ライフ・サンクチュアリ ~追放された回復術師の第二の人生~

都一

文字の大きさ
41 / 61

第41話:遺された手掛かり

しおりを挟む
ダミアンの死体は、すでに城の地下に運ばれていた。
呪いの力の代償――黒い痣が全身を覆い、最後には心臓が止まった。

アシュは地下牢の冷たい石の壁に背を預け、息を整えていた。右手を胸に当てると、そこにも痣が這い上がっているのを感じた。

「……まだ、時間はあるはずだ」

そう自分に言い聞かせる。だが、セオドア院長の言葉が頭から離れない。「3ヶ月……いや、もっと短いかもしれない」

アシュは唇を噛み締めた。ダミアンを捕らえることには成功した。
だが、尋問の途中で死なれてしまった。ヴォイドの本拠地への手掛かりは、まだ掴めていない。

「アシュ」

振り返ると、ミラが心配そうな顔で立っていた。

「大丈夫? 顔色が悪いわ」

「ああ……大丈夫だ」

アシュは無理に笑顔を作った。ミラは何も言わず、ただ隣に座った。

「ダミアンの遺品を調べたの。オズワルドとリアが今、解析してるわ」

「……何か分かったのか?」

「まだ詳しくは。でも、何か暗号のようなものが書かれた紙が見つかったって」

アシュは立ち上がった。「行こう」

———

ライフ・サンクチュアリの本部、作戦室。テーブルの上には、ダミアンが所持していた小さな紙切れが広げられていた。オズワルドが拡大鏡を使い、リアが古代文字の辞典を片手に睨んでいる。

「これは……古代ルーン文字の一種だな」

オズワルドが低い声で呟いた。

「意味は分かるのか?」

アシュが尋ねると、オズワルドは頷いた。「ああ。一部だがな」

彼は紙を指差した。「『北の果て、凍てつく地の奥深く』……『死者の眠る場所に、真実は隠されている』」

「死者の眠る場所……?」

ミラが首を傾げた。リアが辞典から顔を上げた。

「もしかして、北方の『氷結の墓地』のことかもしれない」

「氷結の墓地?」

「ええ。昔、大戦で死んだ兵士たちが眠る場所よ。今は誰も近づかない、呪われた土地って言われてる」

アシュは腕を組んだ。「……ヴォイドの本拠地が、そこにあるのか?」

「可能性は高い」

オズワルドが答えた。「ダミアンがわざわざ暗号にして持っていたということは、重要な情報だ」

「じゃあ、すぐに向かおう」

アシュが言うと、トーマが口を開いた。「待て、アシュ」

トーマは珍しく、険しい表情をしていた。

「氷結の墓地は危険すぎる。少なくとも、準備が必要だ」

「だが、時間がない」

「分かってる。だが、焦って死んだら元も子もない」

トーマの言葉に、アシュは黙り込んだ。確かに、トーマの言う通りだ。だが――三ヶ月。アシュの胸に、焦りが渦巻いていた。

オズワルドが地図を広げた。

「氷結の墓地は、ここから北へ五日の道のりだ。だが、冬の嵐が吹き荒れる。準備なしで行けば、ヴォイド以前に凍死する」

「王都からの支援も必要だな」

リアが言った。

「あの場所は、魔物も多い。騎士団の協力があれば心強い」

アシュは頷いた。「レオナルドに連絡を取ろう。明日、王都から使者が来る予定だ」

「分かった。それまでに、装備と補給品を整えておく」

トーマが答えた。アシュは彼を見た。
トーマの表情は、いつもと変わらない。だが、どこか――疲れているように見えた。

その夜、アシュは自室で、右手の痣を見つめていた。
黒い痣は、すでに心臓に達している。胸の奥が、時折、鋭く痛んだ。

「……まだ、戦える」

そう自分に言い聞かせる。だが、身体は正直だった。
力を使うたびに、命が削られていく。その実感が、今ははっきりと分かる。

ドアをノックする音がした。

「入れ」

ドアが開き、オズワルドが姿を現した。

「眠れないのか?」

「ああ……お前もか」

オズワルドは頷き、椅子に腰を下ろした。

「アシュ。お前、無理をしすぎている」

「……分かってる」

「本当に分かっているのか?」

オズワルドの声は厳しかった。

「お前が倒れたら、ライフ・サンクチュアリは終わりだ。仲間も、エルムヘイヴンも、守れなくなる」

アシュは黙っていた。オズワルドは溜息をついた。「……すまん。説教するつもりじゃなかった」

「いや、お前の言う通りだ」

アシュは苦笑した。「だが、俺にはもう時間がない。ヴォイドを止めるには、今しかないんだ」

「……そうか」

オズワルドは何も言わず、立ち上がった。「休め、アシュ。明日、王都のレオナルドと打ち合わせがある」

「ああ」

オズワルドが部屋を出ていく。アシュは再び、右手を見つめた。そして、深く息を吐いた。

———

翌朝、アシュは作戦室に向かった。だが、途中で奇妙な光景を目にした。トーマが、誰かと話しているのだ。それも、裏口の近くで。

アシュは足を止め、物陰に隠れた。トーマの相手は――黒いローブを着た人物だった。

ヴォイドの人間……!?

アシュの心臓が跳ね上がった。トーマは、何かを受け取っていた。小さな封筒のようなものだ。

「……分かった。伝えておく」

トーマの声が聞こえた。黒ローブの人物は頷き、闇の中に消えていった。

アシュは息を殺していた。トーマが……ヴォイドと繋がっている……?

いや、違う。そんなはずはない。トーマは、第一話から共に戦ってきた仲間だ。信頼できる戦士だ。だが――ならば、なぜ?

アシュは拳を握り締めた。トーマは封筒を懐にしまい、本部の中へ戻っていった。アシュはその場に立ち尽くしていた。

問い詰めるべきか? それとも、様子を見るべきか?

アシュの心は揺れていた。だが、今は確証がない。……もう少し、様子を見よう。

アシュはそう決め、作戦室へ向かった。

作戦室には、すでに仲間たちが集まっていた。そして、王都から使者が来ていた。
レオナルド・ゴールドマンと、アストラルクラウンの副団長、エリック・ヴァルハルトだ。

「よく来てくれた」

アシュが挨拶すると、レオナルドは頷いた。

「ダミアンの死は残念だったな。だが、暗号が見つかったのは幸いだ」

「氷結の墓地……ヴォイドの本拠地が、そこにある可能性が高い」

オズワルドが説明した。エリックが腕を組んだ。

「氷結の墓地は、魔物と呪いが渦巻く土地だ。生半可な準備では、全滅するぞ」

「それは分かっている」

アシュが答えた。

「だが、行かなければならない。ヴォイドの最終段階が始まっている」

レオナルドが頷いた。

「ならば、アストラルクラウンも協力しよう。騎士団の精鋭を派遣する」

「助かる」

アシュは深く頭を下げた。

「では、三日後に出発しよう。それまでに準備を整える」

全員が頷いた。だが、アシュの視線は、トーマに向いていた。トーマは、何も気づいていない様子で、地図を眺めていた。トーマ……お前は、一体……。

会議が終わり、皆が部屋を出ていく。アシュは最後に残り、窓の外を見つめた。北の空には、黒い雲が立ち込めていた。氷結の墓地。そこに、ヴォイドの本拠地がある。そして、全ての答えが――。

「アシュ」

振り返ると、ミラが立っていた。

「……どうした?」

「あなた、何か隠してない?」

ミラの声は静かだった。だが、その目は真剣だった。

「隠してるって……?」

「トーマのこと」

アシュの心臓が跳ねた。ミラは続けた。「あなた、さっきからずっとトーマを見てた。何かあったの?」

アシュは迷った。だが――ミラは信頼できる。今まで、何度も共に戦ってきた仲間だ。

「……実は」

アシュは、今朝見た光景を話した。トーマが黒ローブの人物と接触していたこと。封筒を受け取っていたこと。

ミラの表情が強張った。

「それ……本当?」

「ああ。だが、確証はない。もしかしたら、俺の見間違いかもしれない」

「見間違いじゃないわ」

ミラが静かに言った。

「私も、気づいてた。トーマ、最近おかしいの。夜中に一人で外に出てたり、誰かと手紙をやり取りしてたり……」

「……そうか」

アシュは拳を握り締めた。やはり、気のせいではなかった。

「どうするの? 問い詰める?」

「いや……まだだ」

アシュは首を振った。

「もし本当にトーマがヴォイドと繋がっているなら、今問い詰めても逃げられるだけだ。それに――」

「それに?」

「もし、トーマに何か理由があるなら……俺は、それを知りたい」

ミラは黙って頷いた。「分かった。私も、様子を見る」

「頼む」

その夜、アシュは再び自室にいた。窓の外には、満月が浮かんでいた。

3日後、氷結の墓地へ向かう。そこで、ヴォイドの本拠地を見つける。そして――。

アシュは右手を握り締めた。痣は、さらに広がっていた。胸の痛みも、強くなっている。

3ヶ月……いや、もっと短いかもしれない。

だが、アシュは決意していた。仲間を守る。エルムヘイヴンを守る。そして、ヴォイドを止める。

たとえ、自分の命が尽きても――。

「……行こう」

アシュは呟いた。月明かりが、彼の決意を照らしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

処理中です...