うさメンに噛まれてあげる!

真田 真幸

文字の大きさ
11 / 18

恋人たちのハロウィン・ナイト ②

しおりを挟む
 パーティーが始まったのは、夕方4時。

“Happy Hallows!”の掛け声と共にパーティーはスタートした。

定番のカボチャ料理の他にイギリスやアメリカでポピュラーなリンゴやジャガイモ料理もビュッフェには並び、庭では水に浮かんだリンゴに噛みつく“フロート・アップル”などのハロウィンならではの伝統的な遊びが行われていた。

モデルや業界人も多いため、前半は殆ど挨拶回り担ってしまったのは…編集者の性。

キミちゃんはカメラマンとして、記録係も兼ねているようで、私と一緒に隈無くパーティー会場を歩き回り、貴子にはWorkaholicワーカーホリックぶりを呆れられてしまった。

お酒も入り、会場の熱気にあてられた私は、貴子に一声かけてから会場を抜け出し、静かな場所を求めて歩き、ふと目に入ったチャペルの扉をそっと開けた。

外のライトアップの光が入ってきていて、電気をつけなくても程よく明るい。

ステンドグラスに彩られた祭壇の近くに私は腰を下ろして、ぼんやりとステンドグラスからこぼれ落ちる光が白いドレスを彩るのを眺めていた。

どれぐらい経っただろう…不意にカチャリという扉が開く音がして、私は視線をそちらに向けた。

ダークグレーのクロックコートに鮮やかなスカイブルーのネクタイを締め、颯爽と着こなしている男性が入ってきた。

「魔女がチャペルになんて忍び込んじゃダメですよ?」

優しい音色を含む聞き覚えのある声に、私の心臓は大きく鼓動を鳴らし始めた。

こちらに歩いてくる男性の軽く逆立てた黒髪の頭には…長い白のウサ耳。

左目にはモノクルがはめられていて、胸のポケットからは懐中時計がぶら下がっている。

“不思議の国のアリス・時計うさぎ”

私の目の前で柔らかに笑う彼に、私は目線を奪われていた。

「ああ…なんて綺麗なんだろう…。本当は貴女がアリスの格好ならお揃いだったいいのにと残念に思っていたんですが、美しくも可愛らしい今の貴女を見たら、そんな思いは何処かに吹っ飛んでしまいました。」

「宇佐美…さん」

やっと会えて嬉しいのに、私の身体はその場に縫い止められたように動かない。

私が“君嶋ゆこ”であることを知ってしまった彼に、どう接すれば良いのか分からなかった。

そんな私の気持ちが分かっているのか、彼はゆっくりとした歩幅で、まるで私の心を測るように、私に近づいてきた。

「迎えに来ました。僕の美しい北の魔女…木原柚子さん。」

彼は私の前で跪き、私の右手を取ると手袋の上から唇を触れさせてチュッと音を鳴らして吸い付いた。

「何故…宇佐美さんが…ここに…?」

「悪戯好きな黒猫の妖精の仕業です。元は僕が柚子さんに会えるようにセッティングをお願いしたんですが…まさか本格的なコスプレをさせられるとは思っても見ませんでした。」

困ったように苦笑する宇佐美さんを見て、少し私は緊張した気持ちが緩んだ。

「貴女に…お願いがあります。」

緊張を吐き出すような深呼吸と咳払いをしたあと、彼は私にそう言った。

「どうか…僕に今から貴女に想いを語る権利を頂けませんか?丁度、神様の御前です。嘘偽りなく僕の気持ちを貴女に語りたい。」

真っ直ぐに見つめる彼の切れ長の目を見つめながら私はコクリと頷いた。

“ありがとう”と囁くように言ったあと、彼は話し始めた。






「12年前、初めて“君嶋ゆこ”だった貴女に出逢ったあの日、僕は貴女に恋をしました。僕がやらかした大失敗を咎めることなく、僕がスタジオの幽霊にならなくて良かったと屈託なく笑う優しい貴女に…僕は恋をしたんです。だから時折、スタジオに訪れる貴女と擦れ違う時に目がチラッと合うだけでも、僕はとても幸せでした。」

彼はステンドグラスを仰ぎ見て、懐かしそうに目を細めた。

「貴女が僕を“お兄さん”と呼ぶように、僕も“君嶋ゆこ”と呼ばれている貴女しか知らなかった。あの時の僕は貴女が高校生ながらも有名な声優だって知らなかったんです。恥ずかしい話、子役のエキストラだと思っていた。帰りに貴女を見つけて話しかけようとした時に、マネージャーさんに止められて初めて知ったんです。貴女が何者なのかを…。既に貴女に心奪われていた僕にはショックでした。だから…」 

そう言って彼は俯き、両手で私の手を握る。

「懺悔すると…貴女に恋していた僕にとって、“君嶋ゆこ”という名前は疎ましい物でしかありませんでした。」

「!?」

予想外の言葉に、私は目を瞠って彼を見た。

「だって、貴女が“君嶋ゆこ”である限り、売れない役者の僕には高嶺の花だったんです。周りに遠慮なく貴女に話しかけたくても、エキストラの一人にしか過ぎない僕には有名な声優である貴女が遠かった。“君嶋ゆこ”という名前が芸名だと知ってからは尚のことでした。声優の“君嶋ゆこ”である貴女のことを知ることが出来ても、それ以外の貴女を知る術が…僕にはなかったんですから。」

彼は自傷気味に笑いながら、私を見つめた。

「でもね…貴女が…“君嶋ゆこ”という声優が引退したことで、僕の恋心は…迷子になってしまいました。疎ましかったけど“君嶋ゆこ”という名前が貴女を知る唯一のものだったから…。貴女の引退を聞いた時、その名前を疎ましく思ったことすら後悔しました。」

「だからあの日、ミーティングルームで10年ぶりに貴女と再会した時、僕は嬉しくて堪らなかった。大人になって綺麗になっていたけれど、僕には直ぐに貴女が分かったんです。名刺を見てやっと貴女の本名を知れた時、歓喜で飛び上がりそうなのを必死に抑えたほどでした。本当ならそこで満足して新たな関係を築いて行こうとすれば良かったのに、僕は浅はかにも“君嶋ゆこ”と貴女が同一人物である確証が欲しくて、貴女に“君嶋ゆこ”だったことを認めるように強請って詰め寄った。貴女にとって“君嶋ゆこ”がどんな存在だったのかも知らずに…。」

私を見つめた彼の顔が苦しそうに歪んだ。

「貴女が発作で倒れた時、成宮さんから話を聞いて、僕が“君嶋ゆこ”であることを認めるように詰め寄ったことが、貴女をどんなに傷つけていたか自覚し後悔しました。」

“馬鹿な男でゴメンなさい”

彼はそう呟くように私に謝った。

「こんな馬鹿な僕だから…成宮さんに『貴方の中から“君嶋ゆこ”の存在を消せるのか?』と聞かれました。そして…『柚子より“君嶋ゆこ”の存在が少しでも大きいのなら、あの子の前から姿を消してください。』と言われました。」

「えっ!?」

今まで黙って彼の話を聞いていた私は、驚いて思わず声を上げた。

「当然ですよ。その時の僕は“君嶋ゆこ”に取り憑かれている男でしかなかった。だから、僕は“君嶋ゆこ”だった貴女を僕の中から消してしまおうと思いました。でも…考えているうちに僕は気が付いちゃったんです。」
 
一呼吸…大きく深呼吸した彼は、わたしを見つめて言った

「元々、“君嶋ゆこ”が僕の中に存在していないことに…。ただの貴女を呼ぶ為の唯一の手段でしかなかったことに…。貴女の本当の名前が“木原柚子”だと知った時から、あの時に恋した相手は“君嶋ゆこ”ではなく、最初から“木原柚子”だったと僕の中で変わってしまっていたんです。」

彼の中に“君嶋ゆこ”が…いない。

信じられない気持ちで、私は彼を見つめた。

「嘘は言いません。神様の御前ですから誓って…。」

私の気持ちを読んでいるのか、彼は念を押すように言った。

彼の両手が私の右手から離れて頬を包む。

緊張気味に彼は私の目を見つめた。

「木原柚子さん、10年間貴女を忘れられませんでした。再会して貴女を新たに知るうち、より一層貴女を好きになりました。貴女を思う気持ちに偽りなく、これからも多分、その気持ちが変わることはないでしょう。AV男優という世間からは、あまり歓迎されない職業に就いているような男ではありますが、貴女が許してくれるのなら…僕は貴女の一番側に居たい。出来れば近い将来、貴女と人生を…共にありたい。その第一歩として、どうか僕を貴女の彼氏にしてくださいませんか?」

彼の告白に、私は耐えきれず涙を流してしまった。

勿論、嬉しくて…。

「私も…貴方が好きです。私も…貴方の一番側に居たい。だから…私の彼氏になってください!」

「柚子さん…」

潤んだ瞳で彼は私の名前を呟いた。

彼の唇がそっと私の唇に触れた。

最初はたった数秒間。

2回、3回と温かなそれは深くなり、私たちは互いの身体に腕を伸ばして抱きしめあった。

それはやっと求めていた温もりを、心を、お互いに確かめ合うようだった…。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...