好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

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第2章 夜な夜な泣き彷徨う霊

第5話 強制除霊 ※ホラーあり

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 晴高はファイル片手に淡々と語る。

「この部屋の明け渡しが完了したのが二週間前。その日の夜、201号室の住民が深夜に帰宅すると、壁の向こうから女性の泣くような声が聞こえたんだそうだ。その声は一晩中聞こえていたと報告にある。その翌日には一階からも女の泣き声がすると苦情がきている。さらに一週間前からは、共用廊下や室内を彷徨さまようように歩く人影を見たという目撃が相次いでいる。全部で五件。報告されただけでもこの数だから、実際にはもっとあるかもな」

 ほかにも壁や天井から叩くような音が聞こえたり、クローゼットの扉や引き出しが勝手に開いたりという報告もあった。

 当然住民からは苦情や調査依頼が殺到し、中には賃貸契約中にもかかわらず「こんな家には住めない」とホテル暮らしをしだした入居者もいる。

 こんな状態では退去者が続出してどんどん空き室が増え、やがてここには誰も住まなくなってしまうことだろう。それを大家は非常に心配しているのだという。

「実際のところ、その影や声の正体が田辺幸子だっていう確証はない。ただ、奇妙なことが起こり始めたのがこの部屋の明け渡しの直後だったことや、一番はじめの怪異が隣の住民が聞いた泣き声だったことから、田辺幸子の霊が原因だと考えるのが妥当だろうな」

 というのが、晴高の見解だった。

 いまはまだ外が明るいからいいが、その怪異の原因とおぼしき部屋にいると考えただけで怖くて呼吸が浅くなってくる。

 今日もまた、日が暮れるとこのアパートのあちこちで怪奇現象が引き起こされるんだろうか。それを想像しただけで、ぶるっと身震いしそうになった。

 この世のものではない存在を相手に、自分たちに一体何ができるというんだろう。

「どう……するんですか?」

 おそるおそる晴高に尋ねると、彼は持っていたカバンを足元へ置いた。そして右手首にしていた水晶のブレスレットを親指と人差し指の間にさげて片手拝みすると、

「どうするもなにも。俺たちはただ、霊をみつけて除霊をするだけだ」

 目をつぶり、御経を唱え始めた。
 いつもの少しぼそぼそとしたしゃべり方とは違い、朗々としたよく通る声でよどみなく晴高の口から紡がれる御経。

 経を詠む声が部屋中に染みわたっていくと、千夏はこの部屋に入ってからずっと感じていた心の表面が泡立つような不安が嘘のように落ち着いてくるのを実感した。

 しかしほっとしたのも束の間、千夏の背後から「うう……」とうめき声が聞こえた。
 明らかな男の声。驚いて振り向くと、先ほどまで千夏と同じように部屋を眺めていた元気が、胸を押さえて苦しそうに俯いていた。

「……え。ちょっと、どうしたの?」

 どうしたもなにも、読経のせいなのは明らかだった。そのことに晴高も気づいたようで、唐突に経を詠むのを止める。

 御経が消えると、元気はうつむいたまま膝に手をついて安堵したように肩で大きく息をした。

「……死ぬかと思った」

「いや、アナタすでに死んでるでしょ」

 つい間髪いれず、そう突っ込んでしまう千夏。

 元気は顔をあげると、脂汗のにじんだ額を手の甲で拭いながら弱ったように笑みを浮かべる。

「死んでから、体調悪くなるの初めてだったからさ。驚いちゃって」

 そんな感想をもらす元気だったが、彼を眺める晴高の目は冷たい。まるで実験動物の反応でも検証するかのような乾いた目で、彼の変化をジロジロ見ていた。

「やっぱ、ソレにも効くんだな。どうせなら、一緒に除霊してしまってもいいんだが」

 晴高がそう言うと、元気もさすがに身の危険を感じたのか後ずさって彼から距離をとる。

 晴高が数珠を持つ手を元気に向けて再び口を開こうとしたとき、千夏は二人の間に割って入った。元気を背に隠すように晴高の前に立つ。

 なぜ、彼をかばおうと思ったのかはわからない。でも、生きている人間と同じように笑ったりしゃべったりする彼を見ていると、ここで無理やり除霊してしまうことは何とも気の毒な気がしてしまったのだ。

 それに現時点では、彼は何ら悪さはしていない。除霊しなければならない理由もない。

 晴高の鋭い目で見つめられるとついたじろいでしまうが、それでも負けまいと千夏はじっと晴高を見つめた。

 しばらく見つめあった後、晴高のほうが先に折れる。彼は小さく嘆息すると、淡々とした口調で苦言を呈した。

「一応忠告しとくと、ソイツをかばったところで碌《ろく》なことにはならんと思うぞ」

「わかってます。……でも、なんだか苦しそうだったから気の毒で」

 そして、ついでに浮かんだ疑問を晴高にぶつけてみた。

「除霊ってそんなに苦しいものなんですか?」

 晴高は床に置いたカバンを取りに行くと、再び千夏の前に戻ってくる。

「さあな。俺は幽霊になったことないから知らんが、幽霊なんてもともと何かしら未練があってこの世に残ってるもんだ。除霊ってのは、この世にとどまりたがっている霊を無理やり引きはがしてあの世に追いやるんだから、苦しみを感じるやつもいるのかもな」

 そういいながらカバンを開けると、彼は一枚の紙を取り出して千夏に渡した。
 縦長な白い紙に黒と朱の墨で文字が描きつけられている。お札のようだった。

「それを後ろの幽霊に持たせておけ。そうすれば、きょうの影響を受けないで済むはずだ」

 持たせておけ、と言われたってどうやって渡せばいいのかわからない。千夏はお札をもったまま晴高と元気を見比べた後、元気の胸におしつけるようにお札をつきつけた。

 千夏の手は元気の身体を、何の抵抗もなくすり抜ける。

 やっぱり、この人は実在しない人間なんだ。いくら会話ができて、生きている人間と変わらない外見をしていても、この人は幽霊なんだということを千夏は改めて実感する。

 そんな千夏の感傷をよそに、元気はそのお札を受け取るような仕草をした。すると、サブレーの時と同じように、お札が実体と半透明な幽体とに分かれ、元気の手には幽体のお札があった。実体の方はいまだに千夏の手の中にあるが、一応これで元気に渡したことになるようだ。

 そのやり取りを見届けると、晴高は再び水晶の数珠を持った右手を片手拝みの形にして読経を再開した。

 元気の様子が気になったが、お札をもらった彼は今度は読経の影響を受けないようでケロッとしていた。本人も不思議なのか、ぽつりと「お札、すげぇ」とつぶやくのが聞こえてきて、思わず千夏はクスッと笑みをもらした。

 晴高の読経は続く。
 明らかに部屋の空気が変わってきた。それまでは不気味にシンと静まり返っていた室内が、読経の声にあわせてあちこちでバチバチという大きな静電気のような音がしだした。いや、あれはラップ音というやつか。

 室内の空気が、千夏にもよく説明できないが、なぜかとても荒らぶっているように感じられた。

 何かが、ひどく怒っている。そんな落ち着かなさ。

 そのとき、元気の声が読経の声にかぶさって響く。

「あ! あれ!」

 元気が指さしたのは、寝室として使われていたであろう洋室の一角。
 部屋の隅に、吹き溜まるように黒いモヤが表れていた。

 モヤは次第に大きくなり、人の形のような輪郭を作り出す。

 千夏はごくりと生唾を飲み込んだ。あれが、このアパートの住民たちを困らせている人影の正体なのだろう。

 オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ

 声とも泣き声ともつかない音を発しながら、晴高に黒い影の一部が伸びる。それは、読経をやめさせようと霊が手を伸ばしているようにも見えた。

 晴高の読経はなおも続いている。

 地の底から響いてくるかのような不気味な音は、やがて千夏の耳にはっきりとした声として聞こえてきた。

『ヤメテ……、ヤメテ……クルシイ……ヤメテ……』

 元気のときと同じように、霊は苦しそうだ。でも除霊のためには仕方ない。そう思おうとした。

 しかし、霊の次の言葉に千夏はハッとする。

『……ドコ、アカチャン……ドコ……』

(え……赤ちゃん?)

 いま、霊は確かにそう言ったように聞こえた。
 この霊は何かを訴えかけてきている。助けを求めているようにも見えた。

 そんな霊を一方的に除霊してしまっていいのだろうか。
 そんな強制退去のような方法でいいんだろうか。

 ぐるぐると疑問が浮かんでくる。

『イナイ……イナイ……ドコ……』

 目の前の苦しそうにもがく霊を見ていると、なんだか居たたまれなくなってくる。
 それで、つい口をついて出てしまった。

「晴高さん、ちょっと待ってください!」

 晴高が読経をやめて、ギロッとこちらを睨んできて初めて「ああああ、やっちまったぁ!」と千夏は内心焦ったがもう遅い。

 読経が止まったことで、黒い影もスーッと空中に溶け込むように消えてしまった。
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