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第20章

彩芽、記憶に囚われる

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「……ここは?」

 彩芽が気付くと、そこはフィデーリス城であった。

 だが、先ほどとは少し違う。
 普通に歩ける。

 しかし、まだミセーリアの見せている過去の景色の中の様だ。



「なんで……お前がここに?」

 彩芽に声をかける人影。
 それは、マリアベールであった。

「え? 私に?」

「お前以外に誰がいる。アヤメ」

「なんで、マリアベールが? え?」

「ここは、ミセーリアの作り出した精神の牢獄だ。どうやら、お前を操ったせいで、我らには強い繋がりが出来たらしい。それが原因で牢獄が繋がったのだろう。つまりは……二人共捕まったと言う事だ」

「……じゃあ、マリアベール、もうミセーリア王とヴェンガンの事は」

「散々見せられた……まずは、ここを出る事が先決だろうな。ミセーリアに確かめなければならぬ事がある……」



 * * *



「ここって……」

「フィデーリス城の様だが、我の知らぬ時代の物だ。恐らく、フィデーリスがマルギアスの物になった後のだろう」

 彩芽とマリアベールは城の中を歩いていく。
 床には僅かに血痕が残っているが、死体は無く、調度品も王国時代の物が多く残っていた。

 ガヤガヤと声が聞こえる。
 二人は声の方に歩いていく。
 すると、城の広場に面したバルコニーの前には、マルギアス騎士と、フィデーリス城の使用人達がいた。

 その中心には、正装したヴェンガンの姿が見えた。

「隠れろ」

「えっ!?」

 二人は、物陰に身をひそめた。

 すると、動いたカーテンを通り過ぎた使用人が不思議そうに見るのが見えた。



「ヴェンガン伯爵、準備が整いました」

「ああ、わかっている」

 緊張した面持ちのヴェンガン。

 彩芽とマリアベールの二人は、窓から外を見る。
 城の周囲を埋め尽くす群衆。

 目前には美しい町並みが広がっているが、周囲を囲む城壁にはマルギアスの旗がたなびいていた。

「我に、これを見せたいのか、ミセーリア……」

 裏切り者の粛清とエレンホス王の首、そしてマリアベールの犠牲の上で勝ち取った平和なフィデーリス。



 過去のヴェンガンが、バルコニーに出ると群衆は静まり返った。

「民達よ! フィデーリス王国は、マルギアス王国の属領となった!」

 民衆がざわつく。

 状況的には分かっても、突然の敗戦宣言に戸惑いは隠せない。
 その顔にあるのは、どれも自分達の今後の心配である。

 民衆達の中から、ミセーリア王の安否を気にする声がチラチラと聞こえる。

「ミセーリア王は、先の戦いの混乱の中で崩御された!」

 ザワザワと、ひときわ大きいざわつきが起きる。

「聞くのだ、ミセーリア王の愛した民達よ! 王は、最期のその時まで、民の身を案じ続けていたのだ。その思いに配慮された寛大なるマルギアス王によって、フィデーリスは今までと変わらぬ独立自治権を有する事となった! ガモス騎士団長、マリアベール魔法師も戦いの中で倒れ……これからは、ミセーリア王に代わり、大臣であった私が中心となって、フィデーリスを統治する事となる!」

「裏切り者!」

 民衆の誰かは分からない。
 だが、その事実を知っているのは、生き残った下級騎士ぐらいである。

「……どうか、最後まで聞いて欲しい! 真の裏切り者は、広場に首を晒す、エレンホス王である! 彼がフィデーリスとマルギアスを陰で操り、無益な戦へと導いた張本人であった! それを知ったマルギアス王とミセーリア王は、エレンホス王を打ち取り、その争いの中でミセーリア王は崩御されたのだ! その証拠が、マルギアス王国の認めた独立自治権である!」

 確かに、血で血を洗う凄惨な戦争をしていた優勢な相手国が、占領国の独立自治権を許すなんて話は聞いた事が無い。
 旗こそ掲げられたが、虐殺も破壊も略奪も無い終戦に、民衆は説明を受け入れる他に無い。

「あの戦いで、多くの者が命を落とした。マルギアス王は、散った全ての英霊の為に慰霊の礼拝堂と、専用の共同墓地の建設を約束してくれた。エレンホスの……いや、エポストリアの裏切り者達から、民を救った真の英雄は、彼らであり、彼らを率いたミセーリア王は我らが誇るべき真の王であった。何度も敵として刃を交わしながらも、裏切り者達と戦う事に手を貸し、その庇護下においてくれたマルギアス騎士団とマルギアス王こそが、我らの真の友人である!」

 先ほどまで恐れられていたマルギアス騎士団に向けられる民からの目が、徐々にだが変わっていた。

「長かった戦争は多大な犠牲を払い、ようやく終わったのだ! どうか、フィデーリスを立て直す為に、皆の力を貸して欲しい!」

 ヴェンガンの終戦演説が終わると、民達はヴェンガンと共に黙祷を捧げた。
 バルコニーから城内に戻るヴェンガンの背中には、ヴェンガン伯爵を応援する声と、ミセーリア王とマルギアス王を称える歓声が響いていた。



 * * *



 過去の映像を見ているだけだったのが、急に動けるようになり、それも住人に干渉が出来る。
 彩芽が映画を見ているつもりが、オープンワールドのゲームに放り込まれたみたいな複雑な気持ちでいると、マリアベールが城の中を調べていた。

「どうしたの?」

「アヤメ、そうだな。お前も我も、当時の実際の様子は知らぬなら、同じか……ここは、さっき言ったように、ミセーリア王の作り出した我らを閉じ込める檻の様な物だ。当時の光景を記憶をもとに再現している様だが」

「どういう事?」

「我が死体を魔法で生前の姿に再現するのと同じ要領で……ミセーリアは、恐らく記憶、それも、大勢の記憶を使ってこのフィデーリスと言う箱庭を作っておる。そうでなくては、ここまで精巧な記憶は作れん。記憶とは、どんなに鮮明に覚えているつもりでも、全体で見ると酷く曖昧なものだからな」

「なるほど、それで?」

「我は、記憶の継ぎ目を探しておる。そこは檻として他よりも弱い部分。それさえ見つけられれば、我にも手の打ちようがある。うまくすれば身体を取り戻せるぞ」

「記憶の継ぎ目?」

「違和感のある部分がどこかにある。特に、我とお前の牢獄が繋がり、牢獄自体が不安定になっている今なら、そこに付け入る隙が生まれる筈だ。違和感を探すのだ」

「わかった!」



 分かりはしたが、初めて見る景色で間違い探しなど出来るかは、分からない。
 当時何が存在していて、何があってはいけないか。

 人目を避けながら、二人は城内を見て回る。
 少しすると、まるで映像に追加でレイヤーが重なる様に、城内の景色が一変した。

「なんだとっ!?」

 精神の牢獄は、どうやら定期的に再現世界を移っていくらしい。
 もとにした記憶が変化すれば、違和感の場所も変わってしまう。
 マリアベール、と言うよりは魔法使い対策がされていた事に二人は動揺を隠せない。

「ミセーリアは、弟子だったんだよね?」

「なんだ」

「優秀だったの?」

「かなりな……」

 二人が会話をしていると、向こうから人が歩いてくる気配があった。
 物陰に隠れ、様子を見ると、そこにはヴェンガンの姿がある。
 どうやら、前の場面より数年経過しているらしい。



「国庫はどれほどもつ?」

「長くは……伯爵様の私財を投じるのも限界です。長くても五年のうちに空に……」

 ヴェンガンが、内務大臣らしき人物と話している。

「このまま何も出来ずにいれば、五年で自治権を剥奪される、か……」

「それよりも伯爵様、治安の悪さの方が大きな問題です。民衆は飢え、いつ暴動が起きてもおかしくありません。このままでは五年と経たずに内部から崩壊してしまいます」

「ふんっ、誰の犠牲のおかげで、その程度で済んでいるかも知らぬとは、幸せな連中だ……」

「民は、マルギアスから自治権を買っている事を知りませんので、仕方が無いかと……せめて、ガス抜きでも出来れば……」



「お姉ちゃん達、誰?」

 突然、二人の後ろから少年の声が聞こえて来た。
 二人が振り向くと、そこには年端も行かぬあどけない少年が立っている。

「マリアベール! どうしよう!」

「馬鹿者! 下手な反応をするな! 怪しまれるぞ!」

「お姉ちゃん、マリアベールって言うの?」

 少年は目をキラキラさせて聞いてくる。

「魔法使いと同じ名前?」

 少年の無垢な瞳が煌めく。
 そのプレッシャーに、二人は記憶の存在と分かっているのに耐えられなくなる。

「そうだよ、このお姉ちゃんもマリアベールって言うんだよ。私は彩芽」

「なっ!? 何を考えておる!」

「だって! かわいくって!」

「我とて自己紹介ぐらい自分で出来る!」

「そっち!?」
 彩芽は、そう言えば生きた人恋しいとか言っていたなと思い出す。

「この城に変な所があるのを知らぬか? 小僧」

「ん~ん、知らない」

「……では、行きたくない場所は? 行きたくても行けない様な」

「あるよ。そこに行きたいの?」

「そうそう!」
 彩芽が少年の手を握る。

「じゃあ、こっちに来て、お姉ちゃん達!」



 * * *



 そこは、隠し脱出路に通じる絵の裏に隠された通路であった。

「ここだよ」

 少年は、役立てたのが嬉しいのか、無垢な笑顔を見せる。
 だが、隠し通路を知る人間は、城内にはマリアベールとミセーリアとヴェンガンしかいない筈。

「……マリアベール、この子何? なんかヤバイ? 罠?」

「わからん。だが、こやつから害意も魔法も感じぬし、誰かの記憶の存在に間違いはない。つまり、この小僧は当時確かにここにいて、この道を知っていた誰か……」

 二人は少年をもう一度見るが、耳がとがっておらず、ヴェンガンとミセーリアの子供では無いらしい。



 その時、映像に追加でレイヤーが重なる様に、また城内の景色が一変した。

「またぁ!?」

「厄介な仕掛けだ……」

「お姉ちゃん達、どうしたの?」

「「!?」」

 城内の光景は、数ヶ月経っている。
 だが、目の前の少年は、先ほどと同じ場所に立っていた。

「小僧……まさか……お前もここに、閉じ込められておるのか?」

「閉じ込められてる? 違うよ。僕は、ここに住んでるんだ」

「……君、名前は?」

「僕は、セクレト。セクレト・エレンホス。こう見えても、エレンホスって国の王子なんだ」
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