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ふと気がつくと、誰かが僕の背中を木の棒で叩いている気がした。いや、僕は本当に叩かれていた。
「お前さんはアラに似てきたな。ワシを足蹴にしおって」
僕はいつの間にか、横になった場所から移動し、キノジイが寝ていた場所に寝ころんでいた。
「あ、ごめんなさい」
僕は飛び上がるようにして、キノジイから遠ざかった。
「こんなに暑くては、顔が蒸れて仕方ないわい」
キノジイはお面の外側から、顔を手で掻いている。それで、かゆみはとれるのだろうか。
「お前さん、ワシのお面を取ろうとはしなかったか?」
僕は「起きていたの?」と聞き返したものの、キノジイはジッと僕の顔を見つめたままだった。
「取ろうと思ったけど、なんか木の面が『取るな』って言っている気がして、やめたんだ。キノジイも、見られたくないから隠しているのに。ごめんなさい」
僕が正直に謝ると、キノジイは木の面をまた手で掻いた。
「ワシの素顔を知っている者はシキの他に、ガンとキン、それとお前さんの父親だけじゃ。ワシはこの三人にはわざと見せた。シキだけは木の面の被り心地を見るために、否応でも見る事になるがな。わざと見せた理由は、何故だかわかるか?」
僕はキノジイの質問に、首を横に振った。
「ワシが必要だと思ったからじゃ。別に意地悪をして、カラや他の村人たちに見せないでいるわけじゃない。ワシが必要だと思ったから見せた。ただそれだけじゃ」
キノジイは少し、寂しそうな口ぶりだった。
「キノジイは、本当はお父さんにも見せたくなかったの?」
僕の問いに、キノジイは「そうじゃな」と肯定した。
「出来れば、誰にも見せたくはない。じゃが、見せなければこの三人は是川の村を守る事が出来ないと思ったから、ワシは見せたんじゃ」
僕はキノジイの話を聞きつつ、村を治めている中心人物の三人に見せたのだろうかと思った。
「カラ、もしかするとお前さんにも見せる時が来るかもしれん」
「え、でもお父さんは酋長で、次の酋長はお兄ちゃんになりそうだから、お兄ちゃんだけに見せるんじゃないの?」
僕の言葉にキノジイは「そうじゃない」と、強い言葉で言った。
「ワシが顔を見せるのは、ワシの過去を話す事じゃ。その過去は陰鬱で、救いようのない体験談じゃ。そのような事を繰り返さないために、ワシは恥を忍んで、今まで三人に語った。ワシの体験談を知るという事は、それだけの『覚悟』と『責任』を、自ら負う事を選んだ者のみだけだ。もし、今まで通り是川の村が平穏なら、ワシは誰にも素顔を見せることなく、生涯を終えるじゃろうな」
僕はキノジイの話を聞き、今までの自分がやって来た『村と村との交流を深めよう』としていた事が頭をよぎり、黙りこんでしまった。
「どうしたんじゃ?」
僕はキノジイの言葉に、ゆっくりと、恐る恐る答えた。
「僕がやろうとしていることって、今までの是川の村を変えようとしているから、是川の平穏を乱すことになるのかな?」
僕の言葉にキノジイは「そうなるかもしれんし、ならないかもしれん」と答えた。
「だからといって、お前さん一人が責任を感じる事は無い。賛成した者たちにも、責任はあるからな」
キノジイは木の棒で地面をひっかきつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「ところでカラ、どうしてお前さんはそんなに悩むことが好きなんじゃ?」
「え、悩んでいる?」
「そうじゃ。入江の人たちが帰った後のお前さんは、何となく力が無いぞ。お前さんがワシの所に来るときは、干しキノコを取りに来るか、何か考え事がある時じゃ。夏になってから何度目じゃ。この前も子供の仕事が終わった後に、ワシの所でキノコを弄繰り回していたじゃないか」
キノジイに言われ、最近の自分の行動を思い起こした。僕は子供の仕事をやっているし、班長の任もしている。子守もするし、石器や土器も造っている。でも、何か物足りなさを感じているのは確かだ。
「なんだか、僕のやることが無くなっちゃったみたいで、キノジイからはつま先立ちをしているみたいだって言われても、僕は何かをしたいって思っちゃうんだ」
正直に自分の本心を吐露すると、キノジイは「はて、おかしなことじゃ」と、僕の顔を覗き込んだ。
「お前さんは、大人たちだけに久慈村近くのドングリやクリの木の維持・管理を任せようとしておるのか。二ツ森にある石も、持って来てくれるのをただ待っておるだけか。他の村には、何の手土産も持たせずにアラやザシなどの大人たちを行かせようとしておるのか?」
キノジイの言葉に、僕は「そんなことは無い」と、すぐに反論した。
「今のお前さんは暑さであまり動けず、体力も大人たちより劣っておる。そんなお前さんが村同士を行き来し、木々の維持・管理が出来るのか?」
僕はキノジイに痛い所を突かれ、黙り込んだ。反論することが出来なかった。
「そろそろ暗くなる頃じゃ。村に帰ったら今一度、自分が出来ることを考えるんじゃ」
キノジイはそのまま歩き出し、自分の家にあがろうとした。
「キノジイ」
「なんじゃ?」
「・・、何でもない」
僕は自分でも、どうしてキノジイの事を呼び止めたのかわからなかった。ただ、キノジイを呼び止めたかったのだ。
「何でもないとはどういう事じゃ。その何でもない事はワシではなく、お前さんの両親やアラにでも聞くといい」
キノジイは一度振り返り、家の中に入っていった。
ふと気がつくと、誰かが僕の背中を木の棒で叩いている気がした。いや、僕は本当に叩かれていた。
「お前さんはアラに似てきたな。ワシを足蹴にしおって」
僕はいつの間にか、横になった場所から移動し、キノジイが寝ていた場所に寝ころんでいた。
「あ、ごめんなさい」
僕は飛び上がるようにして、キノジイから遠ざかった。
「こんなに暑くては、顔が蒸れて仕方ないわい」
キノジイはお面の外側から、顔を手で掻いている。それで、かゆみはとれるのだろうか。
「お前さん、ワシのお面を取ろうとはしなかったか?」
僕は「起きていたの?」と聞き返したものの、キノジイはジッと僕の顔を見つめたままだった。
「取ろうと思ったけど、なんか木の面が『取るな』って言っている気がして、やめたんだ。キノジイも、見られたくないから隠しているのに。ごめんなさい」
僕が正直に謝ると、キノジイは木の面をまた手で掻いた。
「ワシの素顔を知っている者はシキの他に、ガンとキン、それとお前さんの父親だけじゃ。ワシはこの三人にはわざと見せた。シキだけは木の面の被り心地を見るために、否応でも見る事になるがな。わざと見せた理由は、何故だかわかるか?」
僕はキノジイの質問に、首を横に振った。
「ワシが必要だと思ったからじゃ。別に意地悪をして、カラや他の村人たちに見せないでいるわけじゃない。ワシが必要だと思ったから見せた。ただそれだけじゃ」
キノジイは少し、寂しそうな口ぶりだった。
「キノジイは、本当はお父さんにも見せたくなかったの?」
僕の問いに、キノジイは「そうじゃな」と肯定した。
「出来れば、誰にも見せたくはない。じゃが、見せなければこの三人は是川の村を守る事が出来ないと思ったから、ワシは見せたんじゃ」
僕はキノジイの話を聞きつつ、村を治めている中心人物の三人に見せたのだろうかと思った。
「カラ、もしかするとお前さんにも見せる時が来るかもしれん」
「え、でもお父さんは酋長で、次の酋長はお兄ちゃんになりそうだから、お兄ちゃんだけに見せるんじゃないの?」
僕の言葉にキノジイは「そうじゃない」と、強い言葉で言った。
「ワシが顔を見せるのは、ワシの過去を話す事じゃ。その過去は陰鬱で、救いようのない体験談じゃ。そのような事を繰り返さないために、ワシは恥を忍んで、今まで三人に語った。ワシの体験談を知るという事は、それだけの『覚悟』と『責任』を、自ら負う事を選んだ者のみだけだ。もし、今まで通り是川の村が平穏なら、ワシは誰にも素顔を見せることなく、生涯を終えるじゃろうな」
僕はキノジイの話を聞き、今までの自分がやって来た『村と村との交流を深めよう』としていた事が頭をよぎり、黙りこんでしまった。
「どうしたんじゃ?」
僕はキノジイの言葉に、ゆっくりと、恐る恐る答えた。
「僕がやろうとしていることって、今までの是川の村を変えようとしているから、是川の平穏を乱すことになるのかな?」
僕の言葉にキノジイは「そうなるかもしれんし、ならないかもしれん」と答えた。
「だからといって、お前さん一人が責任を感じる事は無い。賛成した者たちにも、責任はあるからな」
キノジイは木の棒で地面をひっかきつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「ところでカラ、どうしてお前さんはそんなに悩むことが好きなんじゃ?」
「え、悩んでいる?」
「そうじゃ。入江の人たちが帰った後のお前さんは、何となく力が無いぞ。お前さんがワシの所に来るときは、干しキノコを取りに来るか、何か考え事がある時じゃ。夏になってから何度目じゃ。この前も子供の仕事が終わった後に、ワシの所でキノコを弄繰り回していたじゃないか」
キノジイに言われ、最近の自分の行動を思い起こした。僕は子供の仕事をやっているし、班長の任もしている。子守もするし、石器や土器も造っている。でも、何か物足りなさを感じているのは確かだ。
「なんだか、僕のやることが無くなっちゃったみたいで、キノジイからはつま先立ちをしているみたいだって言われても、僕は何かをしたいって思っちゃうんだ」
正直に自分の本心を吐露すると、キノジイは「はて、おかしなことじゃ」と、僕の顔を覗き込んだ。
「お前さんは、大人たちだけに久慈村近くのドングリやクリの木の維持・管理を任せようとしておるのか。二ツ森にある石も、持って来てくれるのをただ待っておるだけか。他の村には、何の手土産も持たせずにアラやザシなどの大人たちを行かせようとしておるのか?」
キノジイの言葉に、僕は「そんなことは無い」と、すぐに反論した。
「今のお前さんは暑さであまり動けず、体力も大人たちより劣っておる。そんなお前さんが村同士を行き来し、木々の維持・管理が出来るのか?」
僕はキノジイに痛い所を突かれ、黙り込んだ。反論することが出来なかった。
「そろそろ暗くなる頃じゃ。村に帰ったら今一度、自分が出来ることを考えるんじゃ」
キノジイはそのまま歩き出し、自分の家にあがろうとした。
「キノジイ」
「なんじゃ?」
「・・、何でもない」
僕は自分でも、どうしてキノジイの事を呼び止めたのかわからなかった。ただ、キノジイを呼び止めたかったのだ。
「何でもないとはどういう事じゃ。その何でもない事はワシではなく、お前さんの両親やアラにでも聞くといい」
キノジイは一度振り返り、家の中に入っていった。
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