保健室の先生に召使にされた僕はお悩み解決を通して学校中の女子たちと仲良くなっていた

結城 刹那

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3章:夕凪雅(体育祭で活躍せよ)

最後の計測

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 体育祭開催まで残り4日となった日曜日。

「よろしくお願いします!」

 目の前に佇む夕凪さんは気合を込めるように力強く言った。同時に、格闘選手のように両腕を胸から腰まで勢いよく持っていく。

 雨続きだった天気は今週の休日には一時的な回復を見せていた。土曜の昼間に雲が消え、太陽が地面を照らし始めた。夜になって姿を隠したものの、朝になると再び地面を照らし始めた。太陽の熱い光によって公園の地面は本来の姿を取り戻している。

 明日からは再び雨の予定だ。幸い、水曜は『曇りのち晴れ』、木曜は『晴れ』となっているので予報通りにいけば体育祭は開催されるだろう。

 つまり、ちゃんとした条件下でタイムを計ることができるのは今日で最後となる。そのため、夕凪さんは気合いが入っているのだ。

「よし。それじゃあ、まずは準備運動からしようか」

 やる気満々なのは良いことだが、始める前に身体をほぐすことは忘れてはならない。この時期に怪我をしてしまっては元も子もないからな。

 晴れの日であるため、今日は日和も来ていた。夕凪さんサイドでも雨の日にはいなかったお姉さんの姿があった。走らない者もいるが、二手に分かれて準備体操と柔軟ストレッチを行っていく。

「雅ちゃん、何だか雰囲気変わったね」

 日和が僕の背中を押している最中、そんなことを言った。僕は一瞬、前にいる夕凪さんに目をやる。彼女もまたお姉さんに背中を押されていた。

「そうかな? どんな風に変わった?」

 僕が見る限りでは、彼女に変わったところは見られない。強いて言えば、これからタイムを計ることに緊張しているのか、顔が強張っていることくらいだ。だが、それは前も同じだったような気がする。

「なんて言えば良いんだろう……前に比べて凛々しくなった感じかな」

「凛々しく……もしかすると、記録が伸びてきたことで自信がついたのかもしれないね」

「そうかも。雨の日も頑張って練習してたんだもんね?」

「うん。だから、今日もきっと記録を更新するはずだよ」

「それは楽しみだね。ねえ、文也。今日なんだけどさ、タイムを測り終えた後の練習に私も付き合っていい?」

「もちろん良いけど……急にどうしたの?」

「言いづらいことなんだけど……」

 躊躇いによってか、日和の僕を押す力が少し強くなったように思う。我慢できる程度ではあるが、腿への負担が大きくなる。

「その……体重が増えてしまいまして……」

 淀みながらもきちんと言葉にした。思っていた以上にセンシティブな内容だった。躊躇うのも無理はないだろう。

「最近は雨の日が続いているじゃん。杏子が雨の日は部活を休むから、休みの日は一緒にカフェでお話することが多くて。そこで必ずと言っていいほどスイーツを食べてしまうから気づいたら……」

 2回言うのは流石に精神に来るのか、そこで言葉は区切られた。スイーツは糖質や脂質が多いから食べ過ぎれば太るのは当たり前だ。そうは分かっていても、食べてしまうのは人間の性なのだろう。

「了解。なら、僕は今日は休ませてもらうことにするよ。昨日の午後に綾香姉さんの買い物に付き合わされて疲労が溜まったままだから。とはいえ、日和が疲れたらいつでも代わるから言ってね」

 夕凪さんのお姉さんに殴られた傷が癒えてからは僕が夕凪さんと一緒に走っていた。日和が走るのは数週間ぶりになるはずだ。1ヶ月間、週6で走っている夕凪さんと走り続けるのは厳しいだろう。

「ありがとう」

 話しながら柔軟ストレッチを終えた。向こうは先に終えていたようで、お姉さんは私たちを見ていた。その隣では夕凪さんが胸を押さえながら深呼吸をしている。

「お待たせ。じゃあ、やろっか」

 彼女の元に行くと、ポケットにしまっていたスマホを取り出しながら声を掛ける。夕凪さんは閉じていた瞼を開き、こちらに視線を送る。

「はい!」

 最初の時と同様に力強く返事し、グラウンドの外へと足を運んでいった。

 今日のタイムで1位になれるかどうかがおおよそ決まる。結果次第では『地獄を見る』を見る可能性がある。そう思うと僕まで緊張してきた。とはいえ、僕には何もできない。夕凪さんを信じるしかないのだ。

「準備できました!」

 不安を抱える間に、夕凪さんはスタート位置に立った。夕凪さんの声を聞きつけ、僕は彼女の横に立つ。日和の方をチラッと見ると、彼女もまたスマホを取り出していた。いつも通り二台体制でタイムを記録する。

「それじゃあ、行くよ。よーい、スタート!」

 掛け声と同時に僕はスマホをタップした。夕凪さんの姿は掛け声と同時に視界から消えていく。パッと見た感じではいい滑り出しだった。

「僕はゴールに行くね」

 日和に一言告げ、グラウンドの対角線上に行くために歩いていく。雨の日が続いていたこともあってか、今日はグラウンドで遊ぶ人数がいつにも増して多かった。中心を突っ切っていくのは難しいため、迂回して渡すことにしよう。最初のラップは測れなさそうだ。

「私も行く」

 歩こうとしたところで、夕凪さんのお姉さんもついてきた。いつものことなので驚くことはない。

 僕らが反対側にたどり着く頃には、夕凪さんは日和の元を過ぎ去ってこちら側にやってきていた。最初に走ってから1ヶ月弱。夕凪さんは理想に近いフォームを崩すことなく走ることができていた。

「雅のやつ……」

 夕凪さんのお姉さんは呆気にとられたように、こちら側にやってくる夕凪さんの姿に目を凝らしていた。何かを言いかけたが、最後まで言うことはなかった。ただ、空いた口が塞がらない様子からして走る夕凪さんの姿に何かを感じていることは確かだった。

 グラウンド内にいる僕たちに目を向けることなく、夕凪さんは自分の走る先をじっと見つめていた。その状態で僕の目の前にやってくる。彼女の足元を見ながら僕はスマホをタップする。

「良い調子だ」

 スマホに映し出されたタイムを見て、僕は思わず頬を緩めた。

 600メートル時点でタイムは2分42秒だった。200メートル辺り54秒。この調子で1000メートルを走り切ることができれば4分30秒を叩き出すことができる。

 ただ、夕凪さんは終盤になるとタイムが落ちてしまう傾向にある。このままと言うわけにはいかないだろう。せめて、4分32秒くらいで止まって欲しいものだ。そうであれば、雨の中の練習は実りのあるものだと証明できる。

「なあ、最上」

 スマホのタイムを見ながら考え事をしていると、隣にいた夕凪さんのお姉さんが僕に声をかけてきた。声に惹かれ、彼女の方に顔を向ける。

 僕は思わず目を瞬かせた。そこには仄かな笑みを浮かべる夕凪さんのお姉さんの姿があった。夕凪さんを見ている時の優しげな表情のように思えた。

「お前はすごいやつだな」

「どうしてそう思うんですか?」

「見てれば分かるさ。私は雅の可能性に蓋をしていただけなんだな」

 彼女はそう言って僕から視線を外す。見つめた先には言わずもがな夕凪さんの姿がある。夕凪さんはすでに日和を通り過ぎ、残り半周となっていた。

 これまでは終盤になるに従ってスピードを落としていた。しかし、今の彼女は目で見て分かるほどスピードが上がっているように思える。タイムに視線を落とすと3分36秒を示している。僕から日和までの200メートルを54秒以内に収めたようだ。

 夕凪さんはそのままのスピードを維持しながら最後の一辺にやってくる。苦しい表情をしているが、諦めることなく必死に足を前にやる。本番でもないと言うのに、僕はいつの間にか心の中で彼女を応援してしまっていた。

 残り100メートル。僕はスマホを胸のあたりに持ってくる。

 夕凪さんが僕の目の前にやってきた。そのタイミングで勢いよくスマホをタップする。

 彼女はゴールと同時にスピードを緩め、その場に崩れ落ちる。それは全ての力を出し切って走ったことを告げていた。僕はグラウンドを出て、彼女の近くに寄っていく。

「師匠……私……どうでしたか?」

 地面に膝をつき、激しく呼吸しながらも夕凪さんは僕の方に顔を向けた。一刻も早く結果を知りたい彼女に僕は思わず微笑む。

「夕凪さんならきっと1位を狙えるよ」

 僕は自信を持って言うと、彼女にスマホの画面を見せる。

 そこには『4分23秒』と記されていた。
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