7 / 18
過去 君島ゆこを消した日
しおりを挟む
それは高校2年最後の終業式の朝だった。
昨夜の激しい夫婦喧嘩が嘘のように、朝の食卓には穏やかな両親が座っていた。
『“ゆこ”、父さんと母さんは離婚することにした。どちらに付いていくか、“ゆこ”が選んでくれないか?』
父の言葉に、私は千切ったトーストを皿に落とした。
『父さんと母さんは…別れて暮らすことにしたんだ。本当はゆこが高校を卒業するまで待とうと思ったんだが…。もう“ゆこ”は声優として独り立ち出来てるし、大丈夫だろうと思って決めてしまった。』
『直ぐにどちらにも付いていくかを決めるのは無理だと思うの。だから“ゆこ”、少し時間を上げるから、どちらに付いていくか…考えて欲しいの。いいわね、“ゆこ”?』
仕事に出掛ける両親を見送ったあとも、私はあまりのショックで立ち上がれなくなっていた。
両親の離婚にもショックを受けていたけど、こんな時まで本名の“柚子”ではなく、“ゆこ”という芸名で呼ばれたことにだ。
両親には“柚子”よりも“ゆこ”が必要だったのだ。
赤ちゃんの頃から芸能活動を始めて、小学3年生からはキッズタレントとしての仕事が多くなった。
その頃から、両親は私を“柚子”と呼ばなくなった。
TVに出ることが多くなると、同級生からの嫌がらせが増え、私は仕事を辞めたいと両親に訴えた。
そこには両親から“ゆこ”と呼ばれることがなくなることへの期待もあった。
しかし、既に私は相当の収入を得ていたらしく、両親は簡単に辞めさせてくれなかった。
その代わり、メディアに露出することが少ない“声優”の仕事を受けることが増えた。
同級生に嫌がらせされるのは嫌でも、お芝居することは好きだった私は、顔を露出することなく声で芝居が出来る“声優”の仕事が好きになった。
映画の吹き替えが多かった仕事が、中学を卒業する頃にはアニメの仕事が増え、両親からは“そろそろメディアに露出する仕事もしていこう。”と持ちかけられることが増えた。
両親というよりも二人は“君嶋ゆこ”のプロデューサーとなっていた。
私の答えは“NO”だった。
同級生の関係は何となくでも良好だったし、また嫌がらせされるのも嫌だった。
でも何よりも、“声優”の仕事が減ることが嫌だったのだ。
その頃から、両親の夫婦喧嘩が耐えなくなった。
原因は…“ゆこ”が思い通りに言うことを聞かなくなったこと。
私からすれば、どちらが悪いわけではない。
“ゆこ”として扱う両親の言うことを聞きたくなかっただけだった。
そんな私の気持ちを置き去りにして、両親は離婚するからどちらか選べと言ったのだ。
娘の“柚子”にではなく、声優の“君嶋ゆこ”に…。
その日は、午後から出演していたアニメ作品のアルバムレコーディングが行われる日だった。
気持ちを切り替えて、いつも通りレコーディングスタジオに入った。
しかし、レコーディングは出来なかった。
それまでは何ともなかったのに、私はマイクの前で過呼吸発作を起こして倒れたのだ。
お医者様からは心因性のものだと診断され、精神安定剤を処方されるようになり、暫くは一時的に安定したもののマイクを前にして起こしてしまう過呼吸発作の頻度が増えていった。
現場に迷惑をかけていること、そして、もうプロとして仕事が出来ないことを悟った私は“君嶋ゆこ”という存在をこの世から消することを決めた。
事務所を辞めて“木原柚子”に戻った私は、金蔓にならなくなった私を擦りつけあいする両親どちらにも付いていくことを拒否し、大学卒業までの援助だけを頼んで家を出た…。
「…ゆ……ゆず…こ…」
呼ばれる声に気が付いて、私は目を醒ました。
白い天井とカーテンに仕切られた空間が。私の目に入ってきた。
カーテンの隙間から明るい天然光が差し込んできているということは朝なのだろうか?
(私…夢をみていたんだ。)
握られた手の体温を辿るように顔を動かすと、涙ぐんでる貴子がいた。
「貴…子?なんで…?」
「仁彦から柚子が倒れた!って呼ばれて来たのよ!アンタ、久しぶりに過呼吸の発作起こして…。」
「キミちゃんから?久しぶりに…発作?」
覚醒して間もない頭で、記憶を手繰り寄せる。
「昨日の夜、打ち上げの居酒屋に行って、酔っぱらったスタッフの女の子にマイク向けられたの…覚えてない?」
私は会社を出る前のことを思い出していた。
打ち上げに行くことを決めた私は、社内を歩きながらキミちゃんに連絡をした。
しかし、何度電話をかけてもキミちゃんと連絡が取れず、私は仕方なく他のスタッフに連絡をして打ち上げの場所に向かった。
彼から貰った連絡先は、“柚子”の私を拒絶されて酷く傷つくかもしれない未来を思うと、どうしても使えなかった。
居酒屋に着き、打ち上げが行われている個室の障子を開けた途端、私の姿を見つけた酔っぱらった女性スタッフにマイクを向けられた。
『木原さん、遅いですよ~!どうして遅くなったんですか?』
おふざけで彼女はインタビューでもするようにマイクを向けてきたのだが、心の準備も出来ず、いきなりマイクを向けられた私は、息を詰まらせて倒れた。
『“柚子”さん!?』
丁度、個室に戻って来たキミちゃんと彼が入ってきた。
私は彼に抱きかかえられ、どんどん浅くなっていく息を整えようと、必死にもがいたがうまく出来ず、キミちゃんが救急車を呼ぶ声が聞こえた。
『柚子さん!柚子さん!』
必死に私を名前を呼び続ける彼の顔を見ながら、私は意識を失った。
「…心配かけちゃってゴメンね。」
「いいのよ!アンタの過呼吸発作のことを失念してカラオケ付きの個室居酒屋を打ち上げ会場に選んだ仁彦が悪いんだし。」
「…宇佐美さんにも心配かけちゃった。…どうしよう。」
「柚子…その事なんだけどさぁ…」
貴子は罰悪そうに俯いた。
「私…アンタが“君嶋ゆこ”だったこと、バラしちゃった。」
「え!?」
私は目を瞠って貴子を見つめた。
昨夜の激しい夫婦喧嘩が嘘のように、朝の食卓には穏やかな両親が座っていた。
『“ゆこ”、父さんと母さんは離婚することにした。どちらに付いていくか、“ゆこ”が選んでくれないか?』
父の言葉に、私は千切ったトーストを皿に落とした。
『父さんと母さんは…別れて暮らすことにしたんだ。本当はゆこが高校を卒業するまで待とうと思ったんだが…。もう“ゆこ”は声優として独り立ち出来てるし、大丈夫だろうと思って決めてしまった。』
『直ぐにどちらにも付いていくかを決めるのは無理だと思うの。だから“ゆこ”、少し時間を上げるから、どちらに付いていくか…考えて欲しいの。いいわね、“ゆこ”?』
仕事に出掛ける両親を見送ったあとも、私はあまりのショックで立ち上がれなくなっていた。
両親の離婚にもショックを受けていたけど、こんな時まで本名の“柚子”ではなく、“ゆこ”という芸名で呼ばれたことにだ。
両親には“柚子”よりも“ゆこ”が必要だったのだ。
赤ちゃんの頃から芸能活動を始めて、小学3年生からはキッズタレントとしての仕事が多くなった。
その頃から、両親は私を“柚子”と呼ばなくなった。
TVに出ることが多くなると、同級生からの嫌がらせが増え、私は仕事を辞めたいと両親に訴えた。
そこには両親から“ゆこ”と呼ばれることがなくなることへの期待もあった。
しかし、既に私は相当の収入を得ていたらしく、両親は簡単に辞めさせてくれなかった。
その代わり、メディアに露出することが少ない“声優”の仕事を受けることが増えた。
同級生に嫌がらせされるのは嫌でも、お芝居することは好きだった私は、顔を露出することなく声で芝居が出来る“声優”の仕事が好きになった。
映画の吹き替えが多かった仕事が、中学を卒業する頃にはアニメの仕事が増え、両親からは“そろそろメディアに露出する仕事もしていこう。”と持ちかけられることが増えた。
両親というよりも二人は“君嶋ゆこ”のプロデューサーとなっていた。
私の答えは“NO”だった。
同級生の関係は何となくでも良好だったし、また嫌がらせされるのも嫌だった。
でも何よりも、“声優”の仕事が減ることが嫌だったのだ。
その頃から、両親の夫婦喧嘩が耐えなくなった。
原因は…“ゆこ”が思い通りに言うことを聞かなくなったこと。
私からすれば、どちらが悪いわけではない。
“ゆこ”として扱う両親の言うことを聞きたくなかっただけだった。
そんな私の気持ちを置き去りにして、両親は離婚するからどちらか選べと言ったのだ。
娘の“柚子”にではなく、声優の“君嶋ゆこ”に…。
その日は、午後から出演していたアニメ作品のアルバムレコーディングが行われる日だった。
気持ちを切り替えて、いつも通りレコーディングスタジオに入った。
しかし、レコーディングは出来なかった。
それまでは何ともなかったのに、私はマイクの前で過呼吸発作を起こして倒れたのだ。
お医者様からは心因性のものだと診断され、精神安定剤を処方されるようになり、暫くは一時的に安定したもののマイクを前にして起こしてしまう過呼吸発作の頻度が増えていった。
現場に迷惑をかけていること、そして、もうプロとして仕事が出来ないことを悟った私は“君嶋ゆこ”という存在をこの世から消することを決めた。
事務所を辞めて“木原柚子”に戻った私は、金蔓にならなくなった私を擦りつけあいする両親どちらにも付いていくことを拒否し、大学卒業までの援助だけを頼んで家を出た…。
「…ゆ……ゆず…こ…」
呼ばれる声に気が付いて、私は目を醒ました。
白い天井とカーテンに仕切られた空間が。私の目に入ってきた。
カーテンの隙間から明るい天然光が差し込んできているということは朝なのだろうか?
(私…夢をみていたんだ。)
握られた手の体温を辿るように顔を動かすと、涙ぐんでる貴子がいた。
「貴…子?なんで…?」
「仁彦から柚子が倒れた!って呼ばれて来たのよ!アンタ、久しぶりに過呼吸の発作起こして…。」
「キミちゃんから?久しぶりに…発作?」
覚醒して間もない頭で、記憶を手繰り寄せる。
「昨日の夜、打ち上げの居酒屋に行って、酔っぱらったスタッフの女の子にマイク向けられたの…覚えてない?」
私は会社を出る前のことを思い出していた。
打ち上げに行くことを決めた私は、社内を歩きながらキミちゃんに連絡をした。
しかし、何度電話をかけてもキミちゃんと連絡が取れず、私は仕方なく他のスタッフに連絡をして打ち上げの場所に向かった。
彼から貰った連絡先は、“柚子”の私を拒絶されて酷く傷つくかもしれない未来を思うと、どうしても使えなかった。
居酒屋に着き、打ち上げが行われている個室の障子を開けた途端、私の姿を見つけた酔っぱらった女性スタッフにマイクを向けられた。
『木原さん、遅いですよ~!どうして遅くなったんですか?』
おふざけで彼女はインタビューでもするようにマイクを向けてきたのだが、心の準備も出来ず、いきなりマイクを向けられた私は、息を詰まらせて倒れた。
『“柚子”さん!?』
丁度、個室に戻って来たキミちゃんと彼が入ってきた。
私は彼に抱きかかえられ、どんどん浅くなっていく息を整えようと、必死にもがいたがうまく出来ず、キミちゃんが救急車を呼ぶ声が聞こえた。
『柚子さん!柚子さん!』
必死に私を名前を呼び続ける彼の顔を見ながら、私は意識を失った。
「…心配かけちゃってゴメンね。」
「いいのよ!アンタの過呼吸発作のことを失念してカラオケ付きの個室居酒屋を打ち上げ会場に選んだ仁彦が悪いんだし。」
「…宇佐美さんにも心配かけちゃった。…どうしよう。」
「柚子…その事なんだけどさぁ…」
貴子は罰悪そうに俯いた。
「私…アンタが“君嶋ゆこ”だったこと、バラしちゃった。」
「え!?」
私は目を瞠って貴子を見つめた。
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
恋と首輪
山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。
絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。
地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。
冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。
「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」
イケメン財閥御曹司
東雲 蓮
×
「私はあなたが嫌いです。」
訳あり平凡女子
月宮 みゆ
愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。
訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
一条さん結婚したんですか⁉︎
あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎
嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡
((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜
⭐︎本編は完結しております⭐︎
⭐︎番外編更新中⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる