好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

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第1章 同僚かと思ったら幽霊でした。

第3話 視えるんです。

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 驚く千夏に、晴高はるたかはさらに言う。

「だから。そいつ、死人。えてるのは、俺とお前くらいなもので他のやつには視えてない」

「え……ええ!?」

 うそ……こんなにはっきり視えているのに? 
 千夏は内心焦って周りを見わたす。同じ係の職員たちはもちろん、隣の島の人たちも、仕事の手をとめて不思議なものを見る目で千夏と晴高のやりとりを眺めていた。集まる視線が痛い。

(やっちゃった……!!)

 千夏は小さい頃から時々、霊を見ることがあった。
 「あの浮いているおばちゃん誰?」と友達に尋ねたら、変な子扱いされてからかわれたこともある。それからというもの、霊が視えることは外では言わないようにしていた。

 家の中にぽつんと立っている老人の霊とか、道路脇に座り込んでいる女性の霊とか。そういうものが視えるたびに、霊に絡まれたくなくて、視えていることを気付かれないよう目を合わさずスルーするのが常だった。 
 そうやって気をつけてきたのに、今回、うっかり話しかけてしまったのは、

「え、だって。こんなにはっきり視えてるんですよ……!?」

 輪郭がぼやけることも透けることもなく、生きている人間と区別がつかないほどはっきり視えていたからだ。しかも、職員席に座っているなんて、完全に騙された。

「それは、たまたまそいつと波長があったんだろう。そいつ。前からこのあたりをウロウロしている浮遊霊だけど、俺にはそこまではっきりとは視えてない」

 晴高が淡々とした口調で、さらに続ける。

「ネガティブな感情をもっていると霊と波長が合いやすくなるらしいしな。お前、八坂不動産からの異動なんだろ? おもいっきり左遷だよな。本当は、こんな子会社の出先なんて来たくなかったんだろ?」

 本心を見透かしたかのような容赦ない言葉に、千夏はピキッと固まった。
 二人のやりとりをオロオロしながら見ていた百瀬課長が、さすがにこれ以上はまずいと思ったのか間に入ってくる。

「ふ、二人とも。それくらいに……」

 しかしもう千夏には百瀬の言葉は耳に入ってはいなかった。そんな余裕なんて無い。

(そうよ。左遷よ! どうせ、私の前所属を聞いた時点でみんな薄々分かってたんでしょ!?)

 千夏はキッと晴高を睨んだ。
 睨んだけれど、すべて図星なので反論する言葉も浮かんでこない。
 周りの同情じみた視線が痛い。なんて、無様《ぶざま》なんだろう。泣きたい気分で涙をこらえながら、幽霊だと指摘された隣の席の男に目を向けた。

 元はと言えば、あんたが紛らわしく生きてる人間と変わらない見た目をしてたからいけないのよ。
 と、恨みがましい視線を向けたところで、千夏は「え?」と声を漏らした。

 いままでずっと微動だにせず俯いてデスクの一点を見つめていた幽霊男が、その双眸からハラハラと涙を流して静かに泣いていたのだ。

「ど、どうしたの? 大丈夫?」

 思わず幽霊男にそう尋ねてしまい、千夏はしまったぁ!と心の中で後悔した。また、幽霊男に話しかけてしまったじゃないか。
 晴高がやれやれという視線を投げてくる。

 あああああ、もう、今日の私、ダメすぎる。出社一日ですっかり第一印象はボロボロのきざし。まぁ、もともと突貫とっかんのメッキで塗りたくったものなんていずれハゲるんだから、いまさら取り繕ってさらにメッキを厚塗りしなくてもいいかと早くも諦めの気持ちが沸いてきた。
 はぁと嘆息をついたそのとき、幽霊男がぽつりと何か言葉を発した。

「これ…………食べてもいいんですか?」

 弱い、いまにも空気に霧散してしまいそうな声。でも、驚きと嬉しさが混じりあったような響きがあった。
 幽霊の声なんて聞いたのは初めてだったけれど、こちらから会話を初めてしまった手前無視もできない。
 千夏は生きている人と同じように接することにした。

「ええ。どうぞ。アナタにあげたものだから」
「ありがとう……ございます……」

 幽霊男は涙を拭うこともせず、膝の上に置いていた右手をデスクの上に出すと、ゆっくりとした動作でサブレーの袋を手に取る。

 その瞬間、不思議なことが起こった。
 サブレーの袋はデスクの上に置かれたまま動いてはいないのに、幽霊男の手には同じサブレーの袋がある。まるで袋が分裂したようだった。彼の手にある方は、若干半透明で向こうの景色が透けている。

 彼はその袋を開けると中身を出してしみじみと眺めた後、おそるおそるといった様子で口に運んだ。
 彼がサブレーをかじると、さくっと小気味良い小さな音がした。
 そして、じっくり味わうように咀嚼する。

「ああ……うまい。やっぱ、うまいなぁ、これ……」

 彼は何度も「うまいなぁ」を繰り返しながら、嬉しそうにサブレーを食べた。

 あらためて彼をじっくり見ると、彼はいかにもサラリーマン然とした格好をしていた。明るめのグレースーツに青色のネクタイ。髪は茶色みのある明るい色をしていて、少し癖があるようだ。顔もそこそこ整っていて、イケメンと言うよりもどちらかというと愛嬌がある顔立ちをしていた。もし幽霊でなければ、好青年として年上にも可愛がられたタイプだろうなぁ。千夏はそんな想像をしてしまう。

「まだ余りあるけど……食べる?」

 千夏がそう声をかけると、幽霊男はパッと嬉しそうにはにかんだ。笑った顔はちょっと可愛い。

「はい、どうぞ」

 缶の中に残っていたサブレーを渡すと、彼はにこにことサブレーを受け取る。ここでも不思議なことに、彼は確かにサブレーの袋を受け取ってその手にしっかり持っているのに、千夏の手にもまだサブレーの袋は残ったまま。つまり、彼が物を手に取ると、まるで物の幽体部分?だけが彼の手元にうつり、そのものの実体はその場に残るようなのだ。

「ありがとう」

 彼は礼をいうと、そのサブレーも袋をあけてむしゃむしゃ食べ始めた。どれだけお腹がすいていたのだろう。いや、幽霊もお腹がすくのかな?

 普通にやりとりのできる彼に、いつのまにかすっかり恐怖心はなくなっていた。千夏は自分の席に腰を下ろすと、マジマジと彼を眺める。
 たしかによく見ると全体的に若干半透明ではあるのだが、よく見ないとわからない程度だ。他の人にはこの幽霊男自体が視えてはいないのだろうが、千夏の目にはそう見えた。

 自分の席で頬杖つきながらサブレーを無心で食べる彼を眺めていたら、向かいの席から大きなため息が聞こえてきた。声のした方に視線だけ向けると、晴高だった。

「……あんた、すごいな。幽霊と会話できるのか」

 呆れたような驚いたような、そんな声で晴高がいう。

「え……ちょ、ちょっとまってください。私も、はじめてですから。こんな風にコンタクトとれたのなんて」

 とそこに、それまでハラハラした様子で千夏たちのやりとりを見ていた百瀬課長がスッと目の前にやってきた。いつの間にか、その顔にはニコニコとした満面の笑顔が浮かんでいる。な、なんだろうとちょっと引きぎみなる千夏の肩を、百瀬課長はポンと叩いた。

「ああ、ごめん。これじゃ、セクハラになっちゃうよね。ごめんごめん、つい嬉しくてね」

「嬉しい……ですか?」

「ああ。晴高くん。良かったじゃないか。パートナーが見つかって」

 百瀬課長はにこにこしたまま晴高に言葉を投げた。当の晴高は、相変わらず無表情の仏頂面だったが、ややあって小さく頷く。

「はい。そうですね。ここまでの適任は、そうそういないと思います」
「だよね。じゃあ決まりだね」

 二人の間で、勝手に話が進んでいく。なんだか自分のことを言われていることは分かるのだが、話が見えなくて千夏は落ち着かない。

「……え、ちょ…………なんのことですか?」

 戸惑う千夏の両肩を、百瀬課長はがっしりと掴むと、逃がさないよ?とでもいうように強い笑顔で言った。

「君には晴高くんと一緒にペアを組んで仕事をしてもらうことにしたよ。君たちの担当は、特殊物件対策班だ」

「…………はぁ」

 特殊物件ってなんだ? と顔に疑問符を一杯浮べていると、大きな嘆息混じりに晴高が教えてくれた。

「別名、幽霊物件対策班。つまり、幽霊の出る物件を調査して除霊するのが俺たちの仕事だ。幽霊が出ると借り手がつかなかったり、ついてもすぐに出て行かれたりするしな」

「…………ゆ、ゆうれい…………ですか?」

「そう。この仕事は視えないことには務まらない。いままで俺独りでやってたから、抱えてる物件は結構多いんだ。このあとすぐ現地調査いくぞ」

「ええ!? 今から幽霊物件の調査ですか!?」

 晴高からは冗談を言っている雰囲気は微塵も感じられなかった。なんだか、着任早々妙なことになってしまった。

 それもこれも、この幽霊男のせいだと勝手に恨みがましく幽霊男を見ると、サブレーをかじったまま申し訳なさそうにこちらを見ていた彼の視線と目が合う。
 まったく、もう!


(第1章 完)
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