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サキSide 6
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サキSide 6
1
是川から交易品を携えた人たちがやって来た。その中に、やはりカラの姿はなく、わかっていながらも、残念な気持ちは抑えられなかった。
一緒に来た子供は三人で、二人はマオとカオという双子の兄弟だ。入江では双子の兄弟が無事に育った事を覚えている人はおらず、この周辺の村でも聞いた事はなかった。そのため、二人は見世物のようにジロジロと見られ、最初は居心地が悪そうにしていた。
しかし、誰が言ったかはわからないけど、『どっちが兄で、どっちが弟なの?』という質問を契機に、私たち入江の人を巻き込んだ論争となった。
二人の顔や性格は似ているといっても、よく見れば違いが分かり、並べてから観察すれば違いはさらにはっきりと分かるだろう。だが、『どちらが兄で、どちらが弟か?』という問題の解決にはならなかった。
「聞いた話だと、最初に母親の腹から産まれた子を兄とするらしいぞ」
ヌイさんの言葉を聞き、マオとカオは『自分が産まれた瞬間』を思い出そうと頭をひねっていた。
そこに他の子らも集まり、自分がお母さんのお腹から出た瞬間を覚えていないかを考え始めた。私は覚えてなどいないし、弟も覚えていなかった。
考えるだけ無駄だという結論に至る前に、3歳の男の子が「僕覚えているよ。川に流されたみたいだった」と言い出したのだ。
それから他の小さな子供たちも「太陽が降ってきた」「海の中にいるみたいだった」「お母さんのお腹の中にいた時から、お父さんの声が聞こえていた」等と言い始め、皆が困惑した。
「嘘をついているのかしら?」
私は疑いながら呟いたが、小さな子供たちの目は真剣であり、皆を揶揄しようと考えていないことは明白であった。
「お姉ちゃん、どうして僕たちは覚えていないのかな?」
弟の質問に私は答えられず、近くにいた村一番の物知りのエイさんに尋ねた。
「私は覚えているよ。ただ、昔は覚えていなかったねぇ」
エイさんはよくわからない事を言った。
「昔は覚えていなかったって事は、忘れていたんですか?」
弟の質問にエイさんは「忘れていたんじゃない。思い出さないようにしていたんだと、私は思う」と、さらにわからない事を言いだした。
「私が思うに、赤ん坊は母親のお腹にいる時が一番幸せだった。母親に守られ、母親の食べたご飯を食べて生きている。でも、一度この世界に生まれ落ちればそうはいかない。暑い夏や寒い冬に身体は蝕まれ、お腹も満たされないことがある。そんな時に『母親のお腹の中に還りたい』なんて考えては生きていけない。だから、少しずつ忘れていって当然なのよ」
私はエイさんの話に納得したような、していないような気分になった。
「でも、どうしてエイさんは覚えている、思い出したんですか?」
弟が尋ね、エイさんは自分のしわだらけの手と震える指先を見ながら、悲しげに口を開いた。
「小さな子供も成長すれば、自分で生きることが出来るようになる。だから、母親のお腹にいた時の事を忘れても生きていける。だけど、私みたいないつ死ぬかもわからないお婆ちゃんは、自分だけで生きていくことが出来ない。そう思った時、ふと思い出したんだ。死んでも、私はまた還るところがあると」
エイさんは元気な子供たちを眺めていても、目の奥の悲しげな光は消えなかった。私はエイさんの震える手先に、そっと手をやった。
「どっちが先でも、産まれればみんな同じだと思うんだけどねぇ」
エイさんはさらに「生まれる場所も、死ぬ場所も同じ」と呟き、ただ元気な子供たちを眺め続けた。
2
私は弟にエイさんを任せ、是川から来た人たちを宿泊所に案内した。同行してきた子供はマオとカオの他に、ミイという女の子だった。私はてっきりナホさんが来るものだと思っていたのだが、ナホさんが遠慮したらしい。「他の女の子も見た方が、自分と違う考えで装飾品を造れると思うからって、私に譲ってくれたの」
話をよく聞くと、ナホさんは自分の好みの装飾品を造ろうとしすぎて、気に入らない貝は全部小屋に仕舞い込んでしまっていたらしい。それを、他の子供から文句を言われ、自分と違った目線を持っている、この女の子に行かせることにしたそうだ。
皆を宿泊所に案内した後、一人の大人の男性に声をかけられた。一瞬、私はジンさんかと思ったけど、お兄さんの方だった。
「俺がカラからの伝言を受け取っているけど、今からいいかい?」
私は是川からの人たちを軽くもてなしている父に確かめてから、ザシと名乗ったジンさんのお兄さんを家に連れて行った。
家には弟が一人でおり、土器の中身を手で掻きまわしていた。
「お姉ちゃんおかえり。その人は、どこかで会った気がしますけど?」
弟の言葉にザシさんは「それは弟の方だと思うよ。よく覚えていたね」と言い、弟は四年前にお兄さんのジンさんに会ったことを思い出した。
「カラからの伝言を持っているんだけど、今言っても大丈夫かな?」
何故か、ザシさんは不安げな顔つきをしており、弟もそれに気がつき「カラに、何かあったんですか?」と、不安げな声を出した。
「いや、カラは元気だ。ただ、カラの伝言をそのまま君に話すと、君が傷つくかもしれないと俺は思っているんだ。カラは『レイなら大丈夫です』って言っていたんだけど・・」
ザシさんの言葉は歯切れが悪く、とても言い辛そうにしていた。その目線の先には、弟の力のない両足があった。
「僕なら大丈夫です。カラから何を言われても気にしませんし、酷い言葉だとしても、きっと何か意味のある言葉だと思います」
弟の言葉に促され、ようやくザシさんは口を開いた。
「カラは『次に会うときは、立派な子供になって会いに行く』って言っていたよ」
私はザシさんの言葉を聞いて、カラはどう思ってそのような言葉を選んだのか腑に落ちなかった。何故なら、カラは大人がやる様な仕事をやり、『子供』から『大人』になろうとしていたからだ。
私が弟の方を見ると、弟も考え込むような顔をし、ザシさんに向かって口を開いた。
「カラは、今何をしていますか?」
弟の質問に、ザシさんは「えーと、ほとんど子供の仕事しかしていないな。去年と違ってあまり遠出もしないし、小さな子供の面倒を見たり、俺から見るとなんだか大人しくなった気がする」と答えた。
私は『カラにどういう心境の変化があったんだろう』と考えたけど、弟は何かに気がついたように、「わかりました」と短く答えた。
「レイ、何かわかったの?」
私が弟に尋ねると、弟は「カラは、たぶん自分の限界に気がついて、やり直そうとしているんだよ」と答えた。
「やり直す?」
私とザシさんの言葉は重なり、二人で弟の顔を見た。
「僕も上手く言えないけど、カラは出来ない事までやろうとしている気がしたんだ。他の子供と違う事をやっているけど、カラは子供であることには変わりはなくて、このままだと、子供の仕事を覚えられないまま大人になってしまうと思ったんだ。だから、『立派な子供になる』って言ったんだと思う」
弟が話し終えると、ザシさんは「なるほど」と呟いた。
「ジンも言っていたな。カラは子供なのに、子供らしくない事をやっていることがあるって」
私もそれを聞いて、弟とカラが喧嘩をした時の事を思い出した。その時のカラは、まるで大人の仕事を、子供の自分がやってのけたという優越感もある事ながら、無理をしているようにも感じた。
「カラは僕と違うけど、同じことを考えていたんだ」
「レイ、同じ事って何かしら?」
「うん、僕もカラも、何て言うか、自分が生きている事に罪悪感を勝手に持っていたんだ。それで、去年ずっと話をして、そんなものは必要ないって互いに確認したんだ。でも、やっぱり何かをしなくちゃいけないって思いがあって、カラは頑張りすぎていて、それに気がついたからこそ『立派な子供になる』って決心したんだ。だから、次は僕も決心しないといけないんだ」
弟の言葉は強かったけど、どこか悲し気なところを隠せずにいた。
「たぶん、僕の足は良くならない。なら、それを受け入れながら子供の仕事をして、大人の仕事をしなくちゃいけないんだ」
弟は自分の足を撫でている。熱さや痛みの感覚はあるようだが、自分の意思では全く動かない。
「大人の仕事って、何をするんだ?」
ザシさんが私の聞きづらい事を、弟に尋ねてきた。私も知りたかったけど、弟を傷つけけそうで、怖くて聞けなかった言葉だ。
「僕は石器を造って、矢を造って、土器も造れる。みんなに支えてもらわなくちゃ出来ない事も多いけど、僕は自分で『立派な子供』になるって決心して、大人にならないといけないんだ」
カラからの伝言は、弟にとって残酷な一面を見せていた。でも、これはカラだから言えることなのだ。互いに自分の本心を語り合い、遠くに離れていても、どこか心で繋がっているからこそ、この言葉を伝えたのだ。
「えーと、ザシさん。有り難うございます。ザシさんも、僕に伝えるのは何だか難しかったと思います」
弟が言うと、ザシさんは顔を掻きつつ「実は、俺も同じなんだよ」と言った。
「俺は昔、船を転覆させて女性を死なせてしまったんだ。それで、ずっと罪悪感を抱いていて、自分から何かを提案するのが怖くて、裏方の仕事ばかりやっていたんだ。弟や両親の言葉も無視してな。でも、カラを見ていたら自分がさらに情けなくなって、そんな風にカラを成長させたのは弟で、俺は初めて弟に殴りかかったよ。自分が情けないのか、もう何もわからなくなってな。そこで初めて、俺は自分の感情を吐露して、少しは自分で考えて物事を行おうって決めたんだ」
ザシさんは恥ずかし気に言い、「俺にもカラみたいな友人が欲しかったよ」と言った。
私は是川に行った時に、ザシさんの弟のジンさんから、同じことを聞いた。ジンさんの思いはザシさんに届いていたんだと思い、何だか嬉しくなった。
「喧嘩はいけないことですけど、たまにはした方がいいかもしれませんね。僕も、カラと喧嘩をしてから、自分の考えが変わりましたし」
「そうだな。ただ、殴り合いはよした方がいいかもな。抜歯の時よりも痛い思いをすることがあるからな」
ザシさんは笑いつつも、自分の額を触った。おそらく、そこを殴られたのだろう。
「じゃあ、カラからの言葉を伝えたからな。帰るまでに、何かあったらまた言ってくれ」
ザシさんはそう言い残し、家から出て行った。それと入れ替わるように、父が帰ってきた。
「何の話をしていたんだ?」
父の言葉に弟は「子供は子供でいて、大人にならなくちゃいけないって話だよ」と言い、父を混乱させた。
3
次の日から、マオとカオはレイの石器に目をやって「これがカラさんの見本となった石器か」と口を揃えて言い、トウやハムやムウ、レイより1歳下のユウを連れてきて、石器を使わせてくれるよう頼んできた。
「いいよ」
弟は拒否するそぶりも見せず、石器を磨き続けている。
「レイさんは来ないんですか?」
「レイさんも来ないと、石器もどう改良したらいいかわからないんじゃないですか?」
マオとカオは口を揃えて言い、レイが「後から聞かせてもらえばいいよ」と言っても、「造った人が、一番使い方を知っているってカラさんが言っていましたよ」と言い、自分よりも身体の大きい弟を、二人で抱えるようにして運び出そうとした。
「ちょっと、それじゃあ落ちちゃうわよ」
私が注意すると、二人は「じゃあ、籠に入れて行こうよ」「僕が大きくて丈夫なのを借りてくるよ」と言い、弟や私の言う事はお構いなしに行動し始めた。それを見ていたトウは「何だか大人は僕たちの村と変わらないけど、子供は特徴的な気がするよ」と苦笑した。
「きっと、カラの影響かもしれませんね」
地面に落とされたような形となった弟は怒りもせず、ただ二人を見て笑っていた。
「いいなぁ。僕も是川に行ってみたいな」
年下のユウが羨ましそうに言ったものの、ハムがユウの頭に手をやった。
「影響を受けすぎるなよ?」
ハムがユウに注意したものの、結局弟は籠に入れられて、子供たちと一緒に狩りをすることになった。弟は見ているだけだったが、改めて自分の石器がどういう風に使われているのかを見た。
「あんなんじゃ、逃げられても仕方ないよ」
狩りが終わった後、弟は口を尖らせながら欠けた石器を磨き直した。ただ、その声は怒ってはおらず、むしろ楽し気であった。
私はと言うと、ナホさんの代わりに来たというミイと話をした。
「ナホさんは自分の気に入った事しかやらないんですよ。大きい貝じゃなくて、小さな貝をたくさん使った方がいいと思いませんか?」
私はミイに同意しつつも、ナホさんとは違う強さを彼女から感じた。
ミイは数日の間で、私と一緒に小さな貝の装飾品を造り上げた。
「ほら、これならどこの村の人も気に入ると思いますよ!」
ミイは大きな声で笑っていたけど、目の下の隈は隠せていなかった。ミイはほとんど寝ないで造り上げた。それを私も手伝ったため、互いに寝不足であった。
最後の夜に、私が作ったドロドロとした何かを振る舞った。入江の人たちは「慣れると臭いと感じなくなるな」と言っていたが、是川の人たちからすると、やはり臭いみたいだった。
「僕は無理」
「僕は美味しい」
マオとカオが二人揃って言い、ミイが「美味しいと思った方が、お兄ちゃんじゃないの?」と揶揄ったことによって、また二人の争いが起き、その様子を肴にするように、誰かが歌ったりして囃し立て、賑やかな夜になった。
「僕も、こんな子供たちがいる是川に行ってみたいな」
弟が小さな声で呟き、私は聞こえていなかったふりをした。どう答えていいかわからず、弟も本心で言っていたのかわからなかったからだ。
でも、もし本当に弟が是川に行きたいと言うならば、私は全力で応援しよう。そう思った。
1
是川から交易品を携えた人たちがやって来た。その中に、やはりカラの姿はなく、わかっていながらも、残念な気持ちは抑えられなかった。
一緒に来た子供は三人で、二人はマオとカオという双子の兄弟だ。入江では双子の兄弟が無事に育った事を覚えている人はおらず、この周辺の村でも聞いた事はなかった。そのため、二人は見世物のようにジロジロと見られ、最初は居心地が悪そうにしていた。
しかし、誰が言ったかはわからないけど、『どっちが兄で、どっちが弟なの?』という質問を契機に、私たち入江の人を巻き込んだ論争となった。
二人の顔や性格は似ているといっても、よく見れば違いが分かり、並べてから観察すれば違いはさらにはっきりと分かるだろう。だが、『どちらが兄で、どちらが弟か?』という問題の解決にはならなかった。
「聞いた話だと、最初に母親の腹から産まれた子を兄とするらしいぞ」
ヌイさんの言葉を聞き、マオとカオは『自分が産まれた瞬間』を思い出そうと頭をひねっていた。
そこに他の子らも集まり、自分がお母さんのお腹から出た瞬間を覚えていないかを考え始めた。私は覚えてなどいないし、弟も覚えていなかった。
考えるだけ無駄だという結論に至る前に、3歳の男の子が「僕覚えているよ。川に流されたみたいだった」と言い出したのだ。
それから他の小さな子供たちも「太陽が降ってきた」「海の中にいるみたいだった」「お母さんのお腹の中にいた時から、お父さんの声が聞こえていた」等と言い始め、皆が困惑した。
「嘘をついているのかしら?」
私は疑いながら呟いたが、小さな子供たちの目は真剣であり、皆を揶揄しようと考えていないことは明白であった。
「お姉ちゃん、どうして僕たちは覚えていないのかな?」
弟の質問に私は答えられず、近くにいた村一番の物知りのエイさんに尋ねた。
「私は覚えているよ。ただ、昔は覚えていなかったねぇ」
エイさんはよくわからない事を言った。
「昔は覚えていなかったって事は、忘れていたんですか?」
弟の質問にエイさんは「忘れていたんじゃない。思い出さないようにしていたんだと、私は思う」と、さらにわからない事を言いだした。
「私が思うに、赤ん坊は母親のお腹にいる時が一番幸せだった。母親に守られ、母親の食べたご飯を食べて生きている。でも、一度この世界に生まれ落ちればそうはいかない。暑い夏や寒い冬に身体は蝕まれ、お腹も満たされないことがある。そんな時に『母親のお腹の中に還りたい』なんて考えては生きていけない。だから、少しずつ忘れていって当然なのよ」
私はエイさんの話に納得したような、していないような気分になった。
「でも、どうしてエイさんは覚えている、思い出したんですか?」
弟が尋ね、エイさんは自分のしわだらけの手と震える指先を見ながら、悲しげに口を開いた。
「小さな子供も成長すれば、自分で生きることが出来るようになる。だから、母親のお腹にいた時の事を忘れても生きていける。だけど、私みたいないつ死ぬかもわからないお婆ちゃんは、自分だけで生きていくことが出来ない。そう思った時、ふと思い出したんだ。死んでも、私はまた還るところがあると」
エイさんは元気な子供たちを眺めていても、目の奥の悲しげな光は消えなかった。私はエイさんの震える手先に、そっと手をやった。
「どっちが先でも、産まれればみんな同じだと思うんだけどねぇ」
エイさんはさらに「生まれる場所も、死ぬ場所も同じ」と呟き、ただ元気な子供たちを眺め続けた。
2
私は弟にエイさんを任せ、是川から来た人たちを宿泊所に案内した。同行してきた子供はマオとカオの他に、ミイという女の子だった。私はてっきりナホさんが来るものだと思っていたのだが、ナホさんが遠慮したらしい。「他の女の子も見た方が、自分と違う考えで装飾品を造れると思うからって、私に譲ってくれたの」
話をよく聞くと、ナホさんは自分の好みの装飾品を造ろうとしすぎて、気に入らない貝は全部小屋に仕舞い込んでしまっていたらしい。それを、他の子供から文句を言われ、自分と違った目線を持っている、この女の子に行かせることにしたそうだ。
皆を宿泊所に案内した後、一人の大人の男性に声をかけられた。一瞬、私はジンさんかと思ったけど、お兄さんの方だった。
「俺がカラからの伝言を受け取っているけど、今からいいかい?」
私は是川からの人たちを軽くもてなしている父に確かめてから、ザシと名乗ったジンさんのお兄さんを家に連れて行った。
家には弟が一人でおり、土器の中身を手で掻きまわしていた。
「お姉ちゃんおかえり。その人は、どこかで会った気がしますけど?」
弟の言葉にザシさんは「それは弟の方だと思うよ。よく覚えていたね」と言い、弟は四年前にお兄さんのジンさんに会ったことを思い出した。
「カラからの伝言を持っているんだけど、今言っても大丈夫かな?」
何故か、ザシさんは不安げな顔つきをしており、弟もそれに気がつき「カラに、何かあったんですか?」と、不安げな声を出した。
「いや、カラは元気だ。ただ、カラの伝言をそのまま君に話すと、君が傷つくかもしれないと俺は思っているんだ。カラは『レイなら大丈夫です』って言っていたんだけど・・」
ザシさんの言葉は歯切れが悪く、とても言い辛そうにしていた。その目線の先には、弟の力のない両足があった。
「僕なら大丈夫です。カラから何を言われても気にしませんし、酷い言葉だとしても、きっと何か意味のある言葉だと思います」
弟の言葉に促され、ようやくザシさんは口を開いた。
「カラは『次に会うときは、立派な子供になって会いに行く』って言っていたよ」
私はザシさんの言葉を聞いて、カラはどう思ってそのような言葉を選んだのか腑に落ちなかった。何故なら、カラは大人がやる様な仕事をやり、『子供』から『大人』になろうとしていたからだ。
私が弟の方を見ると、弟も考え込むような顔をし、ザシさんに向かって口を開いた。
「カラは、今何をしていますか?」
弟の質問に、ザシさんは「えーと、ほとんど子供の仕事しかしていないな。去年と違ってあまり遠出もしないし、小さな子供の面倒を見たり、俺から見るとなんだか大人しくなった気がする」と答えた。
私は『カラにどういう心境の変化があったんだろう』と考えたけど、弟は何かに気がついたように、「わかりました」と短く答えた。
「レイ、何かわかったの?」
私が弟に尋ねると、弟は「カラは、たぶん自分の限界に気がついて、やり直そうとしているんだよ」と答えた。
「やり直す?」
私とザシさんの言葉は重なり、二人で弟の顔を見た。
「僕も上手く言えないけど、カラは出来ない事までやろうとしている気がしたんだ。他の子供と違う事をやっているけど、カラは子供であることには変わりはなくて、このままだと、子供の仕事を覚えられないまま大人になってしまうと思ったんだ。だから、『立派な子供になる』って言ったんだと思う」
弟が話し終えると、ザシさんは「なるほど」と呟いた。
「ジンも言っていたな。カラは子供なのに、子供らしくない事をやっていることがあるって」
私もそれを聞いて、弟とカラが喧嘩をした時の事を思い出した。その時のカラは、まるで大人の仕事を、子供の自分がやってのけたという優越感もある事ながら、無理をしているようにも感じた。
「カラは僕と違うけど、同じことを考えていたんだ」
「レイ、同じ事って何かしら?」
「うん、僕もカラも、何て言うか、自分が生きている事に罪悪感を勝手に持っていたんだ。それで、去年ずっと話をして、そんなものは必要ないって互いに確認したんだ。でも、やっぱり何かをしなくちゃいけないって思いがあって、カラは頑張りすぎていて、それに気がついたからこそ『立派な子供になる』って決心したんだ。だから、次は僕も決心しないといけないんだ」
弟の言葉は強かったけど、どこか悲し気なところを隠せずにいた。
「たぶん、僕の足は良くならない。なら、それを受け入れながら子供の仕事をして、大人の仕事をしなくちゃいけないんだ」
弟は自分の足を撫でている。熱さや痛みの感覚はあるようだが、自分の意思では全く動かない。
「大人の仕事って、何をするんだ?」
ザシさんが私の聞きづらい事を、弟に尋ねてきた。私も知りたかったけど、弟を傷つけけそうで、怖くて聞けなかった言葉だ。
「僕は石器を造って、矢を造って、土器も造れる。みんなに支えてもらわなくちゃ出来ない事も多いけど、僕は自分で『立派な子供』になるって決心して、大人にならないといけないんだ」
カラからの伝言は、弟にとって残酷な一面を見せていた。でも、これはカラだから言えることなのだ。互いに自分の本心を語り合い、遠くに離れていても、どこか心で繋がっているからこそ、この言葉を伝えたのだ。
「えーと、ザシさん。有り難うございます。ザシさんも、僕に伝えるのは何だか難しかったと思います」
弟が言うと、ザシさんは顔を掻きつつ「実は、俺も同じなんだよ」と言った。
「俺は昔、船を転覆させて女性を死なせてしまったんだ。それで、ずっと罪悪感を抱いていて、自分から何かを提案するのが怖くて、裏方の仕事ばかりやっていたんだ。弟や両親の言葉も無視してな。でも、カラを見ていたら自分がさらに情けなくなって、そんな風にカラを成長させたのは弟で、俺は初めて弟に殴りかかったよ。自分が情けないのか、もう何もわからなくなってな。そこで初めて、俺は自分の感情を吐露して、少しは自分で考えて物事を行おうって決めたんだ」
ザシさんは恥ずかし気に言い、「俺にもカラみたいな友人が欲しかったよ」と言った。
私は是川に行った時に、ザシさんの弟のジンさんから、同じことを聞いた。ジンさんの思いはザシさんに届いていたんだと思い、何だか嬉しくなった。
「喧嘩はいけないことですけど、たまにはした方がいいかもしれませんね。僕も、カラと喧嘩をしてから、自分の考えが変わりましたし」
「そうだな。ただ、殴り合いはよした方がいいかもな。抜歯の時よりも痛い思いをすることがあるからな」
ザシさんは笑いつつも、自分の額を触った。おそらく、そこを殴られたのだろう。
「じゃあ、カラからの言葉を伝えたからな。帰るまでに、何かあったらまた言ってくれ」
ザシさんはそう言い残し、家から出て行った。それと入れ替わるように、父が帰ってきた。
「何の話をしていたんだ?」
父の言葉に弟は「子供は子供でいて、大人にならなくちゃいけないって話だよ」と言い、父を混乱させた。
3
次の日から、マオとカオはレイの石器に目をやって「これがカラさんの見本となった石器か」と口を揃えて言い、トウやハムやムウ、レイより1歳下のユウを連れてきて、石器を使わせてくれるよう頼んできた。
「いいよ」
弟は拒否するそぶりも見せず、石器を磨き続けている。
「レイさんは来ないんですか?」
「レイさんも来ないと、石器もどう改良したらいいかわからないんじゃないですか?」
マオとカオは口を揃えて言い、レイが「後から聞かせてもらえばいいよ」と言っても、「造った人が、一番使い方を知っているってカラさんが言っていましたよ」と言い、自分よりも身体の大きい弟を、二人で抱えるようにして運び出そうとした。
「ちょっと、それじゃあ落ちちゃうわよ」
私が注意すると、二人は「じゃあ、籠に入れて行こうよ」「僕が大きくて丈夫なのを借りてくるよ」と言い、弟や私の言う事はお構いなしに行動し始めた。それを見ていたトウは「何だか大人は僕たちの村と変わらないけど、子供は特徴的な気がするよ」と苦笑した。
「きっと、カラの影響かもしれませんね」
地面に落とされたような形となった弟は怒りもせず、ただ二人を見て笑っていた。
「いいなぁ。僕も是川に行ってみたいな」
年下のユウが羨ましそうに言ったものの、ハムがユウの頭に手をやった。
「影響を受けすぎるなよ?」
ハムがユウに注意したものの、結局弟は籠に入れられて、子供たちと一緒に狩りをすることになった。弟は見ているだけだったが、改めて自分の石器がどういう風に使われているのかを見た。
「あんなんじゃ、逃げられても仕方ないよ」
狩りが終わった後、弟は口を尖らせながら欠けた石器を磨き直した。ただ、その声は怒ってはおらず、むしろ楽し気であった。
私はと言うと、ナホさんの代わりに来たというミイと話をした。
「ナホさんは自分の気に入った事しかやらないんですよ。大きい貝じゃなくて、小さな貝をたくさん使った方がいいと思いませんか?」
私はミイに同意しつつも、ナホさんとは違う強さを彼女から感じた。
ミイは数日の間で、私と一緒に小さな貝の装飾品を造り上げた。
「ほら、これならどこの村の人も気に入ると思いますよ!」
ミイは大きな声で笑っていたけど、目の下の隈は隠せていなかった。ミイはほとんど寝ないで造り上げた。それを私も手伝ったため、互いに寝不足であった。
最後の夜に、私が作ったドロドロとした何かを振る舞った。入江の人たちは「慣れると臭いと感じなくなるな」と言っていたが、是川の人たちからすると、やはり臭いみたいだった。
「僕は無理」
「僕は美味しい」
マオとカオが二人揃って言い、ミイが「美味しいと思った方が、お兄ちゃんじゃないの?」と揶揄ったことによって、また二人の争いが起き、その様子を肴にするように、誰かが歌ったりして囃し立て、賑やかな夜になった。
「僕も、こんな子供たちがいる是川に行ってみたいな」
弟が小さな声で呟き、私は聞こえていなかったふりをした。どう答えていいかわからず、弟も本心で言っていたのかわからなかったからだ。
でも、もし本当に弟が是川に行きたいと言うならば、私は全力で応援しよう。そう思った。
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