人間不信の黒鷹王子は捨てられ令嬢に手懐けられる

poi

文字の大きさ
1 / 33

1 一日の始まりは餌やりから

しおりを挟む
 ベルの一日は朝市で肉を買うことから始まる。
 小さなマジックバッグを携え、鹿肉や鶏肉、兎肉といった肉を買い集めるのだ。


 「ベルちゃん、今日もおつかい偉いわねえ!鹿肉と兎肉少し多めにしといたよ!」
 「マリーさん、いつもありがとうございます!お嬢様も喜びます!」
 「アルベルティーヌ様も気の毒に……肉をいっぱい食べて早く病気治るといいのだけど……ご両親を亡くされて……可哀想に」


 ──そのお嬢様は私なのだけど……
 しかもそのお肉をいただくのは私ではなく鳥たちなのだけど……


 本名アルベルティーヌ・モニエ、20歳。

 見た目は15歳くらいと幼く、背も低く華奢な体躯。飴色のウェーブがかった髪に、優しげな若葉色の瞳。
 父は亡くなってしまったが、モルヴァド領を治めるモルヴァド伯爵。つまりアルベルティーヌはれっきとした伯爵令嬢である。

 それが一体何故こんな使用人のようなことをしているのかというと、ありきたりではあるが義母に虐げられ、田舎であるモルヴァド領の中でも更に辺境の別邸に15歳の時から追いやられているのだ。ご丁寧に両親を亡くし心の病で病気療養中、という設定で。
 父のコレクションである──いや、コレクションであった美しい鳥たちと共に。


 ────

 ──ピィィィィッ

 「ただいま!みんなおいで、ご飯の時間よ」

 ──バサッバサッ


 アルベルティーヌが大空に向かって笛を吹くと、待ってましたとばかりに新鮮な肉やペレットに飛びつく鳥たち。

 艶やかな焦げ茶の大鷲や、藍色のオウム、グレーのヨウム、夏の青空のように透き通った水色の文鳥、カラフルなインコ……この邸には色とりどりの美しい鳥たちがいる。


 そしてこの鳥たちは元々はアルベルティーヌの父であるモルヴァド伯爵のコレクションだった。美しい鳥、珍しい鳥に目がない伯爵は、金にものを言わせて国内外から鳥たちを集めていた。
 だが、流行病で亡くなった両親に代わり領地を継いだ叔父は、この領地の辺境にある古びた別邸に鳥たちを追いやってしまう。

 ──珍しい鳥らしいからな。他の貴族に売ってしまうのは勿体ない。たまに別邸に眺めにいけばいい──

 こうして本邸から追いやられた鳥たちは、飼い主である伯爵と繋いでいた魔道具も外されていた。
 魔道具がないということは、本当は自由に飛び立てるのだ。だが鳥たちはアルベルティーヌのことが好きで、あえてこの邸の敷地周辺にいるのだった。


 そんな美しい鳥たちの中に、一際美しい黒鷹がいる。
 朝日を浴びて艶やかに輝く漆黒の羽に、金色の鋭い瞳。理知的で力強いその佇まいにアルベルティーヌは見惚れた。

 「──ほら、クロちゃん。お肉小さめに切ったから食べやすいでしょう?あなた翼を怪我しているのですから、血を造らなくてはダメよ?たくさん召し上がって?」

 肉切れを入れた器をクロの前に置くと、アルベルティーヌの顔をしばらく眺めた後、渋々といった様子で食べだした。

 きゃーーーーーーー!
 今日もクロ様はかっこいいわね!あの鋭い瞳で見つめられたら、鷹相手なのになんだか恥ずかしくなってしまうわ……!


 「偉いわ!クロちゃん今日はお肉を綺麗に食べてくれたのね!翼の傷の手当をしましょうね」

 クロはまた渋々といった様子で、アルベルティーヌの膝におさまる。

 「クロちゃんは、どこから来たのかしらね?魔道具は着いていないけれど、こんなに美しい漆黒の羽ですもの……きっとどこか貴族のおうちで飼われていたのかしらね?」

 フリフリ。クロは頭を横に振る。

 「ふふっ!クロちゃんはたまに私の言葉が分かっているのではないかと思う時があるわ!──誰にも飼われていないのなら、傷が癒えてもずっとここにいてくれてもいいのよ」

 寂しげな、それでいて優しいアルベルティーヌの表情には目が離せなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

処理中です...