好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

文字の大きさ
15 / 54
第2章 夜な夜な泣き彷徨う霊

第15話 帰るところがないのなら、うちにおいでよ。

しおりを挟む
 職場に戻って今回の案件の報告書を書いていたら、いつの間にか窓の外は暗くなっていた。
 晴高はとっくに、定時きっかりに帰ってしまっている。

(……そういえば、あの人あんまり残業しないよね)

 夜に現場調査にいかなければいけないときなどはもちろん残業しているが、それ以外の日は定時とともにあがっているようだ。

(仕事早そうだから、それでも問題ないんだろうなぁ)

 この職場に配属されて、早一週間。
 千夏はまだここでの仕事になれていなくて、どうしても残業が多くなってしまう。
 今日なんて管理職ももう全員帰ってしまって、オフィスには千夏だけになっていた。

 隣の席の元気は当然ここにいるのだが、彼は千夏から借りたタブレットを興味深げに眺めている。今見ているのはニュースページのようだ。

「そろそろ帰ろうかと思うんだけど」

「ああ、うん。じゃあ、このタブレット返すよ。貸してくれてありがとう」

 そう言って、元気は柔らかく笑う。
 千夏は元気のデスクに置かれていたタブレットを手に取り、電源を落とすとトートバッグにしまった。

 元気は、千夏が配属されてくるまではその席に座って、俯いたまま始終ぼんやりしていることが多かったようだ。
 晴高に聞いても、元気は半年くらい前にそこに出没しだしてからというもの、たまに場所が変わったりはしていたが、基本的にただ虚ろに座っていただけだったという。

『勝手に絡んでくる霊もいるが、大半の霊はそんなもんだ』なのだそうだ。

 でも、話しかければ意思の疎通ができる相手にずっと隣の席でぼんやり俯かれているのも、千夏自身が落ち着かない。

 そこで通勤時間中にドラマを見るために持ち歩いていたタブレットを元気に渡してみたところ、とても喜んでくれた。それからはニュースページを見たり、海外ドラマを見たり。千夏がオフィスにいる間、彼はタブレットを見て過ごすのが日課になりつつあった。三年も幽霊をやってきて、知的刺激に飢えていたのかもしれない。

「それじゃあ、また明日」

「ああ、また。気を付けてね」

 千夏は自分のノートパソコンを閉じると、そんな挨拶を交わしてトートバッグを肩にかけた。
 オフィスの出入り口まで歩いていくと、

「じゃあ、消しちゃうね」

壁際にある照明のスイッチをオフにした。パッと室内の照明が消えて、光源は非常出口のおぼろげな緑の明かりだけになる。

 オフィスを出るとき一度振り返ると、元気がぼんやりと席に座っているのが見えた。
 真っ暗な広いオフィスに、ぽつんと一人残される元気の姿。
 静かに俯き加減で座るその姿は、まるで幽霊のように見えた。

(幽霊なんだけどさ)

 いつも明るく元気に話してくる彼の姿からすると、いまの幽霊然とした様子はまるで別人のように思えてしまう。
 千夏はオフィスを出て廊下を歩くと、エレベーターへと向かった。
 しかし、さっき見た元気の姿が脳裏にこびりついて離れない。

 彼も生きていたころ。ここの下の階にある銀行に勤めていたころには、仕事が上がれば自宅に帰ったり飲みに行ったり、友人や彼女と会ったり、そうやって普通の人として暮らしていたのだろう。

 しかし、今の彼にはほかに帰るべき場所もなければ、休めなくてはいけない肉体もない。
 街中などでたまにみかける幽霊たちと同じように、ただぼんやりと俯いてそこにいるだけ。別におかしなところはない。彼は幽霊なんだから。

(そうなんだけど。そうなんだけどさ……)

 楽しそうにタブレットを眺めていた元気の姿と、今見たうつむいた姿が重なる。
 ころころとよく表情を変え、よく笑い、よく喋る彼と、精巧に作られたオブジェのように微動だにしない俯いた彼。
 まるでスイッチがオンオフするかのようだ。

 彼はああやって毎晩一人きりで、ただ夜が過ぎるのを待っているんだろうな。眠ることもなく、たった一人で。こんな寂しいところで。

 エレベーターが昇ってきた。一階から二階へと表示があがってくるのを見上げながら、ふとこんな思いが頭をよぎった。

(別に、この場所でなくてもいいんじゃない? 元々特に思い入れがあるわけでもなさそうだったし)

 スイッチがオフになってただ佇むだけだったとしても、別にここでなくてもいいはずだ。いや、なんだか千夏自身が、彼をこんなところに一人で置いておきたくなかった。

 そう思ったらもう、足が勝手に動き出していた。
 背後でチンとエレベーターが三階についたことを音で知らせる。

 しかし千夏の足はオフィスへと踵を返していた。オフィスのドアを開けると、やはりあの席に元気が俯いて座っている。
 その背中に声をかけた。

「ねぇ! 元気!」

 突然、夜に沈むオフィスに響いた千夏の声に、元気が驚いたように立ち上がってこちらを振り向いた。

「びっくりしたぁ。どうしたの、忘れ物?」

「そう。忘れ物なの」

 すたすたと元気の元へ歩いていくと、彼はまだ戸惑った様子で千夏を見下ろしてくる。
 手を伸ばして彼の腕をつかもうとするが、その手はスカッと空を切った。

(そうだ。つかめないんだったっけ)

 あははと笑って腕を引っ込めると、元気の目を見上げた。

「あのさ。アナタ、夜はいっつもそこでじっとしてるんでしょ?」

「ああ、うん。そうだけど……」

 千夏は、「じゃあさ」と笑いかけた。

「うちに来ない?」

 元気の目が大きく見開かれるのがわかった。

「……え?」

「だからさ。ずっとそこに座っててもつまんないでしょ? うちに帰ればタブレットもまだ貸してあげられるし、パソコンとかテレビもあるから、アナタも楽しめるんじゃないかなって思って。……それとも、ここにいなきゃいけない理由とかあるの?」

 元気は困ったような焦ったような顔で千夏から視線を逸らすと、口元に手を当てて考えるしぐさをする。

「別にここにいなきゃいけない理由もない、けど……」

 戸惑いがちに零れ落ちた言葉に、千夏はパッと笑って。

「じゃあ、いいじゃない。うちにおいでよ。缶ビールくらいなら、おごるわよ」

 まだしばらく元気は照れ臭そうに迷っていたが、ビールにつられたのかコクンと頭を縦に振った。

「それなら……お邪魔させてもらおうかな」

「ええ。是非どうぞ」

 そう言うと二人の視線が絡み、どちらともなく笑みがこぼれた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

処理中です...