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お迎え
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自分のすぐ横を大きな音とモクモクと排煙を上げて、自動車が私の脇を通り過ぎていった。あれはきっとマフラァに穴が開いている。都会と違って、ここには整備工場が沢山あるわけじゃない。だからあんなふうにほったらかしの車はいくらでもある。うちでいつも頼む猪股自動車もあっちこっちに引っ張りだこで、いつもおじさんが独楽鼠のようにくるくると動き回っている。奥さんである光江さん曰く、家では涅槃仏のようにテレビの前を陣取って、もうちょっと動いてくれればいいのに、というほどらしいのが信じられないくらいだ。
吸い込んだ煤に軽く咳き込んだ後、ふぅとため息を付く。右手にぶら下がる大きな紙袋にはいっぱいの仕入れ物が収まっている。左手で引きずっている自作のキャスタァ付の古いトランクは今や壊れんばかりに音を上げそうになっている。どちらも手に目一杯負担をかけていて正直言うとかなり痛いのだけど、今回は沢山珍しいものを仕入れることが出来たから、自然と顔が綻んでしまう。
重くて嵩張るノォトなどは送ったけれど、無事に届くまでは気が気じゃない。試し書きをさせてもらったけれど、インクのノリが良くて、さらさらと流れるようにペンが滑っていく感じがいい。もう一種類は鉛筆での書き具合が絶妙だった。植物繊維で作られた紙と違って、ポリ系の合成紙というそれは、ボールペンとかよりも断然鉛筆だ。水に濡れても大丈夫だというから、いつも汗や水でぐちゃぐちゃになったメモを使っている棟梁の金子さんとか助かるかもしれない。そういえばこの前仕入れたハシバミ色が廃番になっていた。インクを調合するのに、ほんのちょっとあれを入れると落ち着くのに。原材料が入らなくなったとかで、似ているけれど違うものになっていた。インクを調合するとインクの原料によって思わぬ色を引き出してくれるから、それはそれで楽しいけれど、いくつか定番の色の配合を変えないといけなくなってしまった。
本当はこういう思いついたことはメモに取りたかったけれど、なんせたすき掛けにしたバッグには貴重品のほかにも珍しい雑誌が何冊も入っていて、筆箱はそれらの下に収まっている。そのせいで改札を通るにも一苦労だった。
「ふがっ!」
ちゃんと前を見て歩かなかったんで、何かに激突してしまった。ぱっと視線を上げるとそこには難しい表情をした見知った顔が私の事を見下ろしていた。
「全く…あれだけ乗る汽車が分かったら連絡しなさいと言ったのに」
珍しく少し乱暴に私の荷物を奪い取り、宙ぶらりんになった私の掌を見ると、ますます顔が険しくなっていった。
「ごめんなさい!改札くぐるだけでも大変で!ちょうどそこに汽車が来てね!」
「全くもう…。なんか嫌な予感がしたんで、早めに出て喫茶店にいてよかった。こんな量を一人で運ぶ気でいたなんて…」
「だって、駅からはバスで…」
「この荷物をもってですか?」
「う…」
「私がいるのを忘れないでください。一人で何もかも背負い込もうとしないで、私を頼ってください」
「……はい…ごめんなさい…」
「少し…悔しかったんですよ。あなたがヨタヨタと歩きながら、それでも幸せそうに笑っていて、なのに目の前に立っていても気付かないなんて」
「ふぁああ!ごめんなさいぃぃ」
確かに言われてみたら、ボンネットバスにこんな大荷物を持って乗ったら迷惑かもしれないし、それよりもガタガタ道を走って、中身をひっくり返してしまったら大ごとだ。折角仕入れてきたものに傷がついてしまうではないか。それに間抜け面していたのを見られていたという恥ずかしい事実!
シュンとしていると、少し言い過ぎたと思ったのか眼鏡のブリッジを軽く押さえながら、頭をポンポンと撫でてきた。そして今度は先ほどまでとは打って変わった柔らかい声で話しかけてきた。
「いい品物が入ったんでしょう?」
「はい!舶来物なんだけど、比較的安くてかわいいペンとか変わった形のメモとか!」
「うんうん。ぜひ見せてください。お土産話も楽しみです」
「ところでここまで、どうやってきたんですか?」
私たちが向かっているのはバス停ではなく駅前のちょっと外れにある広場。そこには愛車が置いてあった。
「え?え?運転してきたの!?」
「あまり言わないでください…。やっぱり運転が苦手だ…。沙奈を尊敬しますよ」
最後はちょっとか細い声になっていた。なんでもできそうな人なのに。彼は私のお手伝いをするためだと車の運転免許を最近取った。私は一回で受かったけれど、彼は筆記試験こそ満点だったけれど、実技で5回も落ちていた。それでもめげずに頑張って取れたのは凄い事だと思うけれど、結構屈辱的なことだったらしい。それですごく練習を重ねていた。初めて助手席に乗った時には、正直死ぬかと思ったけれど、努力家の彼はどんどん上達していった。でもやっぱり苦手な事には変わりないようだった。だから今日連絡するのを実は避けていた。この状況を知ったら絶対に車で迎えに来ようとすると分かっていたから。
「帰りは私が運転しますね」
「迎えに来ておいて申し訳ないですが、そうしてもらえますか?」
「はい!」
後部座席に荷物を入れて、セルモォタを回すとブルンとエンジンがかかる。クラッチを踏みギアを入れた時、ふと視線を感じると、いつもの穏やかな様子で微笑んでいた。
「本当は帰りが待ち遠しくて、帝都まで迎えに行きたかったんです」
「それはそれで私の気が休まらないのでやめてください」
「そうですね」
ゆっくりとアクセルを繋ぎ車を走らせる。さっきまでとは違う幸せが私を包んでいた。
吸い込んだ煤に軽く咳き込んだ後、ふぅとため息を付く。右手にぶら下がる大きな紙袋にはいっぱいの仕入れ物が収まっている。左手で引きずっている自作のキャスタァ付の古いトランクは今や壊れんばかりに音を上げそうになっている。どちらも手に目一杯負担をかけていて正直言うとかなり痛いのだけど、今回は沢山珍しいものを仕入れることが出来たから、自然と顔が綻んでしまう。
重くて嵩張るノォトなどは送ったけれど、無事に届くまでは気が気じゃない。試し書きをさせてもらったけれど、インクのノリが良くて、さらさらと流れるようにペンが滑っていく感じがいい。もう一種類は鉛筆での書き具合が絶妙だった。植物繊維で作られた紙と違って、ポリ系の合成紙というそれは、ボールペンとかよりも断然鉛筆だ。水に濡れても大丈夫だというから、いつも汗や水でぐちゃぐちゃになったメモを使っている棟梁の金子さんとか助かるかもしれない。そういえばこの前仕入れたハシバミ色が廃番になっていた。インクを調合するのに、ほんのちょっとあれを入れると落ち着くのに。原材料が入らなくなったとかで、似ているけれど違うものになっていた。インクを調合するとインクの原料によって思わぬ色を引き出してくれるから、それはそれで楽しいけれど、いくつか定番の色の配合を変えないといけなくなってしまった。
本当はこういう思いついたことはメモに取りたかったけれど、なんせたすき掛けにしたバッグには貴重品のほかにも珍しい雑誌が何冊も入っていて、筆箱はそれらの下に収まっている。そのせいで改札を通るにも一苦労だった。
「ふがっ!」
ちゃんと前を見て歩かなかったんで、何かに激突してしまった。ぱっと視線を上げるとそこには難しい表情をした見知った顔が私の事を見下ろしていた。
「全く…あれだけ乗る汽車が分かったら連絡しなさいと言ったのに」
珍しく少し乱暴に私の荷物を奪い取り、宙ぶらりんになった私の掌を見ると、ますます顔が険しくなっていった。
「ごめんなさい!改札くぐるだけでも大変で!ちょうどそこに汽車が来てね!」
「全くもう…。なんか嫌な予感がしたんで、早めに出て喫茶店にいてよかった。こんな量を一人で運ぶ気でいたなんて…」
「だって、駅からはバスで…」
「この荷物をもってですか?」
「う…」
「私がいるのを忘れないでください。一人で何もかも背負い込もうとしないで、私を頼ってください」
「……はい…ごめんなさい…」
「少し…悔しかったんですよ。あなたがヨタヨタと歩きながら、それでも幸せそうに笑っていて、なのに目の前に立っていても気付かないなんて」
「ふぁああ!ごめんなさいぃぃ」
確かに言われてみたら、ボンネットバスにこんな大荷物を持って乗ったら迷惑かもしれないし、それよりもガタガタ道を走って、中身をひっくり返してしまったら大ごとだ。折角仕入れてきたものに傷がついてしまうではないか。それに間抜け面していたのを見られていたという恥ずかしい事実!
シュンとしていると、少し言い過ぎたと思ったのか眼鏡のブリッジを軽く押さえながら、頭をポンポンと撫でてきた。そして今度は先ほどまでとは打って変わった柔らかい声で話しかけてきた。
「いい品物が入ったんでしょう?」
「はい!舶来物なんだけど、比較的安くてかわいいペンとか変わった形のメモとか!」
「うんうん。ぜひ見せてください。お土産話も楽しみです」
「ところでここまで、どうやってきたんですか?」
私たちが向かっているのはバス停ではなく駅前のちょっと外れにある広場。そこには愛車が置いてあった。
「え?え?運転してきたの!?」
「あまり言わないでください…。やっぱり運転が苦手だ…。沙奈を尊敬しますよ」
最後はちょっとか細い声になっていた。なんでもできそうな人なのに。彼は私のお手伝いをするためだと車の運転免許を最近取った。私は一回で受かったけれど、彼は筆記試験こそ満点だったけれど、実技で5回も落ちていた。それでもめげずに頑張って取れたのは凄い事だと思うけれど、結構屈辱的なことだったらしい。それですごく練習を重ねていた。初めて助手席に乗った時には、正直死ぬかと思ったけれど、努力家の彼はどんどん上達していった。でもやっぱり苦手な事には変わりないようだった。だから今日連絡するのを実は避けていた。この状況を知ったら絶対に車で迎えに来ようとすると分かっていたから。
「帰りは私が運転しますね」
「迎えに来ておいて申し訳ないですが、そうしてもらえますか?」
「はい!」
後部座席に荷物を入れて、セルモォタを回すとブルンとエンジンがかかる。クラッチを踏みギアを入れた時、ふと視線を感じると、いつもの穏やかな様子で微笑んでいた。
「本当は帰りが待ち遠しくて、帝都まで迎えに行きたかったんです」
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「そうですね」
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