9 / 15
9
王都から村までは馬車を使って5時間ほど。運よく村方面に行く乗合馬車が出発前で、滑り込みで乗り込んだ。
そして他の町を経由して、馬車を乗り換え生まれ育った村へと到着する。
馬車を降りるなり、俺は焦る気持ちが抑えられなくて猛ダッシュで家まで走っていった。こんなに全力で走るなんていつぶりだろうか。途中こけそうになりながらも、懐かしい家が見えてくるとまだ速く走れるのかと自分でも驚くほど加速した。家に着くと焦れる気持ちが抑えられず玄関の扉を激しく叩く。
「母さん! ローディー! 俺だ! アルテだよ!」
じっとしていられなくてドンドン! と何度も扉を激しく叩いた。
母さんはどうなった!? お願いだ! 早く開けてくれ!
俺の気持ちが通じたのか、家の中からバタバタと足音が響く。妹のローディーだろうか。
そしてガチャッと鍵が開き、扉が開いた。
「あらアルテじゃない。慌ててどうしたの? っていうか帰ってくるなら帰って来るで、先に手紙を寄こしなさい。びっくりしたでしょうが」
そこには顔色もめちゃくちゃいい、元気いっぱいの母さんが立っていた。
「こんなに強く扉叩いて大声で叫んで、ご近所さんに迷惑でしょう? 本当にあわてんぼうなのは変わらないのね」
「え……あれ? 母さん、倒れたんじゃないの?」
「え? 倒れてなんかないわよ? この通り元気いっぱいよ?」
「は?」
「え?」
「やーっと帰って来た! もうお兄ってば一度も帰って来てないんだもん!」
母さんの後ろにぷりぷりと頬を膨らませてお冠の妹が立っていた。
「とりあえず入んなさい」と促されて久々の家に入る。俺は訳がわからなくて未だに呆然としたままだ。
懐かしい家。俺が村を出た時のまま。少し物が増えたかな、という程度。キッチン横に置かれたテーブルにお茶が置かれた。
「ほら。のど渇いたでしょ?」
ああ、いつもの母さんだ。何があったのかわからないけど、今の姿は元気そうでとにかくほっとした。
「で、一体どうしたの? 何の連絡もなく帰ってくるなんて」
「…赤封筒で母さんが倒れたっていう手紙が届いたんだ。それで慌てて帰って来たんだけど…」
「え? 私、倒れてなんかいないわよ? ここしばらくずっと元気だもの」
「…ローディー?」
母さんは元気だった。手紙を送ってくるのはいつも妹だ。なら、こいつが嘘を書いた手紙を送ったってことになる。ぎろっと睨みつけると、しゅんと肩を落とし「だって…」とか細く話し出した。
「だってお兄ってば王都に行ってから一回も帰って来てないじゃん。母さんの病気が治りそうだからって、手紙でも帰ってきてって言ってるのに無視するし…。だからこう書いたら帰ってくるって思ってそれで……ごめんなさい」
「全くローディーは相変らずお兄ちゃん大好きなんだから。気持ちはわかるけど、お兄ちゃんも困るからもうこういうことするのはやめなさいね?」
「うん、分かってる…」
「俺、めちゃくちゃ心配したんだからな。もし命に関わる事だったらって思ってすっげー怖かったんだぞ!
でも、一度も帰ってこなかったのはごめん。寂しい思いさせてごめんな」
「うん…私もごめんなさい」
もういいよ、って久しぶりのローディーの頭を撫でた。
とりあえず倒れたっていうのは嘘で、母さんは元気で、もう病気も治りそうってことで、とにかく安心した。
「はぁ…すっげー疲れたし腹減った…。走ったおかげで汗だくだし…」
「ふふ。じゃあアルテの為に久々に腕を振るおうかしらね。先にお風呂入ってらっしゃいな」
久々の家族団らんの時間を過ごした翌日。俺はエリックに手紙を書くことにした。普通に手紙を出すと3日は掛かってしまうから、赤封筒を使うことにした。赤封筒だと普通の手紙の倍は料金がかかってしまうが、店に迷惑を掛けている以上仕方ない。
母さんと妹に「せっかく帰って来たんだし」と言われ、一週間村にいることにした。帰ったらまたがむしゃらに働かねば。
2人にしばらく村にいて欲しいと言われたときは店の事が気がかりではあったけども、トレヴァーさんと顔を合わせたくなかったからほっとしたのも事実だった。俺が会いに行かなくても店に食べに来れば嫌でも顔を合わせてしまう。……もう食べに来ることはないかもしれないけど。
今、母さんたちと一緒にいられるのは正直心強い。くさくさした気持ちは無くなったから。でも一週間後には店に戻らなきゃいけない。その時は仕方ないけど、今のうちに心に癒しの補充をしておこう。
「お兄! 手紙出し終わったなら、せっかくだから出かけようよ! 母さんと3人で!」
「いいよ。市場で買い物しよっか。ローディーの食べたいもの作ってあげる」
「ほんと!? やった! じゃあねじゃあね。んーとえーと……」
「あはは。市場で買い物しながら考えなよ。時間はあるんだし」
「うん! そうする! ほら母さんも早く早く!」
もう15歳だっていうのにこんなに子供っぽくて大丈夫なんだろうか。好きな子とかいないのかな。うーん…この調子だといなさそう。
それから久しぶりに市場で買い物をして家に帰った。食材を買うだけのつもりが、あっちへこっちへ連れまわされて、よっぽど俺が帰って来たことが嬉しかったんだと、それだけ寂しい思いをさせてしまったんだと、ちょっと考えさせられた。
あと1年くらいはエリックのところで世話になって、その後はもう母さんの病気も治ってるだろうし村へ戻ろうか。そしてまた3人で生活するのもいいかもしれない。
トレヴァーさんとのことはもうだめかもしれない。きっと、あの女の人と一緒になるのかも。
それならそれでいいや。その時はちゃんと笑顔で祝福してあげよう。悔しいし悲しいけど、たった1度だけでもトレヴァーさんを抱けていい経験が出来たんだ。うん。それでいい。
まだ付き合って日が浅くて良かった。もっと長く付き合っていたら、もっと俺は苦しい思いをしていただろう。今ですらこんなに胸が痛いのに。
「アルテ。お茶を淹れたんだけど飲むでしょう? 少し話しましょう」
夜、お風呂上りに母さんが俺を待っていた。
「王都はどう? 楽しくやれてるのかしら? いつもたくさん仕送りしてくれてありがとう。あなたには苦労ばかり掛けてごめんなさいね」
「何言ってんの。エリックっていうすごくいい奴に出会えたし、王都で楽しくやれてるよ。それに仕送りの事は気にしないで。住み込みで働かせてもらってるし衣食住は困ってないんだ。だから大丈夫だよ」
「そう。よかったわ。だけど、貴方ももういい歳なんだから、そろそろ結婚のことも考えないとね。誰か良い人はいないの?」
「え…と。いない、よ。それどころじゃ、なかったし……。っていうかそれよりも、病気の方はどうなの? もう薬はそろそろ必要なさそうって聞いたけど」
母さんに良い人はいないのかと聞かれて、ぎくりとした。トレヴァーさんの顔が浮かんだけど、トレヴァーさんとはもう無理だろうからそういう人がいる、とは言えなかった。だから思いっきり話を逸らしたけど母さんにはバレてるだろう。
だけど俺の気持ちを分かってか、逸らしたことを気にすることもなく病気のことについて話してくれた。
病気はもうかなり良くなっていて、あと数か月もすれば完治するだろうとのこと。高い薬だったけど、その分かなり効く薬だったようですごく感謝された。
「内臓系の病気だったから、薬がなければ早くに死ぬ運命だったけど、あなたが頑張ってくれたお陰で生きられたわ。その分、ちゃんとアルテにお返ししなきゃね」
「だからいいって。このまま長生きしてくれればそれでいいからさ」
「ありがとうアルテ。優しいあなたには幸せになって欲しいわ」
うん。とだけ返事をして少し冷めたお茶を口に含んだ。
母さんごめん。俺、もしかしたら一生独身で終わるかも。でもそれが不幸とは限らないしね。母さんとローディーがいてくれるだけで、十分幸せなんだから。
あなたにおすすめの小説
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
王様お許しください
nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。
気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。
性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。