好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

文字の大きさ
11 / 54
第2章 夜な夜な泣き彷徨う霊

第11話 不倫の代償

しおりを挟む
 田辺幸子の相続財産管理人である弁護士の事務所は新橋にあった。千夏は電車でそこへと向かう。元気は何も言わなくても付いてきた。どうやら、なし崩し的に関わってしまったこの案件のことが彼なりに気になるようだった。

 弁護士には事前に晴高が連絡をしておいてくれたおかげで、事務所の入り口で名乗るとすぐに個室に通され、分厚いファイルとともに初老の弁護士が現れた。
 個室のテーブルに弁護士と向かい合わせに座る。実は千夏の隣にはしれっと元気も座っているのだが、弁護士には視えないようだった。
 千夏は立ち上がるとまずは深くお辞儀をする。

「八坂不動産管理の山崎千夏と申します。今日は田辺幸子さんの賃貸物件の件で、調べたいことがありましてお伺いしました」

「練馬区にお住まいだった田辺幸子さんのことでよろしいんですよね」

「はい。彼女の生前のことと、あと彼女の財産が今どうなっているのか出来る範囲でいいので教えていただけませんでしょうか」

 弁護士はずり落ちかけていた老眼鏡をかけ直すと、分厚いファイルをめくった。
 そもそもこの相続財産管理人の選定を家庭裁判所に申し立てたのは八坂不動産管理だ。そのこともあり、そこの社員である千夏に弁護士は協力的だった。

 彼の話によると、かなり念入りに調べてみたが、やはり相続人となるべく親族は見つからなかったという。

「彼女の財産は、あの部屋にあったものが全てだったんですか?」

「ええ。あとは、駅前の銀行に預金ですね。そちらはほとんどなくて。その辺りは明細が……あったあったこれです」

 弁護士は明細の書かれた紙を千夏の前におく。確かに残高はほぼゼロだった。これでは、弁護士費用はおろか、家具の処分費すら出せないだろう。

「彼女は慰謝料の支払いを抱えてましてね。それで、あらかた預金を使ってしまっていたようですよ」

 弁護士の口から出た言葉に、明細を眺めていた千夏は弾かれたように顔を上げた。

「慰謝料、ですか……!?」

「ええ。彼女は、妻子ある男性とお付き合いされていたようです。それで、亡くなる一年ほど前に相手の奥さんに民事訴訟を起こされています」

 そこで幸子は少なくない額の慰謝料を背負ったとのことだった。

「それで、お相手の方は……」

「民事裁判を機に、もうすっかり関係は切れていたようです」

「そう、ですか……」

 千夏の脳裏に、女の霊が言った『アカチャン』という言葉が蘇る。
 ずっと気にはなっていたのだ。

 赤ん坊が本当に存在していたとして、幸子一人で子どもができるはずがない。そこには必ず男性の姿があったはずなのだ。それが誰なのだろう、もしかしたら事情を知っているのでは?と淡い期待もあった。

 しかし、まさか不倫相手だったなんて。
 千夏は胸に湧き上がるやるせない想いに、密かに唇をかんだ。

 幸子の過去と思しき記憶の中で見た、あの小さな箱。出されなかった出生届。
 幸子は流産したのかもしれないと思っていたが、もしかしたらおろしたのかもしれない。あくまで憶測にすぎないけれど。

 でも、もし幸子がそれを男性に秘密にしたまま亡くなっていたとしたら、男性にその件を尋ねることはできない。
 彼女が守り続けた想いを、死後に勝手にあばくことなんてしてはいけない。

 千夏は話を変える。

「彼女の持ち物はどこに処分されたんでしょうか。実は彼女に物を貸していたという方が私どもの管理会社に現れまして、それで彼女の持ち物がまだどこかにあるのなら調べたいんです」

 ここに来るまでの間に考えた嘘のストーリーだったが、その千夏の話を弁護士は信じたようだった。眉根を寄せて、うーんと唸る。

「そうでしたか。いやぁ、それは困ったな。実はこれ以外にも費用があれこれかかってましてね。それを少しでも賄う為に室内の家具類や本、小物や衣類などはまとめて業者に処分を依頼してるんですよ。売れるものは売るつもりでいましてね。……その
買取明細が来てたかな。ちょっとあとで調べておきますね」

 弁護士によると、二週間前の部屋の引き渡し直前に、整理業者に室内のもの全てを持って行ってもらったのだという。その後、清掃業者が入るとすぐに部屋は大家に引き渡されている。怪異が起こり出したのはその直後だ。

 とりあえずその整理業者を教えてもらって礼を言うと、千夏は弁護士事務所を後にした。

 大通りを外れ、人気ひとけの無い路地に入ってようやく、千夏は心の中にわだかまったものも一緒に吐き出すように、大きく息をついた。

「彼女の言ってたアカチャンって、やっぱり不倫相手との子だったのかな」

 晴高の言いつけを守り、周りに人のいない場所にきてようやく胸の内を元気に吐き出す。

「その可能性は高いかもね。不倫相手には未練はすっかりなくても、子どものことは忘れられなかったんだろうな」

 隣を歩く元気も、神妙な顔で答えてくる。

「たった一人で、いろいろ抱えてたんだろうね……。私、幸子さんが亡くなった年齢と同い年なんだけどさ。そんなこともあって色々考えちゃうんだよね」

「同い年ってことは、いま三十?」

「そう。ついに大台に乗っちゃいましたよ」

 自分から言いはじめた話題だが、歳のことを聞かれると心がざらつく。そろそろ結婚も考えたい歳頃だけど、あいにく今は付き合っている相手すらいないのだった。

 一年前にお付き合いしていた人とは結婚も考えないではなかったけれど、お互いの仕事が忙しくなると連絡を取り合うのも億劫になってしまい、いつのまにか自然消滅した。

 肩を落とす千夏の様子に、元気はからっとした声で笑う。

「じゃあ、俺とも同い年だ」

「え。元気も同い年?」

「正確には死んだ歳、だけどね。享年きょうねん三十歳。生きてれば、今頃三十三になってたから、晴高と同年代かな」

 あっけらかんと元気は笑って言った。

「そっか、年上だったんだ」

 幸子のみならず、元気もまた自分と同じ年頃で命を失っていたことに少なからずショックを受ける。

 人はいつか死ぬ、必ず死ぬ。
 でも平均寿命が八十を超える現代。死なんて、遠い先にあるものだと思っていた。
 祖父母の葬式に出たことはあるが、両親はまだ実家で健在だし、早逝した友人も幸い身近にはいない。

 でも同い年の人の死を立て続けに聞いて、千夏は急に怖くなった。
 死は決して老いた順に訪れるものでは無い。突然目の前に現れるのかもしれない。それを思うと、たまらなく恐ろしい。

「元気もさ。やっぱ、何か未練があったんだよね……」

「そうだね。たぶん、死んですぐは付き合ってた彼女が心配だったんだと思う。……
俺の葬式でさ。彼女は焦点の合わない目をしてたんだ。全部、自分のせいだと思った。……突然人生を終わらせられて、はいわかりました、って割り切れる奴はそうはいないよな」

「そうだね」

 理不尽に断ち切られる関係。伝えられない想い。だから、この世に霊は留《とど》まってしまう。

「それを、少しでも良い方に持ってく手伝いができたらいいのかなぁ。この仕事って」

 霊障があるからといって一方的に除霊するのではなくて、少しでも未練を少なくして前向きに新たな一歩を踏み出せるような手伝いをしたいな。
 なんとなく、この仕事をする上での自分なりのやりがいみたいなものを、見つけた気がした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...