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その後

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ハンダユウマ襲撃される、
のニュースは
大げさに言えば
全国を駆け巡った。

玄関先にマスコミが集い、
平田がその対応に当たった。

平「あの時は、本当に大変でした。社長もいないし。」
興味のない様子で、
長門は収録の様子を眺めていた。
長「そん時はハンダと病院におったからな。」

事件後、
ハンダは救急車で運ばれた。
刃先をつかみ続けた指は重傷だったが、
腹の傷は浅かった。
ハンダはまだ呆然としていたが、
長門はハンダの耳許で
こう、ささやいた。

長「ハチBOON はおまえの復帰を待っている。」
ハ「えっ…?」
長「契約解除は、無しだ。」

ハンダユウマは無事
とニュースで報道される一方
事件時の実際の映像が
インターネットを中心に広がった。

長門が
監視カメラのモニター映像と音声を
マスコミに流したからだ。

映像は多くの人間に視聴された。

ハンダは
己の音楽の信念、
そして罪と責任を認め、
死を受け入れたことを称賛された。

復帰直後のシングルのPVでは、
両手に
包帯を巻き付けてドラムを奏で
熱狂的なファンを多く獲得した。

犯人のノダ エイジは
自らを捨てた忠誠心、
美しい純情さを見せて、
ハンダへの犯行を諦めた。

その映像を見た多くの人は
彼の情状酌量を求め、
自発的に多くの署名が集まった。

水川美佳は
女神とまで崇められ、
それほどの神秘性がありながら
突如引退して伝説となった。

彼女の出演作は
飛ぶように販売数を伸ばした。
賠償金問題や訴訟問題は
伝説の女優のイメージを損なう。
会社は
水川美佳との契約を
無償で解除した。


収録を終えた
ハチBOON のメンバーが
長門と平田のもとに戻ってきた。
平「次はお台場に移動して、インタビューの収録…」
ボーカルのケンが愚痴をはさむ。
ケ「ちょ、ちょっと休憩させてくださいよ。もう収録、収録の連続で…。」
長「うるさい。暇なのと忙しいのと、どっちがいい?」
ギターのテツが口をとがらせる。
テ「そりゃあ、忙しい現在の方がいいですけど…。」
ベースのノブが立ち上がる。
ノ「さ、移動移動。」
ケンもテツも、
やむなく立ち上がる。

一、二歩、進みかけた二人が振り返った。
ケ「あ、ユウマさん。」
なに?という感じでハンダユウマが微笑む。
テツが、
まだ座っているユウマのもとに戻ってきた。
テ「荷物。」
ケンもユウマの荷物を一つ、
丁寧に持ち上げた。
ケ「持ちますよ。」

ハンダユウマも立ち上がる。
ハ「ありがとう。」
ノブが珍しく大きな声を上げる。
ノ「ハチBOON 、行くぞ!」

四人のメンバーは
控え室の扉を開けて
通路へと消えた。

メンバーから遅れて
歩き出した広報の平田が
長門社長に尋ねた。

平「そういや、あの時。どうして止めたんですか?」
長「あの時って、いつだ。」
平「ハンダが…刺された直後の…。助けるなって。」

犯人がナイフを持っていると
モニター室で見ていた二人が気づいた時、
長門は平田を制した。
急ぐなと。

長「ああ、あれは…。」

ハンダがそのまま
刺されて死ぬことになったら
ハンダも
カート・コバーンや
シド・ビシャスのように
なれるかもしれない。

あの時は
ハチBOON を活かすためには
それに期待するしかないように思えた。

長門は言った。
長「平田、おまえが助けに行って、ケガしたら大変だからな。」
平「社長…。」

通報を遮った理由にはならないが
まあ、いいだろう。

平「社長…。」
まとわりついてくる平田を
軽く突き放して
長門は次の現場へと向かった。


 ー完ー

読了、ありがとうございました。

                kitawo
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