手の届かない貴方

蕾々虎々

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思い出しもしなかった

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 お屋敷を後にすると、その足で駅へ向かい、そのまま電車に飛び乗った。
 その道中は何も考えず、ただぼーっと移り変わる窓の外の景色を眺めていた。カタン、カタン、と揺れる身体も、まるで現実感が無かった。

 そして無心むしんで揺られること三時間。久方振りの地元へ帰り着いた。
 地元と言っても両親は既に他界していて、ただ生まれ育った家がある。それだけ。
 昔馴染みの友人は居るが、声を掛けることはせず真っ直ぐ家に向かう。今は、誰とも顔を合わせず独りで居たいから……。

 そうして家へと辿り着いた。一番新しい記憶よりも一層古びた、木造の平家。
 こうして改めて目にすると、毎朝通い詰めたあの場所を嫌でも思い出してしまう。この家ごと一部屋の中に収まってしまいそうな、とても立派なあのお屋敷。
 そして、ここでも実感する。まさしく、住んでいる世界が違ったのだと……。

 力を入れれば丸ごと外れてしまいそうな扉を慎重に開けると、窓から差し込む日の光で辛うじて奥まで見渡せるだけの、薄暗い室内が迎えてくれた。
 記憶の中と物の配置は変わらず、されども全体的に色褪いろあせていて、閑散かんさんとした私の生家。
 薄闇に包まれた部屋の中へと足を踏み入れると、床がギシィ……と音を立てる。あぁ、こんなだったなと過去の記憶がよみがえる。

 そして気付いた。思い出しもしなかったと。
 あの部屋に通っていた毎日。その日々が忙しくて、楽しくて、嬉しくて、そして愛しくて。昔の記憶なんか、欠片も思い出すことが無かったと。
 思い出したくなかったんだと、そう思う。決して不幸せな人生では無かったけれど、こんな場所で産まれ育った私は、あの人とはまるで違うのだと。
 それを、自覚するのが怖かったんだと……。

 ちゃんと考えられたのはそこまでだった。
 長時間固い椅子に座っていた疲労と心の疲労が混ざり合って、身体も頭も、泥を被ったように重い。
 殆ど倒れるようにして、壁際に備え付けられたベッドに歩み寄る。

 埃を被ったシーツを乱暴に剥ぎ取って手近な床に放り投げると、服すら脱がないまま重力に引かれるように、仰向けに倒れ込んだ。
 横になるとすぐ、重石おもしのような眠気が襲い掛かる。既に耐える気力も残っていない私は、そのまま気絶するように眠りに落ちた。
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