る仲間達へ送る報告書をまとめたのであった。
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