好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

文字の大きさ
47 / 54
第5章 廃病院に集まる悪霊たち

第47話 生命線

しおりを挟む
 その廃病院は東京西部の多摩川支流に近い山間部に建っていた。
 そこは総合病院で、同じ敷地内にターミナルケアを行うホスピスを併設していたようだ。ターミナルケアとは、病気で余命わずかと宣告された患者さんたちの生活の質を高めるために、苦痛緩和の医療措置を中心としたケアをいう。
 華奈子が入院していたのも、ホスピスだった。

 しかし、廃墟となった病院は窓ガラスが割れ、無残な様相を呈していた。五階建ての大きな建物と、その隣にそれより少しこぶりな三階建ての建物がある。ホスピスがあったのは小さい建物の方らしい。

 その門の手前で車を止めて、三人は廃墟となった建物を見上げた。
 千夏はトートバッグを胸にぎゅっと抱いたまま、ごくりと息を飲む。

 まだお昼前で今日はよく晴れているというのに、廃墟の周りだけ明らかに薄昏《うすぐら》い。まるで全体に薄いモヤがかかっているようだった。
 まだ日が高いためか霊のようなものは視えていないが、嫌な気配を全身に感じてぞわぞわと両腕に鳥肌がたった。

(ここ、本当にヤバイ……)

 行きたくない。ここに近づてはいけない。そう本能が警鐘をならしているようだった。一歩だってその建物に近づくことを、身体全体が拒んでいた。

「すげぇな、ここ。どうやったら、こんだけ集まってくるんだ」

 千夏には気配だけしか感じられず視えてはいないが、元気にはそこに集まる霊たちが視えているようだ。

「ここは昔から霊の通り道があったんだ。そこに病院を建てたのがまずかったんだろうな。でもそれだけならまぁ、普通より心霊現象が多く起こるくらいで済んだのかもしれないが、運悪く病院で死んだやつの中にとても霊力が高いやつがいた」

 そして晴高は、千夏が胸に抱くトートバッグを指さした。

「そいつが、お前らが視たっていう男の子だろう。華奈子とは生前親しかったらしい。そいつが核となって霊道を通りがかった霊やら付近の悪霊やらを呼び寄せて、こんなになっちまったんだ」

「華奈子さんも、その中に……」

 千夏が言うと、晴高は「ああ」と抑揚のない声で返してきた。

「完全に、その悪霊の塊みたいになっちまったやつに取り込まれてる。ただ……お前らは変なこと考えるなよ。そのキリンを病院のドアの向こうに置いてきたらすぐに帰るんだ。いいな」

「わ、わかってます」

 千夏はぎゅっとトートバッグを抱く腕に力を籠める。そうだ。自分たちはただ、このキリンのマスコットを返しに来ただけなのだ。あの建物に近づくのすら嫌だったけれど、ちゃんと返さないとまた勝手にこのマスコットは千夏の元に戻ってきてしまうかもしれない。

 建物に入る必要はないと晴高は言っていた。今は壊れて開けっ放しになってしまっている元自動ドアの向こう側に、このマスコットを置いてくるだけでいい。

「その前に、ちょっと準備するから待っててくれ」

 そう言うと晴高は車から小ぶりのアタッシュケースを取り出してきた。彼はそれを地面においてケースを開く。中には両端が刃のようになった二十センチほどの金属製の長いものが数本入っていた。

「なんですか、それ」

「これは独鈷杵どっこしょってやつだ。結界を張るのに使う。以前にもここに結界を張っていたんだが、悪霊たちの力が強すぎて壊れてしまったようだ。もう一度張りなおせば、今日くらいは持つだろう。悪いけど、向こう向いててくれないか。これ、企業秘密なんだ」

「は、はい」

 千夏と元気は晴高に言われた通り彼に背を向ける。スコップで地面を掘る音や、何やら経を唱える声が聞こえてきたが、見ないようにした。手持無沙汰を紛らわせるため、隣にいる元気に話しかける。

「ねぇ。元気には、どういう風に見えたの? あの建物」

「うーん。とにかく、禍々しいというか。……窓のあちこちから、黒い人影が見えた。ほかにも人の顔が沢山埋まった黒い塊がうろうろしてるし。腕だけのものとか、下半身だけのとか。パッと見ただけだけど、庭にも屋上にもいたよ。こんな朝っぱらからあんなに沢山うようよしてるなんて、異常だよ」

 聞かなきゃ良かった。せっかく千夏には視えていないのに、元気の言葉を思い出して視えないものも視えてしまいそうだ。

「このキリンさん。返したら、もう霊障起きないかな」

「だといいよな。それと……こんだけ巣くってる場所を晴高一人で全部除霊するなんて無理だ。なんとか、諦めさせられればいいんだけどな」

 晴高に聞こえないようにだろう。声のトーンを落として、元気が言う。

「そう、だね」

 そう答えたとき、背後から晴高の声がした。

「もういいぞ」

 振り返ると、アタッシュケースの中の独鈷杵どっこしょが土で汚れた古いものと変わっていた。新しいものは代わりにどこかへ埋めたようだ。

 晴高は棒を拾い上げると、病院の門の前に数メートルの線を引いた。門の出入り口をふさぐような形だ。

「結界を張りなおした。この線よりこっちが結界。ここより向こうが異界と化したあいつらの陣地だ。もし何か少しでもおかしなことがあれば、一目散に走ってきてこの線を越えろ」

 そして、言葉を区切ってから、忌々しそうに険しい目つきで廃病院を睨む。

「この線が、俺たちの生命線だ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...