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「あら。なかなか良いポーションね」

 恥ずかしくて顔を上げられずにいたらふいにそんな言葉が聞こえ顔を上げる。

「どれもこれもなかなかの品質だわ。こんな辺境の町にこんな腕のいい薬師がいたなんて思わなかった。あなた、薬師として誇っていいと思うわよ」

「あ、ありがとうございますっ…!」

 嘘みたいだ。大聖女様であるソニア様にこんな風に褒めて貰えるなんて…。その一言のお陰でさっきの恥ずかしい出来事はすっかりどこかへ飛んでいった。

 嬉しい。両親から引き継いだこの仕事が褒められた。それも大聖女様に。

「…これは。店主、これは解呪のポーションかい? 凄いね、まさか解呪のポーションまで作ってしまうとは…」

「あ、はい。俺…あ、いや、僕のスキルが【解呪】のスキルだったので作ることが出来るんです」

「【解呪】のスキルだって!? そんなこと簡単に言ってしまって大丈夫かい!?」

 金の髪に金の瞳。この方が勇者様だろう。その方がすごく驚いてそんなことを聞いてきた。

 確かに【解呪】のスキルはとても珍しい物だと思う。だからそれを言ってしまうと俺は攫われる危険だってある。だけど特殊な製法でしか作れないと言っているし、この町でしか作れないと嘘もついている。
 だから攫おうとしたところで解呪のポーションは作れないし、もし俺が攫われでもしたらこの町の人達が許さないだろう。だって――

「はい、大丈夫です。それにここは魔王が住む場所に近く魔獣の数も多いです。呪いをかけられる人もそれなりにいて、僕の作るポーションが命綱なところもあるんです。薬師として皆を助けるためには公表する方が良いと判断しました。ここには力のある神官様や聖女様はいませんから…」

 俺がそう言うと勇者様は「そうか…。立派な判断だ」と言ってくれた。

 こんな辺境の町には解呪の出来る神官や聖女はいない。大体は大きな町や都市にいる。しかも解呪にかかる費用もかなり高額だ。必死で魔獣を退治してもお金がなければ解呪が出来ない。こんな辺境で俺の役目はかなり重要なのだ。

「では申し訳ないが、この町にとって貴重なポーションを買えるだけ買いたいのだが可能だろうか」

「え? ポーションを買う、んですか? え? でも大聖女様がいらっしゃいますし、俺の…あ、えっと、僕の作るポーションよりずっと凄い方がいらっしゃるのに…」

「はは。『俺』で構わないよ。気を楽にして欲しい。…もちろんソニアが居れば大抵の事は可能だ。だけどこれからは対魔王戦が控えている。ソニアの魔力の節約の為にもなるべくポーションを持っておきたいんだ。最後の最後で魔力が切れたら話にならないからね。だから売れるだけ売ってほしい」

 ああ、なるほど。そういうことか。
 ソニア様だって魔力量は大きいだろうけど、これから先は無駄に魔力を使うことを避けられるなら避けたいということはわかる。

 最後の大事な場面で本領発揮できなければ、魔王討伐が出来なくなる可能性もあるからな。

「わかりました。でしたら必要なのは治癒に魔力回復、解呪に解毒のポーション…これくらいでしょうか。解毒以外は多めにあった方がいいですよね」

 俺はそう言って売れるだけのポーションを、というか棚に置いてあるポーション全てを取り出しカウンターへと並べていった。

「え? ちょっと待ってくれ。この町の人々が困らない程度の分は残して、それ以外を売ってくれれば構わない。全てを売ってしまったらこの町の人々はどうするんだ?」

 あれとこれと、とポーションを並べていたら騎士団長のセルジオ様が慌てて俺を止めに来た。

「ああ、大丈夫です。また作ればいいだけですし在庫もそれなりに置いてあります。それよりもこれから魔王討伐なんて大仕事をされる皆様に何かある方が大変です。だから気にしないでください」

 それなりに在庫があるだなんて嘘だ。本当はここにあるポーションが全てだから。だけどそんなことより勇者様達が助かるのなら俺は全てのポーションを売ってしまっても構わない。
 俺が徹夜でも何でもして必死にポーションを作ればどうとでもなるのだから。

「…すまない。正直助かる。この先、ポーションや食料などの補給は難しいからな。それにこれから先は更なる困難が予想される。君の心遣いに感謝する」

 「いえ、気にしないでください」とセルジオ様にそう言って、俺はにっこりと笑っておいた。ここでケチって勇者様達に何かあった方が大変だ。もうここは大判振る舞いで行こう。

 販売値を通常価格の20%ほどに値下げして売った。するとここでも「それじゃだめだ! 適正価格で買うから」と言われたが、「勇者様達が無事に魔王討伐出来たら残りをお支払いください」と言って無理やりその値段で買ってもらった。

「本当にありがとう。君の為にも必ず魔王討伐を成功させるよ。その後絶対、残りを支払いに来るから楽しみにしていて欲しい」

「はい。こんなことでしか応援できなくて申し訳ありません。命を懸けて、魔王討伐なんて大変な事をなされる皆様のお力になれるのなら、俺にとっても光栄なことです。…ですから無事にお戻りください」

「ああ、約束するよ」

 にっこりと笑った勇者様の顔の威力が高すぎて俺は顔が真っ赤になってしまった。

 違う。それだけじゃない。

 どうしてかわからないけれど、勇者様の笑った顔を見た途端、きゅっと心臓が苦しくなった。嬉しくて、切なくて、悲しくて…。色んな感情が一気に駆け巡った。俺は一体どうしたんだろうか…。



 それから食料や備品などをマジックバックに詰め込んで、最後の補給を終えた勇者ご一行様はこの町を出発した。

 
 それからの日々はいつも通り。勇者様達にありったけのポーションを売った俺は数日寝る間を惜しんでポーションを作り続けた。おかげで町の皆が困ることはなく、なんとかいつもの毎日を送ることが出来ている。

 そして今日も採って来た薬草を外に干す作業を行っている。いつもならこの後のポーション作りの事を考えているのだが、最近の俺の頭の中は勇者様のことで一杯だった。

 初めて会った勇者ご一行様。とても人が良くて正直驚いた。お貴族様だから傲慢なことも覚悟していたけど全然そんなことはなくて、むしろ町の人々の事を考えてくれる優しい人たちだった。

 それになぜかずっと頭に張り付いた勇者様の笑顔。思い出すたびに、心が切なくなってしまう。
 危険な旅に出発した勇者様。俺は何もできないのに、一緒に行きたい気持ちが止まらない。守らなきゃって気持ちが溢れてくる。

 どうしてだろうか…。考えても考えても、その答えを見つけることは出来なかった。

 だからなんとしても全員無事で、魔王討伐に成功してほしい。生きて戻って来て欲しい。そしてまたあの輝く笑顔を見せて欲しい。


 ――神様、どうか勇者様達をお守りください。


 こんなこと今までしたことなかったのに、俺は毎日寝る前に月に向かって祈りを捧げるようになった。



 それから何日が過ぎただろうか…。いつもの日常を繰り返していると、町の男たちの会話が聞こえてきた。

「おい、あの勇者様達だけどさ。本当に魔王討伐出来ると思うか?」

 最近はこの話ばっかりだ。どこへ行っても勇者様たちの事を話題にしているのを耳にする。
 それも仕方がないことだろう。皆、いつも通りの毎日を送っていても心は不安で押し潰されそうなのだから。もちろん俺だって例外じゃない。

「出来てくれなきゃ俺たちは皆死んじまうんだ。何としても倒して欲しっ……! おい! アレを見ろ!」

 男が指を差した方向を見れば光の柱が大きく立ち昇っているのが見えた。

 魔王討伐に向かった勇者一行。遠くからでも見えるあの巨大な光の柱は勇者様の渾身の一撃だろうか。
 光が消えた途端、遠くに見えていた黒い雲が徐々に晴れていくのが確認できた。

「……やったのか?」

 男が1人ぽつりと零す。誰も彼もその言葉に返すこともなく、ただただ光が立ち昇った方向を見つめていた。
 そして――

「…おい! 暗雲が完全に晴れたぞ! やった! 魔王を倒したんだ!!」

 誰がそう言ったのか。興奮気味にそう叫ぶとそれを受けて周りの人々も一斉に「うおおおおお!」と歓喜の声を上げる。


 魔王が生まれて20年。ずっと見えていた黒い雲が消え去った。
 あの黒い雲は魔王が生まれた時から現れたという。それが無くなったということは魔王が死んだという事。

 
 勇者様が魔王を倒したんだ。あの優しい顔をした『金の勇者様』が。
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