うさメンに噛まれてあげる!

真田 真幸

文字の大きさ
6 / 18

離れたい距離と心の自覚

しおりを挟む
 一人になった控え室で、不可抗力とはいえ彼と距離を取るつもりが、逆に近づいてしまったことに頭を抱えていた。

「“君嶋ゆこ”の事がある限り、彼とはビジネスライクの付き合いを維持しなきゃいけないのに…。」

おまけに、彼の悪くない…寧ろ良すぎる人柄が私を困らせていた。

「思いっきり女ったらしだったら、邪険にもしやすいのに…。」

かといって、流される訳には行かない。

私は編集者の仮面を被り直して、そろそろ撮影が終わる頃であろう現場に戻った。




 “フォトブックにして下さい!”

そんな声がスタッフの女の子から上がったほど、本当に良いグラビアが撮れた。

前に“撮る方と撮られる方の信頼関係がなければ、良い写真は撮れないものだ。”と、キミちゃんが言っていたことを思えば、彼がカメラマンのキミちゃんと仲良くなれた時点で、今回のグラビアの6割りは成功していたかも知れない。

あとはキミちゃんに選別を任せてベストショットを選び、最終決定を彼にしてもらうだけだ。

 私は一足早く社に戻るため、彼がいる控え室のドアをノックした。

「宇佐美さん、木原です。」

「はい!どうぞ!」

彼はまだ着替えをしている最中で、上半身裸だった。

先程、撮影したデータの中の彼の裸体を見たというのに、私は気恥ずかしさから直視出来ず俯いて目を反らした。

「体は…大丈夫ですか?」

「はい、お陰様で…。」

さっきとは違う、元に戻ってしまった私の硬い雰囲気に、彼は戸惑っている様だった。

「…本当に?」

「はい、大丈夫です。」

口を開き何か言いかけてる彼を制すように私は言葉を続けた。

「仕事が残っていますので、私はお先に失礼させて頂きます。本日は本当に有り難うございました。」

私服の白のカットソーに着替えた彼が、こちらに近づいてきた。

「木原さん、もう行っちゃうんだ…。」

「はい…今回もお見送り出来ず、申し訳ありません。次回、また何かの企画でお会いしたときは、またよろしくお願いいたします。」

私は義務的な挨拶をして彼に頭を下げたあと、ドアへ向かおうとした。

「待って!」

「…何でしょうか?」

振り返ると彼は懇願するように私を見つめていた。

「打ち上げ…来ますよね?」

「まだ何とも言えません…無事に入稿出来たらご連絡させて頂きます。」

「…じゃあ、今、一つだけ訊いてもいいですか?」

「何でしょう?」

「今日の僕は…貴女にとって一人の“男”でしたか?」

「…どういう意味…ですか?」

「僕は…今日、貴女に一人の“男”して見て欲しかったんです。“木原柚子”さんに…。」

突然の彼の言葉に、私は動揺していた。

彼の言っている意味を理解しようとしたが、頭がフリーズして上手く考えらない。

私に一歩近づいてきた彼を見上げると、真剣な表情の彼がそこにいた。

“一人の男として見て欲しかったんです。”

彼のその表情を見て、言葉の意味を理解した私は右手で、胸をギュッと押さえた。

理解したそれは、私の胸に熱をもたらしたと同時に、じわじわと苦しいぐらいに締め付けてきたのだ。

(本当に彼は“木原柚子”に見て欲しかったんだろうか?本当は“君嶋ゆこ”に見て欲しいんじゃないだろうか?)

ぐるぐるとそんな複雑な思いが心の中に渦巻く。

「少しでも…魅力的な男だと貴女の瞳に映ってくれたなら…嬉しいんですが…」

自信なさげに私の様子を伺うように、彼は私の言葉を待っていた。

私は素直な感想を述べることにした。

それはあくまで、編集者としての素直な感想だ。

編集者の仮面を被り直した私に、個人的なの感想を話すことは出来なかった。

話してしまえば、何かが変わってしまう気がしていたのだ。

「…とても魅力的でした。宇佐美さんが女性を魅了する理由が今日、実感して分かった気がします。きっと…本誌を手にとって下さる宇佐美さんのファンの方たちにも、その魅力は伝わると思います。」

最初は笑顔だった彼の顔が、最後には寂しさを含んで歪んだ。

「僕は…欲張り過ぎるみたいです。」

「え?」

「編集者の貴女の口から“魅力的でした。”と言って貰えてそれも嬉しいのに…僕は…一人の女性としての貴女に…もっと誉めて欲しい。」

「宇佐美…さん…」

私はどう返事をすれば良いのか、分からず混乱したまま彼を見つめた。

彼の震える手が、私の頬に触れようと伸びてきた。

頭の中では警鐘がなっているのに、私は彼の手から逃れようと動くことが出来ない。

もう少しで触れてしまう…そう思った時だった。

「宇佐美さん、いらっしゃいますか?」

不意のノックの音が聞こえたあと、ドアの向こうで彼を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。

彼は私に届かなかった手を見つめ、苦しそうにギュッと握り込んだ。

「…今、着替え中なんですが…何か?」

「す、すみません!!…あの…キミさんが呼んでます。ちょっと良いですか?」 

「分かりました、直ぐにうかがいます。」

「お願いします!では、失礼します。」

「…」

去っていくスタッフの足音が消えて長い沈黙が訪れた。 

そして、それを破ったのは彼だった。

「貴女の体のことも心配ですが、お仕事もありますし無理を言って困らせている自覚もあるんですが…。出来れば…僕は貴女ともっと話したい。僕を…もっと知って欲しい…だから…」

私は苦しくなって何も彼に答えることが出来ないまま、頭を下げて“失礼します。”と言って部屋を出た。

閉めたドアの向こうからは、“僕は、柚子さんを待ってますから!”という彼の声が聞こえた。

彼の言葉に縫い止められてしまうことを恐れるように、私は現場を後にした。




 午後9時。

入稿は滞りなく終わり、私は誰もいない編集部で自分の席でボーッと座り込んで動けなくなっていた。

このまま打ち上げに行かなければ、もう“君嶋ゆこ”だったことがバレるのを心配しなくても良くなる。

彼は私の連絡先を知らない。

もう…彼とは仕事が無い限り会うこともなくなる。

 だけど、彼が叫んでいた。

“僕は、柚子さんを待ってますから!”…と。

…その言葉は私の耳に絡みついて、何時まで経っても離れてくれない。

“ゆこさん”でもなく、“木原さん”でもなく、“柚子さん”と呼んだ彼の真意を読み切れず、私は考えあぐねていた。

初めてインタビューで彼に会った時、彼が求めていたのは“君嶋ゆこ”だった。

あの時の彼は、やっと見つけた“君嶋ゆこ”に縋り付くような勢いで、私がそれであると認めることをねだった。

だけど、今日の彼はどうだったろうか?

先日の無礼を謝罪し、努めて“木原柚子”として私を扱ってくれていた。

真剣に心配し、真剣に怒り、“木原柚子”に接してくれた。

でも…

「本当に…“君嶋ゆこ”としての私よりも“木原柚子”としての私を彼は望んでくれているのだろうか…?」

自分で呟いたその言葉に、私は自分の気持ちに自覚した。

「私は…“君嶋ゆこ”に嫉妬しているんだ…。」

ずっと彼から愛され続けている“君嶋ゆこ”に…。

もう存在しない過去の私に…。

そして、それを目の当たりにすることを怖れている。

私を“君嶋ゆこ”として扱う彼を…私は見たくなかったのだ。


  彼ヲ…好キニナッテイルカラ…。


「過去の自分に嫉妬するだなんて…。」

椅子の背もたれに体を投げ出し、両手で顔を覆いながら私は乾いた笑い声を上げた。

「困ったなぁ…“木原柚子”は“君嶋ゆこ”よりも彼から愛される自信がないのに…“木原柚子”として…彼に愛されたがってる。」

いくら抑え込もうとしても自覚してしまった心は、彼を求めて止まない。

私は立ち上がり、ストールを羽織り帰り支度を始めた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

一条さん結婚したんですか⁉︎

あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎ 嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡ ((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜 ⭐︎本編は完結しております⭐︎ ⭐︎番外編更新中⭐︎

処理中です...