侯爵様と家庭教師

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9 仕立て屋

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 約三週間ぶりにロンドンに戻る日は、出発した日のような悪天候ではなく、遅れもなく無事に辿り着けた。

「ミス・エレノア・ホワイト」

 別に歩けない距離でもないのだが、ちょっと贅沢をして辻馬車でも拾うかな、と駅を出てから考えていると、声をかけられた。

「こちらです、ミス・ホワイト」

「バーネットさん?」

 声のした方を振り返ると、マシューの従者であるバーネットが立っていた。
 律儀な彼は、実家に関わりのある誰かに聞き咎められることを避ける為か、リュネットの偽名を呼んでくれている。彼の主人とは大違いだ。

「お迎えに上がりました。どうぞ」

 そう言って自分の後ろに停めてあった馬車を示す。

(迎えはいらないと言っておいたのに……)

 いつもいつもリュネットの意見は無視される。少々憤慨しながらも、指示されてやって来ただけのバーネットには罪はないし、邪険にするほどには失礼なことをするつもりもないので、大人しく彼の示す侯爵家の馬車に乗り込んだ。

「お帰り、レディ・リュネット」

 あまりの驚きに悲鳴を上げそうになる。思わず仰け反ってよろけると、中にいたマシューに腕を引かれ、倒れ込むようにして座席に座らされた。

「大丈夫ですか、ミス・ホワイト?」

 あとから乗って来たバーネットが驚いて尋ねるが、それどころではない。
 何故ここにいるのだ、と問いたくなるが、あまりの驚きに上手く声が出ない。そんなリュネットの様子を見ていたマシューはにっこりと微笑み、バーネットが座ると同時に馬車を出すように指示した。

「屋敷に戻る前に寄るところがあるんだ。付き合ってもらうよ」

 嫌と言っても連れて行くに決まっている。反論するだけ無駄だと知っているので、リュネットは黙っていた。

(貴族って、よっぽどお暇なのね)

 妹の頼みで人探しをした上に迎えに来たり、わざわざ領地まで送ってくれたり、また迎えに来たり、とリュネット如きに随分と構ってくる。暇を持て余しているとしか思えない。
 そうこうしているうちに馬車は商店の並ぶリージェント通りストリートの路地に入り、一軒の店舗の前に停まった。
 促されて降りると、そこは仕立て屋のようだった。

「お待ちしておりました、カートランド侯爵様」

 店のドアを開けると女店主が笑顔で迎え、マシューとリュネットを奥へと招き入れる。

「お待ちの方がいらっしゃいましたよ、レディ・マーガレット」

 大きな姿見の前で試着していた女性に店員が声をかけると、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて振り返った。
 そこにいたのは婚礼衣装の最終調整をしているメグだった。

「まあ、メグ! なんて綺麗なの……」

 親友の晴れ姿に思わず言葉を失った。綺麗という言葉以外が出て来ない。
 デザイン画を見たときも素敵だとは思っていたが、レースはたっぷりと使いつつも胸元や袖のボリュームを抑えて全体的にすっきりとさせたデザインは、すらりと背の高いメグにとても似合っている。

「あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ、リュヌ。……まあ、泣かないで。どうしたの?」

「あんまり綺麗だから、感動してしまって……」

 メグがとても幸せそうな様子にも胸が詰まり、涙が溢れてくる。
 泣き虫ね、とメグが微笑んでいると、店員がハンカチを差し出してくれた。申し訳なく思いつつも有難く使わせてもらい、滲みを取り除いた視界で改めてメグの姿を見る。彼女はやはり綺麗だった。

「とても素敵よ、メグ。こんなに綺麗な花嫁さんを迎えられるなんて、ヘンリーさんは世界で一番の幸せ者ね」

「ふふ。どうかしらね」

 調整確認は終わったらしく、脱いでしまうから待っていてね、と言われて試着室から外へ出ると、そこには先程の女店主が待ち構えていて、メグが使っている試着室の隣の部屋に何故かリュネットを押し込んだ。

「あの……?」

「まずはこちらのドレスのご試着をお願い致しますわ、お嬢様」

 戸惑っているリュネットの前に淡いラベンダー色のドレスが差し出される。
 どういうことか、と悩むよりも早く、手伝いの店員達がぞろぞろと入って来て、リュネットの服を脱がせにかかった。抵抗する間もなく着ていたものを下着以外すべて剥ぎ取られ、胸を押し潰すように締めていたコルセットも正しい形に締め直される。
 あれよあれよという間にラベンダー色のドレスへと着替えが終わり、試着室の前で待つメグとマシューの許へ連れて行かれた。

「あら、素敵。すごく似合っているわ」

 困惑しながら二人の前に立つと、メグが意外そうな口調で感想を述べた。

「リュヌ、どう?」

「え、ええ……素敵なドレスね」

 こういう色のドレスはあまり着たことがないので、少し落ち着かない。
 デザインはメグが試着していた婚礼衣装に何処となく似ているようなのが、ほんの少しだけ気にかかる。

「気に入ったみたいよ、お兄様。よかったわね」

 脇のあたりが仮縫いどころか待ち針で留められているような状態なので、どう動けばいいのか気になってぎこちなく見回していると、襟許を軽く直してくれながらメグがマシューに声をかける。何故そこで彼に声をかけるのか、と怪訝に思って顔を上げると、椅子に腰かけたマシューはにっこりと満足気な笑みを浮かべていた。

「このまま仕上げてくれ、マダム・ミレーユ」

 様子を窺っていた女店主に声をかけると、彼女は「畏まりました」と答えてリュネットに試着室へ戻るように告げる。
 わけがわからないままカーテンの中に戻り、サイズを合わせて仮留めするから少し待ってくれ、と言われ、指示されたようにリュネットは腕を上げたり下げたりした。なにがなんだか本当にわからない。

「お胸が豊かな方だと伺っていたので、胸周りだけ仮縫いもまだだったんです。布が足りてよかったですわ」

 女店主はにこにこと微笑みながら、リュネットの体型に合わせて補正しつつ仮糸を縫いつけていく。誰にそんなことを聞いたんだ、と尋ねたくなったが、そんなことを言うのは彼しかいないだろう。恥ずかしさが込み上げてきて思わず真っ赤になる。

 ようやく仮縫いが終わって脱ぐと、今度は濃い青のドレスを差し出された。

「次はこちらのご試着をお願い致しますね」

 またか、とうんざりする時間も与えられず、これまた同じように寄って集って着つけられ、再び試着室の前で待つ兄妹の前に引き立てられた。
 今度のドレスはデコルテラインの強調されたドレスで、明らかに夜会用のものだ。着ていたのが普段着用の下着の為にサイズが合わずに胸許から少し覗いているし、コンプレックスでもある胸を強調するように襟刳りが深く開いているのが気になり、思わず胸許を手で隠していると、メグが近寄って来てその手を抑え、まじまじと眺めた。

「胸のラインが綺麗に見えるデザインだと思うけれど……リュヌには少し大人っぽ過ぎるのではなくて? お兄様」

「そうかな。僕はいいと思うけど」

「だって、リュヌも落ち着かないようだわ。ねえ?」

「ええ……」

 着慣れない所為もあるのかも知れないが、早く脱ぎたい。
 女店主も近づいて来てリュネットの様子を見ると、その憂鬱そうな表情から、どうやらあまり気に入っていないようだと判断する。

「このあたりに、こういう具合にレースを足しましょうか? そうしたらお胸許が今より少し隠れますし」

「そうね。デザインは素敵だけど、リュヌにはまだ早い気がするもの」

 こちらのドレスにも仮縫いの作業がある。脱いでくる間にレースを選んでおいてあげる、とメグは店舗の方へ歩いて行った。
 先程と同じように仮縫いを終えて元の服に着替えて出て来ると、メグがレースの束をいくつも並べて店員と楽しそうにしている。

「ああ、リュヌ。この模様なんてどう? これと、こっちも素敵だと思うんだけど、これは少し重たいかしら?」

「メグに任せるわ」

 ぐったりと力なく親友に告げると、彼女はそんな様子を気にかけながらも「そう?」とちょっと首を傾げるだけで、気にせずにレース選びに戻った。彼女は昔からこういうことが大好きだ。センスもいいので任せておいて間違いはない。
 長時間の移動で疲れているというのに、いきなりこんなところに連れ込まれて二着も着せ替えをされ、リュネットは心から疲れていた。早く何処かでゆっくりと休みたい。
 溜め息を零してメグの姿を見守っていると、マシューに腕を掴まれた。思わず振り払ってしまうが、彼は特に気にした様子は見せず、今度は触れずに椅子を勧めてきた。
 断るのもおかしなものなので腰を下ろすと、彼もその隣に腰を下ろして来る。途端に緊張してしまう。

「メグ、あまりはしゃいでいると、肝心の挙式当日に疲れて寝込むぞ」

「大丈夫よ。あっ、これもいいわね!」

 店員達と盛り上がっている親友の姿を見つめながら、リュネットは僅かに身を捩ってマシューから離れようとする。そんなに幅もない長椅子の上なので、広がる距離というのも微々たるものなのだが。
 あの夜以降、マシューとはまともに顔を合わせていない。翌日の朝食の席も逃げたようなもので、自分自身がつくづく情けなかった。
 それでも、未だにリタの顔がまともに見れないのと同じように、マシューの顔も出来ればあまり見たくないのが現実だ。メグの様子を見ているとマシューの足が視界に入ってしまうので、さり気なく視線を逸らし、楽しげな親友の声だけを聴いていた。
 しばらく店員達と騒いでいたが、十五分ほどすると使うレースをようやく決めたらしく、メグは女店主に三種類ほど見せて相談し、リュネットに一番似合うものを選び出した。

「終わったわ。お茶の時間だし、帰りましょう」

 一仕事終えたメグは満面の笑みでリュネットの手を取って立たせ、外に待たせてあった馬車に乗り込む。

「では、明後日の夕刻までにお届けに上がりますので」

「無理をさせて悪いね」

「いいえ。カートランド様のご注文とあらば、どうということもございませんわ」

 深々と頭を下げる女店主の姿に見送られ、カートランド邸への帰途へ着く。
 なにがなんだかわからない試着の嵐だったが、どうやらリュネットのドレスを注文していたらしい。しかも、メグの結婚式で着る用のもののようだ。先日の手紙でメグが、独身最後の僅かな時間を一緒に過ごしたいから、三日ほどでいいからどうにか早く来てくれないか、と言っていたのは、調整したドレスを仕立てる期間が必要だったからという理由もあったのだな、と合点がいく。
 参列者として恥ずかしくない程度の訪問着を手直しして、ミーガンにも相談に乗ってもらってレースなどを足し、ちゃんと着られるようにして持って来たというのに、と溜め息が零れそうになる。

(あんなに高級そうなお店の服、私のお給金じゃ支払えないわ。どうすればいいのよ)

 とても素敵だったが、オーダーメイドの服がとても高価なことくらいはわかる。マシューから支払われている給金は決して安いものではないが、それでも、半年分はまるっと吹き飛ぶくらいの値段だろう。二着分ともなると、一年分で足りるのかどうか。

「――…もしかして、怒った?」

 ぴったりと肩を寄せて隣にいるメグは、窺うようにリュネットの横顔を見つめる。

「怒ってはいないけど……ちゃんと説明して欲しかったわ。いきなり着せ替えが始まって驚いたもの」

「あら。お兄様ったら、なにも言わなかったの?」

 呆れて責めるような目を向けると、マシューは肩を竦める。

「僕とはあまり話したくなさそうだったから」

「そんなの今に始まったことじゃないでしょうに……またなにか怒らせたんでしょう?」

「さぁてね」

 マシューは答えをはぐらかせた。情事の現場を目撃され、そのことでリュネットが彼を軽蔑しているとは、さすがに言えないらしい。
 変なの、と思いつつも、その話をそれ以上追及するつもりはなかったらしく、メグは気持ちを切り替えてリュネットに向き直った。

「結婚式でね、リュヌには花嫁介添人ブライズメイドをやってもらいたいの」

 突然の親友からの宣告に、リュネットはぎょっとした。

「そんな大役、私には絶対無理よ」

「どうして? あなたは私の大親友だし、あなた以上に介添人にぴったりな人なんていないわ。ねえ、いいでしょ?」

 だからあのラベンダー色のドレスだったのだ。花嫁介添人のドレスは、花嫁のドレスと似たものを用意することになっている。その昔、花嫁の身代わりの魔除けの意味を兼ねていたのが由来らしいのだが、詳細は定かではない。
 親友の晴れ舞台に細やかながら手を貸せるのなら、リュネットも願ったりかなったりだ。けれど、実家との関係がまだ片付いたわけでもないので、あまり目立つことはしたくないという気持ちもある。
 心の中で二つの気持ちが反発し合い、リュネットは困ってしまう。
 そんな親友の心が読めたのか、メグは少ししょんぼりとした。嫌なら無理強いはするつもりはない。

「でも、あのドレスは着てね。とても似合っていたから」

 確かに初めに着た方のドレスは好きな感じだった。着慣れない色だったから戸惑いはしたが、亡くなった父の瞳の色に似たあの色は嫌いでもない。

「お兄様が選んだっていうのが、ちょっと引っかかるのだけどね」

 溜め息交じりにメグが零す。だから試着をしたとき、メグは意外そうな口調で感想を零したのだ。
 メグの言葉に思わず顔を顰め、その瞬間をマシューにしっかりと目撃されてしまうが、彼はなにも言わなかった。感情を露わにしてしまったことが少しだけ恥ずかしい。

「夜会服もそうよ。あっちはデザインにまで口出ししていたのよ? マダムの作る服だからとても素敵だとは思ったけど、リュヌにはちょっと似合わなかったわよねぇ?」

 そう言ってちょっとだけ勝ち誇ったような表情を兄に向ける。リュネットのことは自分の方が詳しいのだ、と優越感に浸っているのだ。
 今回のドレスは二着ともマシューが指示して用意したものらしい。デザインや色も決めたのはマシューなのだという。結婚式用の方をお揃いにして、とひとことしか口を挟むのを許されなかったメグは、リュネットが気に入った方がそのドレスだったということでにんまりとしている。
 はいはい、と適当に相槌を打って視線を外したマシューは、一瞬だけリュネットを視界に納め、ゆっくりと流れていく窓の外の景色を見つめた。その様子にドキリとした。

 そうこうしているうちにカートランド邸へと到着し、リュネットはメグに手を引かれたまま、メグの部屋へと向かう。今回も滞在用に客間は用意されているようなのだが、また一緒に寝よう、とメグが聞かないのだ。

「お兄様って、どうしてお胸が豊かな方がお好きなのかしらね」

 外出着から着替えながら、メグがぷりぷりとした口調で言う。あの青いドレスの胸許が大きく開いていたのが余程気に食わなかったらしい。
 人気の仕立て屋が作ったドレスだけあって、とても品がいいものだった。胸許が開いていてもいやらしさや下品さはなく、とても素敵なものだったのは確かだ。ただ、リュネットにもメグにも好みに合わなかっただけで。

「お兄様と親しいレディ・キャサリンも、ペイズリー伯爵夫人もとても胸が豊かな方でね。さっきのドレスだって、きっとペイズリー伯爵夫人の方が似合った筈よ。リュヌにはもっと可愛らしいデザインの……」

「メグ、メグ、コルセット締め直して。お願い」

 兄が懇意にしている女性達を指折り数え、そのどの人も胸が大きいと眉間に皺を寄せているメグを止め、リュネットは背中を向けた。

「え? いいけど……」

 仕立て屋で正しい締め方に直された為、いつもより胸許がふっくらしている。それがとても嫌だった。
 頷きつつもメグは少し渋い顔を見せる。リュネットがどういう意図を持っているのかはわかっているが、あまりきつく締めるのは身体によくないのは明らかだ。変に抑えつけていると折角綺麗な形の乳房も歪になってしまう。
 そんなメグの考えていることくらいリュネットも承知している。けれど、胸許に視線が来るのは、相手が誰であろうともどうしても嫌だった。

 リュネットは本人やまわりが思っている以上に、性的なことに対して潔癖だった。自分が性の対象として見られることを心底嫌うし、誰かをそういう対象として見るのも嫌悪する。だからマシューやリタのことがどうしても理解出来ないし、受け入れ難く感じて、目に見えない境界線を引いてしまっている。
 マシューはその境界線に気づいていながら踏み込んでくるような人なので、余計に苦手だった。
 メグは年下の親友のそんな本心に気づいているが、兄があのような人なので、それを無理に近づけさせようとは思わない。仲良くなってくれれば嬉しい限りだが、まだリュネットには無理だと思っている。

「はい。出来たわよ」

「ありがとう」

 詰めていた息をふっと吐き出し、リュネットは開いていたボタンを留め始める。先程より胸許がすっきりした。
 リュネットの支度も終えたので、行きましょう、とメグが促す。お茶の支度が整ってマシューが待っている頃だ。リュネットは少し気鬱そうな表情を覗かせたが、メグにはなにも言わない。

(相性は悪くないと思うんだけど……)

 機嫌が悪そうにも見える親友の横顔を見下ろしながら、メグは思った。
 リュネットはマシューをあまりよく思っていないのは知っているが、マシューがリュネットをそれなりに気にかけていることも知っている。なにかのきっかけで歩み寄ることが出来れば、もう少し仲良くなってくれるだろうし、それ以上に親しくなる可能性もある組み合わせだと思うのだが、と日頃からメグは残念に思っているのだ。
 まだ若造とも呼べる年頃に、侯爵家という重いものを引き継がなければならなかったマシューも、僅か十歳で孤独になり、十五歳という年齢で今後のことを決めなければいけなかったリュネットも、何処か似ているのだ、とメグは思う。
 そんな二人だからこそ、きっと仲良くなれると思うのだが、現実は上手くいかない。
 メグを寄宿学校に放り込んだという過去があるので、リュネットのマシューに対する評価は最悪からのスタートだったし、年に何度か一緒に過ごすうちに、少しはその評価も回復の兆候を見せかけていたのだが、なにをやったのか、先月再会したときにはまたあまりよくない地点にまで下落していたのは明らかだ。その上、領地まで送って行ったときにマシューはまたなにやらリュネットを怒らせるようなことをしでかしたようだし、それを兄本人は悪いと思っていないようでもあり、怒っているリュネットは彼を許すつもりはないようでもある。この関係は以前から相変わらずだ。

 あの兄も三十路の声が近い。後継者問題の為にも、そろそろ誰かいい人を見つけて結婚して欲しいと思っているのだが、その相手を考えたとき、リュネットならいいのに、とメグが思ったのはいつの頃のことだろうか。随分前のことのようにも感じる。
 メグが無事にいい縁組に辿り着くまで自分の結婚はしない、と言っていた兄だが、ヘンリーというとても優しく性格のいい男性と巡り合い、三日後にメグは結婚する。適当に浮名を流して遊んでいたい兄に引導を渡せるようになるのだ。

 誰かが言っていた。好意の反対は無関心なのだと。

 つまり、あれだけマシューを苦手にしているリュネットは、少なくともマシューに関心があるということで、なんとかいい方向に転ばせれば、大好きな親友は家族になってくれるかも知れないのだ。

 見知らぬ気の合わない義姉が出来るより、気心の知れた親友が義姉になってくれる方がずっといい。実家にも帰りやすくなるし、楽しみにもなる。
 血筋的にも問題はない。今は家を乗っ取られて職業婦人などをしているが、元はノースフィールド伯爵というしっかりとした家柄の出だし、縁づくことを反対するような親類はいないだろう。

(半年……いいえ、年明けくらいまでが勝負よね)

 メグは心の中で決意を固め、強く頷く。

(でも、私は新年の頃まではヘンリーのお家の方にいなければならないし、どうにかして手を回しておかないと……)

 あまり時間をかけていても上手くいきそうにはないし、マシューが領地に戻り、リュネットと一緒に暮らすことになるだろう期間が相応しいだろう。二ヶ月か三ヶ月くらいの短期決戦だ。
 多少年の差はあるが構うものか。リュネットが領地で帳簿管理人をしているうちに、どうにかして二人の仲を近づけたい――メグがそんな企みを抱いているとは露知らず、これからメグの結婚式までの数日間、またマシューとひとつ屋根の下で暮らすことになるかと思うと憂鬱で、リュネットは重々しい溜め息を零していた。



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