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20 オースティンの事情
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どうして体調が悪いのか? 俺がそう聞いてもヘンリーさんもランドルも一言も話さない。申し訳なさそうな顔で下を向き、でも口は堅く結ばれている。
だが。
「……オースティン様、は」
「ヘンリー!」
「オースティン様は魔力枯渇の状態です……」
「ヘンリー、お前ッ!」
ランドルがヘンリーさんの胸倉を掴み大きな声を上げた。びっくりしたが今にも殴りかかりそうな雰囲気だった為、ランドルの腕を掴み慌てて止めに入る。
「もう……もう、こんな辛そうなオースティン様を見ていられないんだ! お前だってそうだろう!?」
「くっ……だが、それは……」
ランドルは先ほどまでの勢いは何処かへ行き、そっとヘンリーさんの胸倉から手を離した。
「ねぇ、どういう事か話してくれる?」
「ヒカル様……。オースティン様がこの国で唯一、豊富な魔力をお持ちの事はご存知かと思います」
ヘンリーさんが静かに語った言葉に頷いて返事をする。ヘンリーさんは小さく息を吐くと衝撃の事実を告白した。
「オースティン様は、奴隷契約を結ばされ1人で結界石に魔力を注いでおられます」
「は? な、に……? 奴隷、契約……?」
奴隷契約って、過去の神子が騙されて結ばされていたっていう、あれ?
「瘴気が蔓延し魔物の暴走が活発化しています。それにより、あちこちの町や村が襲われ結界にひびが入ることが多くなりました。その度にオースティン様は招集され魔力を注ぐよう命じられているのです。最近はその回数が多くなり、また結界の綻ぶ場所も多いため修復に膨大な魔力を必要としています」
それをたった1人で行っているから、毎回魔力が枯渇するまで注いでいるそうだ。オースティンさんが膨大な魔力を持っていると同時に、先祖返りだからなのか回復も普通の人よりは早い。
魔力が枯渇しても休めば回復するらしく、王宮から帰ってきた後はとにかく休んで回復に専念していたらしい。
「ヒカル様、お願いがございます。どうかオースティン様に魔力を譲渡していただけませんか?」
「魔力譲渡……? ってどうやってやるの? 俺が出来るならもちろんやる」
「ああ、ありがとうございますっ……」
魔力譲渡は、以前オースティンさんが俺に魔力を探知させるために魔力を流したようにすればいいらしい。
それを聞いてすぐにオースティンさんの手を握り、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
オースティンさんの体に入った俺の魔力は少しずつ吸収されていく。この感じだと、一気に大量に流し込んでもだめっぽい。他人の魔力だから馴染むのに少し時間がかかるのかもしれない。
「我々はもはや魔法を扱えるだけの魔力を持ちません。魔力譲渡したくとも、それが出来るだけの魔力がないのです」
俺が魔力を流している横でランドルが静かに語りだした。
自分に魔力がもっとあればオースティンさんを助けられる。なのにこの国の人間は誰一人としてそれが出来ない。1人で苦しんでいるオースティンさんを誰も助けてあげることが出来ない。
この公爵家の人達は分かっていても何も出来ないことが悔しくて仕方なかった。
「でも今は俺がいる。神子としての力を使えなくても、こうやって魔力を流すことは出来る。なのにどうしてそれを言わなかったの?」
「オースティン様に止められておりました。奴隷契約を結んでいることを知られてはならない。魔力枯渇していることを悟られてはならない、と」
「……なんで?」
「それを伝える事で、神子様に早く力の発現を願う事になるからだと」
「あ……」
そういう事だったのか。例えオースティンさん達が、俺に対し早く神子の力を扱えるようになって欲しいと思っていなくても、オースティンさんが奴隷契約によって1人で魔力を注いでいる現状を伝える事イコール、俺に早く神子としての力を扱えるようになって欲しいと言っていると思われるからだったんだ。
俺が神子として力を扱えるようになれば、オースティンさんは魔力を注ぐ必要はなくなる。そうすればオースティンさんはこんな風に苦しむ必要はない。
「ヒカル様に強要してはならないと、ヒカル様が自ら神子としての力を使いたいと思うまでは、決して焦らせてはならないと。オースティン様はそう仰っておりました」
「我々はオースティン様の意思に従いました。それがオースティン様の願いだったからです」
他国から魔力持ちが派遣され、無理やり力を使い死んでいった話を聞いた時。双子も俺がどうしたいか決めていいと言ってくれた。それでこの世界が滅んでもそれが運命だと。
オースティンさんが1人で苦しんでいるのを知っていたのに。それでも俺の事を尊重してくれた。
ブレアナさんも、この公爵家で働く人たちも、皆俺に優しくて、俺の判断に任せてくれていた。神子として召喚された俺を、道具として扱わない様、俺を1人の人間として尊重してくれた。
優しすぎて涙が出てくる。俺は1人何も事情を知らず、皆の優しさに甘えていたんだ。
「ごめん、ホントにごめん……。今度からは俺が魔力譲渡するから、オースティンさんが魔力を注いだ日は必ず教えて」
「……ありがとうございます、ヒカル様」
そっとオースティンさんの顔を見れば、眉間に寄った皺はなくなり、呼吸も安定している。顔色も幾分かよくなったようで、とりあえずホッとした。
「後はゆっくり休めば大丈夫です」とヘンリーさんに言われ、俺とランドルは自室へと戻ることにした。
部屋へ戻れば双子が待っていた。今度から魔力譲渡をすることになったと報告すれば、2人は涙を浮かべて頭を下げた。
神子としての力は使えない。だけど俺には膨大過ぎる魔力がある。
未だにこの世界を救いたいとは思えないけど、オースティンさんの事は救いたい。助けたい。
だから俺は身近にいる人の為に、力を使う事にする。
だが。
「……オースティン様、は」
「ヘンリー!」
「オースティン様は魔力枯渇の状態です……」
「ヘンリー、お前ッ!」
ランドルがヘンリーさんの胸倉を掴み大きな声を上げた。びっくりしたが今にも殴りかかりそうな雰囲気だった為、ランドルの腕を掴み慌てて止めに入る。
「もう……もう、こんな辛そうなオースティン様を見ていられないんだ! お前だってそうだろう!?」
「くっ……だが、それは……」
ランドルは先ほどまでの勢いは何処かへ行き、そっとヘンリーさんの胸倉から手を離した。
「ねぇ、どういう事か話してくれる?」
「ヒカル様……。オースティン様がこの国で唯一、豊富な魔力をお持ちの事はご存知かと思います」
ヘンリーさんが静かに語った言葉に頷いて返事をする。ヘンリーさんは小さく息を吐くと衝撃の事実を告白した。
「オースティン様は、奴隷契約を結ばされ1人で結界石に魔力を注いでおられます」
「は? な、に……? 奴隷、契約……?」
奴隷契約って、過去の神子が騙されて結ばされていたっていう、あれ?
「瘴気が蔓延し魔物の暴走が活発化しています。それにより、あちこちの町や村が襲われ結界にひびが入ることが多くなりました。その度にオースティン様は招集され魔力を注ぐよう命じられているのです。最近はその回数が多くなり、また結界の綻ぶ場所も多いため修復に膨大な魔力を必要としています」
それをたった1人で行っているから、毎回魔力が枯渇するまで注いでいるそうだ。オースティンさんが膨大な魔力を持っていると同時に、先祖返りだからなのか回復も普通の人よりは早い。
魔力が枯渇しても休めば回復するらしく、王宮から帰ってきた後はとにかく休んで回復に専念していたらしい。
「ヒカル様、お願いがございます。どうかオースティン様に魔力を譲渡していただけませんか?」
「魔力譲渡……? ってどうやってやるの? 俺が出来るならもちろんやる」
「ああ、ありがとうございますっ……」
魔力譲渡は、以前オースティンさんが俺に魔力を探知させるために魔力を流したようにすればいいらしい。
それを聞いてすぐにオースティンさんの手を握り、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
オースティンさんの体に入った俺の魔力は少しずつ吸収されていく。この感じだと、一気に大量に流し込んでもだめっぽい。他人の魔力だから馴染むのに少し時間がかかるのかもしれない。
「我々はもはや魔法を扱えるだけの魔力を持ちません。魔力譲渡したくとも、それが出来るだけの魔力がないのです」
俺が魔力を流している横でランドルが静かに語りだした。
自分に魔力がもっとあればオースティンさんを助けられる。なのにこの国の人間は誰一人としてそれが出来ない。1人で苦しんでいるオースティンさんを誰も助けてあげることが出来ない。
この公爵家の人達は分かっていても何も出来ないことが悔しくて仕方なかった。
「でも今は俺がいる。神子としての力を使えなくても、こうやって魔力を流すことは出来る。なのにどうしてそれを言わなかったの?」
「オースティン様に止められておりました。奴隷契約を結んでいることを知られてはならない。魔力枯渇していることを悟られてはならない、と」
「……なんで?」
「それを伝える事で、神子様に早く力の発現を願う事になるからだと」
「あ……」
そういう事だったのか。例えオースティンさん達が、俺に対し早く神子の力を扱えるようになって欲しいと思っていなくても、オースティンさんが奴隷契約によって1人で魔力を注いでいる現状を伝える事イコール、俺に早く神子としての力を扱えるようになって欲しいと言っていると思われるからだったんだ。
俺が神子として力を扱えるようになれば、オースティンさんは魔力を注ぐ必要はなくなる。そうすればオースティンさんはこんな風に苦しむ必要はない。
「ヒカル様に強要してはならないと、ヒカル様が自ら神子としての力を使いたいと思うまでは、決して焦らせてはならないと。オースティン様はそう仰っておりました」
「我々はオースティン様の意思に従いました。それがオースティン様の願いだったからです」
他国から魔力持ちが派遣され、無理やり力を使い死んでいった話を聞いた時。双子も俺がどうしたいか決めていいと言ってくれた。それでこの世界が滅んでもそれが運命だと。
オースティンさんが1人で苦しんでいるのを知っていたのに。それでも俺の事を尊重してくれた。
ブレアナさんも、この公爵家で働く人たちも、皆俺に優しくて、俺の判断に任せてくれていた。神子として召喚された俺を、道具として扱わない様、俺を1人の人間として尊重してくれた。
優しすぎて涙が出てくる。俺は1人何も事情を知らず、皆の優しさに甘えていたんだ。
「ごめん、ホントにごめん……。今度からは俺が魔力譲渡するから、オースティンさんが魔力を注いだ日は必ず教えて」
「……ありがとうございます、ヒカル様」
そっとオースティンさんの顔を見れば、眉間に寄った皺はなくなり、呼吸も安定している。顔色も幾分かよくなったようで、とりあえずホッとした。
「後はゆっくり休めば大丈夫です」とヘンリーさんに言われ、俺とランドルは自室へと戻ることにした。
部屋へ戻れば双子が待っていた。今度から魔力譲渡をすることになったと報告すれば、2人は涙を浮かべて頭を下げた。
神子としての力は使えない。だけど俺には膨大過ぎる魔力がある。
未だにこの世界を救いたいとは思えないけど、オースティンさんの事は救いたい。助けたい。
だから俺は身近にいる人の為に、力を使う事にする。
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