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18 ゼフィロside

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 一泊して次の日、早朝から転移で飛び馬で駆け、やっと最果ての村ダラムに到着した。

 この村は魔王がいた場所に近く、魔獣の被害も大きかったようで崩れ落ちた家が目立った。しばらく村を歩いてみると、手を繋いで歩いていた親子を見つけたためウルリコがいるかどうかを確認した。

 すると母親がぎろりとこちらを見て「……森の入り口近くの家」とだけ口にした。

 礼を伝えその場を去ろうとした時に「聞きたいことがある」と声を掛けられ足を止めた。

「あんた、勇者様かい?」

「…そうだ」

「ははっ……この村にのこのこ現れて…。あんたがさっさと魔王を倒さないから…早く魔王を倒してくれなかったからうちの旦那は死んだんだっ!」

 その女は目に涙を浮かべそう叫んだ。

 村は荒廃していて、見るだけでかなりの被害が出たことが伺える。この人の旦那も魔獣に襲われ亡くなったのだろう。

「どうせあんたは周りにちやほやされてるんだろうっ! 私たちの気も知らないでッ……旦那を返せ! 優しいあの人を返せっ! お前なんかこの村に来る資格なんかないッ!」

「……すまない。用が済めばすぐに立ち去る」

 それ以上言う言葉がなく、私たちはその場を去った。後ろではその女が泣き叫ぶ声が木霊していた。

「ゼフィロ、気にするな。全員を救うことなんて無理なんだ」

「わかっている。大丈夫だ」

 理不尽だと思う。勇者として覚醒出来るまでの苦労は生半可ではなかったし、旅に出てからも大変だった。魔王を討伐した時も悍ましい呪いを掛けられ死にかけた。
 ちやほやされたくて魔王討伐したわけじゃない。私がやらなくてもいいならやりたくなかった。だけど、【勇者のスキル】を授かった時点で私に逃げ道なんてなかった。

 だけど、ファウストの夢を見ていた私にはあの女の気持ちが痛いほどわかる。クレベールを亡くした時、とてつもない喪失感に襲われた。
 どうして誰もクレベールを救えないんだと、人にも物にも八つ当たりした。

 だけど自分自身が一番許せなかった。自分のせいでクレベールが死んだと思っていた。
 そして段々とファウストは壊れていった。

 私にできるのは、どうかあの人がファウストのように壊れないことを祈るのみだ。



 言われた通り、森の入り口近くの家へと向かう。もう夜だから、出かけていたとしてもきっと家にいることだろう。
 そして目的の家を発見した。

「よし」

 どうかウルリコがここにいますように。祈りを込めるようにして扉をノックした。

「突然済まない。ここにウルリコという薬師はいるだろうか」

 しばらく間を開けて扉が開く。

「勇者…様…?」

 そこには会いたくて会いたくて探し回った、ウルリコ本人がいた。

「……やっと…やっと見つけた」

 ウルリコの姿を見た途端、心に歓喜が渦巻く。だが、痛ましいほどに痩せていて喜びは悲しみへ変わった。

「……なぜこんなに痩せている? ……やはり君は…」

 ウルリコの痩せた体が痛ましく、生きている証を感じたくて頬に手を伸ばした。

「あ…あの……」

 いきなり私が現れたことで動揺しているようだ。何かを話そうと口を開けたり閉じたりを繰り返している。
 そんな彼の手に、小さな鞄が一つ握られているのを見つけた。

「…もしかして今から出かけるつもりだったのか? こんな夜に? どこへ行こうとしている?」

 この村では夜に出かける場所なんてない。なのに外へ出かけようとするのは不自然だ。

「で、話はついたのか? 僕たちの事忘れてない?」

「え? ギルエルミ様? セルジオ様まで…」

 私だけではなく、セルジオとギルエルミの姿を見て更に驚いていた。その顔も普段なら可愛いのだろうが、痩せこけた顔だと痛ましいしか出てこない。

「…すみません。お茶を淹れようと思ったのですが、その…何もなくて」

 どうぞ中へ、とウルリコに誘われリビングへと行き腰掛けた。もてなしが何もできない、と申し訳なく言う。突然押し掛けたのはこちらだから気にしなくてもいいのに。

 それよりも。なぜ嘘を付いてこの最果ての村へと来ていたのかを聞いた。だが「それは…」と言葉を濁したっきり話そうとしない。きっと呪いのことを気にしているんだろう。そう思っていたらセルジオがとんでもないことを言い出した。

「……ゼフィロ。店主はどうやらもうすぐ死ぬみたいだぞ」

「な!? もうそこまで来ていたのか!?」

 もうすぐ死ぬだと!? ここまで痩せていたことに驚きはしたが、まさかもう死ぬ間際だったなんてそこまでは思っていなかった。

「手紙には『俺の寿命が近いのでここを出ていきます。今までありがとうございました。ここに置いてあるポーションはお世話になったお礼です。皆さんで使ってください』と書いてある。
 勝手をして悪いが、ざっと中を見させてもらった。綺麗に片付いている。生活感がないほどに。…店主、先ほどは村を出ていくつもりだったんだな?」

「…………そうです」

 お手上げだ、とでも言うように肩を落とし渋々といった体で認めた。
 なんて事だ…。いや、間に合ってよかったと言うべきか。

「ウルリコ…。すまなかった。来るのが遅くなって。君の体の事は……っ!? ウルリコ!」

「うぐぅっ!」

 ウルリコの体の事で確認を、と思った矢先、彼はいきなり苦しみだして倒れこんでしまった。慌てて駆け寄り抱き上げる。その体はあまりにも軽く、本当にギリギリの状態だったのだ、今にも消えるんじゃないかと怖くなった。

 ここまでずっと彼を苦しめてしまったことに後悔の念が渦巻く。
 どうして彼は私の代わりに苦しまなければならないのか。どうして私が彼を苦しめる原因となってしまうのか。

 だが今回は大丈夫。彼を救える手段はある。もうファウストのように彼を失うことはない。

「ウルリコ、もう大丈夫だから。君を必ず助けるから」

「ぐっ…。光魔法で…封印された、スキルを…開放する、ことは…ぐぅっ……できます、か?」

「無理だ。そんなこと聞いたことがない…」

 ギルエルミが眉間に皺を寄せ、そう零す。

 確かにその通りだ。【スキルの封印】なんてそもそも事例がほぼない。というかそのような事が出来るのは魔王くらいだからだ。だから当然それに対して解決策も何も存在しない。

「…俺は、このまま死んでも…構いませ、ん…はぁはぁ…世界を、救った…勇者様、が…助かった…んだから…」

 ああ、君はどうしてそこまで私に優しく出来るのだろうか。今君が苦しんで死にかけているのは、私のせいだというのに…。
 ここに来る前に会ったあの女のように「お前のせいで」と、私を罵る権利は君にあるというのに。

「…ウルリコ、諦めるのはまだ早い。君を助けると言っただろう?」

 それ以上何も言葉を発しないように、私はその口を自らの口で塞いだ。

 それを見た2人から「はぁ!?」と驚きと困惑の声がするがそんなものは無視だ。

 少しでも多くの唾液を飲ませるために私の舌を捻じ込み、口内を舐った。その体の痛みや苦しみが呪いの影響で起こっているならば、私の唾液に含まれる魔力を取り込むことで緩和するはずだ。
 だがあくまでも応急処置としかならない。完全な呪いの解放はもっと濃く強い魔力を与えなければならない。

「私がスキルの封印を解いてみせる」

 何を言っているんだこの人は。きっと彼はそう思っているに違いない。その顔のなんて可愛らしい事か。

「おいっ! スキルの封印を解くって…」

「今はとにかく時間がない! 詳しい話は後でする。これから私はウルリコに掛けられたスキル封印の呪いを解く。悪いが2人は近くの町へ転移して明日の朝、また来て欲しい」

「ちょ、ちょっと待って! いくら勇者と言えどもそんなことっ…!」

「ギルエルミ! ここはゼフィロを信じよう。さ、俺達は言われた通り、近くの町へ転移だ」

「セルジオ……。あー、もう! わかったよ。明日の朝、迎えに来るから」

 腑に落ちないであろうに、2人は私を信じて私の言う通りにしてくれた。助かる。ぐだぐだと説明する時間も今は惜しい。

「さ、ウルリコ。今まで良く耐えてきたね。今度は私が君を助けるから」

 今度こそ、私の手で救ってあげられる。もう二度と君を失いはしない。

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