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7・使用人たちの想い
しおりを挟む馬にも水を飲ませ休ませてやる。疲れ果ててるからここで寝たいくらいだけど、追手のことを考えると時間の余裕はそこまで無い気がする。だけど無理して走らせても馬も辛いから少し皆で休憩だ。
その間に確認しなければならないこともある。ディルクの隣に腰を下ろして怖いけど口を開いた。
「ディルク…俺の宮にいた使用人達だけど…」
「…恐らくですが、皆殺されていると考えた方がいいと思います」
「だよな…」
それを聞いて「やっぱり」という気持ちと「なんで」という気持ちでいっぱいになって膝に頭を押し付けた。
「殿下。皆貴方に感謝していました。貴方に仕えることができて幸せだったと。そして願うならば貴方に王になってほしいと」
その言葉を聞いて目頭が熱くなるのがわかる。
「襲撃されるだろうとわかって、貴方を逃がすことに全力を注ぐことを決めました。追手が少しでも遅くなるよう壁になることを」
「なんで…俺なんかのために」
「王族に仕えることはとても誉なことですが、それと同時にいつ殺されてもおかしくない、とても危険なところでもあります。
あの日から貴方は人が変わりました。貴方の言葉、行動一つ一つがとても心に響いたんです。そして貴方に仕えられることを誇りに思い、感謝し、貴方の力になりたいと思うようになりました」
「…でも俺のせいで皆死んでしまった。俺が弱くて皆を守れなかった」
「貴方のせいではありません。アドリアン殿下のせいです。使用人の皆もそれはわかっています。貴方に感謝こそすれ恨むものは1人としていませんよ」
命を懸けて俺を逃がしてくれた皆の気持ちを考えると胸が詰まる。何もできなかった俺を逃がすためにどれだけの命が失われたのか。
何もできない俺に皆が自ら命を差し出してくれたなんて。俺はどうすればそれに報いることが出来るんだろう。
「ディルクっ…俺…俺! 皆の仇を取りたい! あいつを許すことなんてできない! でも! 俺にはっ…」
何の力もない…。
「殿下…」
自分が無力で情けなくて悔しくてぼろぼろと涙が止まらない。そんな俺をギュッと抱きしめて背中をさすってくれる。
「俺は貴方を全力で支えます。貴方がやりたいと思ったことをやりましょう。今はもう貴方に仕える者は俺だけになってしまいました。ですが皆の分貴方を助け支えることを誓います」
そう告げると俺の頭のてっぺんにちゅっとキスを1つ落とした。
「さ、そろそろ動きましょう。この先にテレンという名前の村があります。リッヒハイムとの国境付近の村です。そこである人物と落ち合う手はずになっています」
「え?」
「詳しい話はまたあとで。今は少しでも距離を稼がなければ。辛いですがもう少し頑張りましょう」
それからまた馬に乗ってテレン村へと走り出した。途中何度も休憩を挟みながら少しずつ進んでいく。立ち寄った村で馬を交換し、宿で眠り、早朝出発する。村へ立ち寄った時は偽名を使った。俺たちだとバレることを少しでも遅らせるために。
そして俺は1人で寝ることが出来なくなった。あの襲撃のことを夢で見るようになって飛び起きてしまうようになったんだ。
燃え上がる宮、兵士が真っ二つになった画、音、匂い。そして死んでいった俺の使用人たちの怨嗟の声。
『お前のせいで』 『お前が弱いから』 『まだ死にたくない』 『人殺し』
それで飛び起きると心臓もバクバクと痛いくらいに鳴り大量の汗をかいている。それを見たディルクが俺を抱きしめて寝てくれた。「大丈夫、大丈夫」と言われながら背中をさすってくれる。そうすると不思議なほど安心して眠れるようになって、悪夢を見ることはなかった。
それから寝るときはディルクに抱き込まれて眠るようになった。
寝るときは「良く眠れるおまじないです」と頭にキスを落とすようになった。
でも寝る度毎回抱きしめてもらうという手間をかけていることを、ディルクに申し訳ないと謝ったら「役得です」と嬉しそうに笑った。それにちょっとドキッとしたことは内緒だ。
野宿をしなければならないこともあって、その時は俺が先に寝ることになる。その場合、俺をしっかりと抱きこんでくれるから悪夢は見なくてすんでいる。交代の時間になってディルクが寝るときは「今度は俺を抱きしめて寝かせてくれますか?」なんて言って俺をからかったりもする。
少しでも俺の気持ちを軽くさせようと気を使ってくれることが申し訳なくもありがたい。
そうして逃げ続けること2週間後、テレン村へとたどり着いた。馬を交換しながら走って来たからかなり早く国境へとやってくることができた。
「ここがテレン村です。確かここの村長を訪ねてほしいと言っていました。行きましょう」
出会った村人に村長の家を教えてもらう。そのまま家まで案内してもらい村長を呼んでもらった。
「突然申し訳ない。ディルクという。アーブ殿と面会したいのだが…」
「おお、聞いとる聞いとる。アーブ様をすぐに呼んで来るで、ちと待っとってなぁ」
家の中へ案内され腰掛けて待つことしばらく。アーブという人物が村長の家へやって来た。
「お初にお目にかかります。ヴォルテル殿下。私がアーブでございます」
ん? この人、もしかして平民じゃない?? なんというか物腰が村人のそれじゃない。言葉遣いにしてもこんなに綺麗な言葉を話すなんて…。
「殿下。貴方にお仕えしていたバスという名の使用人はわかりますでしょうか?」
「あ、ああ。バスは俺の世話を中心に働いてくれた使用人だ。もちろんわかる」
部屋で食事の準備をしてくれたり服を用意してくれたり、身の回りの世話をしてくれた使用人だ。そして最後に俺に逃げるように伝えた、あの。
「一使用人ですのに名前を覚えてくださっていたのですね。バスも浮かばれましょう。私はバスの弟でございます」
え? 弟!?
「兄から殿下に何かあれば手を貸してほしいと前から言われておりました。貴方のお人柄がとても素晴らしく、貴方に仕えることができる今がとても幸せだとも」
そんなことを言っていたなんて。全然知らなかった。
「…俺はそんな風に言ってもらえる人間じゃない。バスを…守れなかった…」
あの時の顔を思い出して涙が自然にこぼれてきた。俺は大事なこの人の家族の命を散らせてしまった。
「殿下。貴方はとても優しい方ですね。そうやって兄を想って涙を流してくださる。聞いた通りのお方だ」
それからアーブの話を聞いた。アーブはガンドヴァの貴族で伯爵家の次男。王族に仕えることが何よりも誉だとして兄は王宮へ就職した。家はアーブが継ぐことになっている。
ガンドヴァは他の国とちょっと習慣が違う。自分の家よりも、ドゥクサス神の子孫である王族に仕えることが何よりも大事だ。だから長男が家を代表して王宮へ出仕することが優先される。家を継ぐのは次男以降。
そしてバスは俺の使用人として仕えることが決まった。王族に仕える使用人は入れ替わりが割と多かったりする。気に入らなければクビにされたり最悪殺されることもある。そんな恐怖と戦いながら王族の世話をするのだ。
だが、最初こそ俺の態度は王族のそれだがある日突然人が変わった。それからバスたち使用人は働きやすくなり俺の宮からの離脱者はいなくなった。長く勤めれば勤めるほど、家の立場は良くなっていく。そして主が王となれば待遇も変わってくる。
だが俺の宮の使用人たちは自らの待遇よりも、俺が生き残ることを優先した。いつか俺が王になってくれることを願って。
俺がアドリアンに適わないことを知っていた。だけど俺を守るように使用人は結束していたらしい。自分たちの命がなくなろうとも、自分たちの家族を、ガンドヴァの未来が良くなることを願っていた。
ヴェッセルはしばらく俺のところへ来ることはなかった。それはアドリアンがヴェッセルの動きを封じていたから。だがヴェッセルの仲間が動いてくれてディルクに手紙を送っていた。それを受け取ったディルクは俺を逃がすためにどうするか使用人たちと相談した。
そして襲撃されたとき、俺を逃がし少しでも時間を稼ぐために兵士と戦った。いわば肉壁になったんだ。
非戦闘員で本職の兵士なんかに適う訳がないのに、逃げることもせず使用人全員で兵士と立ち向かったらしい。
アーブはそうなることを事前に聞かされていた。そしてその時が来たら隣国へ亡命させることに手を貸してほしいと。
「殿下、これを。これは貴方の身分証です。偽装ですが」
「え? 身分証?」
「リッヒハイムへ入国するためには身分証が必要です。ですが王族だとバレると入国できません。それで平民の身分となりますがこちらをご用意しました。本来なら平民の身分など申し訳ないのですが…」
そういって手渡された身分証には『ラッセル』と『ディーダ』の名前が書かれていた。身分は平民。職業は商人。
「いや、感謝する。これを用意してくれて本当に助かるよ。それと商人というのは?」
「私の家は商会を営んでいます。それでうちの従業員として他国の視察を行っている、という設定です。ガンドヴァ国籍というだけで怪しまれるとは思いますが、今は偽造対策もされていて他国の偽装された身分証での入国が難しいのです。ですから正直にガンドヴァ国籍の身分証となってしまうのですが…」
アーブはそう言うとしょんぼりと肩を落としてしまった。俺が入国できたとしても自由に活動することが難しい状態となることを申し訳ないと思っているんだろう。
「気にしないでくれ。ここまでしてくれただけでも十分だ。本当にありがとう」
心からお礼を言うと、ちょっと困った風に笑いながら頷いてくれた。
それから少しのお金とポーション類、着替えやら一式渡されてアーブは王都へと帰っていった。ここから先は協力者はいない。俺たちでなんとか切り抜けなければいけないんだ。
そのまま村長の家で一泊して翌日出発することになった。正直体の疲労はかなり溜まっている。野宿もしていたし当然だ。だけど早くこの国を出なければならないから無理をしてでも出ることにした。
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