推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶

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1巻

1-2

 当然カードが実装された時は、課金してアルノルト様をゲット。カードストーリーを見たんだが、俺はそこで号泣した。そこにはアルノルト様の婚約者である王太子への切ない想いがつづられていたのだ。

『たとえあなたが振り向いてくれなくても、私はあなたをただ想い続けます。いつかきっと、あなたの心に届くと信じて……』

 それだけじゃない。王太子妃になるために、いろんなものを捨ててでも研鑽けんさんを積んだこと。そんな今までゲーム内じゃあまり語られなかったアルノルト様の気持ちが、聞いているこちらが辛くなるほどにあふれていた。
 いつもは冷たい印象を与えるクールなアルノルト様。でもその内面は努力家で、愛する人のために自分を犠牲ぎせいに出来る献身的な人だったんだ。
 そのカードのアルノルト様の表情は、困惑と悲しみ、愛しさと切なさ、そういったいろんな感情がごちゃ混ぜになったものに見えた。それを見て俺の心はぎゅっと絞られるように苦しくなった。涙も止まらずひたすら泣き続けた。
 アルノルト様の切ない恋心。幼い時からずっと慕い続けて努力して、誰よりもライオネルの隣に立つに相応ふさわしい人物になれるよう自分を磨いてきたんだ。
 それなのにライオネルはぽっと出のヒロインに心を奪われてしまう。それは今までのアルノルト様の努力を踏みにじる行為だ。アルノルト様にしてみれば『冗談じゃない!』と思うだろう。いや、アルノルト様じゃなくても誰だってそう思うはずだ。
 だから愛する人を取り戻すため、アルノルト様は悪役令息にならざるを得なかった。やり方は間違っていたかもしれない。でもアルノルト様にすれば青天せいてん霹靂へきれきというべきもので、相当混乱したことだろう。
 アルノルト様はヒロインなんかより、自分の方がいかに優秀であるかということをライオネルにわからせようとしていた。でもそれがなかなか上手くいかなくて、歯がゆくなったアルノルト様は、ヒロインの心を折ってズタボロにしてしまえばいいと考えるようになってしまった。
 段々とヒートアップするアルノルト様の行為に、ライオネルの心はもっと離れていってしまう。だけどアルノルト様のその姿は俺にとっては眩しくて輝かしいものだったんだ。
 前世の俺は、一度仕事で大きなミスをやらかしてしまったことがある。取引先にも多大な迷惑をかけて、大きな損害が出る一歩手前だった。事前にミスが発覚したお陰で大惨事になることは避けられたのだが、社内一丸となって俺が犯したミスをカバーすることになった。
 上司からは当然しこたま怒られたし、同僚からも冷めた目で見られた。今まで順調だった分、犯したミスの大きさと、とんでもないことをやらかしてしまった不甲斐ふがいなさと後悔がとてつもないほどで、心が折れ立ち直れなくなったことがある。

『ライオネル様、あなたがどれほど私が間違っているとおっしゃっていても、私は態度を変えるつもりはありません。私は今まで積み上げてきたものに自信と誇りを持っています。未来の国を導く最善の道は私が王太子妃になること。そのために今まで奮闘して参りました。これからもその思いは変わることはないでしょう』

 ゲームの最後、断罪されるその時にアルノルト様が口にした言葉だ。もう後がない状況でも胸を張ってそう言い切ったアルノルト様が眩しかった。自信に満ちあふれ、今まで積み上げてきた努力を自分だけはしっかりと認めていた。
 俺だってそうだ。ちゃらんぽらんに仕事をやってきたつもりはない。更なるスキルアップを目指して講習を受けたり資格も取ったりしたし、実際それで俺の仕事は順調だったし上司にも認められていた。犯したミスがとてつもなく大きなものだったとはいえ、それをなんとかカバーすることが出来た。
 だったらいつまでもくよくよしている場合じゃない。協力してくれた皆のために、もっと頑張って名誉回復すべきだろう。そう思えたんだ。
 アルノルト様の言葉があったから俺は立ち直れた。あの立ち振舞いを見てもの凄くカッコいいと思った。その上で、あのカードストーリーでのアルノルト様の気持ちを知って、俺はますますアルノルト様に溺れていくことになった。
 アルノルト様がどれほどライオネルを想って努力してきたのか。どうしてそのことを婚約者であるライオネルが理解しないのか。どうしてそんなアルノルト様を冷たくあしらうのか。
 全てはあのヒロインが現れたせいだ。ヒロインはぶりっこで、正直俺はヒロインが嫌い、いや、大嫌いだった。ゲームはヒロイン視点で進んでいくから、ヒロインの声も顔も何もかもが嫌いでストレスでしかなかった。
 俺の心の癒しはアルノルト様だけ。どんなに悪役であってもどんなに酷いことをしていたとしても、俺はアルノルト様をひたすら推し続けた。
 アルノルト様のために仕事をし、アルノルト様のために金をつぎ込み、アルノルト様のために俺は生きていた。まぁいつの間にか死んでしまったらしいが。俺の死因はなんだったのか思い出せないものの、俺の人生はアルノルト様のためだけにあったと言っても過言ではないだろう。それだけ俺にとってアルノルト様は特別で神なのだ。
 そんなアルノルト様が生きているこの世界に俺は転生した。なんてこった。素晴らしい!
 しかも俺はアルノルト様と同じ年。そして俺は伯爵令息。れっきとした貴族だ。ということは、ゲームの舞台になった学園に入学すればアルノルト様に会えるのだ。
 この国の貴族は必ず十三歳になる年に学園に入学しなければならない。つまりアルノルト様と同じ学び舎で過ごすことが出来る。ああ、なんと幸運なことか。
 だからこそ、俺が前世で叶えられなかったこともやれる。それは何かって俺がこの手で『アルたん救済ルート』を作れるってこと! その事実に気が付いた俺は、前世も含めて生まれて初めて神様に感謝した。
 前世ではどんなに願っても、アルノルト様が断罪され追放されることは避けられなかった。どれだけ運営に『アルノルト様ルートを作れ!』と言い続けても叶うことはなかった。
 だがここはゲームじゃない現実の世界。でもアルノルト様がいる世界。そしてアルノルト様には誰よりも幸せになってほしい。ならば――

「俺がアルノルト様に代わり、『悪役令息』にジョブチェンジすればいいじゃないか!」

 俺はこのゲームでは一切出てこないただのモブだ。あれだけゲームをやり込んだ俺が言うのだから間違いない。ただのモブである俺が、ゲームのストーリーに介入する。それも『悪役令息』として。
 そうすればアルノルト様は悪役令息にならずに済み、断罪される未来を回避することが出来る。断罪されるのはアルノルト様じゃない。この俺だ。悪役令息に成り代わった俺が、アルノルト様の代わりに断罪され追放される。これこそがアルたん救済ルート俺バージョン!
 俺が転生した意味はアルノルト様を救うことなんだ。俺が推して推して推しまくった神であるアルノルト様を救う。それが出来るのはゲームをやり込んだこの俺だけ。

「よっしゃー! やったるぞ! 俺がアルノルト様の心を守るんだ!」
「……エルバート様、さっきから一体どうしたんだよ?」
「よくぞ聞いてくれた! 俺が生まれた意味を理解したんだ。これぞ神のおぼし! 俺はこれからやらなければならないことがたくさんある! まずは猛勉強だ!」
「はぁ!? あんなに勉強嫌いなエルバート様が勉強!?」

 記憶が戻る前の俺は、この家の者らしく努力が嫌い、勉強が嫌いで相当なまけていた。食っちゃ寝を繰り返してきた俺は、当然体もおデブちゃんだ。だがこんなみにくい姿でアルノルト様の前に出るなど言語道断!
 アルノルト様は膨大な魔力と非常に優秀な頭脳の持ち主なので、学園でも優秀クラスに入ることがわかっている。俺が悪役令息になるにはこの優秀クラスに入ることが絶対条件だ。何がなんでも俺はこのクラスに入らなければならない。
 今の俺は八歳だ。学園への入学は十三歳。まだ五年の月日が残されている。なら十分勝機はある。もちろん勉強と並行してダイエットもやる。こんな酷い姿をアルノルト様の視界に入れるなんて、そんなのこの俺が許さない!

「そうと決まれば即行動!」
「あ、エルバート様!?」

 俺はすっくと立ち上がりドタバタと部屋を出る。その後ろをペレスも困惑しつつ付いてきた。
 俺が向かっているのは父上の執務室。広い屋敷をドスンドスンと足音を立てながら、今出来る限りの速さで走る。それにしてもこの巨体が重くて辛い。よくここまで太ることが出来たもんだ。違う意味で感心するぞ、前の俺。
 父上の執務室に到着する頃には少し息が上がっていた。だが息を整えることもせずに勢いよく扉をノックする。

「父上、エルバートです!」
「エルバート? とりあえず入れ」

 よかった、起きてた! お許しが出たので中へと入る。そこにはまるで仕事をしているようにプレジデントデスクに陣取り、本の山に囲まれたおデブな父上がいた。
 ヘイクラフト伯爵家当主、マーティン・ヘイクラフト。今世の俺の父親だ。だが親子としての関係性はほとんどなく、思い入れは特にない。可愛がられた記憶もないし、ここまで関係が希薄だとたとえ相手が父親であっても他人のようだ。
 それに久しぶりに息子が会いに来たというのに、そのせいで楽しい趣味の時間を邪魔されたからとイラッとしているのを隠しもしない。「おお! エルバートよく来たな!」くらい言ってくれよ。
 そして相変わらず汚い部屋だな。いたるところに本が散乱したり積み上げられたりしている。これが仕事で使っているものならまだいいが、全てただの娯楽用の本だ。小説に冒険譚に、中には艶本えんぽん、いわゆるエロ本まで交ざっていることを俺は知っている。
 八歳の子供に知られていることからわかるように、それらを特に隠しもしない。堂々とその辺に置いているなんて、前世の記憶が戻った今だからわかるが子供の情操教育なんて考えたことなどないのだろう。
 しかも父上の目の前には甘いケーキがいくつも載った皿が置かれ、その手には砂糖をたっぷりまぶしたドーナツが握られている。もしゃもしゃと食べながら、娯楽にふけっていたことがまるわかりだ。本日も己の欲望に忠実で何より。
 ちなみに母親はキャロライナ・ヘイクラフト。ヘイクラフト家の遠縁にあたる男爵家の次女だった。ヘイクラフト家の評判が悪すぎて父上の結婚相手が見つからず、渋々この家にとついできたそうだ。最初は不満しかなかったらしいが豪遊出来る環境にすっかりはまってしまい、今では見事なまでにヘイクラフト家らしい人間となっている。もちろん母親とも親子の関係性はほとんどない。

「父上、お願いがあって参りました。俺に付ける家庭教師を増やしてください」
「なんだと? そんなもの金の無駄だろう。却下だ却下」

 やっぱりな。予想通りの返答だ。
 俺の家であるヘイクラフト家は領地を持ち、領地運営で得た税収で生活をしている。
 だがまともにこいつらが領地運営をしているところを見たことがない。じゃあどうしているのかといえば、自分達の代わりに領地を運営するよう人を使っているのだ。
 まぁそういうやり方をとっている家は他にもある。それ自体別に悪いことではない。でも我がヘイクラフト家は異常な税を課し、私腹を肥やすことを徹底している。父上達が見ているのは『税収額』のみ。しかもほとんどを自らの贅沢ぜいたくのために使っている。そのせいで領民からは恨まれているが、我が家はそんなこと知ったこっちゃない。
 領地運営で雇われている人も、なぜそんなむちゃくちゃな運営でもやっているかといえば、うちがその人達の弱みを握って脅しているからだ。どういった内容なのか俺は詳しくは知らないが、そうやって弱みを握られた人達が使用人として働いている。
 給金だってすずめの涙。その上、仕事では無茶ぶりをされる。だが逃げたくても逃げられない。使用人のほとんどは平民で、訴えたところで聞き入れてもらえる保証はない。この世界は選民意識が高いせいで、平民は貴族の言いなりになるしかないのだ。
 もちろんそんな貴族ばかりではないし、まともな領地運営を行っているところも多い。うちが異常なだけで、真っ当な思考を持つ貴族から見ればうちは関わりたくない家の一つだろう。
 そしてこの世界には魔物がいる。それを討伐するのは貴族の義務。一応父上も人を派遣し魔物討伐をしているし、そのための税だと言えば領民達も強くは出られない。
 しかも父上の弟に、『三度の飯より討伐が好き』という頭のイカレた男がいる。魔力量も多く、魔法も得意。だが魔物をいたぶりながら討伐することを好む変態だ。その変態のお陰で我が領地では魔物が領民を襲うといった事件は起きていない。それをわかっているからこそ、領民は何も言えず言われるがまま税を支払っているのだ。
 平民に魔力持ちはいない。なぜかはわからないが、魔力を持つ者は貴族のみで、だからこそ魔物討伐も貴族の義務となっている。
 そんな異常な税収を得ている我がヘイクラフト家だが、非常にケチである。自らが豪遊するために金を使うことはいとわないのだが、それ以外に使うことをとことん嫌がる。だから俺が家庭教師を増やしてほしいと頼んでも、その分余計な金がかかることから『却下』と言われてしまったのだ。しかし父上よ。今までの俺と同じだと思うなよ。

「父上、待ってください。俺も十三歳の年には王都にある王立学園へ入学しなければなりません」
「それがどうした?」
「俺が優秀クラスに入り、そこで高位貴族の方々と縁を結べば我が領地にとって得となるのではありませんか? それに兄上は今、その学園におりますが成績はどうでしょう。高位貴族の方と知り合いにはなれても、それ以上の関係にはなれていないはずです」

 俺には六つ上の兄がいる。将来はこのヘイクラフト伯爵家を継ぐ人物だ。だが頭の出来は中の下。もちろん勉強嫌いで努力も嫌い。体も俺と同じくおデブちゃんだ。魔力量は普通で、魔法も普通。このまま将来爵位を継いでも、領地が発展することはないだろう。
 しかしそこで俺が今のヘイクラフト家にはない、高位貴族達との繋がりを作れたらどうだろうか。領地を発展させることも容易になるかもしれないし、そうなれば更に税収を上げられる。その後のヘイクラフト家は今よりもぜいを極めることが出来るだろう。
 ……まぁこんな我がヘイクラフト家と懇意こんいになろうと思う家があるとは思えないが、阿呆な父上はそんなことに気付きもしない。きっと今頃頭の中では、ぜいを尽くす未来だけが描かれているはずだ。

「ほう、なるほどな。それはなかなか良い考えだ。無駄な金を使うことは不満だが、将来の投資と考えれば致し方あるまい。優秀な教師を用意してやろう」

 よし! これで家庭教師の件はクリアだ! ホント、父上が阿呆でよかったぜ。

「だが金を無駄にするようなことだけはするなよ。いいな」
「もちろんです。俺にお任せください! では失礼します!」

 了承が取れればこれ以上ここに用はない。俺はさっさと執務室を出て自室へと戻ることにした。

「エルバート様。本気で勉強するつもりなのか?」

 俺の後ろを付いて回るペレスに、怪訝けげんな表情でそう言われてしまった。今までの俺を見ていれば、本気で勉強するなんて信じられないんだろう。今でも家庭教師はいるにはいるが、授業は寝てばかりでまともに話を聞いちゃいない。じゃあなぜ家庭教師がいるのかというと、学園へ入学することが義務であり、そのために最低限の知識が必要だからに過ぎない。それがなければ父上も家庭教師を雇うという金の無駄になることはしないはずだ。
 家庭教師がいたお陰で、なんとか文字の読み書きは出来る。だが結局はその程度。他の貴族の子息子女と比べれば、相当遅れていると言わざるを得ない。そんな俺が学園で優秀クラスに入るなど夢のまた夢。優秀な教師を頼り、猛勉強しなければ間に合わない。
 俺の状況を知っているペレスは、いきなりの俺の奇行についていけていないのだ。でもペレスは俺の従者だ。俺の計画を知ってもらい、協力してもらう必要がある。
 ドスンドスンと巨体を揺らしながら、出来るだけ足早に自室へと戻った。ぜぇぜぇと息を荒らげつつ、椅子に腰かけ深呼吸を繰り返し息を整えた。

「さて。本気で勉強するつもりなのか、という質問だが、俺は本気だぞ。五年後に入学しなければならない学園で、優秀クラスに入るからな」
「……いや、無理だろ。無謀が過ぎる」
「今までの俺ならそうだが、先ほど俺は生まれ変わったのだ。お前にも協力してもらわなければならないからな。俺の計画を話してやろう」

 話が長くなることを予想してペレスにも座ってもらう。準備が出来たところで、現時点での計画を話すことにした。
 まず俺は猛勉強とダイエットを並行して行う。勉強に関しては俺一人でなんとかするしかないが、ダイエットにはペレスにも付き合ってもらう。というのも、ペレスは一応だが武術の心得があるからだ。
 ペレスは従者として俺の身の回りの世話と護衛。この二つを主に行っている。ダイエットには強い精神力が必要だ。この巨体を痩せさせるには相当な苦労が必要だろう。だがそれはアルノルト様への想いがあればどうとでもなる。とはいえこの巨体での運動はかなりしんどい。ペレスにはそのサポートをしてもらいたいのだ。
 教師が何人派遣されるかはわからないが、五年の月日があるとはいえ遅れを取り戻し、尚且なおかつ優秀クラスに入るためにはそれなりの過密スケジュールになるだろう。そのスケジュール管理もペレスにはやってもらう必要がある。
 これからの俺の生活はがらりと変わる。ペレスにはそれを理解してもらい、俺がスムーズにやりたいことをやれるよう管理してほしいのだ。

「……わかったよ。エルバート様が本当にそうするなら俺も協力は惜しまない。あんたは恩人だからな。だけど一つだけ聞かせてほしい。急に勉強するとか痩せるとか、いきなりすぎて意味がわからない。どうしてそうなったのか理由を教えてくれ」

 ふむ。そうだよな。つい一時間前まではぐうたらだった俺が、いきなり豹変ひょうへんした理由を知りたいと思うのは当たり前だろうし不思議じゃない。こいつにしっかりとサポートしてもらうためには説明しなければならないだろう。

「ブレイズフォード公爵家のアルノルト様を救うためだ。あの方は将来、婚約者である王太子から断罪され王都追放となる。俺はアルノルト様をそんな目に遭わせるつもりは毛頭ない。その未来を回避するために、何がなんでもアルノルト様と同じ優秀クラスに入る必要があるんだ」

 これはこの先何があろうとも、絶対にやらなければならないこと。優秀クラスに入れなければ、俺が悪役令息として立ち回ることが困難となってしまう。

「いや、ちょっと待て。ブレイズフォード公爵家って、エルバート様どころかヘイクラフト家とはなんの関わりもなかったはずだろ? それなのになんでいきなりアルノルト様を救うことになってるんだ? それに王太子から断罪されて王都追放? つい最近二人は婚約したばっかりだろ。どうしてそんなことになるなんて言い切れるんだ?」
「お告げだ」
「は?」
「俺は先ほど、神から天啓を受けたのだ。アルノルト様を救えという天啓だ。俺はそれに従わなければならない」
「いやいやいやいや。あんたにそんな能力なかっただろ」

 こいつ何言ってんだ? 頭がどうかなったのか? そんな声が聞こえてきそうな表情を少しも隠すことなく、ペレスは俺を見据える。
 こいつの言いたいことはわかる。気が触れたとしか思えないだろうことも。だが俺の前世の話をしたところで余計に混乱させるだけだ。ならそれを言う必要はない。

「お前が信じられない気持ちはわかる。これ以上詳しいことは言えないが、そこは俺を信じてほしい。今すぐには無理でも、今後の俺の行動を見て信用してくれればそれでいい」

 俺がそう言えば、ペレスは「う゛う゛~……っ!」とうなりながら頭を掻きむしる。短く切り揃えた黒髪は、見るも無残な姿へと変貌した。

「はぁ……全っ然わからねぇがわかったよ。あの日から俺はあんたに付いていくって決めたんだ。なら俺はただ従うだけだ」

 ペレスが言う『あの日』というのは、俺がこいつの妹を助けた日のことだ。
 主人である俺への態度からもわかるように、こいつは元々こんな性格で不遜ふそんな奴だった。だけど仕事で手を抜くことは一切せず、こんなぐうたらでどうしようもない俺のためにいろいろとやってくれていた。
 今からちょうど二年前のある日、いつもの時間にあいつが来ない日があった。仕事をさぼりやがって。そう思った俺は、父上に告げ口してお仕置きしてもらおうと父上の執務室へと向かった。そして扉をノックしようとした矢先、ペレスの『妹を助けてください! お願いします!』という叫び声が聞こえた。
 必死に訴えるその声に、俺はついさっきまで抱えていた怒りが解けた。扉をそっと開けて中を覗いてみれば、父上に向かって土下座しているペレスの姿があった。

『馬鹿なことを言うな。お前には不本意だが給金を支払っているだろう』
『それじゃ足りないんです! どうか! どうか薬代だけでも前借りさせていただけませんか!』
『ふん。前借りじゃなく、その金を受け取ったら逃亡する気だろうが。却下だ!』
『そ、そんなっ……薬さえあったら妹は助かるんです! お願いします!』

 ペレスには年の離れた妹がいた。当時のペレスは十五歳で妹は五歳。しかも妹は肺をわずらっており、度々たびたび体調を崩していた。薬さえ飲めば治る病気だったが、その薬は平民にはかなり高くなかなか買うことが出来ないものだった。ペレスはその薬を買うために、この家の使用人になったのだ。貴族家の使用人になれば、高い給金が貰えると思って。
 だが実際はそうじゃなかった。手に入った給金は想像よりかなり少なく、その理由を尋ねると「お前の仕事ぶりにはその額で十分だろう」と言われたそうだ。俺の世話しかしていないのに、それ以上の金を望むなど分不相応だと。
 そのままペレスは使用人の仕事を辞めればよかった。しかしペレスはこの屋敷に面接に来た時に、働く目的を聞かれ「病気の妹のため」と正直に答えてしまった。父上はペレスに「ここを辞めたら町中の医者を受診出来なくしてやる」と言われ、貴族であればそんなことも可能だとわかっていたペレスはそのままここで働くしかなかった。
 薬を買うことも出来ず、騙し騙し妹を看病していたがその妹が体調を急変させた。今すぐ薬を飲ませなければ助からないと言われたのだ。
 そこでペレスは父上に土下座してまで給金の前借りを頼んだのだが、ケチな父上は当然断った。その場面を見ていた俺は、父上の執務室へ入るとペレスの腕を掴みそこから連れ出した。その時のペレスの表情はまさに絶望という言葉がぴったりだった。

『薬代はいくらだ』
『……え?』

 ペレスを自室へと連れ込むなり、俺はそう尋ねた。何を聞かれているのかよくわかっていないペレスはただ茫然ぼうぜんとする。

『妹の病気を治す薬代はいくらかと聞いている。俺がその金をお前にやってもいい』

 俺がそう言って初めて、ペレスは俺の言葉を理解した。そして薬の名前と金額を口にすると、俺は親から貰っている小遣いからその薬代を渡した。小遣いといっても貴族の小遣いだ。父上はケチではあるが、自分達が豪遊するための金に糸目はつけない。家族である俺にもそれなりの小遣いが渡されていたのだ。
 だが俺は子供で、あまり買い物をすることもなかった。ただ自分に金があったからペレスにやったのだ。どうして俺がペレスに薬代を渡したのか。それはペレスを気に入っていたからだ。
 ヘイクラフト家は領民だけじゃなく、使用人にすら恨まれている。必要以上のことはしないし話すこともない。しかしペレスだけは俺に対し、不遜ふそんな態度ながらも話しかけてくれるし世話も手を抜かなかった。兄というか友人というか、俺にとってそんな存在に感じていたのだ。
 金を受け取ったペレスは深く頭を下げるとすぐさま妹の元へと駆け出した。そして翌日屋敷へ出勤してきたペレスは『妹を助けることが出来ました。本当にありがとうございました』と土下座して礼を言った。それからのペレスは俺に敬語で話すようになった。だが余所余所よそよそしい態度が気に入らなかった俺は、元の態度に戻るように言った。
 主人に対する態度ではないが、友人のいない俺にとってペレスはそれに近い存在だったのだ。それからペレスは不遜ふそんな態度に戻りながらも、恩人である俺にずっと仕えていくと言ってくれた。どんなになまけていても「また太るぞ」「勉強しろよ」と口にはするが強制はしない。きっと以前の俺は、ペレスに小言を言われるのが嬉しかったんだろう。だってそれは俺のことを気にかけてくれている証拠だから。
 親ですら俺のことは基本放置だ。ずっと側にいて俺を気にかけてくれるのはペレスだけだった。だからペレスの妹なら助けてやってもいいと、気まぐれで金を渡した。
 そんな過去があるため、ペレスは俺がはっきりと理由を言わなくても付いてきてくれる。正直言って全然納得出来てはいないだろうが、『エルバートだから』で済ませてくれるだろう。その方が俺も前世云々うんぬんを説明しなくて済むし助かる。
 しっかし昔の俺、いい仕事したよな。あの時の俺は、正直こいつの妹のことなんかどうでもよかった。でも前世の記憶を取り戻してから、こいつの妹を助けられてよかったと心底思う。まだ五歳の子供の命を救えたんだから。

「じゃそういうことで頼むぞ、ペレス」
「へいへい。勉強のことは俺は何も出来ないが、運動のことに関しては任せろ。ビシバシいくからな」
「どんとこいだ! アルノルト様のためなら俺はなんでもやってやる!」


 それから約二ヵ月後、優秀だと評判の家庭教師がやってきた。だがたったの一人。元からいる家庭教師と二人体制だ。ちっ。やっぱりケチったか。
 父上は優秀な教師が一人いれば十分と、余計な金を払うのを躊躇ためらったらしい。この二人の教師に全部任せるつもりのようだ。

「バートン・コポックと申します。よろしくお願いいたします」

 やってきたのは男爵家の三男であるバートン・コポックという男だった。年齢は二十五と若いが、かなり優秀らしくほとんどの教科を教えることが出来るという。ついでに弱みを握られたかと聞けば、言質げんちを取られるようなヘマはしていないと。流石だ。

「言っちゃあなんですが、ヘイクラフト家はいい噂を聞きませんからね。その辺は抜かりなく。それと指定された給金はまぁ及第点だったので引き受けました。正直なことを言えば少々足りませんが。それに次男を学園で優秀クラスに入れるようにしろと言われましてね。いじ甲斐がいのありそうな生徒で面白そうだったので引き受けました」

 そう言ったこいつの目は獲物を見つけた獣のようにギラついたものだった。もの凄く嫌な予感がする。
 と思った俺の勘は当たった。こいつははっきり言ってドSだ。鬼畜だった。まともに勉強していなかった俺は、授業が始まった当初まったくついていけなかった。そのたびに「こんな簡単な問題もわからないんですか? 赤子からやり直した方がよさそうですね」とか、「はい、全然違います。その頭は飾りなんですか?」とか、「ぷっ。その頭で優秀クラス? 無理でしょ」などなど。毎日のように馬鹿にされ暴言を吐かれていた。
 そしてほぼ毎日出される課題は一日では到底終わらせることが出来ない量。いや、普通なら出来るんだろう。だがまともに勉強してこなかった俺がこなすにはかなり無理がある量だったのだ。当然課題が終わっていないと知れば、「僕なら一時間もあれば十分ですけどね」と当たり前みたいに嫌味を言われる。
 ムカつかないと言えば嘘になる。だが俺はこんなことでへこたれたり心が折れたりすることはない。俺の心の癒しであり神であるアルノルト様の写真――新聞に載っていたショタアルたんの写真のお陰だ。アルノルト様の部分だけを切り抜き保存している――を眺め、気合を入れているのだ。
 こんな些細ささいいじめまがいのことで俺がやられると思ったら大間違いだ。アルノルト様を想えばどんなことだってやり遂げられる。俺には使命があるからな!
 その甲斐かいあって、俺はメキメキと学力を上げていった。コポック先生は「へぇ。なかなか骨があるじゃないですか。まだまだいけそうですね」と更にドSを発揮していくが、そんなもの俺にはまったく効かない。『こいつなら何をやってもいい、駄目だったら辞めて家に帰ればいいだけだ』とでも思っているのだろうが、残念だったな。
 だからか元からいるもう一人の教師なんて俺とあまり関わりたくない感満載だったのに、今じゃ俺を心配しているくらいだ。そんなところからもコポック先生の鬼畜っぷりがわかるってもんだ。
 しかも俺、本当に申し訳ないことに今までずっといた家庭教師の先生の名前すらも知らなかったんだよな。改めて『タイル・ウォーカーと申します』と挨拶された時は素直に謝った。これは俺が全面的に悪い。記憶が戻る前の俺、失礼にもほどがあるぞ。
 そしてコポック先生はなんだかんだドSっぷりを発揮しながらも、教えるべきことはちゃんと教えてくれているし、ウォーカー先生にもアドバイスをしたりきちんと仕事はしている。そのお陰かウォーカー先生も以前とは違ってイキイキと授業をしてくれるし、コポック先生とは違って優しいからウォーカー先生は俺の癒しになった。
 だがコポック先生はそれが気に入らないようで「ウォーカー先生、そんな甘い授業をするから今までまともに話を聞かれなかったんですよ」なんて言いやがった。確かにそういうところもあるかもしれないが、お前のやり方は異常だということを理解しろ。俺は絶っ対負けねぇからな!
 そして俺の体だが、膨大な課題に追われ、頭をフル回転させているからかみるみる痩せていった。もちろん運動も並行してやっている。ずっと机に向かって勉強ばかりしているから気分転換にちょうどいい。
 ペレスは「ビシバシいく」と宣言していた通り容赦がなかった。でもこいつも俺のことをちゃんと考えてフォローしたりサポートしたりと力になってくれている。疲れ果てて寝落ちしてしまう毎日だが、朝起きればベッドの上だ。着替えさせてベッドまで運んでくれているのはペレス以外いない。
 最初は筋肉痛で辛かった体も、今じゃそういったことも少なくなった。むしろ体力もついて勉強もはかどるようになっている。


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唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。