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第4章
彩芽、地図を描く
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彩芽は、オルデンに自分のいた世界の事を伝えようとする。
最初、何から話すか迷ったが、相手が何を知りたいか分からない為、抽象的でもわかりやすさを念頭に話そうと思案する。
「分かりやすさってのはね、言ってしまえば共通点よ。分かりやすさが一個も無い話は相手を疲れさせる」
とは、件の尊敬する先輩(女)が昔、彩芽に言った台詞。
仕事と言う場で、相手に説明したり説得を試みる時「共通点をいつでも入り口に置け」とも言われ、彩芽は目から鱗が落ちたものだ。
例えば、最初にプログラマーの仕事や、調子に乗って人工知能の様な話題をオルデン公にいきなり話し出すのは無能のする事だ。
それを理解する為の前提の知識が無いのは、容易に想像出来ているのだから。
それを伝えた方がオルデン公が喜ぶ事が予想されると彩芽が判断したのなら、この世界にありそうも無いそれらの事柄に似た物をこの世界で見つけてからの方が好ましい。
異世界生活も(ほとんどを食って、酔って、寝て、世話をされているうちに)丸一日が過ぎた。
アコニーとストラディゴスに説明した時の様なグズグズな事は、目の前にいる領主様相手にしたく無い。
厨房の一角、窓の外はすっかり暗くなり、窯とランプの明かりだけに照らされる中。
椅子に座って小さなテーブルを挟む二人。
彩芽は、話を始める。
魔法を誰も使えず、人種もこの世界に比べれば確実に限られ、生息する生物も違う世界。
と様子見に、とりあえず差異を伝える事にする。
そんな彩芽の世界の情報を聞いてオルデンは、「他には?」と自由に話す様に促してくる。
まずは、彩芽が話しやすい環境を整えようとしてくれているのだろう。
続けて彩芽は、世界の外堀を埋めようと思う。
「えっと、まず世界地図が完成しています」
一言目で、オルデンは嬉しそうに驚く。
「地図が、完成。 それは、どうやって作られたんだい? 各国の地図を寄せ集めた結果なのか?」
「えっと、いいえ。最初はそうやって出来て行ったと思います。けど、今では空から地面を鳥みたいに見下ろす事が出来て、あと、写真と言って景色を簡単に絵に出来る技術も進んで、そのうち大勢の人が空から全ての地面を絵にして、それを全部並べたんです。そうやって、全ての陸地がわかって、地図が完成しました」
「全ての地面を全て絵に? どうやって、その絵で世界が全てだと断言できる? やはり世界の果てを見つけたのか? 世界の果ては、どうなっているんだ?」
オルデンは、目の前の迷子によって天動説から地動説への脱皮に近い事を経験させられそうになっていた。
「世界に果ては無いんです。ずっと右に進むと、左から戻って来てしまうんですよ」
「それは、世界が筒になっていると言う事、いや、そうか!? 世界は球体なのか!?」
オルデンの物わかりの良さに、彩芽は驚く。
世界の端が滝になっている的な事を、今さっきまで信じていた人間とは思えない。
彩芽は説明を続ける。
地面があるのだから、そこに物を乗せれば良い。
陸地の上に住む人口は七十億人を超えていて、二百近い国がある事。
殆どの国には、ネヴェルの城よりも遥かに大きな高層建造物がゴロゴロあり、馬車は廃れて代わりに車・電車・飛行機といった巨大な道具で、お金さえ払えば誰でも遠くに素早く移動できる事。
すると、話を興味深そうに聞いていたオルデンは、彩芽を試す様にこんな質問をしてきた。
「あなたの暮らしていた国の名は?」
「日本です」
それを聞いてオルデンは、当たり前だが知らない反応をし、更に質問を続けた。
「二ホン……アレクサンドリアと言う都市に聞き覚えは?」
「う~ん、そんな名前の宝石があったような気はしますけど、外国かもしれないです」
「では、アヴァロンと言う地名は?」
「何か本のタイトルにあったような……」
「マケドニアと言う国は?」
「それは聞き覚えがあります。確かナッツが有名な」
それはマカダミアである。
(マケドニアは国だが、マカダミアは人名をベースにしているので地名では無い。ちなみに原産国はオーストラリアである)
「……少なくとも、どれも聞き覚えはあるんだね?」
そう言いつつも、オルデンは何かを確信している面持ちである。
「はい、って言っていいのか自信は無いですけど、でも、なんで領主様がそんな場所の名前を?」
「異世界の伝説や伝承は、世界各地にあるからね……君のいた世界の、世界地図を大まかにでも描けるかい?」
「はい。それなら」
彩芽がどこに描こうか少し考えると、食堂のテーブルに置きっぱなしのエルムの黒板を思い出す。
「少し待っててください、すぐに戻ります」
彩芽は小走りに食堂へ戻る。
まだストラディゴスもエルムも戻っていない。
テーブルに置かれた小さな黒板を見つける。
カードゲームでは全員一勝したので覚えるのは容易と、書いてある字を手でこすり消し、その場で大まかな地図を描いた。
中々に上手い。
それを持ってオルデンの所に戻って見せると、オルデンは珍しく涼しげな顔を少し曇らせ、判断に困る顔をする。
しかし、すぐに何かに気付いたのか黒板をひっくり返し、まるでずっと探していたパズルのピースを見つけた様な興奮を目に宿し輝かせ始めた。
「キジョウアヤメさん、あなたに見て貰いたい物があります」
* * *
彩芽がオルデンに連れてこられたのは、城の地下宝物庫。
普段は領主の持つ鍵が無いと開かない、金庫である。
エルムとストラディゴスが席に戻ってこない為、オルデンは近くにいたメイドに「二人が戻ったら、キジョウアヤメさんを少し借りているが、すぐに戻る」と伝言を頼んだ。
メイドは、オルデンに深く頭を下げて無言で返事をすると、頭をあげ、一瞬だけ彩芽の方を見た。
二人の目が合う。
だが、彩芽はオルデンを追いかけねばと歩き出したため、メイドの視線に気づいたが、すぐにどうでもよくなった。
宝物庫には、棚が並んでいて、そこには鍵のついた木箱が大量に置かれていた。
彩芽は最初、そこが城の宝物庫だと気付かなかった。
薄暗い倉庫にしか見えない、とても広い空間である。
オルデンが自ら持つランプのゆらゆらとした明かりを頼りに宝物庫の中を突っ切ると、奥に小さな部屋があった。
オルデンは宝物庫の鍵とは別に、首から下げていた鍵で扉を開け、中に入る。
彩芽も続いて部屋に入った。
そこで目に入って来た物を、彩芽は知っていた。
「……!」
それは、巨大な額縁に入れられた彩芽の世界の古地図であった。
地図としてかなり大きく、大きな複数の紙をつないでいるのが分かる。
経年劣化が酷いが、焼けやボロボロになった折り目を見ると、折りたたんで持ち運び、実際に使われていた物の様であった。
メルカトル図法ではなく、ランベルト正積方位図法で描かれていて、地図には大きな丸二つの中に大陸や島が描かれている。
驚きながら彩芽が近づき、地図を見る。
彩芽が黒板に描いた地図とは南北が逆転し、さらにヨーロッパを中心に描かれていた。
だが、多少、歪な形だがちゃんと日本も載っていて、重要な大陸にも抜けは見られない。
文字は英語で表記されており、一色刷りだがちゃんと印刷されている所を見ると、そこまで古い物では無いらしい。
「キジョウアヤメ、あなたのいた国はわかりますか?」
「ここ! ここです!」
彩芽は興奮気味に地図の左端にある列島を指さす。
「では、これが何と書いてあるか読めますか?」
そう言ってオルデンが指さしたのは、ヨーロッパだった。
彩芽が顔を近づけて文字を見る。
そこには、手書きでこんな事が書かれていた。
「This is my country……ここが私の国? イギリスの人?」
これで良いのかとオルデンを見ると、その瞳だけがらんらんと好奇心に輝き、異常なまでの興奮が彩芽にも伝わってくる。
それでいて落ち着いて見えるのに、明らかに目の前の領主様の、彩芽を見る目が変わっていた。
最初、何から話すか迷ったが、相手が何を知りたいか分からない為、抽象的でもわかりやすさを念頭に話そうと思案する。
「分かりやすさってのはね、言ってしまえば共通点よ。分かりやすさが一個も無い話は相手を疲れさせる」
とは、件の尊敬する先輩(女)が昔、彩芽に言った台詞。
仕事と言う場で、相手に説明したり説得を試みる時「共通点をいつでも入り口に置け」とも言われ、彩芽は目から鱗が落ちたものだ。
例えば、最初にプログラマーの仕事や、調子に乗って人工知能の様な話題をオルデン公にいきなり話し出すのは無能のする事だ。
それを理解する為の前提の知識が無いのは、容易に想像出来ているのだから。
それを伝えた方がオルデン公が喜ぶ事が予想されると彩芽が判断したのなら、この世界にありそうも無いそれらの事柄に似た物をこの世界で見つけてからの方が好ましい。
異世界生活も(ほとんどを食って、酔って、寝て、世話をされているうちに)丸一日が過ぎた。
アコニーとストラディゴスに説明した時の様なグズグズな事は、目の前にいる領主様相手にしたく無い。
厨房の一角、窓の外はすっかり暗くなり、窯とランプの明かりだけに照らされる中。
椅子に座って小さなテーブルを挟む二人。
彩芽は、話を始める。
魔法を誰も使えず、人種もこの世界に比べれば確実に限られ、生息する生物も違う世界。
と様子見に、とりあえず差異を伝える事にする。
そんな彩芽の世界の情報を聞いてオルデンは、「他には?」と自由に話す様に促してくる。
まずは、彩芽が話しやすい環境を整えようとしてくれているのだろう。
続けて彩芽は、世界の外堀を埋めようと思う。
「えっと、まず世界地図が完成しています」
一言目で、オルデンは嬉しそうに驚く。
「地図が、完成。 それは、どうやって作られたんだい? 各国の地図を寄せ集めた結果なのか?」
「えっと、いいえ。最初はそうやって出来て行ったと思います。けど、今では空から地面を鳥みたいに見下ろす事が出来て、あと、写真と言って景色を簡単に絵に出来る技術も進んで、そのうち大勢の人が空から全ての地面を絵にして、それを全部並べたんです。そうやって、全ての陸地がわかって、地図が完成しました」
「全ての地面を全て絵に? どうやって、その絵で世界が全てだと断言できる? やはり世界の果てを見つけたのか? 世界の果ては、どうなっているんだ?」
オルデンは、目の前の迷子によって天動説から地動説への脱皮に近い事を経験させられそうになっていた。
「世界に果ては無いんです。ずっと右に進むと、左から戻って来てしまうんですよ」
「それは、世界が筒になっていると言う事、いや、そうか!? 世界は球体なのか!?」
オルデンの物わかりの良さに、彩芽は驚く。
世界の端が滝になっている的な事を、今さっきまで信じていた人間とは思えない。
彩芽は説明を続ける。
地面があるのだから、そこに物を乗せれば良い。
陸地の上に住む人口は七十億人を超えていて、二百近い国がある事。
殆どの国には、ネヴェルの城よりも遥かに大きな高層建造物がゴロゴロあり、馬車は廃れて代わりに車・電車・飛行機といった巨大な道具で、お金さえ払えば誰でも遠くに素早く移動できる事。
すると、話を興味深そうに聞いていたオルデンは、彩芽を試す様にこんな質問をしてきた。
「あなたの暮らしていた国の名は?」
「日本です」
それを聞いてオルデンは、当たり前だが知らない反応をし、更に質問を続けた。
「二ホン……アレクサンドリアと言う都市に聞き覚えは?」
「う~ん、そんな名前の宝石があったような気はしますけど、外国かもしれないです」
「では、アヴァロンと言う地名は?」
「何か本のタイトルにあったような……」
「マケドニアと言う国は?」
「それは聞き覚えがあります。確かナッツが有名な」
それはマカダミアである。
(マケドニアは国だが、マカダミアは人名をベースにしているので地名では無い。ちなみに原産国はオーストラリアである)
「……少なくとも、どれも聞き覚えはあるんだね?」
そう言いつつも、オルデンは何かを確信している面持ちである。
「はい、って言っていいのか自信は無いですけど、でも、なんで領主様がそんな場所の名前を?」
「異世界の伝説や伝承は、世界各地にあるからね……君のいた世界の、世界地図を大まかにでも描けるかい?」
「はい。それなら」
彩芽がどこに描こうか少し考えると、食堂のテーブルに置きっぱなしのエルムの黒板を思い出す。
「少し待っててください、すぐに戻ります」
彩芽は小走りに食堂へ戻る。
まだストラディゴスもエルムも戻っていない。
テーブルに置かれた小さな黒板を見つける。
カードゲームでは全員一勝したので覚えるのは容易と、書いてある字を手でこすり消し、その場で大まかな地図を描いた。
中々に上手い。
それを持ってオルデンの所に戻って見せると、オルデンは珍しく涼しげな顔を少し曇らせ、判断に困る顔をする。
しかし、すぐに何かに気付いたのか黒板をひっくり返し、まるでずっと探していたパズルのピースを見つけた様な興奮を目に宿し輝かせ始めた。
「キジョウアヤメさん、あなたに見て貰いたい物があります」
* * *
彩芽がオルデンに連れてこられたのは、城の地下宝物庫。
普段は領主の持つ鍵が無いと開かない、金庫である。
エルムとストラディゴスが席に戻ってこない為、オルデンは近くにいたメイドに「二人が戻ったら、キジョウアヤメさんを少し借りているが、すぐに戻る」と伝言を頼んだ。
メイドは、オルデンに深く頭を下げて無言で返事をすると、頭をあげ、一瞬だけ彩芽の方を見た。
二人の目が合う。
だが、彩芽はオルデンを追いかけねばと歩き出したため、メイドの視線に気づいたが、すぐにどうでもよくなった。
宝物庫には、棚が並んでいて、そこには鍵のついた木箱が大量に置かれていた。
彩芽は最初、そこが城の宝物庫だと気付かなかった。
薄暗い倉庫にしか見えない、とても広い空間である。
オルデンが自ら持つランプのゆらゆらとした明かりを頼りに宝物庫の中を突っ切ると、奥に小さな部屋があった。
オルデンは宝物庫の鍵とは別に、首から下げていた鍵で扉を開け、中に入る。
彩芽も続いて部屋に入った。
そこで目に入って来た物を、彩芽は知っていた。
「……!」
それは、巨大な額縁に入れられた彩芽の世界の古地図であった。
地図としてかなり大きく、大きな複数の紙をつないでいるのが分かる。
経年劣化が酷いが、焼けやボロボロになった折り目を見ると、折りたたんで持ち運び、実際に使われていた物の様であった。
メルカトル図法ではなく、ランベルト正積方位図法で描かれていて、地図には大きな丸二つの中に大陸や島が描かれている。
驚きながら彩芽が近づき、地図を見る。
彩芽が黒板に描いた地図とは南北が逆転し、さらにヨーロッパを中心に描かれていた。
だが、多少、歪な形だがちゃんと日本も載っていて、重要な大陸にも抜けは見られない。
文字は英語で表記されており、一色刷りだがちゃんと印刷されている所を見ると、そこまで古い物では無いらしい。
「キジョウアヤメ、あなたのいた国はわかりますか?」
「ここ! ここです!」
彩芽は興奮気味に地図の左端にある列島を指さす。
「では、これが何と書いてあるか読めますか?」
そう言ってオルデンが指さしたのは、ヨーロッパだった。
彩芽が顔を近づけて文字を見る。
そこには、手書きでこんな事が書かれていた。
「This is my country……ここが私の国? イギリスの人?」
これで良いのかとオルデンを見ると、その瞳だけがらんらんと好奇心に輝き、異常なまでの興奮が彩芽にも伝わってくる。
それでいて落ち着いて見えるのに、明らかに目の前の領主様の、彩芽を見る目が変わっていた。
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