ライフ・サンクチュアリ ~追放された回復術師の第二の人生~

都一

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第43話:墓地の入口

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四日目の朝、吹雪は止んでいた。

洞窟の入口から外を見ると、一面の銀世界が広がっていた。雪が深く積もり、木々が白く染まっている。空は灰色で、冷たい風が吹き抜けている。

「出発するぞ」

エリックが声をかけた。騎士たちが荷物をまとめ、馬の準備を始める。アシュも立ち上がったが、身体が重かった。

一晩休んだにもかかわらず、疲れが取れない。胸の痛みは相変わらずで、呼吸をするたびに、心臓が締め付けられるような感覚がある。

「大丈夫?」

ミラが心配そうに尋ねた。アシュは頷いた。

「ああ……大丈夫だ」

だが、ミラの目は厳しかった。彼女は何も言わなかったが、その表情は――嘘をつくなと語っていた。

一行は、洞窟を後にした。雪が深く、馬の進みが遅い。騎士たちが先頭に立ち、雪をかき分けながら進んでいく。

アシュは、馬に乗りながら周囲を警戒していた。だが、視界が悪い。雪が舞い上がり、数十メートル先も見えない。

「気をつけろ。この辺りは、魔物の巣だ」

オズワルドが警告した。その手には、槍が握られている。

そして――それは、昼過ぎに起こった。

雪の中から、突然、黒い影が飛び出してきた。狼だ。だが、普通の狼ではない。全身が灰色で、目が赤く光っている。シャドウウルフ。闇の魔力を持つ、凶暴な魔物だ。

「魔物だ! 構えろ!」

エリックが叫んだ。だが、シャドウウルフは一匹ではなかった。雪の中から、次々と姿を現す。五匹、十匹、十五匹――。

「群れだ! 円陣を組め!」

騎士たちが剣を抜き、円陣を組む。アシュも馬から降りようとしたが――

胸に、激しい痛みが走った。

「ぐっ……!」

アシュは馬にしがみついた。視界が歪み、膝が震える。

くそ……また……!

シャドウウルフたちが、一斉に襲いかかってきた。その牙が、騎士たちに迫る。

「やらせるか!」

トーマが剣を振るい、シャドウウルフの首を斬り飛ばした。オズワルドが槍で別の一匹を貫き、リアが弓で次々と射抜いていく。

騎士たちも応戦する。剣と盾で、シャドウウルフの攻撃を防ぎ、反撃する。だが、数が多い。次から次へと、雪の中から現れる。

「きりがない!」

リアが叫んだ。その矢筒は、もう半分以下だ。

「退却するぞ! 前方の岩場へ!」

エリックが指示を出した。一行は、シャドウウルフと戦いながら、前方の岩場へ向かって走った。

アシュは、馬に乗りながら必死についていく。だが、胸の痛みが激しくて、意識が遠のきそうだ。

くそ……このままじゃ……!

そのとき、一匹のシャドウウルフが、アシュの馬に飛びかかってきた。

「アシュ!」

ミラが叫んだ。だが、間に合わない。シャドウウルフの牙が、アシュに迫る。

アシュは、咄嗟にライフ・サンクチュアリを発動させようとした。だが――

痣が、激しく痛んだ。

「ぐあっ……!」

力が出ない。身体が動かない。

終わった……!

アシュは目を閉じた。だが――

「させるか!」

トーマの声が響いた。そして、トーマの剣が、シャドウウルフを斬り裂いた。魔物が咆哮を上げ、雪の中に倒れる。

「大丈夫か、アシュ!」

トーマが駆け寄ってきた。その顔には、心配の色が浮かんでいる。

「ああ……助かった」

「気をつけろ。まだ終わってない」

トーマは、再び剣を構えた。そして、次のシャドウウルフに向かって走った。

アシュは、トーマの背中を見つめた。

トーマ……お前は……。

疑念と信頼が、アシュの心の中で渦巻いていた。

———

一行は、岩場にたどり着いた。

岩が壁のようにそびえ立ち、シャドウウルフたちが近づけない。騎士たちが、岩場の入口を塞ぐように陣を張る。

「ここで休もう。もう、魔物は来ない」

エリックが言った。騎士たちが、疲れた表情で座り込む。何人かは、軽い傷を負っている。

「大丈夫か、皆?」

オズワルドが尋ねた。騎士たちが頷く。

「ああ、何とか……」

「傷は浅い。大丈夫だ」

リアが薬草を配り、傷の手当てをする。ミラが水を配り、皆が一息ついた。

アシュは、岩に背を預けて座っていた。胸の痛みは、まだ収まらない。呼吸が苦しく、冷や汗が額に浮かんでいる。

「アシュ、本当に大丈夫?」

ミラが隣に座った。その手には、水が入った革袋が握られている。

「ああ……少し、休めば大丈夫だ」

「嘘。あなた、もう限界でしょ」

ミラの声は厳しかった。「さっき、力が使えなかったわね」

アシュは黙っていた。ミラは続けた。

「代償が、もう限界に達してるのよ。これ以上無理したら、死ぬわ」

「……分かってる」

アシュは呟いた。「だが、今は戦うしかない」

「違う」

ミラは首を振った。「あなたが戦わなくても、私たちがいる。トーマも、オズワルドも、リアも、騎士たちも。みんな、あなたを守るために戦える」

「だが……」

「あなたが倒れたら、みんなが悲しむのよ」

ミラの目には、涙が浮かんでいた。「だから、無理しないで。お願い」

アシュは、ミラの顔を見つめた。その目には、本気の心配が浮かんでいる。

「……分かった。無理はしない」

「約束よ」

ミラは、少し笑顔を見せた。そして、立ち上がった。

「少し休んで。明日には、氷結の墓地に着くから」

「ああ」

ミラが去っていく。アシュは、空を見上げた。灰色の空から、雪がちらちらと降っている。

もう、時間がない……。

アシュは、右手を握り締めた。痣が、さらに広がっている。もう、顎を越えて、頬のあたりまで達している。

せめて、ヴォイドを止めてから……。

アシュは、そう決意していた。

———

五日目の午後、一行はついに氷結の墓地の入口に到着した。

そこは、想像を絶する光景だった。

一面の雪原に、無数の墓標が立ち並んでいる。古びた石の墓標、朽ち果てた木の十字架、崩れかけた石碑。その数は、数千、いや数万に及ぶ。

「これが……氷結の墓地か……」

オズワルドが呟いた。その声は、震えていた。

空気が、重い。まるで、死者の魂が漂っているかのような、不気味な雰囲気だ。風が吹くたびに、墓標が軋む音が響く。

「昔の大戦で、ここで何万人もの兵士が死んだ」

レオナルドが静かに言った。「王国軍と、北方の蛮族との戦い。三日三晩、戦いは続いた。そして、最後には――誰も勝者はいなかった」

「全滅したのか……?」

リアが尋ねた。レオナルドは頷いた。

「ああ。生き残ったのは、数十人だけだった。そして、死者たちは、ここに埋葬された。だが――」

レオナルドは、墓地の奥を見つめた。

「死者たちの魂は、今も彷徨っている。夜になると、亡霊が現れる。そして、生者を道連れにしようとする」

「……なんて、おぞましい場所だ」

エリックが呟いた。

アシュは、墓地の奥を見つめた。そこには、黒い霧が立ち込めている。まるで、闇が渦巻いているかのようだ。

ヴォイドの本拠地が、あの奥にある……。

アシュは、拳を握り締めた。

「今日は、ここで野営しよう。明日、墓地の奥へ進む」

エリックが指示を出した。騎士たちが、墓地の入口にテントを張り始める。焚き火を起こし、野営の準備をする。

だが、誰もが――不安そうな顔をしていた。

この場所は、死者の土地だ。生者が踏み入るべき場所ではない。

アシュは、墓標の一つに近づいた。そこには、古びた文字が刻まれている。読めないが、おそらく――兵士の名前だろう。

「安らかに眠れ」

アシュは、小さく呟いた。そして、手を合わせた。

そのとき、背後で足音が聞こえた。振り返ると、トーマが立っていた。

「アシュ」

「トーマ……」

トーマは、墓標を見つめていた。その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。

「ここで、何万人もの人が死んだ……。そして、今も――俺たちは、死と隣り合わせだ」

「……そうだな」

アシュは頷いた。トーマは続けた。

「なあ、アシュ。お前は……怖くないのか?」

「怖い?」

「ああ。死ぬことが」

トーマの声は、震えていた。アシュは、トーマを見つめた。

「……怖いさ。だが、それ以上に――守りたいものがある」

「守りたいもの……」

「ああ。仲間たち、エルムヘイヴンの住人たち、そして――この世界。ヴォイドに壊されたくない」

アシュは、拳を握り締めた。トーマは、黙っていた。そして――

「……そうか」

トーマは、小さく呟いた。その顔には、苦しそうな表情が浮かんでいる。

「トーマ?」

「いや……何でもない」

トーマは、無理に笑顔を作った。「俺も、お前と同じだ。守りたいものがある」

「……そうか」

アシュは、それ以上何も聞かなかった。だが、心の中では――疑念が渦巻いていた。

トーマが守りたいもの……それは、エリーゼか……?

トーマは、アシュの肩を叩いた。

「明日、墓地の奥へ進む。気をつけろよ」

「ああ。お前もな」

トーマは頷き、焚き火の方へ歩いていった。

アシュは、トーマの背中を見つめた。その背中は、いつもと変わらない。頼もしく、大きい。

だが――その背中に、何かが隠されている。

アシュは、そう感じていた。

———

夜が訪れた。

墓地には、不気味な静寂が漂っていた。風が吹くたびに、墓標が軋む音が響く。まるで、死者たちの呻き声のようだ。

焚き火の周りで、騎士たちが交代で見張りをしている。誰もが、緊張した表情だ。

アシュは、テントの中で横になっていた。だが、眠れない。胸の痛みが、ずっと続いている。

そして――深夜。

アシュは、外で何かが動く気配を感じた。

誰だ……?

アシュは、テントから出た。外は暗く、月明かりだけが雪を照らしている。

そして、アシュは見た。

トーマが、一人で墓地の奥へ歩いていくのを。

……やはり。

アシュは、トーマの後を追った。音を立てないように、雪の中を進む。

トーマは、墓地の奥深くへ進んでいく。そして、ある墓標の前で立ち止まった。

アシュは、墓標の陰に隠れた。息を殺し、トーマの動きを見守る。

だが――誰も現れない。

トーマは、ただ墓標の前に立ち尽くしていた。拳を握り締め、歯を食いしばっている。

「……すまない」

トーマの声が、夜の闇に消えていった。

「すまない……エリーゼ……」

その声は、悲痛だった。

アシュは、息を呑んだ。

エリーゼ……やはり……。

トーマは、何かに苦しんでいる。何かを背負っている。

そして、それは――ヴォイドに関係している。

アシュは、その場を離れた。心の中で、決断をしていた。

明日、墓地の奥へ進む。

そこで、全ての答えが明らかになる。

トーマの秘密も――。

アシュは、テントへ戻った。だが、一睡もできなかった。

夜明けまで、アシュは天井を見つめていた。

そして――運命の朝が訪れる。
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