ポンコツ女子は異世界で甘やかされる

三ツ矢美咲

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第24章

彩芽、手を上げる

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「あのう」

 イラグニエフが、階段を上がっていく彩芽に声をかけて来た。

「相部屋なら、他を……」
 ストラディゴスは取り付く島も無く、あっさりと断ろうとした。
 よく知りもしない旅人と相部屋になって、もし彩芽やルカラに何かあればと考えると、避けられるなら避けるに越した事はない。

「待って」
 しかし、それを彩芽が一旦止めた。
 今回、彩芽が借りた部屋は、自分達の泊まる部屋と、もう一室別の部屋にベッドが一つ余分にある。

「え、え~と、何か、御用ですか?」
 彩芽は、初対面の様な顔で返事をする。

「あ、あの、実は今日、泊まる部屋が無くって、その、悪いんだけど相部屋とか出来ないかなと……」
 イラグニエフは、ずぶ濡れで旅に疲れ切ったまま、申し訳なさそうに頼んできた。

「何だお前、俺と一緒のベッドで寝たいのか?」
 ストラディゴスは睨みを利かす。

「うっ、そ、それは……」

「だから、ストラディゴス待ってって。多分、はじめまして……だよね? 私は、彩芽って言います」

「え、あ、あの、僕はイラグニエフ、です。多分、同じ船の、へ、へへ」

「こっちは、ストラディゴスとルカラ」
 二人はイラグニエフを階段から見下ろす様に、返事を目線でだけ送る。
 会釈なんて物は日本人では無い為しない。

「ね、ねぇ、ストラディゴスは、私とルカラと、その、同じ部屋でも良い?」

「………………ぇっ!?」

 ストラディゴスは、むしろ違うつもりだったのかと、かなり驚いて見せた。
 ここまでの馬車も船も同じ場所で寝泊まりしてきたのに、今更、別の部屋にわざわざ泊まるなんて話は、寝耳に水である。

「イラグニエフさん。私達は、えっと、私とルカラで部屋を借りてて、別の、その相部屋でストラディゴスのベッドも取ってたんですけど、ストラディゴスが私達と一緒で良いなら、そのベッドをお譲りしても良いんですけど、ストラディゴスは、どう?」

「え、ちょっと待ってくれ、別の部屋を取ってたって、俺、何かしちまったのか!? いびきがうるさかったとか!?」

 彩芽は、部屋を多くとってキーマンとイラグニエフとの初対面での事を円滑に進めようとした口実に、ストラディゴスを別の部屋に泊めるみたいな要らない嘘をついた。
 その嘘に、事情を知らないストラディゴスは、やたらと大きな不安を抱いて動揺した。

「ストラディゴス、別の部屋取ったぐらいで動揺しすぎだって、いびきとか気にならないから」

「で、でもよ、な、な、な、なら、なんで急に!? まさか、生魚で変人扱いしたから!?」

「それも気にしてないってば、ただ、え~と、ほら」

 彩芽は、生魚を食べた事のカルチャーショックがストラディゴス達には思ったよりも大きな物だった事に驚きつつ、変人扱いまでされたのかと地味に棘が刺さった。
 だが、変人扱いなんて今に始まった事では無い。

 彩芽はストラディゴスの耳にコソコソと話しかける。
「ストラディゴスを別の部屋のベッドにする筈無いでしょ!」
「じゃ、じゃあ、別の部屋のベッドには誰が寝るんだよ。それじゃあ、まるで部屋を貸し切って、一人外に……」

 そこまで言って、ストラディゴスは「……はっ!?」とした顔をして、言葉を濁し、息を飲んだ。
 ストラディゴスは、そっとルカラの方を申し訳なさそうに見る。

「そ、そういう事か……」
「え、わ、分かって、くれた?」
 彩芽は、ストラディゴスが何を勝手に解釈し理解したのか、良くわかっていなかった。

「ああ……まあ、そう言う事なら、その、なんだ、今回は残念だが……」
「残念?」

「そ、そりゃあ残念だけど、そうだよな、マグノーリャに着けば、またいくらでも、そう言うチャンスは」
「チャンス?」

「いや、悪かった。勝手に早合点しちまって……いや、でも、そ、その、お前の、その気持ちが、俺は……」
「???」



「あ、あのう、結局、僕、ベッドは譲ってもらえるんですか?」
 イラグニエフが彩芽とストラディゴスの内緒話する様を見上げながら、申し訳なさそうに聞いてきた。
 ここでダメなら、別の部屋に交渉に行かねばならず、時間を無駄にしたくないのだろう。

「仕方がねぇな……」

「ありがとう! 本当、恩に着るよ!」



 * * *



「へ~、じゃあ、フラクシヌズに受験を?」

 彩芽は、知ってると思いながらイラグニエフに話を合わせる。

「そうそう、僕って、こう見えて結構優秀なんだ」

 外の時化は相変わらず、おさまりそうもないが、雨音が気にならないぐらいイラグニエフの話は弾む。

「点火系の魔法なら起動出来るし、契約系の魔法なら触媒があれば簡単のなら使えるし」

 ストラディゴスとルカラは、イラグニエフが奢る酒や魚を口にしながらも、あまり楽しくはなさそうにしている。
 どうやら、イラグニエフの軽い自慢話が面倒になってしまった様だ。

 一方で、ちゃっかりイラグニエフに酒を奢らせている彩芽は、タイミングを見てイラグニエフに話を振った。

「イラグニエフさん、凄いんですね。あ、もしかして、これの価値も分かります?」

 彩芽はジッポライターを取り出し見せた。

「何それ?」

「え~と、魔法のライターです」

 イラグニエフはライターを手に取って観察する。
 ライター自体が珍しく、仕掛けを動かして火花が散るのを見て、それが着火装置である事は理解する。

 彩芽がライターを取りあげ、親指と人差し指で縦に挟み、パチンとはさみ弾いて開き、格好つけて火をつける。
 ルカラは「おおぉ」と感嘆の声をあげてくれるが、ストラディゴスは何度か見ている為、可愛いモノを見る目で見守る。

 彩芽の着火には目もくれず、イラグニエフは、刻印を見て何かに気付いたのか、目の色を変えた。

「これをどこで?!」

「フィデーリスで、魔法使いの友達に貰ったんです」

「貰った!? これを!? ただで!? 嘘でしょ!?」

「すごいでしょ」

「ちょっと、も、もう一度良く見せてくれないか!? これって、全部魔法の刻印でしょ!? それも、かなり高度な上に、こんなに細かい! 友達って誰!? 何者!? って言うか、あんたら何者なの!?」

 イラグニエフはほろ酔いだった酔いが一気に醒め、目を丸くしていた。

「あ、そうそう、ストラディゴスって、実は、あの有名なリーパー殺しなんだよ」

 ストラディゴスが、彩芽を見た。
 そんな自慢話みたいな事を彩芽がするとは思っていなく、珍しいと言った顔をしている。

 実際は、リーパーを殺せていないと言うか、マリアベールには勝ててもいない。
 本来、ソウル・イーター討伐に協力したぐらいの実体の無い話で、ストラディゴスだけで無く、彩芽もルカラもその話を話題にする事は、普段では考えられ無い。

「リーパー殺し!? じゃ、じゃあ友達って言うのは、ヴェンガン伯爵!?」

「え? あの、それは違うけど、ヴェンガン伯爵の知り合いの魔法使いだよ。イラグニエフさんは、これ使えそう?」

「え? いや、使えるも何も、これって、相当高度な魔法でしょ? それに、これじゃあ半分だけじゃない?」

「これもあれば?」

 彩芽が取り出したのは、マリアベールの髪の毛を束ねて作った髪箒を見て、イラグニエフは、またじっくりと観察し始め、すぐに意味が分かった顔をした。

「ぐぬぅ……こんなの、僕じゃ使えないよ……って言うより、これ使える魔法使いなんて、その、くれた人以外に、世界に何人いるかって話だよ……」

「本当に使えない? 詠唱呪文まで分かったら、どう? ソート・ネクロマンスって」

「まって! ちょっとまって! ……ネクロマンスって、これ作ったのって……もしかして……死霊術師!!?」

 イラグニエフの言葉に、ストラディゴスとルカラを彩芽の方を信じられないと言った顔で見た。
 マリアベールに関する事は、三人の中では、何も無い初対面の相手に話して良い話題では無い。

 彩芽は二人の視線にぎくりとしつつも、その場を収める言い訳を探す。

「違う違う、イラグニエフさん、落ち着いてよ。え~~~と~~~~、ほら、リーパーを倒すのに、同じだけど違う魔法が必要だったって話でさ、これは、あの、ほら、良い魔法だから。ま、まあ、いいからさ、この魔法、そこまで分かってたら、もしかして使えるんじゃない?」

「つ、使えるかもしれないけど、でも、それって、聞いた感じだと、良い魔法って言ってもさ、対症療法みたいな物って事でしょ? 結局、外法じゃないの?」

「ま、まあ、それもそうなんだけど、でもでも、きっと、こんな魔法じっくり調べる機会なんて無いだろうなっと思ったんだけど、魔法使いなら、興味ない?」

「まだ魔法使いじゃないけど、え、でも、それってどういう意味? もしかして、こんな凄い物を僕に調べさせてくれるの!?」



「おい、アヤメ」
 ストラディゴスがストップをかけた。
 ルカラもストラディゴスの意見に賛成と言った顔で見て来る。

 小声でイラグニエフに聞こえない様に、ちょっと待たせて、三人は話し合いを始めた。

「アヤメ、なんか変だぞ。もう酔ってるのか? あんな初めて会った奴にマリアベールの魔法を自慢したり、リーパー殺しだって、どうした?」

「そうですよ、あんな人にアヤメさんが張り合わなくても……マリアベールさんの事は、誰にも秘密なんですよ」

「二人共、別に張り合ってる訳じゃないから。ちょっと考えがあって」

「考え?」
「何ですか?」

「あ、え~と、マリアベールの魔法を使える人って、多い方が便利じゃない?」

「うん? ま、まあ、そうだけどよ。でも、俺達には魔法がかかってるんだから、それで良いんじゃないか?」

「私達以外の人に、必要になった時は?」

「あの、言っている意味は分かるんですけど、魔法の秘密って、そんな誰にでも言って良い物では無いのでは?」

「う、うん、ルカラの言ってる意味も分かるよ。オープンソースって訳でもないし、ああ、どう説明しよ……」



「あのう、そ、その、いくら出せば、その魔法を調べさせてくれるのかな、結局」

 イラグニエフの言葉に、ストラディゴスの目の色が変わった。
 金を貰えるなら話は別だ。

「いくら出せる?」

「え、えっと、今手持ちが……う~ん、出せても五百フォルトが限界だよ、ここの払いも、入学金もあるし」

「待って、イラグニエフさん、お金は良いから」

「え? それってどういう意味?」

「そうだぜ、アヤメ、せっかく金を出すって言ってんだ」

「お金は良いから、イラグニエフさんが魔法を調べて、他の人が使える様にまとめてくれたら、それの内容を教えて欲しいの」

「え、ええぇ、それは、ちょっと」

「じゃあ、私も見せないけど、いい?」

「う~ん…………わかったよ。うん、それでいいよ。ただで見せて貰える上に、元は君の物な訳だし」



 * * *



 酒場のテーブルでイラグニエフが魔法を調べている。
 それを、彩芽は面白そうに観察する。

 ストラディゴスとルカラは、剣帯を仕上げたいと部屋に戻って、降りて来ない。
 剣帯を仕上げたいのは本音だろうが、イラグニエフが魔法を調べているのを横で見てても面白くないのが本当の所だろう。



 そんな所に、新たな客が来店した。
 タンブル侯爵だ。

 ブルブルと猫の様に首を振って水を払うと、雨に濡れて寝ていた立派な鬣が立ち上がった。
 タンブル侯爵は、そのままカウンターへ行き店主に何やら話をしている。

 店主が首を横に振ると、小さく隠す様に溜息とも深呼吸とも取れる深い息を吐いた。



「タンブル侯爵! どうでしたかっ?!」

 小人族の青年が追いかける様に酒場に入ってきた。

 タンブル侯爵は振り返ると、小人族の青年に何やら話しかけている。
 すると、小人族の青年が酒場の全員に向かって語り掛けた。

「この中に、医術や魔法の心得がある人はおりませんか!」



 酒場の中はザワつくが、誰も名乗りを上げない。
 そんな中で彩芽は、前と同じ様に話を進めなければと、思い出しながら手を上げて質問した。

「あ、あの、どっちも出来ないですけど、どうかしましたか?」

「タンブル侯爵様の奥方が、船旅で体調を崩されています。この先にある町長の御屋敷でお休みになられているのですが、熱が酷く、身重の為、このままではお腹の子も……どなたか、薬でも何でもいいです。助けてください! お礼もさせて貰います!」

「船医はどうしたんだ?」と乗客の一人が聞いた。

 小人族の青年が質問に答えを返す。
「それが……実は、モルブスで補給を受ける筈が、フィデーリスが壊滅してしまった為、十分な補給が受けられず、ネヴェルから持ってきた船に乗せている薬を使い切ってしまいまして……」



「イラグニエフさん、薬とかって持ってます?」

「酔い止めと傷薬と胃腸薬ぐらいはね」

「その、魔法とかで、治せたりとか?」

「僕は専門外だよ。僕の専攻は」

「都市防衛とか?」

「え? そんな事、僕、君に言ったっけ? 違うけど。僕の専攻は気象操作だよ」

「……え? あれ?」

 イラグニエフはチラリとタンブル侯爵を一瞥するが、興味も無い様に振舞いながら、ライターと髪箒の分析に戻る。

「あ、あっと、じゃあ、その、今調べてる魔法を使っても?」

「……アヤメさん、これはあくまでも研究の為だよ。それに、この魔法が外法である事には変わりないんだ。僕には荷が重すぎるし、こんな難しいの今の僕じゃ使えないよ」

「本当に使えない?」

「はぁ、ほら、ここの記述とか、僕の知らない式が組み込まれてる。この刻印を書き換えて何が起きるのかも分からないのに、使える訳無いでしょ」



「どなたか! どうか、助けて下さい! 助けて下さった方には、十分なお礼をします! どうか!」

 彩芽は、焦りを感じた。
 前は、どうやってイラグニエフに魔法を使わせたかを思い出そうとする。
 朧な記憶を頼りに考える。

 確か、ストラディゴスが手を上げていた。

「あの、この人が魔法使えるかも……」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの! 酔っぱらってるの!? 冗談でもそう言うのやめて!」

 イラグニエフが驚きながら、彩芽を制止した。

 彩芽の中で、焦りが加速する。
 明らかに、流れがおかしくなっている。

「イラグニエフさん、イラグニエフさん以外、侯爵様の奥さんを助けられないんだよ!」

「僕にだって無理だって! 魔法ったって万能じゃないんだよ!」

「イラグニエフさんなら出来るから!」

「な、何を根拠に!?」

 そんな事をしていると、ここにいてもしょうがないとタンブル侯爵と小人族の青年が大雨の中外へと出て行ってしまった。

「うそ……」

 少し流れが変わっただけの筈なのに、前には出来たイラグニエフに魔法を使わせる事を、失敗してしまった。
 このままでは、タンブル侯爵の妻であるバトラ夫人とお腹の子の命が危ない。

「い、イラグニエフさん、なんとか出来ないの!?」

「だから、僕には無理だって」

 彩芽は、イラグニエフを自分では動かせそうに無いと悟り、慌てて酒場の外へと駆けだす。
 タンブル侯爵と小人族の青年は大時化の中、港へと向かっているのが見えた。
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