3 / 4
この手はもう、届かない
しおりを挟む
そして、今日。別れの日がやってきました。
瀟洒に飾られた廊下をゆっくりと歩んでいる間、頭の中にはこれまでの記憶が走馬灯のように次々と脳裏に浮かび上がってきました。
初めてこのお屋敷に来た時のこと。見たことも無い豪勢な内装に感心したこと。多岐に渡るお部屋の種類に戸惑ったこと。
でも、アルバムのように一面に並べられた思い出の欠片。その殆どが、貴方の、記憶でした。ずっと数えてきたその表情一つ一つが、鮮明に思い浮かびました。
笑顔でよろしくと言ってくれた貴方。寝ている貴方。子供のようにいじける貴方。不機嫌な貴方。御機嫌な貴方。真面目な表情の貴方。寂しそうな貴方。私に笑いかけてくれた、貴方。
そして、そこに着きました。毎日欠かすことなく通い詰めた、あの扉の前に。
目を瞑ってもその様子は鮮明に思い出すことが出来ます。どんな色をしていて、どんな形で、どんな木目が走っていて、どこに傷があって、どんな感触か。
何故ならここは、扉を開ければ貴方に会える、私にとっての幸せの入口だったから……。
だからここを最後の場所に選びました。
貴方へ繋がるこの扉こそ、貴方への気持ちを諦めるのに相応しい場所だと、そう思ったから。
この扉の向こうの貴方はどんな表情をしているのかと。そう考えてしまう私に、閉まったままで開くことのないこの扉が、もう貴方には手が届かないのだと、そう教えてくれた。
まだ寝ているであろう貴方。その肩を揺する為の手は、もう届かない。
どれだけ時間が経っただろうか。ほんの一瞬だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。縦横無尽に駆け巡っていた思い出の、最後の一欠片が泡のように溶けていきました。
思い残すことはもうありません。想いはもう、この扉の向こうに残してきたから。
だから、そろそろ……終わりにします。
足を揃えて背筋を伸ばし顎を軽く引き、両手を身体の前で軽く重ねます。本当の最後はせめて、私に出来る精一杯で別れを告げようと思います。
そのまま、枝が風に揺られるようにしなやかに背を曲げていき、深く、深く、お辞儀をしました。もう言葉で表現するのも難しい、万感の想いを込めて。
その想いは凝縮された一滴の雫となって固く閉じた私の目から零れ落ち、私の顔を濡らしました……。
瀟洒に飾られた廊下をゆっくりと歩んでいる間、頭の中にはこれまでの記憶が走馬灯のように次々と脳裏に浮かび上がってきました。
初めてこのお屋敷に来た時のこと。見たことも無い豪勢な内装に感心したこと。多岐に渡るお部屋の種類に戸惑ったこと。
でも、アルバムのように一面に並べられた思い出の欠片。その殆どが、貴方の、記憶でした。ずっと数えてきたその表情一つ一つが、鮮明に思い浮かびました。
笑顔でよろしくと言ってくれた貴方。寝ている貴方。子供のようにいじける貴方。不機嫌な貴方。御機嫌な貴方。真面目な表情の貴方。寂しそうな貴方。私に笑いかけてくれた、貴方。
そして、そこに着きました。毎日欠かすことなく通い詰めた、あの扉の前に。
目を瞑ってもその様子は鮮明に思い出すことが出来ます。どんな色をしていて、どんな形で、どんな木目が走っていて、どこに傷があって、どんな感触か。
何故ならここは、扉を開ければ貴方に会える、私にとっての幸せの入口だったから……。
だからここを最後の場所に選びました。
貴方へ繋がるこの扉こそ、貴方への気持ちを諦めるのに相応しい場所だと、そう思ったから。
この扉の向こうの貴方はどんな表情をしているのかと。そう考えてしまう私に、閉まったままで開くことのないこの扉が、もう貴方には手が届かないのだと、そう教えてくれた。
まだ寝ているであろう貴方。その肩を揺する為の手は、もう届かない。
どれだけ時間が経っただろうか。ほんの一瞬だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。縦横無尽に駆け巡っていた思い出の、最後の一欠片が泡のように溶けていきました。
思い残すことはもうありません。想いはもう、この扉の向こうに残してきたから。
だから、そろそろ……終わりにします。
足を揃えて背筋を伸ばし顎を軽く引き、両手を身体の前で軽く重ねます。本当の最後はせめて、私に出来る精一杯で別れを告げようと思います。
そのまま、枝が風に揺られるようにしなやかに背を曲げていき、深く、深く、お辞儀をしました。もう言葉で表現するのも難しい、万感の想いを込めて。
その想いは凝縮された一滴の雫となって固く閉じた私の目から零れ落ち、私の顔を濡らしました……。
0
あなたにおすすめの小説
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私の夫は妹の元婚約者
彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
ぱんだ
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる