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コンラッド・L・フローディアの場合
出会い
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当時13歳だった僕は今年20歳となり、次期王弟として研鑚に励んでいる。僕の兄であり未来の国王、フロイデ王国第一王子エリアス・V・フローディアを支える役職である。フロイデ王国は、人間種の王であるヒュペリオン家の傍系であったご先祖様が建国した。人間種の王というのは、創造主が創り出した種族を束ねる責任者のことであり【種族王】と呼ばれ、種族王は常に12柱で通称【ツヴォルフ】という。種族王はただの種族よりも寿命が二倍長く、一番寿命の短い人間種でも種族王ならば400年ある(通常は200年)。今まで種族王が入れ替わったことはなく、12種族が健在であるらしい。種族王に関することは当事者かその側近などのごく一部にしか知られていない為、詳しい事は僕もわかっていない。
まぁ、そんな話は置いておいて
今日は僕の影である鴉に頼んでおいた調査報告をもとに城下視察へと行く予定だ。僕は王を支えるためにはまず情報収集が鍵と考え、自身で【情報ギルド君影草】を設立した。情報量、収集力共にフロイデ王国随一と自負している。しかし、それでも尻尾が捉えられない者達がいる。【遊蝶華】という正体不明の組織だ。僕が情報ギルドを設立するに至った理由の一つでもある。遊蝶華についてわかっている事は、裏の世界では知らぬ者などいない程名が知れているにも拘わらず、誰もその実態を知らないこと、ボスの名が【黒蝶】ということだけである。今回の調査は、遊蝶華の活動痕跡を発見した場所周辺での情報収集である。しかし、裏世界の者が表で堂々と過ごす訳が無い。嘆かわしいことだが、どこの国にも貧民街や低層区画というものは存在し、当然のように裏世界の者達のたまり場になっている。その中でも酒場は情報や物の取引が行われ、店主がブローカーであることが多い。そんな酒場に僕は来ていた。
一応王族である僕は王族の証である翡翠の瞳を持っているため、変装する必要がある。フロイデ王国民の一般的な容姿は個人が持っている魔力に比例して髪色が決まっている。適性が高い属性に対して色が決まり、持っている魔力量で色の濃さが決まる。適性が高ければ高い程鮮やかな色になり、魔力量が多ければ多い程濃度が高くなる。瞳の色は大体は黒く遺伝的なものが多いが、ごく稀に複数の属性の適性が同じぐらい高い場合、瞳にも現れることがある。僕の場合は瞳は王家の象徴である翡翠色、髪は水属性の鮮やかな青色である。王族や貴族は魔力量が多いことがほとんどで、一般市民は少ない方が多い為、色が濃いだけでも浮いてしまう。その為髪色は灰色がかった青色に、瞳は黒に変えた状態で潜入していた。酒場へと潜入してから30分、ローブで姿を隠した二人組が入ってきた。ローブで分かりづらいが、体格のよい男が店主に話しかけていた。店主は一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐに落ち着きを取り戻し2階のテーブルを指差してから仕事に戻っていた。二人組も店主と話し終えた後入口に戻り、外に待機していた仲間を連れて2階の席へと歩き出した。先頭に最初の二人組、真ん中に一人、その後ろにまた二人の計五人組のローブ姿の者たちが入ってきた。僕が横目に見た時、真ん中の一人と目が合った。金色の瞳だった。僕はそのたった一瞬の出来事をとても長く感じた。
「…様!…ーノ様!ディーノ様!」
「っ!あ、あぁ、どうした?」
「ディーノ様、先ほど入ってきたあの者達、遊蝶華と関係があるのでは?明らかにここの者たちとは雰囲気が違っているように思えます。」
部下が小声で話しかけてきた。僕は視察時や調査時はディーノと名乗っている。
「あぁ、確かに姿を隠しているが、立ち居振舞いや鍛錬した手は隠しきれない。オーラは感じないが完全に隠している可能性がある。」
「周囲の客たちの反応もありません。旅人や冒険者と思っているのでしょう。」
「そうだろうな。彼らに注目している時点で我々が怪しく見えてしまうだろう。直接の接触は避け、会話の聞き取りと店主に聞き込みを行え。」
「承知しました。」
「危険を感じたらすぐに撤退しろ。良いな。」
「はっ。ディーノ様はどちらへ?」
「僕はあの者たちの一人と目が合っている。僕が一人になれば向こうから話しかけてくるだろう。」
「それではディーノ様が危険では…」
「いいや、恐らく危害を加える気はないと思う。何かあっても僕は転移できるから問題ない。」
「承知しました。」
「ああ、ではまた後でな。」
席を立ったとき、ふと視線を感じた。あの金色が僕を見ている。そんな気がした。店を出た後、表通りに出るまでに一般市民に紛れる為の服装に変えた。
「あら!ディーノ君じゃない!今日もご飯食べていくかい?」
「よぉ!ディーノ!いい魚が入ってるぜ!」
「おいおい、魚より肉だろ!肉串食ってけよ!」
「ああ!?魚だろ!」
「はあ!?男なら肉だ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。今日はもう食べてきちゃったんだ。また来るよ。」
「そうかあ、また来いよ!」
「あぁ!」
僕は市民の生活を知るために、司書見習いという肩書きで都立図書館に通っている。学生時代から通っているおかげで僕を疑う者はいない。図書館では執務室を借りて仕事をするか、情報収集のために実際に司書見習いの仕事を行なっている。いい息抜きになるので仕事は気に入っていたりする。図書館には老若男女来るので人脈を広げたり、噂や流行を知るのに意外と向いている穴場だ。今日も本を並べながら聞き耳を立ていると、背後から声をかけられた。
「あの、本を探しているのですが、どこにあるか教えていただけますか?」
後ろを振り返ると、ブロンドのクルクルした短髪に桃色の瞳をしたあどけなさの残る少年が立っていた。背は僕の胸ほどの高さで魔法学園の制服を着ていた。
「えぇ、もちろんです。どのような本をお探しで?」
「えっと、学校の課題で水属性の魔法について詳しく知れる本が必要なんです。」
「かしこまりました。ご案内いたします。」
都立図書館は王都の中で最も大きく広い図書館だ。1日では回りきれないほどで、館内に設置されている魔法装置で移動の短縮は可能だが、それ以外の魔法の使用は禁止されている。館内には古代の書物から最新の書物まであり、価値が計り知れない為時間はかかるが徒歩で移動するしかないのである。
「あの…」
「はい?どうされましたか?」
「お兄さんはいつもこちらにいらっしゃいますか?」
「いえ、いつもはいないです。1週間に2日程度で、月の日と地の日はいますよ。」
「そうなんですね!僕もその日に図書館に来ることが多いので、また会えますね!」
可愛らしい笑顔で少年が言った。その眩しい笑顔が僕の胸に突き刺さる。普段自分よりも年上を相手にして閉口していた心が浄化されるようだ。歳の近い者はいるが部下や臣下であり、特別親しいわけでもない。兄上は多忙であまり会えない。そんな中でこの純真無垢な少年の笑顔は僕には眩しすぎたのだ。道中での会話で分かったことは、この少年は13歳で魔法学園中等部1年生、名前はアレクシス・ハイムウェル。伯爵家の次男で、7歳上の兄がいてとても尊敬していると話し始めた途端にとてつもない勢いで語り出した。
「兄様は本当に素晴らしい方なのです!兄様は僕と違って感情が分かりづらく誤解されやすいのですが、本当はとてもお優しく慈愛に満ちたお方なのです!それに兄様はとても美しいのです!僕は母様譲りですが、兄様は父様と祖母様譲りの顔立ちでとても珍しい髪色と瞳をお持ちなのです。そして、なんと言っても兄様はとても頭が良くて僕の勉強も見てくださいます。僕は魔法しかできませんが、兄様は魔法も剣術もお得意で、その才を生かしてご自身で事業を立ち上げ成功なされています。兄様は本当に素晴らしく美しく…僕の敬愛する方なのです…」
「す、すごいですね…アレクシス様がそこまで仰っているのを見ると、僕も一度お会いしてみたいです。」
「はい!ぜひ!お兄さんもお会いすれば兄様の素晴らしさがわかるはずです!」
「お兄さんではなく、ディーノとお呼びください。」
「はい!では、ディーノさんとお呼びします!」
弟ができたような感覚で、話を聞いていると目的の棚へと辿り着いた。
「アレクシス様、こちらの棚から水属性に関する書物になります。」
「わぁ!ありがとうございます!うーん、どれがいいかなぁ…」
アレクシスが本を選んでいる間に僕はまた仕事に取り掛かった。思わぬアレクシスの兄の話に本来の目的を忘れかけていたが、意識を切り替えた。アレクシスが届かない高さの本を取ってあげ、近くで作業を続けた。棚近くの机で課題と本と睨めっこしているアレクシスからハイムウェルという名前を思い出していた。ハイムウェル伯爵家は騎士や魔法師を代々輩出している家門である。現当主であるヴィクトール・ハイムウェル伯爵は王国第三騎士団の騎士団長を務めている。第三騎士団は街の治安維持がメインの為、王宮暮らしの僕ではあまり関わりがないが、貴族院会議や国議会で目にしたことがある。王国騎士団の団長は実力と実績が考慮された上で決まる為、ハイムウェル伯爵が相当の実力者であることは明らかである。そうして仕事を続けて20分くらい経った頃、そよ風が吹いた。
「…アレク…」
「!!兄様!!お仕事は終わったのですか?」
「あぁ、今日はもう終わりだ。いい子にしていたか?」
「はい!魔法学の課題をしていました!」
「そうか、偉いぞ。わからないところはないか?私と共にやろう。」
「はい!兄様!あ、そうだ、兄様に紹介したい方がいらっしゃるのですが。」
「…誰だ?」
「本探しを手伝ってくださった司書見習いのディーノさんです。」
「…ほう…」
アレクシスの方からそよ風が吹いた時、今まで人がいなかった場所に突然その人が現れた。一瞬で現れたその人は、ゆっくりと地面に足をつけアレクシスの肩に手を置いて話しかけていた。アレクシスの話は身内贔屓ではなかった。王国では珍しい漆黒の髪を持ち、その美しい髪を金色のリボンでゆったりと結んで横に流し、そして人族では珍しい金色の瞳でアレクシスを見つめている。恐らく僕より少し低い背丈で、ボルドーに金色の刺繍が入ったスリーピーススーツに細身の体を包んでいる。
「ディーノさん!お仕事中すみません。兄を紹介させてください!」
「…初めまして、アレクシスの兄ヴィンセント・ハイムウェルと申します。弟がお世話になったようで…」
「いえ!とんでもありません!こちらこそ初めまして、都立図書館で司書見習いをしております、ディーノと申します。ディーノとお呼びください。…正直、半信半疑でしたが、アレクシス様の仰った通りの方とは…」
「それはお恥ずかしい…常々止めてはいるのですが、ついつい甘やかしてしまって…弟がお仕事の邪魔になってはいませんか。」
「いえいえ!そんなことは!アレクシス様のおかげでこうやってヴィンセント様にもお会いできて光栄でございます。」
「兄様!兄様はもっとご自分の功績を讃えられるべきなのです!だから僕が兄様の代わりに広めているのです!」
「あぁ、分かったから落ち着きなさい。ここは図書館だ、静かにしなさい。課題もまだ途中だろう?」
「あ!そうでした。ごめんなさい、ディーノさん。」
「いえいえ。私もそろそろ仕事に戻りますね。課題頑張ってください。」
「はい!ありがとうございます!」
「では、失礼します。」
一礼してその場を去った僕の心臓はバクバクだった。今まで父上や母上に婚約者候補だとたくさんの貴族令嬢や令息と会ったが、何も感じなく全ての縁談を断ってきた。だが、ヴィンセントを目にした瞬間、時間が止まったかのような感覚に陥り、自分の世界が鮮やかになった。
これが……一目惚れ……
僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。心臓はドクドクと脈打ち、頭の中がヴィンセントでいっぱいだった。今の状態で仕事は続けられないと思い、執務室に戻った。椅子に腰掛け、冷静になろうとしてもヴィンセントが離れない。こんな感覚は初めてだ。平静を保とうとしていると、部屋の窓から部下が報告に来た。
「ディーノ様、ご報告に参りました。」
「………」
「ディーノ様?」
「……あ、あぁ、すまない…どうだった?」
「はい。酒場にいたあの五人組はやはり遊蝶華の関係者で間違いないかと思われます。ディーノ様が店を出られた後、席をカウンターに移し酒場の店主にそれとなく話を聞きましたところ、直接的なことは話しませんでしたが、遊蝶華の関係者であることを仄めかす発言がありました。そして明日の夜に遊蝶華が支援したオークションが裏通の地下で行われるそうです。」
「そうか、では鴉達に伝えろ。明日の夜オークション会場へと潜入し遊蝶華の尻尾を掴む。」
「御意。ところで、先程からお顔が赤いようですが、どこか具合が悪いのですか?」
「いや、気にするな。問題ない。」
「左様ですか。」
「もう下がって良い。閉館とともに城に戻る。明日の準備をしておけ。」
「御意。」
図書館が閉まる午後5時。退勤し、市場を通り城に戻ろうとしていると、従業員出口の外で声をかけられた。
「ディーノさん。」
振り返ると、今もなお僕の頭の中を埋めているヴィンセントがいた。伯爵家の長男がこんなに美男なら社交界で有名になっているはずだが、僕は今まで聞いたことがなかった。それが少し引っかかる。
「ヴィンセント様、どうなされましたか?」
「あの……」
ヴィンセントが言い淀み、続きを待っていると、俯いていた顔がパッと上を向き、金色の瞳が僕を捉えた。
「ディーノさんさえ宜しければ、今度お時間ある時にお茶でもいかがですか?」
「えっ、はい!もちろんです!僕でよければ…」
「ありがとうございます。では、弟が待っているので失礼します。また、お会いしましょう。」
「はい!」
まさかヴィンセントから声をかけてくれるとは思わず、僕の心の中は大歓喜だった。仄かに顔が赤くなり、潤んだ瞳のヴィンセントの破壊力は凄まじいものだった。僕は浮かれながら城に戻ると、夕食の時間だと侍従のクロードが呼びに来た為、正装に着替えて食堂へと向かった。食堂に入ると兄上が先にいた。
「兄上!」
「ラド、久しいな。息災だったか。」
「はい!兄上もお元気そうで何よりです!」
「あぁ、そういえば、また縁談を断ったそうだな。」
「…はい。」
「お前が日々研鑽を積んでいるのは知っている。焦る必要はない。お前が納得のいく相手と結婚すれば良いのだ。」
「はい!ありがとうございます、兄上。確か、兄上には幼き頃より婚約者がおりましたね。僕はお会いしたことがないのですが。」
「あぁ、そうだな。あの子はあまり目立つのが好きではなくてな。結婚するまでは自分のやりたいことをとことんやりたいと、忙しい日々を送っているそうだ。明日一年ぶりに会う予定なんだ。ラドさえ良ければ義姉になるのだし、会っていくか?」
「いいのですか?お二人の時間をいただいても。」
「あぁ、そろそろ顔合わせを考えていたからちょうど良い。明日の昼にしよう。」
「はい、楽しみにしております!」
兄上は感情表現が苦手な方だが、婚約者の話をするときは表情が柔らかくなっていた。今なら兄上の気持ちがわかる気がする。婚約者を大事に思う気持ちが、好きな人を思う気持ちが。その後、父上と母上も揃い家族での食事となった。
まぁ、そんな話は置いておいて
今日は僕の影である鴉に頼んでおいた調査報告をもとに城下視察へと行く予定だ。僕は王を支えるためにはまず情報収集が鍵と考え、自身で【情報ギルド君影草】を設立した。情報量、収集力共にフロイデ王国随一と自負している。しかし、それでも尻尾が捉えられない者達がいる。【遊蝶華】という正体不明の組織だ。僕が情報ギルドを設立するに至った理由の一つでもある。遊蝶華についてわかっている事は、裏の世界では知らぬ者などいない程名が知れているにも拘わらず、誰もその実態を知らないこと、ボスの名が【黒蝶】ということだけである。今回の調査は、遊蝶華の活動痕跡を発見した場所周辺での情報収集である。しかし、裏世界の者が表で堂々と過ごす訳が無い。嘆かわしいことだが、どこの国にも貧民街や低層区画というものは存在し、当然のように裏世界の者達のたまり場になっている。その中でも酒場は情報や物の取引が行われ、店主がブローカーであることが多い。そんな酒場に僕は来ていた。
一応王族である僕は王族の証である翡翠の瞳を持っているため、変装する必要がある。フロイデ王国民の一般的な容姿は個人が持っている魔力に比例して髪色が決まっている。適性が高い属性に対して色が決まり、持っている魔力量で色の濃さが決まる。適性が高ければ高い程鮮やかな色になり、魔力量が多ければ多い程濃度が高くなる。瞳の色は大体は黒く遺伝的なものが多いが、ごく稀に複数の属性の適性が同じぐらい高い場合、瞳にも現れることがある。僕の場合は瞳は王家の象徴である翡翠色、髪は水属性の鮮やかな青色である。王族や貴族は魔力量が多いことがほとんどで、一般市民は少ない方が多い為、色が濃いだけでも浮いてしまう。その為髪色は灰色がかった青色に、瞳は黒に変えた状態で潜入していた。酒場へと潜入してから30分、ローブで姿を隠した二人組が入ってきた。ローブで分かりづらいが、体格のよい男が店主に話しかけていた。店主は一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐに落ち着きを取り戻し2階のテーブルを指差してから仕事に戻っていた。二人組も店主と話し終えた後入口に戻り、外に待機していた仲間を連れて2階の席へと歩き出した。先頭に最初の二人組、真ん中に一人、その後ろにまた二人の計五人組のローブ姿の者たちが入ってきた。僕が横目に見た時、真ん中の一人と目が合った。金色の瞳だった。僕はそのたった一瞬の出来事をとても長く感じた。
「…様!…ーノ様!ディーノ様!」
「っ!あ、あぁ、どうした?」
「ディーノ様、先ほど入ってきたあの者達、遊蝶華と関係があるのでは?明らかにここの者たちとは雰囲気が違っているように思えます。」
部下が小声で話しかけてきた。僕は視察時や調査時はディーノと名乗っている。
「あぁ、確かに姿を隠しているが、立ち居振舞いや鍛錬した手は隠しきれない。オーラは感じないが完全に隠している可能性がある。」
「周囲の客たちの反応もありません。旅人や冒険者と思っているのでしょう。」
「そうだろうな。彼らに注目している時点で我々が怪しく見えてしまうだろう。直接の接触は避け、会話の聞き取りと店主に聞き込みを行え。」
「承知しました。」
「危険を感じたらすぐに撤退しろ。良いな。」
「はっ。ディーノ様はどちらへ?」
「僕はあの者たちの一人と目が合っている。僕が一人になれば向こうから話しかけてくるだろう。」
「それではディーノ様が危険では…」
「いいや、恐らく危害を加える気はないと思う。何かあっても僕は転移できるから問題ない。」
「承知しました。」
「ああ、ではまた後でな。」
席を立ったとき、ふと視線を感じた。あの金色が僕を見ている。そんな気がした。店を出た後、表通りに出るまでに一般市民に紛れる為の服装に変えた。
「あら!ディーノ君じゃない!今日もご飯食べていくかい?」
「よぉ!ディーノ!いい魚が入ってるぜ!」
「おいおい、魚より肉だろ!肉串食ってけよ!」
「ああ!?魚だろ!」
「はあ!?男なら肉だ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。今日はもう食べてきちゃったんだ。また来るよ。」
「そうかあ、また来いよ!」
「あぁ!」
僕は市民の生活を知るために、司書見習いという肩書きで都立図書館に通っている。学生時代から通っているおかげで僕を疑う者はいない。図書館では執務室を借りて仕事をするか、情報収集のために実際に司書見習いの仕事を行なっている。いい息抜きになるので仕事は気に入っていたりする。図書館には老若男女来るので人脈を広げたり、噂や流行を知るのに意外と向いている穴場だ。今日も本を並べながら聞き耳を立ていると、背後から声をかけられた。
「あの、本を探しているのですが、どこにあるか教えていただけますか?」
後ろを振り返ると、ブロンドのクルクルした短髪に桃色の瞳をしたあどけなさの残る少年が立っていた。背は僕の胸ほどの高さで魔法学園の制服を着ていた。
「えぇ、もちろんです。どのような本をお探しで?」
「えっと、学校の課題で水属性の魔法について詳しく知れる本が必要なんです。」
「かしこまりました。ご案内いたします。」
都立図書館は王都の中で最も大きく広い図書館だ。1日では回りきれないほどで、館内に設置されている魔法装置で移動の短縮は可能だが、それ以外の魔法の使用は禁止されている。館内には古代の書物から最新の書物まであり、価値が計り知れない為時間はかかるが徒歩で移動するしかないのである。
「あの…」
「はい?どうされましたか?」
「お兄さんはいつもこちらにいらっしゃいますか?」
「いえ、いつもはいないです。1週間に2日程度で、月の日と地の日はいますよ。」
「そうなんですね!僕もその日に図書館に来ることが多いので、また会えますね!」
可愛らしい笑顔で少年が言った。その眩しい笑顔が僕の胸に突き刺さる。普段自分よりも年上を相手にして閉口していた心が浄化されるようだ。歳の近い者はいるが部下や臣下であり、特別親しいわけでもない。兄上は多忙であまり会えない。そんな中でこの純真無垢な少年の笑顔は僕には眩しすぎたのだ。道中での会話で分かったことは、この少年は13歳で魔法学園中等部1年生、名前はアレクシス・ハイムウェル。伯爵家の次男で、7歳上の兄がいてとても尊敬していると話し始めた途端にとてつもない勢いで語り出した。
「兄様は本当に素晴らしい方なのです!兄様は僕と違って感情が分かりづらく誤解されやすいのですが、本当はとてもお優しく慈愛に満ちたお方なのです!それに兄様はとても美しいのです!僕は母様譲りですが、兄様は父様と祖母様譲りの顔立ちでとても珍しい髪色と瞳をお持ちなのです。そして、なんと言っても兄様はとても頭が良くて僕の勉強も見てくださいます。僕は魔法しかできませんが、兄様は魔法も剣術もお得意で、その才を生かしてご自身で事業を立ち上げ成功なされています。兄様は本当に素晴らしく美しく…僕の敬愛する方なのです…」
「す、すごいですね…アレクシス様がそこまで仰っているのを見ると、僕も一度お会いしてみたいです。」
「はい!ぜひ!お兄さんもお会いすれば兄様の素晴らしさがわかるはずです!」
「お兄さんではなく、ディーノとお呼びください。」
「はい!では、ディーノさんとお呼びします!」
弟ができたような感覚で、話を聞いていると目的の棚へと辿り着いた。
「アレクシス様、こちらの棚から水属性に関する書物になります。」
「わぁ!ありがとうございます!うーん、どれがいいかなぁ…」
アレクシスが本を選んでいる間に僕はまた仕事に取り掛かった。思わぬアレクシスの兄の話に本来の目的を忘れかけていたが、意識を切り替えた。アレクシスが届かない高さの本を取ってあげ、近くで作業を続けた。棚近くの机で課題と本と睨めっこしているアレクシスからハイムウェルという名前を思い出していた。ハイムウェル伯爵家は騎士や魔法師を代々輩出している家門である。現当主であるヴィクトール・ハイムウェル伯爵は王国第三騎士団の騎士団長を務めている。第三騎士団は街の治安維持がメインの為、王宮暮らしの僕ではあまり関わりがないが、貴族院会議や国議会で目にしたことがある。王国騎士団の団長は実力と実績が考慮された上で決まる為、ハイムウェル伯爵が相当の実力者であることは明らかである。そうして仕事を続けて20分くらい経った頃、そよ風が吹いた。
「…アレク…」
「!!兄様!!お仕事は終わったのですか?」
「あぁ、今日はもう終わりだ。いい子にしていたか?」
「はい!魔法学の課題をしていました!」
「そうか、偉いぞ。わからないところはないか?私と共にやろう。」
「はい!兄様!あ、そうだ、兄様に紹介したい方がいらっしゃるのですが。」
「…誰だ?」
「本探しを手伝ってくださった司書見習いのディーノさんです。」
「…ほう…」
アレクシスの方からそよ風が吹いた時、今まで人がいなかった場所に突然その人が現れた。一瞬で現れたその人は、ゆっくりと地面に足をつけアレクシスの肩に手を置いて話しかけていた。アレクシスの話は身内贔屓ではなかった。王国では珍しい漆黒の髪を持ち、その美しい髪を金色のリボンでゆったりと結んで横に流し、そして人族では珍しい金色の瞳でアレクシスを見つめている。恐らく僕より少し低い背丈で、ボルドーに金色の刺繍が入ったスリーピーススーツに細身の体を包んでいる。
「ディーノさん!お仕事中すみません。兄を紹介させてください!」
「…初めまして、アレクシスの兄ヴィンセント・ハイムウェルと申します。弟がお世話になったようで…」
「いえ!とんでもありません!こちらこそ初めまして、都立図書館で司書見習いをしております、ディーノと申します。ディーノとお呼びください。…正直、半信半疑でしたが、アレクシス様の仰った通りの方とは…」
「それはお恥ずかしい…常々止めてはいるのですが、ついつい甘やかしてしまって…弟がお仕事の邪魔になってはいませんか。」
「いえいえ!そんなことは!アレクシス様のおかげでこうやってヴィンセント様にもお会いできて光栄でございます。」
「兄様!兄様はもっとご自分の功績を讃えられるべきなのです!だから僕が兄様の代わりに広めているのです!」
「あぁ、分かったから落ち着きなさい。ここは図書館だ、静かにしなさい。課題もまだ途中だろう?」
「あ!そうでした。ごめんなさい、ディーノさん。」
「いえいえ。私もそろそろ仕事に戻りますね。課題頑張ってください。」
「はい!ありがとうございます!」
「では、失礼します。」
一礼してその場を去った僕の心臓はバクバクだった。今まで父上や母上に婚約者候補だとたくさんの貴族令嬢や令息と会ったが、何も感じなく全ての縁談を断ってきた。だが、ヴィンセントを目にした瞬間、時間が止まったかのような感覚に陥り、自分の世界が鮮やかになった。
これが……一目惚れ……
僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。心臓はドクドクと脈打ち、頭の中がヴィンセントでいっぱいだった。今の状態で仕事は続けられないと思い、執務室に戻った。椅子に腰掛け、冷静になろうとしてもヴィンセントが離れない。こんな感覚は初めてだ。平静を保とうとしていると、部屋の窓から部下が報告に来た。
「ディーノ様、ご報告に参りました。」
「………」
「ディーノ様?」
「……あ、あぁ、すまない…どうだった?」
「はい。酒場にいたあの五人組はやはり遊蝶華の関係者で間違いないかと思われます。ディーノ様が店を出られた後、席をカウンターに移し酒場の店主にそれとなく話を聞きましたところ、直接的なことは話しませんでしたが、遊蝶華の関係者であることを仄めかす発言がありました。そして明日の夜に遊蝶華が支援したオークションが裏通の地下で行われるそうです。」
「そうか、では鴉達に伝えろ。明日の夜オークション会場へと潜入し遊蝶華の尻尾を掴む。」
「御意。ところで、先程からお顔が赤いようですが、どこか具合が悪いのですか?」
「いや、気にするな。問題ない。」
「左様ですか。」
「もう下がって良い。閉館とともに城に戻る。明日の準備をしておけ。」
「御意。」
図書館が閉まる午後5時。退勤し、市場を通り城に戻ろうとしていると、従業員出口の外で声をかけられた。
「ディーノさん。」
振り返ると、今もなお僕の頭の中を埋めているヴィンセントがいた。伯爵家の長男がこんなに美男なら社交界で有名になっているはずだが、僕は今まで聞いたことがなかった。それが少し引っかかる。
「ヴィンセント様、どうなされましたか?」
「あの……」
ヴィンセントが言い淀み、続きを待っていると、俯いていた顔がパッと上を向き、金色の瞳が僕を捉えた。
「ディーノさんさえ宜しければ、今度お時間ある時にお茶でもいかがですか?」
「えっ、はい!もちろんです!僕でよければ…」
「ありがとうございます。では、弟が待っているので失礼します。また、お会いしましょう。」
「はい!」
まさかヴィンセントから声をかけてくれるとは思わず、僕の心の中は大歓喜だった。仄かに顔が赤くなり、潤んだ瞳のヴィンセントの破壊力は凄まじいものだった。僕は浮かれながら城に戻ると、夕食の時間だと侍従のクロードが呼びに来た為、正装に着替えて食堂へと向かった。食堂に入ると兄上が先にいた。
「兄上!」
「ラド、久しいな。息災だったか。」
「はい!兄上もお元気そうで何よりです!」
「あぁ、そういえば、また縁談を断ったそうだな。」
「…はい。」
「お前が日々研鑽を積んでいるのは知っている。焦る必要はない。お前が納得のいく相手と結婚すれば良いのだ。」
「はい!ありがとうございます、兄上。確か、兄上には幼き頃より婚約者がおりましたね。僕はお会いしたことがないのですが。」
「あぁ、そうだな。あの子はあまり目立つのが好きではなくてな。結婚するまでは自分のやりたいことをとことんやりたいと、忙しい日々を送っているそうだ。明日一年ぶりに会う予定なんだ。ラドさえ良ければ義姉になるのだし、会っていくか?」
「いいのですか?お二人の時間をいただいても。」
「あぁ、そろそろ顔合わせを考えていたからちょうど良い。明日の昼にしよう。」
「はい、楽しみにしております!」
兄上は感情表現が苦手な方だが、婚約者の話をするときは表情が柔らかくなっていた。今なら兄上の気持ちがわかる気がする。婚約者を大事に思う気持ちが、好きな人を思う気持ちが。その後、父上と母上も揃い家族での食事となった。
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☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
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