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人形師 1
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「今日もお願い、ステラ」
そう言ってこの男、ノアは私にリンゴが5つ入った籠を渡してきた。
私はその籠を受け取り、リンゴをまじまじと見定める。
「うん、いいリンゴだね。
で、今日はどこを直してほしいの?」
「見た通り、右目と左耳、指4本に奥歯が1本だよ。後はその他の傷かな」
言われた箇所に目をやれば、右目は閉じているが紫の痣と滲んだ真っ黒な血でグチャグチャだ。左耳は千切られたと見て取れる。そして指の方は全ての関節がバキバキに折られていると言う、酷い有り様だった。
しかし彼の職業柄…と言うか彼の主の事情によって、酷い時はもっと酷かったりする。首がもげていた時なんてさすがに少し、肝を冷やした。
「ん、任された。
それにしても… 昨日の夜は激しめだったんだね」
そう言うとノアは少し困ったような笑顔で返答する。
「仕方ないよ。
それが主の性癖だからね。昨日は客も大喜びだったから主も褒めてくれたよ。
俺みたいな連中はその性癖を満たす為の玩具でしかない。
そしてそれが俺の存在理由、でしょ?ステラ」
「当たり前でしょ」と素っ気なく返して、ノアを奥の部屋へと通し、隅に置いてある木の椅子に座らせた。
当然の流れとでも言うようにノアは大人しくその椅子に腰掛ける。
そして私は部屋のもう一方に置いてある棚の方まで歩んで行き、その棚の中からいくつかの材料を取り出してノアの元まで運んだ。
「じゃあ、始めるよ」
先ずは右目。
専用の装置で彼の目を開かせて、中を覗き込む。
中は先程も言った通りグチャグチャで、有るはずの眼球はもう跡形もない程に潰されていた。
腰に付けてある道具セットの中からピンセットを選んで取り出し、その眼球であったであろう物体を引きずり出す。その際に聞こえるブチブチッという音にももう慣れた。
それはそのまま横に置いてある皿の上に放り出して作業を続ける。
ドロドロの血を洗い流し、何か物体を突っ込まれたのか、無残にも壊れた中を整えて最後に新しい眼球をはめ込む。
これで目は完成だ。
こういった流れで壊れた各箇所を直していく。
これは手術ではない。麻酔も使わない修整作業だ。
ノアは私が3年前に作り出した人形で、私は人形師である。
人形師は人形を作り出した後、2年間の知識と常識を教え込む期間が与えられて、それを過ぎれば人形の主である依頼主に引き渡すのだ。
が、どうやらその主は特殊性癖の持ち主だったらしい。彼はよく分からない裏のショーだの、主自らに痛めつけられたりでよく私に損傷した身体の修理を頼みに来る。
ちなみにこう言ったケースはよくあるらしい。人権を持たない人形は、裏で働かせる道具に打ってつけだからだ。
しかし依頼内容を見た時点でこうなる事は予測済みだった。
その依頼内容というのは、男で無痛覚のセクサロイド、というものだ。
無痛覚とは痛みを感じない事。
セクサロイドというのは性器が機能するように作られた、性行為専用の人形を意味する。
つまりそういう事だ。
だからこれが彼の宿命。教育時からずっと疑問を抱くな、受け入れろと教え込んできた。
主のいう事が全てである人形にとって、抵抗は最も許されない行為だからだ。
彼は所詮人形であって人間のような生き方は出来ないんだ。
*
「はい、終わり」
「ありがとう。
うん、相変わらずいい腕してるよ。何も問題は感じられない」
指を折り曲げて言うノアに背を向けて道具を片付ける。
「そう、満足したならもう帰って。やる事がまだたくさっ___」
私の言葉を遮ってノアが背後から被さるように抱き付いてきた。
「何のつもり?ノア…」
普段より声のトーンを落としてそう聞いた。
「俺… 主じゃなくてステラがいい…
主は、ステラみたいに暖かい食べ物はくれないし、主は痛い事ばっかりするんだ… それに__」
「ノアッ!
こんな風に作った覚えはない。
これ以上言ったら、もう二度と会わないから」
主に背く事は重罪だ。
そこに製作者の人形師が関わっていたなら尚の事。
少し甘やかし過ぎたらしい。
「ステラはやっぱり… 俺の事が嫌い?ステラにとって俺は、ただの作品なの…?」
悲しげな声が聞こえる。
「当たり前でしょ。あなたは所詮、ただの人形。本来は生物ですらない『物』なの。ただ人間の形を借りて、人間の真似をして生きる事しか出来ない。
何度も教えたはずだよ。
もう離して、店じまいだから」
それだけ吐き捨ててノアを突き放した。
人形に情なんて移してはいけない。
彼らはただの物。
愛した分だけ後で苦しいんだ。
もうあんな思いは懲り懲りだから。
そう言ってこの男、ノアは私にリンゴが5つ入った籠を渡してきた。
私はその籠を受け取り、リンゴをまじまじと見定める。
「うん、いいリンゴだね。
で、今日はどこを直してほしいの?」
「見た通り、右目と左耳、指4本に奥歯が1本だよ。後はその他の傷かな」
言われた箇所に目をやれば、右目は閉じているが紫の痣と滲んだ真っ黒な血でグチャグチャだ。左耳は千切られたと見て取れる。そして指の方は全ての関節がバキバキに折られていると言う、酷い有り様だった。
しかし彼の職業柄…と言うか彼の主の事情によって、酷い時はもっと酷かったりする。首がもげていた時なんてさすがに少し、肝を冷やした。
「ん、任された。
それにしても… 昨日の夜は激しめだったんだね」
そう言うとノアは少し困ったような笑顔で返答する。
「仕方ないよ。
それが主の性癖だからね。昨日は客も大喜びだったから主も褒めてくれたよ。
俺みたいな連中はその性癖を満たす為の玩具でしかない。
そしてそれが俺の存在理由、でしょ?ステラ」
「当たり前でしょ」と素っ気なく返して、ノアを奥の部屋へと通し、隅に置いてある木の椅子に座らせた。
当然の流れとでも言うようにノアは大人しくその椅子に腰掛ける。
そして私は部屋のもう一方に置いてある棚の方まで歩んで行き、その棚の中からいくつかの材料を取り出してノアの元まで運んだ。
「じゃあ、始めるよ」
先ずは右目。
専用の装置で彼の目を開かせて、中を覗き込む。
中は先程も言った通りグチャグチャで、有るはずの眼球はもう跡形もない程に潰されていた。
腰に付けてある道具セットの中からピンセットを選んで取り出し、その眼球であったであろう物体を引きずり出す。その際に聞こえるブチブチッという音にももう慣れた。
それはそのまま横に置いてある皿の上に放り出して作業を続ける。
ドロドロの血を洗い流し、何か物体を突っ込まれたのか、無残にも壊れた中を整えて最後に新しい眼球をはめ込む。
これで目は完成だ。
こういった流れで壊れた各箇所を直していく。
これは手術ではない。麻酔も使わない修整作業だ。
ノアは私が3年前に作り出した人形で、私は人形師である。
人形師は人形を作り出した後、2年間の知識と常識を教え込む期間が与えられて、それを過ぎれば人形の主である依頼主に引き渡すのだ。
が、どうやらその主は特殊性癖の持ち主だったらしい。彼はよく分からない裏のショーだの、主自らに痛めつけられたりでよく私に損傷した身体の修理を頼みに来る。
ちなみにこう言ったケースはよくあるらしい。人権を持たない人形は、裏で働かせる道具に打ってつけだからだ。
しかし依頼内容を見た時点でこうなる事は予測済みだった。
その依頼内容というのは、男で無痛覚のセクサロイド、というものだ。
無痛覚とは痛みを感じない事。
セクサロイドというのは性器が機能するように作られた、性行為専用の人形を意味する。
つまりそういう事だ。
だからこれが彼の宿命。教育時からずっと疑問を抱くな、受け入れろと教え込んできた。
主のいう事が全てである人形にとって、抵抗は最も許されない行為だからだ。
彼は所詮人形であって人間のような生き方は出来ないんだ。
*
「はい、終わり」
「ありがとう。
うん、相変わらずいい腕してるよ。何も問題は感じられない」
指を折り曲げて言うノアに背を向けて道具を片付ける。
「そう、満足したならもう帰って。やる事がまだたくさっ___」
私の言葉を遮ってノアが背後から被さるように抱き付いてきた。
「何のつもり?ノア…」
普段より声のトーンを落としてそう聞いた。
「俺… 主じゃなくてステラがいい…
主は、ステラみたいに暖かい食べ物はくれないし、主は痛い事ばっかりするんだ… それに__」
「ノアッ!
こんな風に作った覚えはない。
これ以上言ったら、もう二度と会わないから」
主に背く事は重罪だ。
そこに製作者の人形師が関わっていたなら尚の事。
少し甘やかし過ぎたらしい。
「ステラはやっぱり… 俺の事が嫌い?ステラにとって俺は、ただの作品なの…?」
悲しげな声が聞こえる。
「当たり前でしょ。あなたは所詮、ただの人形。本来は生物ですらない『物』なの。ただ人間の形を借りて、人間の真似をして生きる事しか出来ない。
何度も教えたはずだよ。
もう離して、店じまいだから」
それだけ吐き捨ててノアを突き放した。
人形に情なんて移してはいけない。
彼らはただの物。
愛した分だけ後で苦しいんだ。
もうあんな思いは懲り懲りだから。
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