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2章:千丈真奈(部員を5人集めよ)
お泊まりデート4
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「いやいや、ごめんごめん。まさか日和の彼氏さんがうちに泊まっているなんて思わなかったからさ」
帰ってくるや否や僕に向けてハンドバッグを飛ばして荒々しい女性は謝罪するとともにテーブルに置かれた缶ビールを口に含んだ。ゴクゴクと音を立て、ぷはーと声を荒げながら勢いよく缶をテーブルに置く。
カランと缶が鳴る。ついさっき開けたばかりなのに中身はすでに空っぽになってしまったみたいだ。
僕は向かい側に座る女性に畏怖するように肩を縮こませる。
言わずもがな、僕にハンドバッグを当てた彼女こそ日和の母親である。親にも関わらず、性格は娘と対極に位置していそうだ。
日和もたまに暴力的なところがあるから、酒に酔っ払ったら向かいに座る彼女のようになるのかもしれない。成人になっても、日和には酒を飲ませない方が良さそうだ。
「にしても、あなたが日和の彼氏か」
母親はマジマジと僕を見つめる。
今度は缶ビールが飛んできそうで怖い。ハンドバッグの痛みを知っているからこそ投げられるのは恐怖でしかなかった。
「なんか普通だな。表情が良くない。フツメンなんだからせめて笑顔でいなさい!」
飛んできたのは缶ビールではなく悪口だった。
自覚があるから傷つくことはない。ただ、マジマジと見つめられて普通ということは本当にどこにもいそうな顔をしているんだろうな。
「まあ、恋愛は自由だからさ。日和が付き合うって決めたなら、あたしは止めないよ。でも……」
顔を逸らし、僕の隣にいる日和へと向ける。
「どうしてこんな奴と付き合おうと思ったの?」
こんな奴って……泥酔状態の弊害だろうか。
「こんな奴じゃないよ。文也くんだよ」
日和は仏頂面で訂正する。ちゃんと訂正してくれたことに嬉しさを感じた。
「どっちでもいいわ。文也くんのどこを好きになったの?」
母親の問いかけに一度こちらを見る。本人を前にしているから言いにくいのだろうか。
「彼とだったら『持ちつ持たれつの関係』になれると思うから」
思っていた以上にしっかりした理由だった。『なんとなく』とか、『恋に理屈はない』とか、そういう答えをするものだと思っていた。
母親は娘の回答を聞き、舌なめずりをした。舌が左から右に行くと同時に口角が上がる。満足のいく答えだったようだ。
「青春だね~。母さんにはもう絶対にできないお付き合いだな」
「既婚者ですからね」
口から漏れた反応に対して、母親は持っていた缶ビールで僕の頭を叩いた。コツンという音がリビングに響き渡る。
「痛いです」
「正論を言うな。既婚者でもお付き合いしている奴はごまんといるぞ。大人の世界は怖いからね」
「そんなにいるんですか?」
「2020年に行われた調査では、既婚男性は45%、既婚女性は15%が不倫を経験しているんだ。女性はともかく男性は浮気性のやつが多い。私の見立てでは男性の6割くらいが経験してるんじゃないかと思うよ」
『していない』と答えた55%の中に嘘をついている人がいる可能性は捨てきれない。特に不倫というセンシティブな話題では嘘をつく人は多そうだ。6割が経験していると言うのはあながち間違ってはいないだろう。
「で、日和が好きな理由は教えてもらったわけだけど。文也くんは日和のどこを好きになったの?」
母親がそう質問すると、横で日和の体がびくついた気がした。
僕が彼女に顔を向けると同時に彼女もまた僕に顔を向けたようで目が合う。日和はすぐに視線を逸らした。
「ほっとけないところだと思います」
僕は思ったことを正直に告げた。
「ほっとけない?」
母親は『もっと詳しく』と暗喩を込めてオウム返しする。
「そのままの意味合いですよ。庇護欲みたいな感じです」
「ふーん。日和」
彼女は娘の名前を呼ぶと、席を立ち上がる。
日和は「どうしたの?」と母親の顔を覗いた。
「見た感じ、まだお風呂は入っていないようね。先に入りなさい。私は文也くんとお話ししたいことがあるから」
二人きりでお話し。ハンドバッグと缶ビールで攻撃された前科がある手前、あまり乗り気にはなれない。僕は日和と顔を合わせる。
「わかった。じゃあ、お先に失礼するね」
日和は笑みを浮かべ、席を立ち上がった。
どうやら、僕が母親に戒められることを面白がっているみたいだ。さっきの電気マッサージの件が彼女をそうさせたに違いない。
リビングから立ち去り、一度自分の部屋に着替えをとりに戻る。その間に、母親はキッチンに行ってビールを二本机に置いた。僕にくれるわけではなく、彼女一人で飲むためだ。
日和が再びリビングに戻り、風呂場に行くために扉を閉める。
僕は何をされるのかオドオドしながら彼女の方を向いた。
母親は缶ビールを開け、ゴクゴクと飲み始める。息を思いっきり吐くことはなく、静かに缶ビールを置いた。
「恋愛は自由と言ったが、私が付き合うのを許すか許さないかはまた別だった」
意味深な発言をする。僕はどっちだったのだろうか。
再びビールを飲み始める。テーブルに置いた時には空になっていた。たった二口で飲み終わるとは。完全に酒に溺れている。
空の音が響き、沈黙とともに緊張が流れる。
緊張は俯いた母親の漏らした笑い声によって緩和した。
「君になら日和を任せられそうだ」
顔を上げ、こちらを覗く。
彼女が見せたのは今日一番の笑みだった。
帰ってくるや否や僕に向けてハンドバッグを飛ばして荒々しい女性は謝罪するとともにテーブルに置かれた缶ビールを口に含んだ。ゴクゴクと音を立て、ぷはーと声を荒げながら勢いよく缶をテーブルに置く。
カランと缶が鳴る。ついさっき開けたばかりなのに中身はすでに空っぽになってしまったみたいだ。
僕は向かい側に座る女性に畏怖するように肩を縮こませる。
言わずもがな、僕にハンドバッグを当てた彼女こそ日和の母親である。親にも関わらず、性格は娘と対極に位置していそうだ。
日和もたまに暴力的なところがあるから、酒に酔っ払ったら向かいに座る彼女のようになるのかもしれない。成人になっても、日和には酒を飲ませない方が良さそうだ。
「にしても、あなたが日和の彼氏か」
母親はマジマジと僕を見つめる。
今度は缶ビールが飛んできそうで怖い。ハンドバッグの痛みを知っているからこそ投げられるのは恐怖でしかなかった。
「なんか普通だな。表情が良くない。フツメンなんだからせめて笑顔でいなさい!」
飛んできたのは缶ビールではなく悪口だった。
自覚があるから傷つくことはない。ただ、マジマジと見つめられて普通ということは本当にどこにもいそうな顔をしているんだろうな。
「まあ、恋愛は自由だからさ。日和が付き合うって決めたなら、あたしは止めないよ。でも……」
顔を逸らし、僕の隣にいる日和へと向ける。
「どうしてこんな奴と付き合おうと思ったの?」
こんな奴って……泥酔状態の弊害だろうか。
「こんな奴じゃないよ。文也くんだよ」
日和は仏頂面で訂正する。ちゃんと訂正してくれたことに嬉しさを感じた。
「どっちでもいいわ。文也くんのどこを好きになったの?」
母親の問いかけに一度こちらを見る。本人を前にしているから言いにくいのだろうか。
「彼とだったら『持ちつ持たれつの関係』になれると思うから」
思っていた以上にしっかりした理由だった。『なんとなく』とか、『恋に理屈はない』とか、そういう答えをするものだと思っていた。
母親は娘の回答を聞き、舌なめずりをした。舌が左から右に行くと同時に口角が上がる。満足のいく答えだったようだ。
「青春だね~。母さんにはもう絶対にできないお付き合いだな」
「既婚者ですからね」
口から漏れた反応に対して、母親は持っていた缶ビールで僕の頭を叩いた。コツンという音がリビングに響き渡る。
「痛いです」
「正論を言うな。既婚者でもお付き合いしている奴はごまんといるぞ。大人の世界は怖いからね」
「そんなにいるんですか?」
「2020年に行われた調査では、既婚男性は45%、既婚女性は15%が不倫を経験しているんだ。女性はともかく男性は浮気性のやつが多い。私の見立てでは男性の6割くらいが経験してるんじゃないかと思うよ」
『していない』と答えた55%の中に嘘をついている人がいる可能性は捨てきれない。特に不倫というセンシティブな話題では嘘をつく人は多そうだ。6割が経験していると言うのはあながち間違ってはいないだろう。
「で、日和が好きな理由は教えてもらったわけだけど。文也くんは日和のどこを好きになったの?」
母親がそう質問すると、横で日和の体がびくついた気がした。
僕が彼女に顔を向けると同時に彼女もまた僕に顔を向けたようで目が合う。日和はすぐに視線を逸らした。
「ほっとけないところだと思います」
僕は思ったことを正直に告げた。
「ほっとけない?」
母親は『もっと詳しく』と暗喩を込めてオウム返しする。
「そのままの意味合いですよ。庇護欲みたいな感じです」
「ふーん。日和」
彼女は娘の名前を呼ぶと、席を立ち上がる。
日和は「どうしたの?」と母親の顔を覗いた。
「見た感じ、まだお風呂は入っていないようね。先に入りなさい。私は文也くんとお話ししたいことがあるから」
二人きりでお話し。ハンドバッグと缶ビールで攻撃された前科がある手前、あまり乗り気にはなれない。僕は日和と顔を合わせる。
「わかった。じゃあ、お先に失礼するね」
日和は笑みを浮かべ、席を立ち上がった。
どうやら、僕が母親に戒められることを面白がっているみたいだ。さっきの電気マッサージの件が彼女をそうさせたに違いない。
リビングから立ち去り、一度自分の部屋に着替えをとりに戻る。その間に、母親はキッチンに行ってビールを二本机に置いた。僕にくれるわけではなく、彼女一人で飲むためだ。
日和が再びリビングに戻り、風呂場に行くために扉を閉める。
僕は何をされるのかオドオドしながら彼女の方を向いた。
母親は缶ビールを開け、ゴクゴクと飲み始める。息を思いっきり吐くことはなく、静かに缶ビールを置いた。
「恋愛は自由と言ったが、私が付き合うのを許すか許さないかはまた別だった」
意味深な発言をする。僕はどっちだったのだろうか。
再びビールを飲み始める。テーブルに置いた時には空になっていた。たった二口で飲み終わるとは。完全に酒に溺れている。
空の音が響き、沈黙とともに緊張が流れる。
緊張は俯いた母親の漏らした笑い声によって緩和した。
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