エンゲージ・マジック、約束の魔法【第一部完】

流水斎

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一つの結着と、新たな始まり

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「ナルモン伯が配下にて、この人ありと言われたジャック・ボルドーの子、ジャン=ジャック。お相手仕る!」

 今回の逃避行において唯一の戦いは、だからこそ華々しく始まった。

細身のサーベルは取り回しを重視してあり、軽く振って当てることと、速度重視の突きを主体としている様に思われる。つまりバリバリの空戦騎士ということだ。おそらくはペガサスにでも乗って、当たるを幸いに叩き落す戦いが本領なのだろう。

「ダキナ家の騎士にして、フランキスに名を知られしウィリアム・マーシャルが一族メアリ。アリノエール・ダキナ・テーヌ様の名により、その挑戦、受けて立つ!」

 一方のメアリは片手半剣にバックラーという出で立ち。

護衛騎士として室内でも屋内でも、片手でも両手でも使える剣を軸として、その本領は盾で急所を守り己の体で主人を守る戦いを本領としている。

「いざ、尋常に!」

「勝負!」

 二人戦いが飛行甲板で行われる。

お互いに踏み込んでの軽い斬撃での約束組手。衝撃で火花が散って、返す刀で二撃目の押し合いを行い始める。そこまでは約束されたような……どこかで見た流れであった。

「はっ!」

「軽い」

 ジャンJrがフェイントで腹を狙うと、メアリは盾で受け止めた。

その際にバックラーの軽さでありながら、男のジャンJrの斬撃で揺るぎもしない。重心移動による防御もあるが、そもそも除けを考えない止めを前提にした動きだ。防御の技を二つ重ねて、そこから反撃に出るのメアリのカウンター!

「ここだ!」

「おっと失礼!」

 メアリの攻撃をジャンJrが身を反らせてかわし、足で払いに来た。

飛行中ではなく船を止めているから良い様な物の、もし飛行中でやったらそれだけで危険だろう。何しろ飛行船から転げ落ちればただでは済まない。騎士の常道ではないが、空戦屋の常道ではある。

「軽いと言った!」

「そうですか? では!」

 エマリが足を入れてジャンJrの蹴りを止めるが、そこから唾競り合いに。

ジャンJrの持つ剣の柄がジャブがメアリに見舞われ、彼女はそれをあえて顔面で受けるように前進。もつれあう様な態勢に以降しつつ、バックラーでサーベルの可動範囲を狭めている。ジャンJrが空戦屋であるならばメアリの方は護衛業の常道だ。相手の出来る事を減らしつつ、自分が出来るだけ優位を占める体勢を狙っていた。

「情熱的ですね!」

「姫の為ならばこそ!」

 ジャンJrは相手が女性だからやり難い……などとは言わないが苦戦していた。

何しろ軽い攻撃で相手を払う事が空戦騎士の本領だ。それで戦いには勝てるし、イザとなれば殺人芸の一つや二つは使えるだろう。それなのに戦術オプションの何割かが禁じ手で、本命である刺突攻撃では死人が出かねない。いや、そもそも読まれ易くて、それを防がれかねなかった。

「今度はこちらから行くぞ!」

「ちょっと! それアリなんですか? なら遠慮しませんよ!」

 メアリが頭突きをかまし、驚いたジャンJrへ追撃を始める。

サーベルをスイングできなかった状態だったので、間合いを取った所で即座に対応できるわけがない。そこへシールドバッシュで殴りつけながら更にモーションを溜めるメアリだが、ジャンJrの方も負けてはいない。軽いステップで売り祖に下がり、こともあろうに飛行甲板という狭い場所で左右に刻むステップを駆使し始めたのだ。

「卑怯とは言わないで下さいね。……風よ、力を!」

「戦場では全力を尽くす。当然だろう? こちらもだ!」

 ジャンJrは呪文を唱えてサーベルからカマイタチを飛ばした。

これに対してメアリの方は防御用の呪文を使用する。後から使ったのはメアリの方だが、騎士の闘気魔法は詠唱が無いので問題ない。薄い防御幕を張る事で、カマイタチのダメージを減らしてしまう。続いて負ったダメージも回復呪文を使ったのか、徐々に塞がり始めたのだ。

「うわっ。面倒なのがさらに面倒に。あの、本気で女性であることを武器にしてないんですか?」

「生憎と叔父より未熟と呼ばれている。本来ならばそう・・あるべきだがな」

 傷付けても負傷には遠く、しかも回復していく姿にジャンJrは苦笑。

これでは一発逆転に掛けた話材g体でメアリを圧倒するなど不可能だろう。それに苦笑したくなるのも判る。女子を全力で追い込んでも不名誉になり易いのに、メアリの戦いは実に武骨な騎士のものである。もしあれでフルプレートだったら攻撃なんか通じなかったかもしれないのだ。

「仕方ありませんね。ここまではする気は無かったんですが……風よ、我が身を運べ!」

「全力で来い! こちらも全力で行くだけのこと!」

 なんとここでジャンJrは切り札を切って来た。

飛行呪文か浮遊呪文かしらないのだが、飛行甲板だけではなく宙も跳んで襲い掛かって行く。言われてみれば先ほどの様な戦いをするならば、そのくらいは出来た方が良いだろう。せかくメアリがとな優勢もこれまでだった。

「ただ……同じことが私に出来ぬと思うなよ!」

「なんと!」

 それに対抗してメアリは甲板の上をショートダッシュした。

しかも甲板の丸くなっている場所であるとか、一段高くなっている場所にも乗ったりしている。その動きは飛ぶというよりは、船に片足をくっつけてながら移動しているかのようだ。こちらはメアリが使った呪文では無く、一時的に契約した甲板長の呪文ではある。飛行中でも船から落ちない様、そして修理できるようにする為の呪文で、重力が船を中心に成立する様な呪文だと思えば良い。軽やかに跳び回るジャンJrと、地に足を付けているかのように船を地面とするメアリの戦いに移行しているかのようだった。

(無理に勝たなくても良いと言われてるから助かるけど、だからといって情けないと思われても困るんだよね)

(む。何かし掛けて来るな。では、あえてソレを受ける!)

 二人の勝負は対照的であった。柔と剛と言う差もあるが試合運びもだ。

互いに次の数合が決着と見て、少し離れてから申し合わせた様に飛び込んでいった。ジャンJrは激しい横薙ぎでメアリの体勢崩しを狙い、彼女があえて受けに来るところを揺るがせに掛かっている。そして体勢を整えたところでサーベルを手放し……メアリの方も剣を手放して突撃態勢にあった。

「その首、もらっ……!?」

「悪いな。私は徒手でも戦える!」

 ジャンJrがメアリに組み付いて、いつの間にか抜いたナイフを首に。

急所を押えて降伏勧告に行こうとしたところで、メアリはバックラーでのシールドバッシュではなく、鉄拳を繰り出しジャンJrとは逆方向に回転しながら肘打ちを繰り出していた。互いの魔法を使うが、風魔法を中心に間合いを制するジャンJrと、闘気魔法を中心に自己強化を使うメアリとの戦いの結果だろう。殺し合いならともかく、こういった試合形式では騎士の方に軍配が上がったという所であろう。

「そこまで! 勝者、メアリ・マーシャル!」

「……お見事でした。いやー参った参った」

「いえ、こうなると見抜いた姫の視野あってのこと」

 俺が決着を告げるとジャンJrは素直にそれを認めた。

一方でメアリの方は嬉しそうでは無く、ナルモン伯の方を見てからアリノエールに一礼した。要するに対策して居なかったら勝ち易いが、対策して居れば相性負けする様な相手をナルモン伯があえて選んだという事だろう。勝つためと言うよりは悪い印象を与えず、配下の中でもムードメーカーな男を宛てたのだと思われる。そして、アリノエールはナルモン伯の人柄的に、そうなると見越してたのであろう。


「姫。あまり無茶をなさいますな。メアリめが負けでもしたらいかがなった事やら。どんな注文を付けられるか判りませなんだぞ」

「問題無いわよ爺。順番が変るだけの事だしね」

「そう言う事を申しているのではございません」

 決着がついたころにマーシャル卿が到着した。

初老でまだ若い様に見えたが、あちこちに傷があり、特に片足が不自由になっている様だった。これでは魔物相手に戦えまい。まだ左手だけなら義手と盾でバランスと取るとかして戦えただろう。

「爺も言っていたでしょ? 各地に潜む魔物を狩って行けば、いずれ戦没した宝剣と出会えるって。少なくともこの地が平和になるまで繰り返しただけの事よ」

「途中で打ち切られるかもしれませんぞ。さすれば宰相が何というか」

 考え方自体は前々から相談していたのだろう。

マーシャル卿はアリノエールの話をそれほど不自然には感じていない様だった。まあ聖女が現れる以前から、この地は危険であったというのだから対策を考えてない訳はないか。聖女出現をキッカケとして、宰相が動いたから宝剣探索なんてセンセーショナルな方法を選ばならなければならなかっただけなのだろう。

「アリノーエル姫の配下は流石の手並みですな。このウィリアムも関心致しました。部下を鍛え直すとして、旅はどこより始めましょうかな?」

「王太子殿下は……いえもう王太子じゃないわね。フィリップ殿下は北にある王家の墓所である、海上要塞より始めると申されておりました。わたくし共は、西の山脈にある聖騎士の墓地より始めましょう」

「「は?」」

 芝居が掛かったナルモン伯が声を掛けて来たのだが……。

アリノエールは不思議な物言いを始めた。宝剣探索は彼女が言い始めた事だ。どうしてここで王太子殿下というか、王太子じゃない? あれか? 婚約破棄で王国を揺らがせたからとか、後援者が居なくなってとかか? 共同統治するテーヌ領を王家に組み込むことで地位を保っていたのか? いや、それ以前に、フィリップという王子さまも探索をするかのようではないか。

「姫、まさか……まさかとは思いまするが……」

「そうよ爺。フィリップ殿下とは示し合わせているの。聖女出現で混乱が生じる上、弟君であるシャルル殿下の派閥も動いていたしね。無理に収めるよりも、ここで問題にして『宝剣探索を贖罪や国家奉仕とする』理由にした方が、確実に戦力を動かせるでしょ? というよりも受け身に立って居たら、宰相閣下を出し抜けるはずもないじゃない」

 そんな話は聞いてないぞという空気が周囲に漂う。

マーシャル卿どころか側近中の側近であるメアリも空いた口がふさがって居ないし、豪胆なナルモン伯ですらポカーンとしている。最初の婚約破棄の話から仕込みであり、ここまでよくぞ騙し切ったというというところだろう。ただ、考えてみれば目立たない様に『婚約を解消を申し入れる』というん統な手段があるのに、婚約破棄なんて馬鹿なことを衆人の前で行う必要があるとも思えない。おそらくは宰相が動けないタイミングを狙ってやったのだろう。少なくともそう考えれば辻褄は合う。女二人で宰相を出し抜くよりは余程あり得るだろう。

「はははは! いや、これはやられた。このウィリアム、ますます姫に惹かれましたぞ。手を組む相手はそれくらいな方が良い。いや、素晴らしい。全力でこの国を覆う暗雲を晴らそうではなりませんか!」

「そうですね。楽観は禁物ですが一つ進めました。みなもよろしくお願いしますね」

 こうして一つの逃避行が終わり、新たな未来が示されることになった。

振り回された宰相やら追っ手の騎士たちには悪いが、周囲に居る魔物に関しては少し進むではないだろうか? ただ、こうなってくると幾つか問題はある。

(このお姫さん。本当に聖堂の秘密に気が付かなかったのか? あえて聞かせてたんじゃねえだろうな。そんで、聞かせて問題ない範囲で安心させると。まあ、いまの処は問題ないはねえが)

 最初から思考を誘導されており、協力を余儀なくされたのではないかと思わなくもない。ただ、俺たちから見ても悪くは無い流れだ。彼女がリーダーになって、近隣諸侯に強いパイプをつくってくれるなら、こっちもやり易くなるからな。
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