初恋カフェラテ

真田 真幸

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本編

ダメ元だからの“お試し”?

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 「その後はどうなんだ?オカン男子との逆光源氏的なシチューションは継続中か?」

向かい合わせの席で、マトンカレーを食べている高峰先輩が聞いてきた。

「ええ…まぁ。恋愛の甘さは然程ないですけど…そろそろ1ヶ月です。」

「へぇ…」

 営業でコンビを組んでる高峰たかみね 洋介ようすけ先輩に、彼の存在を偶然知られたのは、初デートで映画を観に行った所を目撃されたことがキッカケだった。

なんせ“お試し”だし、3ヶ月で別れるのにあまり知られたくなかったので濁そうとしたが、上手く行かず結局、のらりくらりと質問をかわしているうちに、言質げんちを取られて白状させられた。

その後、定期的に“ランチミーティング”と称して呼び出されては、彼とのことを話す羽目になっている。

(今日も午前中の取引先回りを終えて一度社に戻る筈が、この様にインドカレー店で“ランチミーティング”する羽目に…)

元来、高峰先輩は他人の事を聞いて面白がるという、それなりに整った御面相をお持ちの癖に、少々残念な趣味を持っている。

暫く恋人の“こ”の字も出なかった、後輩の私は高峰先輩の格好のターゲットなってしまったのだ。

ちなみに、本日は先程回った取引先近くのインドカレー店で“ランチミーティング”。

焼きたてのナンを千切って、バターチキンカレーをつけて頬張れば、木枯らし吹き荒ぶ冬の日本から気分は一気に香辛料の薫り漂う灼熱のインドである。

完全に私たちの“お試し恋愛関係”を面白がってる高津先輩すらいなければ、もっと堪能できるのだが…。

「結構、頻繁に会ってんの?」

「私も忙しいですから、週に2回彼が夜のシフトで入ってる時にカフェで顔合わせて、お互いに気が向けば、帰りに待ち合わせて彼の家で食事して、土日のどちらかをデート…みたいな感じです。」

「俺だったら、彼女が一人暮らしの自分の家に来るってだけで、頭ん中が真っピンクな妄想に染まるもんだけどなぁ。」

「先輩と彼を一緒にしないで下さい。“お試し”の関係では致さない約束なので!それに彼は女慣れは確かにしてないんですけど、家族に妹がいるせいか、粗暴ではないしどちらかと言えばジェントルマンです。」

ちなみにあの日、停電から復旧するまで彼のマンションで待ちながら、お互いの趣味の話で盛り上がり
、帰りは夜道は危ないからと、何も言わずともバスターミナルまで送ってくれた。

「ほう…女慣れしてない割りには、ちゃんとしてるんだ。」

「まぁ、そこから教えないといけない状態じゃなくて良かったかなぁ~と。男子校出身者はジェントルマンが多いとは聞いていましたけど、たまにほら、女慣れしてない分、いきなり虚勢張って勘違いの男らしさアピールとばかりに乱暴な言動を繰り返す人がいるじゃないですか?そうじゃなくて良かったと思います。ただ、やっぱり男子校出身特有のお花畑な思い込みと女性に対する対応の仕方は矯正が必要なんですけどね。」

「まぁ…強さと乱暴さは同じではないからな。つーか、お花畑な思い込みってなんだ?」

「なんというか、女性が“女性”であるって如何にもな態度を求めがちなんですよね…。」

 そう言った私はつい先日、オカン男子らしくお小言を頂いたのを思い出していた。






 それは先週の金曜日の夜、接待がらみの飲み会が思いのほか長引いてしまい、珍しく二日酔いの醜態を晒すことを恐れた私は、土曜日の早朝6時に事情を説明を添えて今日の幸太くんとのデートをキャンセルするメッセージを送った。

現在、両親は海外に赴任しており、一戸建ての我が家を守る為に私は兄と暮らしている。

ちなみに兄は稀な二日酔いでダウンした私を“鬼の撹乱だ!”と散々笑ったあと、デートに出掛けていった。

2時間後、自宅のチャイムが鳴り、寝ていた私はズキズキする頭を片手で押さえながら起き上がり、パジャマ姿のまま玄関先に出てみれば、ムスッとした幸太くんが買い物袋を抱えて立っていた。

『なっ、なんで!?』

『藍原さんの二日酔いのケアをしに来た。』

彼は有無も言わさず、私の家に上がり込み、驚いて何も言えない状態の私の額に冷却ジェルシートつけて、買い物袋からスポーツドリンクを取り出して飲むようにと押し付けた。

『部屋は2階?』

『う、うん…』

『ちゃんと歩ける?』

『うん…頭痛いだけだし…』

彼はホッと安堵の息を吐くと、いつもの黄色いエプロンをつけて“キッチンを借りるね。”と一言残し、台所に姿を消した。

 彼が我が家に来るのは2回目。

風邪を引いた私を心配して、家まで送ってくれた時以来だ。

私は嬉しいような、申し訳ないような複雑な気持ちで階段を上がった。




 いつのまにか寝落ちていた私が目を醒ますと、ベッドに背を向けて教科書を片手にノートにペンを走らせる彼の背中が見えた。

もぞもぞと私が起き出した音を聞いて、幸太くんが振り向いたので、バツ悪くてベッドの上で正座をして謝った。

『今日は本当に、ごめんなさい!思いのほか、昨日の接待は飲む羽目になっちゃって…』

彼は私の方に身体ごと向きを変え、そっと膝の上にある私の左手に手を伸ばして握った。

彼のその行動にビクッと驚いて身体を揺らし、そっと顔を見ると、眉を歪ませて心配そうに私を見上げていた。

『…仕事の一貫だし、仕方ないとは思うよ。…思うけど…もう少し藍原さんは“女性”として意識して行動すべきだと思う。』

『はい…』

まぁ…確かにあまり男女問わず公の場で酔っぱらうのは、端から見てもあまり気持ちいいものではない。

ちょっと“女性”という言葉が引っ掛かったものの、私は素直に返事をした。

『酔っぱらって何かあってからじゃ遅いし、そもそも“女性”の藍原さんを接待の席で酔わせるって、下心しかないと思うんだけど?』

『いやいや、それは無いと思うよ?単に他の女の子よりも私がお酒強いから呼ばれただけだし…』

『…本当は“女性”の藍原さんが男だらけのお酒の席に参加するのは俺としては嫌だけど…妥協案として今度からお酒の席に呼ばれることがあれば、ちゃんと俺に連絡すること。今回みたいに二日酔いで済めば良いけど、何かあったら嫌だから。』

『えーっと…それは…』

なんと反応して良いのやら…。

“お試し”の関係なのに、彼の私への距離感はとても近くて、時々、ちゃんと付き合っているような錯覚に陥る。

元々、彼はオカン系だし、世話焼きの本能で言ってるだけなのかもと思う様にはしているんだけど…。

(“お試し”である限りは、あまり彼の存在を吹聴するようなことをしたくないのになぁ…。)

しどももどろになっていると、彼は大きな溜め息を吐いた。

『仮にも俺、今は藍原さんのカレシでしょ?ちゃんと迎えに行くから。』

『そうなんだけど…無理して迎えに来なくてもいいよ?私、お酒で潰れたことないし、帰れなかったことは無いし心配ないから。』

『…飲み会参加禁止と俺に迎えに来られるのどっちが嫌?』

『…迎えに来てください、お願いします…。』

『よろしい!藍原さん、食欲ある?豚汁作ったから一緒に食べよう?』

ニッコリ笑った彼はノートと教科書を片付けている背中を見つめて、私は密かに溜め息を吐いた。





「“女性”とはこうあるべき!みたいなところが彼にはあるみたいで…。大袈裟に言えば“女性は聖女であるべき!”みたいな。まぁ…お母様がキャリアウーマンだってこともあるので、その分、求めるレベルは低めですけどね。アイドルヲタクみたいに“俺のカノジョは???みたいな子じゃないと認めない!”みたいな残念さは無いだけ良かったかなぁ…と。」

ヲタクを拗らせて、2次元や2.5次元のアイドルが理想という男子も男子校出身者には多いらしいし…。

「今時の女子も強くなければ生きていけない御時世だからな。男の俺がに言うのもなんだが…近年男は弱体化してるって言われてるから、女が女らしくしていられない環境にあることも理解すべきだろうなぁ。まぁ…庇護愛をそそる様な見目麗しの可愛い女子が好みの男は俺を含めて多いけどな。」

「私には無い要素ですけどね…どちらかと言えば、彼のお母様と同じ種類の女ですし…。」

「うーん、だから藍原とは話しやすかったのかもなぁ…。マザコンにないにしろ“男子校出身者の理想の女性は、母親か教師が基準になりやすい”って聞いたことがあるぞ。」

「私もそうなのかもなぁ~って思います。“理想の女性”かはともかく。」

そう言いながら、ちょっと辛めのマトンカレーのスパイシーな辛さをラッシーを口に含んでやり過ごす。

「まぁ…男子校出身者は一途で浮気しないってイメージあるらしいし、共学男子の俺よりはチャラくないだろうから、上手くいきゃ良いんじゃないか?」

「どうでしょう…?これと言って今のところ恋愛のトキメキがあまり無いですし…“お試し”のまま終わりそうな気がします。」

「なんだ、随分と弱気だなぁ…藍原。」

「彼が見つめてる着地点が分からないので、仕方ないと思います。私と“お試し”が終わった後、彼がどうしたいのか、サッパリ分からないんですから…」

恋愛未満の状態から付き合ってるので、頑張り方が良く分からない。

というか、そもそも私の気持ちが動いてない。

…ただ…ちょっとモヤモヤする。

「ぶっちゃけた話、“告白したい彼女がいるので、その為に女慣れしたいので協力して頂けませんか?”って、ハッキリ言われた方がまだ気持ちがラクだと思ってます。」

「それ、意外と精神的に追い込まれてないか?」

「どうでしょう?自分は至って冷静なつもりですが?」

先輩は最後の一口を頬張って、満足いくまで堪能したあと飲み込んだ。

「予防線を張りすぎて、自分の気持ちを見失っている気がするぞ?」

「そうでしょうか?」

「俺には“お試し”だからって、逆にお前が遠慮してるように見える。もう少し素直になってもバチは当たらないぞ?それにな、ダメ元だからの“お試し”ってこともあるんだぞ?」

「ダメ元だからの“お試し”…ですか?」

「まぁ…ちゃんと考えてみな。お前の気持ちも彼の気持ちもな。」

先輩はサモサを頬張りニンマリ笑った。

私は答えのない宿題を出されたような気がして、深い溜め息を吐いたあと、残りのバターチキンカレーを頬張った。




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