ライフ・サンクチュアリ ~追放された回復術師の第二の人生~

都一

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第45話:黒い建物

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建物の中は、闇に包まれていた。

松明の光だけが、石造りの廊下を照らしている。天井は高く、壁には古代文字が刻まれている。空気は冷たく、湿っている。

「気をつけろ。罠があるかもしれない」

エリックが警告した。騎士たちが、慎重に前へ進む。

アシュは、周囲を警戒しながら歩いていた。だが、胸の痛みが激しくて、呼吸が苦しい。一歩進むごとに、心臓が締め付けられるような感覚だ。

「大丈夫?」

ミラが心配そうに尋ねた。アシュは頷いた。

「ああ……大丈夫だ」

だが、ミラの表情は晴れなかった。彼女は、アシュの腕を取った。

「無理しないで。もし何かあったら、すぐに言って」

「……ありがとう」

アシュは、ミラの優しさに救われた。

廊下は、奥へ奥へと続いている。途中、いくつもの部屋があった。だが、どの部屋も空っぽだった。家具も、人の気配も、何もない。

「おかしいな……」

オズワルドが呟いた。「ヴォイドの本拠地なら、もっと人がいるはずだ」

「罠かもしれない」

レオナルドが警告した。「慎重に進もう」

一行は、さらに奥へ進んだ。松明の光が、壁に奇妙な影を落としている。まるで、何かが蠢いているかのようだ。

やがて、大きな扉の前に出た。

扉は、黒い鉄で作られていて、表面には複雑な模様が刻まれている。まるで、蛇が絡み合っているかのような模様だ。

「これは……」

エリックが扉に触れた。だが、扉は開かない。

「鍵がかかっている」

「壊すか?」

騎士の一人が尋ねた。だが、エリックは首を振った。

「いや、罠があるかもしれない。慎重に調べよう」

オズワルドが扉を調べ始めた。その目は、真剣だ。彼は扉の表面を指でなぞり、古代文字を読み解いていく。

「これは……古代の魔法錠だ。特定の呪文を唱えないと、開かない」

「呪文が分かるのか?」

「ああ、この文字は……神官王時代の古代語だ。『生命と死の狭間に、道は開かれる』……」

オズワルドは、低い声で呪文を唱え始めた。その声が、廊下に響く。

やがて――扉が、重い音を立ててゆっくりと開き始めた。

「開いた!」

リアが叫んだ。

扉の向こうには、広い部屋が広がっていた。

部屋の中央には、大きな祭壇がある。そして、祭壇の上には――何かが置かれていた。古びた本と、いくつかの巻物。

「あれは……」

アシュが近づこうとした。だが――

「待て、アシュ!」

トーマが腕を掴んだ。

「罠かもしれない」

「……そうだな」

アシュは頷いた。

エリックが先に進み、部屋を調べ始めた。騎士たちも、慎重に部屋の中へ入っていく。壁際には、古い棚が並び、その上には様々な研究資料が積み上げられている。

やがて、エリックが頷いた。

「大丈夫そうだ。罠はない」

一行は、部屋の中へ入った。

祭壇に近づくと、そこには――古びた本が置かれていた。表紙には、古代文字で何かが書かれている。

「これは……」

オズワルドが本を手に取った。そして、ページをめくり始めた。

その顔が、みるみる青ざめていく。

「どうした、オズワルド?」

アシュが尋ねた。オズワルドは、震える声で答えた。

「これは……研究記録だ。禁術の研究記録」

「禁術……?」

「ああ。死者を蘇らせる術の研究だ」

オズワルドは、ページを読み続けた。その目が、大きく見開かれる。

「『愛する者を失った悲しみ』『どんな代償を払っても、彼女を取り戻したい』『三つの遺産があれば、完全なる蘇生が可能だ』……」

「死者の蘇生……」

レオナルドが眉をひそめた。「それが、ヴォイドの目的か」

「どうやら、そのようだ」

オズワルドは、別の巻物を広げた。

「ここには、遺産の力を統合する方法が書かれている。生命の聖域、死の境界、時の揺り籠――この三つを組み合わせることで、死者を完全に蘇らせることができる、と」

「だが、それは……禁じられた術だ」

レオナルドが静かに言った。「神官王の時代にも、そのような術を試みた者がいた。だが、全員が失敗し、狂気に堕ちた」

「なぜだ?」

「死者を蘇らせる代償は、あまりにも大きい。生者の命を犠牲にし、魂を歪め、世界の法則を乱す。そして、蘇った者は――もはや、元の人ではない」

レオナルドの声は、重かった。

一同に、重苦しい沈黙が落ちた。

「つまり、ヴォイドは……誰かを蘇らせようとしているのか」

アシュが呟いた。

「ああ。おそらく、大切な人を失った誰かが――狂気に堕ち、ヴォイドを作り上げたのだろう」

オズワルドは、悲しそうに本を閉じた。

だが、そのとき――

部屋の奥から、声が響いた。

「よくぞ、ここまで来た」

一同が振り返った。

部屋の奥の影から、黒いローブを纏った人物が現れた。

その顔は、仮面で隠されている。

「ヴォイドの幹部か……!」

エリックが剣を構えた。騎士たちも、武器を構える。

黒ローブの人物は、ゆっくりと近づいてきた。

「私の名は、セレン。ヴォイドの幹部の一人だ」

「セレン……」

アシュは、その名を記憶に刻んだ。

「お前たちが、生命の聖域と死の境界を持つ者たちか」

セレンの声は、冷たかった。

「我々は、お前たちを待っていた」

「待っていた……?」

「ああ。お前たちの力が、必要なのだ。我が主の悲願を叶えるために」

「我が主……?」

アシュが問いかけた。セレンは頷いた。

「我が主は、最愛の人を失った。そして、その悲しみに耐えられず、この組織を作り上げた。ただ一つの目的のために――愛する人を、この世界に取り戻すために」

「死者を蘇らせるために……」

「そうだ。そのために、三つの遺産が必要だ。お前たちが持つ、生命の聖域と死の境界。そして、我々が持つ、時の揺り籠」

セレンが手を上げると、部屋の四方から黒ローブの人物たちが現れた。その数は、二十人以上。

「囲まれた……!」

リアが叫んだ。

「構えろ!」

エリックの指示に、騎士たちが円陣を組む。

アシュも、剣を抜こうとした。だが――

胸に、激しい痛みが走った。

「ぐあっ……!」

アシュは膝をついた。視界が歪み、呼吸が止まりそうだ。

「アシュ!」

ミラが駆け寄ってきた。

「大丈夫……!」

アシュは立ち上がろうとしたが、身体が動かない。痣が、心臓を激しく締め付けている。

セレンが、アシュを見つめた。

「ほう……噂通り、代償に苦しんでいるようだな」

「何……?」

「生命の力を使うたびに、己の命が削られる。それが、エターナル・サンクチュアリの代償だ」

セレンは、冷たく笑った。

「お前は、もう長くない。せいぜい、数週間だろう」

アシュの心臓が跳ねた。

数週間……?

「だが、我が主の計画が完成すれば――死の法則そのものが書き換わる。お前の代償も、消え去るかもしれん」

「……何を言っている?」

「死者が蘇る世界。それは、生と死の境界が曖昧になる世界だ。そこでは、代償も、死も、全てが意味を失う」

セレンの声には、狂気が混じっていた。

「さあ、我々に協力しろ。そうすれば、お前も、お前の仲間も、救われる」

「断る」

アシュは、きっぱりと言った。

「俺は……死者を冒涜する術に、協力しない」

「冒涜……? 違う。これは愛だ。愛する者を取り戻したいという、純粋な願いだ」

「その願いが、どれだけ多くの人を傷つけてきた? どれだけの命を奪ってきた?」

アシュは、セレンを睨んだ。

「愛する人を取り戻したいという気持ちは分かる。だが、そのために他人を犠牲にするのは、間違っている」

「……そうか。ならば、力ずくで奪うまでだ」

セレンが手を上げた。

「かかれ!」

黒ローブの人物たちが、一斉に襲いかかってきた。

「迎え撃て!」

エリックが叫んだ。騎士たちが剣を振るい、黒ローブの人物たちと戦い始める。

トーマが剣を振るい、黒ローブの一人を斬り倒した。オズワルドが槍で次々と突き刺していく。リアとミラが弓で後方から支援する。

だが、敵の数は多い。次から次へと、襲いかかってくる。

アシュは、必死に立ち上がろうとした。だが、身体が動かない。

くそ……こんな時に……!

そのとき、トーマがアシュの前に立った。

「下がってろ、アシュ! ここは俺に任せろ!」

トーマが剣を振るい、黒ローブの人物たちを次々と倒していく。その動きは、力強く、頼もしい。

アシュは、トーマの背中を見つめた。

トーマ……。

その背中は、いつもと変わらない。仲間を守る、強い背中だ。

だが――アシュの心には、疑念が渦巻いていた。

本当に、お前は……。

戦いは、激しさを増していく。

騎士たちが次々と傷を負い、倒れていく。だが、黒ローブの人物たちも、次々と倒されていく。

やがて――

「退却するぞ!」

セレンが叫んだ。残った黒ローブの人物たちが、部屋の奥へ逃げていく。

「追うな! 罠かもしれない!」

エリックが制止した。

戦いは、終わった。

部屋には、倒れた黒ローブの人物たちと、傷ついた騎士たちが残された。

「大丈夫か、皆!」

オズワルドが尋ねた。騎士たちが頷く。

「ああ、何とか……」

「傷は浅い。まだ戦える」

アシュは、ゆっくりと立ち上がった。胸の痛みは、まだ残っている。

「アシュ……」

ミラが駆け寄ってきた。その目には、涙が浮かんでいる。

「もう……無理しないで……」

「……ごめん」

アシュは、ミラの頭を撫でた。

トーマが近づいてきた。

「大丈夫か、アシュ?」

「ああ……ありがとう、トーマ」

「気にするな」

トーマは笑った。だが、その笑顔は――どこか悲しそうだった。

レオナルドが研究記録の本と巻物を集めた。

「これを持ち帰ろう。分析すれば、ヴォイドの計画の全容が分かるかもしれない」

「分かった」

一行は、建物を後にした。

外に出ると、夕暮れだった。空は赤く染まり、墓地全体が不気味な雰囲気に包まれている。

「今日は、ここで野営しよう。明日、エルムヘイヴンへ帰る」

エリックの指示に、全員が頷いた。

一行は、墓地の入口へ戻り、テントを張り始めた。

アシュは、焚き火の前に座っていた。右手を見つめ、痣の広がりを確認する。

黒い痣は、もう顔の半分まで達していた。

数週間……か。

セレンの言葉が、頭の中で繰り返される。

もう、時間がない。

アシュは、拳を握り締めた。

そして――決意した。

ヴォイドを止める。

たとえ、この命が尽きても。

月明かりが、アシュの決意を照らしていた。
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