後悔

梅人

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後悔

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 Rは心臓も強くタフな男だったが、どろどろの何かが部屋に住み着いたのは、どうにかせねばならないと思っていた。ある日、雨漏りかと思って拭き取ったはずの泥のシミは、床から生えるように徐々に盛り上がり、やがて砂の山のように膨れ上がった。大人の腰くらいもあるその山を放置したのもRだったが、もちろん平気だったわけではなかった。度重なる激務で休みもとれず、ここまでずるずる育て上げてしまったのが現状だった。
 その夜は特にきつい日だった。後輩も同僚も揃って帰ってしまった途端、緊急の対応が舞い込んできた。終電も逃しタクシーでなんとか帰宅したRは、部屋に入るなりカバンとジャケットを投げ出し、床に大の字に寝転がった。いつもならまっ先に風呂に入ってビールを煽ってからにするが、今日はもう指一本動かすのもつらかった。
 ふと目を開けると、あの泥の山がそびえ立っていた。妙な光沢があり、まるで泥というよりは砂鉄のようだった。掃除もできずうっすら塵埃の浮いた部屋の中で、それはあまりにも艶めいていた。
 まばたきの一瞬。Rは山の頂上に花が咲いているのを見た。
 Rは飛び起きた。さっきまでなかったはずだと、目を擦った。しかし花はそこに咲いていた。Rは花に詳しくなかった。それがスミレだということも知らなかった。それでもRは、我も忘れて花を見つめていた。
 いくら経った頃だろうか。Rは我に返り、そして笑った。変わらず、スミレは愛らしく咲いていた。Rの心には、不思議な活力が満ちていた。
 山はそれからも、Rが帰る度に異なる花を咲かせた。チューリップ、キキョウ、タンポポ、アネモネ、ポピー。時には知った花を、時には知らない花を、山は一輪咲かせ続けていた。殺風景なワンルームには、いつも微かに花の香りがたちこめていた。
 ある夜。Rは荒れていた。上司の理不尽な押し付け、言うことを聞かない後輩、へらへらするばかりでどうにもならない同僚、積もるばかりの仕事。このすべてが彼を苛立たせ、疲れさせていた。彼は帰ってくるなりジャケットを力いっぱい投げ、怒りのまま拳で壁を殴った。
 山は、白いユリを咲かせていた。Rが帰ってきたことで重たげな花弁を揺らすその姿が、Rは気に食わなかった。
「お前も俺を笑うのか」
 そう呟くなり、Rは山を蹴散らした。部屋が汚れるのも、砂が飛び散るのも、何もかもどうでも良かった。ユリは散り、傷は茶色く濁り、葉は折れ萎えた。
「ごめんなさい」
 そう、聴こえた気がした。
 気づくと、山はどこにもいなかった。花も、その香りも、もうどこにも残ってはいなかった。後にはただ、汗ばんだまま興奮を冷や汗に変えていくひとりの男しかいなかった。
 それからは、Rが帰っても山は戻らなかった。彼を一時癒やした花も、彼の部屋に戻ることはなかった。
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