ネアンデルタール・ライフ

kitawo

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救出

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初雪が降ったその日、
森では大きな鹿が獲れた。
前々からその存在は確認されていたが、
何度も逃げられていた。
そいつを、とうとうゾマが仕留めた。

「ありがたイ。」

祈りを捧げ終わった長がつぶやいた。
急遽こちらの森に移ってきた我々には、
食料の備蓄が少ない。

鹿の肉は、生のまま細い骨ごとすりつぶす。
それを丸めてそのまま食べるのだが、
今日はルネが火を起こしてくれた。

ネアンは森に住んでいる。
だから、山火事になることがいちばん恐ろしい。
よって、自ら火を起こすこともあまりない。
しかし、ルネは平地の人間だ。
火に対する恐怖心も薄いし、
石や木を使って器用に火を起こすこともできる。

「肉を煙であぶれば、しばらくは腐らないわ。」
「へえー!」

なるほど、ハムのようにするわけだ。
この時ばかりは、
仲間たちもルネを尊敬の眼差しで見ている。

僕は現代人だが、そういった技術がない。
ろくに火も起こせない。
狩りの腕は仲間にかなわない。

(サバイバル技術でも学んでくれば良かったな。)

まあいいや。
僕には僕の、役に立つ道がある。

新しい森と、以前に住んでいた森。
小さな峠を挟んであるので、
この煙りは向こうの森や、平地人の村からは
はっきりと見えないはずである。
隠れ家としてはとても都合がいい。

ただ、前の森に戻るにはけっこうな時間がかかる。
峠を越えなければならないからだ。
僕とマフ、ゾマ、カイなどは交互に峠を越えていた。
前の森に住み続ける僕の父、
そして前の森に侵入を図る平地人を見張るためだ。

昨夜の大鹿の味を思い出しながら、
僕とゾマは峠を越えた。
「雪が積もるとたいへんだろうな。」
僕が言うと、ゾマは
「おまエの父が早くこっちに移らないからダ。」
と、心から迷惑そうに言った。
しかし、最近のゾマの機嫌は決して悪くない。
二人目の妻を迎えることに成功したからだ。

「ア!」

ゾマが何かに気づいた。
彼の視力は現代では信じられないほど良い。
しばらくすると僕にもそれが見えてきた。
煙だ。
僕の父が一人で火を起こすわけはないから、
その煙は当然、平地人のものだと思われる。

「やつラがきたんだ。」

ゾマはむしろ、嬉しそうに言った。

僕の見立てでは、
平地人はいきなり森を支配することはない。
少しずつ様子を探り、
我々がいないことを確認してから入り込んで来るだろう。

今、僕らが見えている煙は、
平地人が森の中で暖をとるために焚いたものだと思う。
堂々と火を焚くということは、
その煙を目当てに我々が襲ってこない。
つまり、居ないものだと自信を持ったからに違いない。

「僕の父が行くだろう。」
「エっ?」

僕のつぶやきをゾマが聞き止めた。
あの煙を見れば、
兄の仇を取ろうとしている父が襲いかかるに違いない。

ゾマに説明している暇はない。

「行こう!父を救うんだ!」
「おオっ!」

森の中の移動はお手のものだ。
それにしてもゾマは速い。
身体能力が違うのか、僕はすぐに引き離された。
(僕の父を救うのにな…。)
同じネアンでも、どうしても能力差はある。
(間に合ってくれ!)

煙がどんどん大きく見えるようになる。
もう少しのところまでたどり着いた時、
大きな喚き声が聞こえてきた。

「うわーっ!」

ゾマだ!ゾマが平地人を追っている。
(父は…?)
父もいた!
怪我を負っている様子だ。
右肘から激しく出血しているのがわかる。
でも生きてる!
思わず僕は父の肩を抱いた。

「ゾマ、戻ってきて!」
しかし、彼は平地人を追うのをやめない。
深追いすれば、必ず何か罠がある。
止めなければ!
でも追い付けない。

「ウォォォーン…。」

突如、父が吠え声を上げた。
森の中に響き渡るような声で、
僕は危うく気が遠くなるところだった。

そうか、これは合図だ。
ネアンがまだ残している、動物的な能力だ。

吠え終わると、父は僕の方を向いた。

「よく来てくれタな。」

しばらくすると、ゾマが戻ってきた。
さっきの合図を聞き、引き返してきたのだろう。

「もう少しで捕まえられタのに…。」

不服そうだが、
ゾマは僕が到着するまでに一人、打ち倒していた。
父をゾマに任せ、倒れている者のそばに歩み寄った。

すでに息は絶えていた。
今、平地人は僕にとって敵だ。
だが、この不毛な争いの犠牲者であるのは間違いない。
(ごめんなさい。)
心の中で冥福を祈った。

僕が父を抱え上げている時、
ゾマはその遺体を持って帰ろうとしていた。

「ゾマ、それは…。」

いや、ゾマに悪気があるわけではない。
新しい森での収穫が充分でない以上、
ネアンにとってそれは、
遺体ではなく食料として映っているのだ。

「?」
「いや、ゾマ、気を付けて持って帰って。」

僕は負傷した父に手を貸すと、
新しい森への帰路を急いだ。

「父さん、こちらの森に来てくれるね。途中で母さんを連れて帰ろう。」
「ああ。」

ジェイを討つためには、
もう少し準備時間が欲しい。
今回の騒ぎで、
平地人はしばらくこの森を警戒するだろう。

「雪ダ。」

ゾマが空を指さした。
僕らネアンの森にとっても、
ジェイの村にとっても、
この雪がしばしの休戦の合図になるはずだ。


 ー続くー

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