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祖父との出会い
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大きな戦争があった。それまで帝都で両親とともに穏やかに暮らしていたのに、殺伐とした空気と不安が入り混じった生活になった。食料はどんどん不足していき、きらびやかだった夜は一斉に照明が消された。空襲の標的にされるから、という事だった。
私は当時幼稚園から小学校へ上がる位だった。準備万端とばかりに新しくてピカピカのランドセル、田舎で文房具店を営んでいる祖父から贈られた筆箱など一式。体操着入れなどは母が丹念にフランス刺しゅうを施してくれた。父も器用な人で学習机は自分で作ってやるんだと、材木を揃えていた。これからの未来に希望しかなかった。
それなのに…
ある日国から届いた手紙。母はその晩泣き明かしていた。自体がよく呑み込めなかった私は、数日後に綺麗な軍服に身を包んだ父を見て、あまりのかっこよさに大はしゃぎした。
「パパかっこいい!!」
「さぁな。いいかい?パパは暫く仕事で遠くに行くけれど、ママを助けていくんだぞ?」
「パパァ。私はもう小学生だよ?すっごくお姉ちゃんになるの!」
「うんうん。そうだね」
「でも早く帰ってね?ママが泣いちゃうから」
すると苦笑いしながら私を抱き上げた父は何度も頬ずりをして、その言葉に全てを込めるかのように呟いたのだ。
「笑顔が素敵な僕の宝物。沙奈、生きて。生きて、生き抜くんだよ」
父の最後の言葉だった。この後戦況は悪化し、私たちは毎晩爆撃機の音に怯える生活になった。そして忘れもしない空襲の日。私は母が作ってくれたリュックに、非常食のビスケットとあめ玉、お絵かき用のノォトと使い古した色鉛筆を入れていた。天気は凄く良くて、空が高かったのを覚えている。母は私に迷子にならないようにと、リュックの内側に連絡先などを縫い付けていた。
「他にはには何を入れておくの?」
「なくしたくない大事なものよ」
それで私は両親が生まれた時にくれたという、三人で撮った写真が収まったペンダントを入れようとしたら、「それはこれに包んでおきなさい」と得意のフランス刺繍が施されたハンカチをくれた。私はそれに包んだ後、絶対になくしたくなくて、紐を付けて首からぶら下げた。
久しぶりに静かな夜を迎えられるかもしれない。そう思っていた。だけど違った。突然耳をつんざくように鳴り響く空襲警報。母も熟睡したわけじゃなかったんだろう。すぐに飛び起きて枕元においてあった頭巾を私に被せると、非常持ち出し用のリュックを背負い外に出た。
行き場所は決まっている。だけど一斉に外へ出た人波は暗がりでは濁流のようだった。少し離れた場所で爆音とともに火柱が立つ。爆撃機の騒音は頭のすぐ上を通っているようにも感じた。巨大な雷がいくつも落ちるように、あちらこちらで悲鳴と怒号が沸き上がる。
怖くて母の手を必死に握っていた。母もぎゅっと握りしめながら走った。絶対にはなれちゃダメ、そう思っていたのに、一瞬だけ母の手が離れた。母とはあっという間に人垣に阻まれてはぐれてしまい、私は河原の土手を転げ落ちた。そして間近で爆撃が起きた。沢山の大人がふっとぶのが、火事で明るくなった世界に浮かび上がった。私はたまたまあった岩の陰に背中を小さく丸めて隠れた。
「ママ、ママ…!」
歯の根が合わない所ではない。パニック状態に陥った私はわんわん泣きながら岩陰から飛び出した。そこにはあり得ない光景が広がっていた。火の海は慣れ親しんだ世界を火焔地獄へと変えていた。ありったけの声で泣きながら母を探したけれど、それは周囲の音にかき消されてしまい、私は気付いたら大きな男の人に抱えられていて、ある建物の前に立っていた。
そこは私と同じような子供たちが纏めて世話を受ける孤児院だった。沢山の煤まみれの子供たちが集まっていた。ふざけている子、膝を抱えて蹲っている子、泣き喚いている子。誰もが疑心暗鬼となって荒んだ瞳をしていた。本能的な恐怖がせり上がる。持っていたリュックを握っていた。この中にあるのは僅かなビスケットと飴だ。でもそれすらここではぜいたく品だ。食べたくて仕方なかったけれど、物の奪い合いをしている周りの子たちが怖くて裏庭にこっそりと埋めた。ペンダントとハンカチもリュックの奥に一生懸命隠した。後から思えば、これがとられなかったのは奇跡だった。
大人たちはギャーギャー言いながら世話をしていた。いう事を聞かない子供は容赦なく殴られた。子供たちを軍隊のように並ばせて、近くの農家の手伝いなどをさせた。手があかぎれだらけになり、ズボンは穴だらけ。戦災孤児はその後戦争が終わるまで増え続けていった。
それから更に1年ほど経った頃に、何も失敗していないのに院長先生の所に呼び出された。それまでの扱いと打って変わった態度の大人たち。警戒しながら部屋に入ると、そこには初老の男性が経っていた。
「沙奈かぁ」
私の顔を見るなり双眸を崩して、近寄ってきたその男性は。今や唯一の肉親となった祖父だった。
「じぃじ…?」
「覚えているか?」
「少しだけ」
ごくごくぼんやりだけど、その声と面影に見覚えがある。笑った顔が父にそっくりだ。
「こんな所におったとはなぁ。すごく探したぞ?本当に諦めなくてよかった」
やせ細った私をひょいと抱き上げると、祖父は父がよくやったように頬を摺り寄せてきた。少しチクチクしたけれど、震える声で何度も「良かった。良かった」と繰り返し、私は久々に優しい温もりに触れ大泣きをした。祖父の元に父の訃報が届いたのは戦後まもなく。父の戦友だった人が、わざわざ形見であるボォルペンを届けてくれたらしい。そしてその直後に母の死亡が国伝えで知らせが来た。爆撃を受けた時壮絶な状態だったが、持ち物に名前などが入った手帳があり、それを手掛かりにお役所が調べて書類が届いたのだ。
だけど一人足りない。沙奈がいない。
それから祖父は休みのたびに、時として近所に店番を頼みながら、帝都に足しげく通い私の足取りを探した。かなりの量の公的資料が消失してしまったので難航していたけれど、たまたま私を孤児院に連れていった人と出会い、ようやくここに辿りついたという奇跡があった。
祖父と再会した私は、また一人になってしまうのではないかと凄く不安だったから、手続きの僅かな最中も祖父の手を離さなかった。今度また手が離れたら、最後だと思ったいた。トイレにもついて来ようとするから、祖父は苦笑いして、トイレに入っている間中大声で歌を歌ってくれた。
私の荷物はほとんど空っぽの小さなリュックだけだ。母の手作りであるそれは、もう布がだいぶ擦り切れてしまっている。一度意地悪な子に隠されたけれど、私が火がついたように泣き叫んで手が付けられなかったので、それ以来そういう事をされなくなった。
私は祖父と共に、父の故郷へと向かった。帝都から電車で3時間、それから路線バスに乗り換えて30分ほど。川の近くで石畳の通りが真ん中に通っている商店街の端っこの方に、祖父が営む店があった。お寺の裏参道と中央の通りが交差する角地にあるそこは、大きくガラスを使い、ところどころステンドグラスを埋め込んだ、洒落た感じのお店だった。ちりんちりんとドアベルを響かせながら中に入ると、すぐ脇に木彫りの看板が掛けてあった。お店を開けている時には、これを外に出していると話してくれた。
「なんてかいてあるの?」
「たかはらかしぶんぼうぐてんだ」
「貸文房具店?」
「前はただの文房具やったんだがなぁ、物資が帝都からなかなか来なくて、でも勉強には必要だからな、じぃじのお店のものを貸してあげることにしたんだ」
そして思い出したのだ。自分がもらった文房具は全て無くしてしまったことを。しょんぼりとそれを伝えると、祖父は「仕方ねぇよ。沙奈にはちゃんとじぃじが用意してやらぁ」と慰めてくれた。
天井からぶら下がる色とりどりのランプは、ステンドグラスが趣味だった亡き祖母の作品だった。あまたの文房具や学校で使う縄跳びなどの道具、ちょっとしたおもちゃなどが、木の棚にひしめき合っている。
奥の方に会計をするカウンタァがあり、その奥が居間になっていた。祖母の仏壇にお参りしていると、祖父は途中の駅で買った弁当とあったかいお茶の入った急須を持って、ちゃぶ台の上に置いた。
「沙奈、今日からここで暮らす。残念なことにお前のパパもママも亡くなってしまったが、じぃじがいる。じぃじはずっと一人だったからな、沙奈が来てくれて嬉しいぞ。二人で今日から仲良く協力し合って暮らしていこうな」
祖父が私の為に用意してくれたというふかふかの布団に、二人で本当にひさしぶりにぐっすりと眠ることが出来たのを覚えている。
私は当時幼稚園から小学校へ上がる位だった。準備万端とばかりに新しくてピカピカのランドセル、田舎で文房具店を営んでいる祖父から贈られた筆箱など一式。体操着入れなどは母が丹念にフランス刺しゅうを施してくれた。父も器用な人で学習机は自分で作ってやるんだと、材木を揃えていた。これからの未来に希望しかなかった。
それなのに…
ある日国から届いた手紙。母はその晩泣き明かしていた。自体がよく呑み込めなかった私は、数日後に綺麗な軍服に身を包んだ父を見て、あまりのかっこよさに大はしゃぎした。
「パパかっこいい!!」
「さぁな。いいかい?パパは暫く仕事で遠くに行くけれど、ママを助けていくんだぞ?」
「パパァ。私はもう小学生だよ?すっごくお姉ちゃんになるの!」
「うんうん。そうだね」
「でも早く帰ってね?ママが泣いちゃうから」
すると苦笑いしながら私を抱き上げた父は何度も頬ずりをして、その言葉に全てを込めるかのように呟いたのだ。
「笑顔が素敵な僕の宝物。沙奈、生きて。生きて、生き抜くんだよ」
父の最後の言葉だった。この後戦況は悪化し、私たちは毎晩爆撃機の音に怯える生活になった。そして忘れもしない空襲の日。私は母が作ってくれたリュックに、非常食のビスケットとあめ玉、お絵かき用のノォトと使い古した色鉛筆を入れていた。天気は凄く良くて、空が高かったのを覚えている。母は私に迷子にならないようにと、リュックの内側に連絡先などを縫い付けていた。
「他にはには何を入れておくの?」
「なくしたくない大事なものよ」
それで私は両親が生まれた時にくれたという、三人で撮った写真が収まったペンダントを入れようとしたら、「それはこれに包んでおきなさい」と得意のフランス刺繍が施されたハンカチをくれた。私はそれに包んだ後、絶対になくしたくなくて、紐を付けて首からぶら下げた。
久しぶりに静かな夜を迎えられるかもしれない。そう思っていた。だけど違った。突然耳をつんざくように鳴り響く空襲警報。母も熟睡したわけじゃなかったんだろう。すぐに飛び起きて枕元においてあった頭巾を私に被せると、非常持ち出し用のリュックを背負い外に出た。
行き場所は決まっている。だけど一斉に外へ出た人波は暗がりでは濁流のようだった。少し離れた場所で爆音とともに火柱が立つ。爆撃機の騒音は頭のすぐ上を通っているようにも感じた。巨大な雷がいくつも落ちるように、あちらこちらで悲鳴と怒号が沸き上がる。
怖くて母の手を必死に握っていた。母もぎゅっと握りしめながら走った。絶対にはなれちゃダメ、そう思っていたのに、一瞬だけ母の手が離れた。母とはあっという間に人垣に阻まれてはぐれてしまい、私は河原の土手を転げ落ちた。そして間近で爆撃が起きた。沢山の大人がふっとぶのが、火事で明るくなった世界に浮かび上がった。私はたまたまあった岩の陰に背中を小さく丸めて隠れた。
「ママ、ママ…!」
歯の根が合わない所ではない。パニック状態に陥った私はわんわん泣きながら岩陰から飛び出した。そこにはあり得ない光景が広がっていた。火の海は慣れ親しんだ世界を火焔地獄へと変えていた。ありったけの声で泣きながら母を探したけれど、それは周囲の音にかき消されてしまい、私は気付いたら大きな男の人に抱えられていて、ある建物の前に立っていた。
そこは私と同じような子供たちが纏めて世話を受ける孤児院だった。沢山の煤まみれの子供たちが集まっていた。ふざけている子、膝を抱えて蹲っている子、泣き喚いている子。誰もが疑心暗鬼となって荒んだ瞳をしていた。本能的な恐怖がせり上がる。持っていたリュックを握っていた。この中にあるのは僅かなビスケットと飴だ。でもそれすらここではぜいたく品だ。食べたくて仕方なかったけれど、物の奪い合いをしている周りの子たちが怖くて裏庭にこっそりと埋めた。ペンダントとハンカチもリュックの奥に一生懸命隠した。後から思えば、これがとられなかったのは奇跡だった。
大人たちはギャーギャー言いながら世話をしていた。いう事を聞かない子供は容赦なく殴られた。子供たちを軍隊のように並ばせて、近くの農家の手伝いなどをさせた。手があかぎれだらけになり、ズボンは穴だらけ。戦災孤児はその後戦争が終わるまで増え続けていった。
それから更に1年ほど経った頃に、何も失敗していないのに院長先生の所に呼び出された。それまでの扱いと打って変わった態度の大人たち。警戒しながら部屋に入ると、そこには初老の男性が経っていた。
「沙奈かぁ」
私の顔を見るなり双眸を崩して、近寄ってきたその男性は。今や唯一の肉親となった祖父だった。
「じぃじ…?」
「覚えているか?」
「少しだけ」
ごくごくぼんやりだけど、その声と面影に見覚えがある。笑った顔が父にそっくりだ。
「こんな所におったとはなぁ。すごく探したぞ?本当に諦めなくてよかった」
やせ細った私をひょいと抱き上げると、祖父は父がよくやったように頬を摺り寄せてきた。少しチクチクしたけれど、震える声で何度も「良かった。良かった」と繰り返し、私は久々に優しい温もりに触れ大泣きをした。祖父の元に父の訃報が届いたのは戦後まもなく。父の戦友だった人が、わざわざ形見であるボォルペンを届けてくれたらしい。そしてその直後に母の死亡が国伝えで知らせが来た。爆撃を受けた時壮絶な状態だったが、持ち物に名前などが入った手帳があり、それを手掛かりにお役所が調べて書類が届いたのだ。
だけど一人足りない。沙奈がいない。
それから祖父は休みのたびに、時として近所に店番を頼みながら、帝都に足しげく通い私の足取りを探した。かなりの量の公的資料が消失してしまったので難航していたけれど、たまたま私を孤児院に連れていった人と出会い、ようやくここに辿りついたという奇跡があった。
祖父と再会した私は、また一人になってしまうのではないかと凄く不安だったから、手続きの僅かな最中も祖父の手を離さなかった。今度また手が離れたら、最後だと思ったいた。トイレにもついて来ようとするから、祖父は苦笑いして、トイレに入っている間中大声で歌を歌ってくれた。
私の荷物はほとんど空っぽの小さなリュックだけだ。母の手作りであるそれは、もう布がだいぶ擦り切れてしまっている。一度意地悪な子に隠されたけれど、私が火がついたように泣き叫んで手が付けられなかったので、それ以来そういう事をされなくなった。
私は祖父と共に、父の故郷へと向かった。帝都から電車で3時間、それから路線バスに乗り換えて30分ほど。川の近くで石畳の通りが真ん中に通っている商店街の端っこの方に、祖父が営む店があった。お寺の裏参道と中央の通りが交差する角地にあるそこは、大きくガラスを使い、ところどころステンドグラスを埋め込んだ、洒落た感じのお店だった。ちりんちりんとドアベルを響かせながら中に入ると、すぐ脇に木彫りの看板が掛けてあった。お店を開けている時には、これを外に出していると話してくれた。
「なんてかいてあるの?」
「たかはらかしぶんぼうぐてんだ」
「貸文房具店?」
「前はただの文房具やったんだがなぁ、物資が帝都からなかなか来なくて、でも勉強には必要だからな、じぃじのお店のものを貸してあげることにしたんだ」
そして思い出したのだ。自分がもらった文房具は全て無くしてしまったことを。しょんぼりとそれを伝えると、祖父は「仕方ねぇよ。沙奈にはちゃんとじぃじが用意してやらぁ」と慰めてくれた。
天井からぶら下がる色とりどりのランプは、ステンドグラスが趣味だった亡き祖母の作品だった。あまたの文房具や学校で使う縄跳びなどの道具、ちょっとしたおもちゃなどが、木の棚にひしめき合っている。
奥の方に会計をするカウンタァがあり、その奥が居間になっていた。祖母の仏壇にお参りしていると、祖父は途中の駅で買った弁当とあったかいお茶の入った急須を持って、ちゃぶ台の上に置いた。
「沙奈、今日からここで暮らす。残念なことにお前のパパもママも亡くなってしまったが、じぃじがいる。じぃじはずっと一人だったからな、沙奈が来てくれて嬉しいぞ。二人で今日から仲良く協力し合って暮らしていこうな」
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