ネアンデルタール・ライフ

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交流

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取引は順調に回を重ねた。
森の仲間たちも、
徐々に平地人からの商品を楽しみにするようになった。

美しい貝殻の装飾品、
森では見ない獣の骨などは特に人気だ。
ただ、目立って美しいものは一人の女に独占されてしまう。

女…と呼んでいいのかどうか。
僕のように転生してきた人間からすると、
女と呼ぶには大きな抵抗を感じてしまう。

その存在は、長の一番目の妻である。
身体も太く、力も並の雄より強い上、
声も大きく強欲で、良くも悪くも自分に正直過ぎる。

まずは商品を手に取り、
見定め、
欲しいものを無言で奪う。
それが一つとは限らない。
欲しいだけ奪い、
残されたものを、他の仲間で分け合う。

「足りない。」
という不満の声は常にあった。

何度目かの取引の際、
不満をためた仲間が僕に要望した。

「ルイ、村へ行ってもっと貰ってきてくれ。」

何度か断ったが、あまりにそれが続き、
とうとうマフまでが言い出した。

(おまえの母親のせいだ!)

と言いたい気持ちをおさえ、
やむなく平地人に同行して村へ向かう。
村で少し交渉し、幾つかの品を得ることができた。

それが癖になり、
その後も何度か村へ通うことになった。

ただ、取引で渡す以外の食料を余計に持っていくと、
平地人の村の方でも喜んで交換に応じてくれる。

村へは一人ではなく、
二人の仲間についてきてもらった。
メンバーは同じではなく、
ある時はトビの子もついて来たし、
ある時はマフがついて来た。

マフの時のことは思い出したくない。
森での横暴な態度を平地人の村でも発揮し、
あれも欲しい、これも欲しい、
もっと欲しい、もっともっと欲しい、
と要求し続け、平地人たちから白い目で見られた。

しかし、マフ以外の仲間は穏やかに、
平地人との交流を楽しんだ。

トビの子は魚の罠作りが好きだ。
森ではルネの弟子のようになり、
毎日毎日作っている。
そんなに広くない川幅一杯に、
びっしりと魚の罠が並んでいる。

だからこそ、
トビの子は平地人のモノ作りの様子を眺めるのに夢中だった。
職人のような厳しい顔つきの平地人も、
トビの子のあまりに熱心な様子に興味を持ったらしあ。
その時に作っていたのは鳥の罠だった。
職人はトビの子を近くまで呼び寄せ、
一から作り方を見せてくれた。

他の仲間も、
畑を耕す様子を真似て笑われたり、
平地人の子供にせがまれて糖きびを分けたりしていた。

ネアンを愚か者と、
平地人がどこかで見下してはいる気配はわかる。
しかし、このような交流が続いていけば、
お互いを尊重できる日も、
そう遠くないのではないか。

冬の気配が漂う頃、
もう10回目近くになる取引が行われた。
長の妻がいつもの調子で装飾品を独り占め、
他の仲間からの
「もっと欲しい」
コールが巻き起こる。

平地人との顔見知りもできた僕が、
いつものように
「じゃあ行ってくるよ。」
と言うと、意外なことに仲間たちから反論が起こった。

「いつもルイばかり。」
「また取る気だろ、首飾り。」

この指摘は、僕にとって恥ずべきものだった。
最初にルネが森に来た時、
彼女が身に付けていた首飾りは奪われてしまった。

「これ、もらう。」

と首飾りを引きちぎっていったのは、
もちろんあのボスゴリラ…ではなく長の妻だ。

それがかわいそうで、
前に村に行った時にもらった、
小さい羽根飾りをルネにやろうと隠していた。
それが仲間にバレたのだ。

簡単に誤魔化せるだろうと思っていたのに、
ネアン一人騙すことができなかった。
現代人なのに…。

「わかったよ…。じゃあ誰が行く?」
僕が尋ねると、たくさんの仲間が手を挙げた。
「俺だ!」
マフが周りを威嚇するかのように声を上げる。
(マフだけはまずい!)
僕は先日のことを思い出した。
慌てて、
「マフ様に何かあったら、森はどうなります?」
と制した。

「平地人がいつ敵になるかわかりません。先日、やつらがマフ様を観察していることに気がついたのです。他の仲間に任せて、マフ様はここでお待ちください。」
僕は心から森の将来を案ずる仲間を演じきった。

マフは僕の忠誠心に満足したようだ。
「わかった、ルイの言う通りだ。」

村に行ったことがある者としてトビの子、
僕の兄で、穏やかな気性のシイ、
警護や荷物運びとして、力の強いタンという仲間、
この三人を選んだ。

「シイが行ったら、村のやつがルイと間違えるんじゃないかな。」
仲間の一人が言うとみなが笑った。
母は違うが、シイの見た目は僕とそっくりだった。

僕もむしろ、それを期待してシイを選んだ。
交渉を続けてきた僕らしき者がいるとなれば、
平地人もちゃんとした品を渡してくれるに違いない。

三人は交換用の食料を抱えて、
帰っていく平地人と同行していった。

仲間たちと品を森に運び込み、
僕はもう一度森の外れに戻った。
そこにいるマフとともに、
三人の帰りを待つつもりだった。

しかし、マフの母、つまり長の妻もまだそこにいた。
三人が帰ってきたら、
いち早く品定めをするつもりだろう。

(意地汚いなあ。)

僕は呆れたが、
そもそもネアンに恥という文化は浸透していない。

そんなことを考えていると、
長の妻が近づいてきた。
(何か僕の思惑に気がついたのか!?)
と不安になったが、そうではなかった。

長の妻が手に持っていたのは、
先ほど届いた首飾りである。
いかにもネアンが喜びそうな、鳥の羽根の飾りだ。

「これ、いらない。」

長の妻は僕にその羽根飾りを見せた。

「ここに血がついている。」

確かに、その羽根飾りの根本に、
乾いた血のようなものがこびりついていた。
ネアンは(ネアンだけには限らないが)死を強く畏れる。
長の妻が不要だと言う気持ちはわかるが、
なぜこんなに血がついているのかが理解できない。

鳥の血かもしれないが、
羽根を抜くだけでこんなに血は出ないはずだ。

横から覗き込んでいたマフも
「これは鳥の血ではない。」
と不安な表情になる。

僕の心にも、黒い雲のような不安が巻き起こる。
「三人が気になる。行きましょう。」

僕とマフは駆け出した。

 ー続くー

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