好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

文字の大きさ
49 / 54
第5章 廃病院に集まる悪霊たち

第49話 あの子の元へ

しおりを挟む
 階段へ向かった千夏たち。それを妨げるように、廊下に発生した黒いモヤの塊から無数の手が伸びてきて千夏を掴もうとした。

 そこに、晴高の凛とした読経の声が響く。それが効いたのか、黒いモヤはピタリと動きを止めた。
 さらに元気がそのモヤに蹴りを食らわせて千夏から無理やり引きはがす。

「早く行け。こいつら、数が多すぎて少し止めるので精いっぱいだ。時間稼ぎにしかならん」

 晴高が先へと促す。元気は千夏の手を握った。

「行こう」

「うんっ」

 二人で階段を駆け上る。目指すは三階。少し遅れて、晴高もついてくる。
 二階からもモヤのようなものが迫ってきたが、それも晴高が押しとどめてくれた。
 千夏は元気に引っ張られるようにして三階へとたどり着く。

 三階は一階以上に荒れはてていた。廊下は散乱したガラスや入り込んだ落ち葉で足の踏み場もないほどだ。

 場所は覚えている。廊下の中ほどにデイルームはあったはず。
 千夏たちはそこへと急いだ。デイルームはすぐに見つかる。しかし、そこに入った途端、目の前に広がる異様な光景に息をのんだ。

 テーブルや椅子が散乱するその奥に、あの男の子が隠れていた手洗い場があるはずだった。
 しかし、いまそこは黒い物でおおわれていた。まるで黒いコブのようになったソレ。近づいてみると、長い髪の毛が何重にも絡まって手洗い場全体を覆っていた。

 千夏と元気はすぐにそのコブにとりつくと、髪のようなものを引きはがしていくのだがソレらはまるで意思をもっているかのごとく、引きはがしても引きはがしてもシュルシュルと絡みついてくる。
 遅れてデイルームに入ってきた晴高が、

「ちょっと下がってろ」

 と言うと、その髪のコブに札をペタッと貼り付けた。すると、突然、火もないのにその髪のコブが燃え出す。

 ギャアアアアアアアアアアアアアアア

 断末魔のような音をあげて髪は灰に変り、パラパラと燃え落ちる。
 その下に手洗い場と収納扉が現れた。

「あった! これだ!」

 千夏はその扉を開けようと取っ手を引くが、びくともしない。鍵穴などどこにも見当たらないのに、鍵でもかかっているようにピタリと扉はくっついて開かなかった。

「貸して」

 元気と場所を変わると、彼はその前に座って片方の足を扉の片側にあてる。そうして身体を支えると、両手で片扉の取っ手を掴んで全力で引っ張った。

「くっ……」

 それでもはじめはびくともしなかった扉だったが、元気が力をかけ続けるとピリッと扉の境目に亀裂のようなものが走り、カパッと開いた。

「ようやく、開《あ》いたぁ」

 はぁっと安どのため息を漏らす元気。その中には、さっき見た場面と同じように小さな男の子が体育座りをして蹲っていた。
 千夏は手に持っていたキリンのマスコットをその子の前に差し出す。

「これ。あなたのものでしょ?」

 怯えるようにその子は蹲ったままだ。
 千夏はその子の名前をやさしく呼んだ。

「えっと……ソウタくん、だっけ。これを持って、お父さんお母さんのところに帰ろう?」

 名前を呼ばれ、ソウタはハッと顔をあげた。そして、目の前に差し出されたキリンのマスコットをしばらく眺めていたが、バッと手に取って胸に強く抱いた。

 ……カエル……? ボク……カエレル……?

 ソウタの声が頭の中で聞こえてくる。千夏は、大きく頷いた。

「うん。帰れるよ。もう、君は自由だよ。どこへだって好きなところへ行ける。好きな人に会いに行ける。動物園だって行ける」

 ……ボク……

 ソウタがこちらに手を伸ばしてきた。すかさず、元気が彼を受け止めて抱きかかえる。元気に抱かれたソウタは、キリンのマスコットを握ったまま元気の首に腕を回してぎゅっと抱き着いた。

「よし。こっちは準備完了」

 あとはこの建物から出るだけだ。立ち上がって廊下に目を向けるものの、そちらからは強い瘴気のようなものが漂ってきていた。晴高が唸る。

「いよいよ取り囲まれたな」

 ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ

 廊下の方から何かがやってくる。それも一つではなかった。
 腕だけが床を掴むようにして這いながらこちらに近づいてくる。肘より先は黒いモヤに隠れてしまって見えなかった。それが一本だけではない。腕だけでなく、足だけのものもある。十本以上の手足がこちらに迫ってきている。

「どうする?」

 ソウタを抱きかかえたまま元気が晴高の隣で尋ねると、晴高は小さく苦笑した。

「これくらいなら問題はない。が……あいつらは全力で俺たちが外に出るのを妨害してくるだろう。いいか、窓から飛び降りてでもいいからこの建物の外に出ろ。あの結界の線の向こうへ行け。俺らが無事にここから抜け出すには、それしかない」

 元気と千夏は頷く。
 晴高が大きく息を吸い込んで読経を響かせた。すると、床を這っていた手足たちは動きを止めて震えだしたかと思うと、モヤのようになって消えてしまった。

「さぁ、行け!」

 晴高の声とともに、千夏と元気は駆け出した。一刻も早くここから離れなければ。
 しかしデイルームから出たところで、

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 地響きとともに床が揺れだした。

「きゃ、きゃあっ」

 轟音と激しい振動が襲ってくる。それとともに、大量の埃が舞い上がった。揺れの激しさに倒れそうになった千夏だったが、元気に腕を引っぱられて何とかそこに踏み止まる。しかし煙幕のように立ち込めた埃が辺りに充満していて目があけられない。

「げほっげほっ」

 元気に手を引かれながら歩いていくと、舞い上がる埃が薄れてきた。なんとか目を開けた千夏は目前の光景が様変わりしていることに驚く。

「な、なにこれ……!?」

 天井から廊下へと何本も太い鉄骨が落ちてきていた。さらに廊下をふさぐような瓦礫が山のようになっている。

「天井が落ちた……のか!?」

 元気が呻いた。
 そこで気づく。さっきまで傍にいた晴高の姿が見えない。もしかしてこの瓦礫の山に押しつぶされてしまったのでは?と心配になった。

「晴高さんっ!? 晴高さんっ、どこいるんですか!? もし聞こえてたら返事して……」

 そのとき、瓦礫の山の向こうから彼の声が聞こえてきた。

「ここだ! 天井が落ちてきて、そっちに行けない」

 遠いが、声はしっかりしていたのでとりあえずはホッと胸をなでおろす。

「分断させられた。悪いがそっちはそっちで出口を目指してくれ。俺は俺でなんとかする」

「わかった。晴高、お前も死ぬなよ」

 元気が瓦礫の向こうに声をかけると、「ああ。外で会おう」と晴高の声が返ってきた。
 彼のことが心配だったが、こちらも決して安全ではない。
 廊下の壁のあちこちから、黒いモヤのようなものが沁みだしてきていた。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 沁みだしたモヤは、ほかのモヤとくっついてどんどん大きくなりつつある。

「行こう。千夏」

「うん。でも、どこへ?」

 自分たちが上ってきた階段には、瓦礫が邪魔してもう行けない。
 一体どうやって逃げればいいのだろう。
 そのとき。

『コッチ』

 小さな声が頭の中に響いた。か細い女性の声だ。
 千夏と元気は吸い寄せられるように廊下の一番奥に目を向ける。そのドアの窓ガラスに白く細い腕が見えていた。その手は二人を手招きするように、ゆらゆらと揺れている。

 千夏と、ソウタを抱きかかえた元気は同時にそっちに向かって走り出した。
 廊下の壁の両側から染み出したモヤには人間の腕のようなものが現れ、千夏たちを掴もうと迫ってくる。それを振りほどいて二人は奥のドアへと走った。

 ドアの前にたどり着くと、外側から勝手にドアが開く。外の光が眩しい。
 千夏たちはその白い光の中に飛び出した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...