【完結】異世界で、家政夫(と聖人)始めました!

華抹茶

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23.俺、やらかす

 ピーン! という甲高い音がする。その音を聞くなり、俺は玄関へぱたぱたと駆け出した。

「ユリウスさんお帰りなさい! 今日もお疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」

 ユリウスさんの鞄と上着を預かり、リビングへと向かう。コート掛けに上着と鞄をかけるとお茶を淹れて出す。これは本格的にユリウスさんが騎士団に復帰してから行うようになった新しい習慣だ。
 あれから約一月ほどが経った。この世界に来てからユリウスさんとずっと一緒にいたから、一人になるのが寂しいというか不安な気持ちはあったが、今ではすっかりと慣れてしまった。というのも家の仕事をしていると時間があっという間になくなるのだ。寂しいとか不安だとか思っている暇もなかった。
 
「いい匂いだ」
「今日はシチューです! 自信作です!」
「それは楽しみだ」

 今日の夕飯は俺の手作りシチューだ。さっき味見をしたが鶏肉と野菜のうまみが溶け出していてとても美味しかった。早くユリウスさんに食べてもらいたくてうずうずしていたくらいだ。
 冷蔵庫からサラダを取り出しドレッシングをかける。全て手作りだから日本にいた時より料理に時間がかかる。それでもランベルトさんが作ってくれた魔道具たちのお陰でかなり時間短縮にはなっているけど。
 最近はいろいろと手作りをすることが楽しくなっている。日本にいた時とは大違いだ。食べてくれる人がいつも「美味しい」といって喜んでくれるだけで、作る側の気持ちってこんなにも変わるんだな。ちょっとめんどくさい工程でも「よし、やるぞ!」と気合が入るから。

 ランベルトさん作の保温機からフライパンに入ったままの魚のソテーを取り出す。これのお陰で最初に作った料理が温かい状態ですぐに出せるから大活躍している。パンは既に籠に盛られているからあとは出すだけだ。魚を盛り付けると準備万端。
 テーブルの上に運ぼうとするとユリウスさんも手伝ってくれる。ユリウスさんは仕事で疲れているだろうに俺を気遣ってくれて本当に優しい人だと思う。
 シチューは鍋ごとテーブルの上に置いた。好きなだけどうぞスタイルだ。深皿にシチューをたくさん盛ってユリウスさんに手渡した。自分の分も用意出来ると食事が始まる。

「いただきます」
「いただきます」

 この世界に来た当初、いつもの癖で小さく手を合わせるだけだった。だがユリウスさんがそれに疑問を持ち質問されて、日本での食事前の挨拶だと教えた。言葉の意味なんかを教えてあげると「それはいいな」とユリウスさんも一緒に真似するようになった。それから俺はちゃんと声に出して「いただきます」と言うようになった。
 流星はなぜかこの挨拶が嫌いで「俺の前でそれをするな」と言われたことがある。それから俺は、声には出さず手を小さく合わせるだけになったのだ。
 日本人より日本の習慣を「良い」と言って真似してくれるユリウスさん。初めてユリウスさんがそうやってくれた時は、感動してちょっと泣きそうになったくらいだ。もう元の世界に戻れないけど、この異世界で故郷の習慣を忘れずにいられるのは嬉しいことだ。

「美味い」
「でしょ? 我ながら上手く出来たと思います」
「ハルトの料理はなんでも美味い。今日の食事も最高だ」
「ありがとうございます」

 ユリウスさんの口角が少し上がっている。それを見て俺の心もぽかぽかと温かくなった。
 よっぽど美味しかったのか、たくさん作ったはずのシチューは全て消え去った。騎士団に戻ってからのユリウスさんは、魔法をよく使うからか食事の量も増えた。見事な食べっぷりで作るのも大変だが、達成感と幸福感が凄い。こんなに綺麗に食べてくれると作り甲斐もある。
 食事が終わるとすぐに片付けだ。ユリウスさんにお茶を淹れてから皿を洗う。だがユリウスさんはキッチンへと来て俺が洗った皿をふきんで拭いて手伝ってくれる。
 仕事で疲れただろうから休んでてほしいと言ったのだが、なぜかユリウスさんはこうやって手伝ってくれるのだ。これは家政夫としての仕事だし、ユリウスさんに手伝ってもらうのは気が引ける。でもこの時間が何気に好きだったりもする。

「あれ? ユリウスさんその腕どうしたんですか!?」
「ん? ……ああ、今日の訓練でちょっとな」

 腕まくりをしたことで、一本赤黒くなった線がくっきりと付いているのが目に入った。どう見ても怪我をしている。

「治療室に行かなかったんですか?」
「これくらいの怪我、別に大したことはない」
「ダメですよ! 腫れてるじゃないですか!」

 騎士の訓練でよく怪我をすることは知ってるけど、そのままにしておくのはダメだと思う。結構痛そうに見えてしまって、俺の方が気が気じゃない。
 皿洗いを中断し、ユリウスさんの腕をまじまじと見る。何とかしたいのだがどうすればいいんだろうか。家には薬とかないし、とりあえず冷やすのが先か? その後はどうしたらいいんだろう。あー、こんなことならランベルトさんに薬を分けてもらうんだった。傷薬とかってどこに行けば売ってるんだろう。そういえば俺、そんなことも知らないんだった……
 ってちょっと待て。俺がいるじゃないか。治癒能力を持った俺が。
 だがここでもちょっと待て。俺の治癒能力は体液にある。どうやってユリウスさんの怪我を治せばいいんだ? 精液、は却下だ。またあんなことをユリウスさんにさせたくないし、俺だって恥ずかしすぎる。
 指先を切って血を塗るのでもいいんだけど、俺の怪我はすぐに治ってしまうからユリウスさんの怪我を治すのに何回切ればいいのかわからない。汗、はかいていないし涙も出ない。
 あ、そうか。舐めればいいんだ。唾液も体液だ。俺が舐めればこの傷はきっと綺麗に治るはず。

「ハルト……? どうした? っておい!? なっ……!」
 
 ユリウスさんの腕に顔を近づけてぺろりと舐めてみた。汗をかいたのかちょっとしょっぱい味がする。でも少し舐めたところの腫れが引いたのがわかり、これはいけると思いぺろぺろと舐めることにした。これなら俺も指を切らなくてもいいし簡単だ。

「っ……ハルトッ……」
「動かないでください。舐めにくいです」
「いやっ、ちょッ……」

 ちまちま舐めていたんじゃ埒が明かない。べろ~っと大きく舌を這わせてみればどんどん腫れが引いていく。俺の体液凄い。怪我があっという間に治っていく。そのまま夢中になってぺろぺろと舐め続けると、ユリウスさんの腕にあった怪我は綺麗さっぱりなくなった。

「治りました! これで大丈夫です!」
「あ、ああ……ありが、とうっ……」
「あれ? ユリウスさん、どうしたんですか?」

 様子のおかしいユリウスさんの顔を見れば、その顔は赤くなっていた。なんで? と思ったが、よくよく考えてみれば俺はユリウスさんの腕をべろんべろんと舐めまわしていたのだ。自分が仕出かしたことがどういったことか理解した途端、俺の全身が一気に熱くなる。

「わぁぁぁぁぁ! ご、ごめんなさいユリウスさん! いきなり勝手なことをして本当にごめんなさい! やましい気持ちは一切なくてですね! 怪我を治すのにどうすればいいか考えた結果なんです! 一番手っ取り早いのが舐めることだったんで思わず舐めちゃいました! 本当にごめんなさい!」
「い、いや、大丈夫だっ……それに綺麗に、治ってるっ……あ、俺は先に、風呂の用意をしてくるっ……」
「あ、はい! お願いしますッ!」

 ユリウスさんはパタパタとキッチンを出て行った。一人残された俺はその場に顔を覆ってしゃがみ込む。

「わぁぁぁぁ! 俺のバカバカバカバカ! なんであんなことやったんだよ! あれじゃただの変態じゃないか!」

 人の体を舐めまわすなんて、やってもいいのはえっちの時くらいだ! なのに俺はべろんべろんと腕とはいえ好き勝手に舐めまわすなんて! 治療行為とはいえ、あんなことして馬鹿じゃないのか! ユリウスさんが怒らなかったことが奇跡だよ!
 とりあえず無心で皿を洗おう。とにかく何かに没頭していないと、あの行為を思い出して頭がおかしくなる。ひたすら洗って洗って洗いまくっていると、ユリウスさんがキッチンへと戻ってきた。だが俺はまだ落ち着かなくてユリウスさんの方を見ることが出来ない。
 先にお風呂に入るというので了承すると、俺はひたすら片付けに没頭した。皿やカトラリーも全て所定の位置に戻し、テーブルも綺麗に吹き上げる。その頃になってやっと落ち着いた。

 ユリウスさんがお風呂から上がってきたので、冷たいお茶を出す。ユリウスさんもいつも通りに戻っていて安心した。
 今日の仕事もこれで終わったので、俺も風呂に入る。お湯の中に体を沈めてほっと一息つくも、ユリウスさんの腕を舐めまわしたことを思い出して「うわぁぁぁぁぁ!」と叫びながらバシャバシャと顔にお湯をかけた。

「あー……俺って本当に馬鹿だろ……」

 自分がやらかしたことを思い出して、お風呂の中で盛大な溜息を吐いた。
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