嫌われ者の女神たち

神崎文尾

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「マジかよ……」
 五月の最初の日曜日。時間より五分早く、皇居内の護廷隊本部へ来た芳香を、彩音は案内した。
「こんな殺風景とはなあ、せっかくの大会だろ。騒げよ、お祭りなんだろ?」
「残念ながら、そんな楽しいものでもないんですよ。これから一年間の順列が決まり、努力をしたもの、そうでないものに一線を引かせる儀式です……一部にはやる気なくとどまっている奴もいますけどね」
 喫煙所で煙草を吸う芳香に、彩音は淡々と話す。
「その代わり、一度でも優勝ないし、技量優秀だと認めさせた隊員にはその見返りもあります。狙撃班の神崎と恵美は毎年賞金をかっさらっていきますよ。その賞金で毎度酒を買っている様なもんです」
「一つ間違えれば腐敗の温床になりそうなもんだがなあ……それで、お前はどれに出るんだ?」
「今年も格闘術ですよ。毎年のことです。今二連覇中」
「絶対王者ってわけか?」
「そりゃ、いつも相手にしているのが、アサルトライフル担いだテロリストだったり、サバイバルナイフを握ったヤクザだったりですからね。ナックルグローブつけた相手は余裕ですよ」
「なるほどね、説得力がある。余裕かましているが時間は大丈夫なのか?もう、ええ時間だけど」
「いいんですよ。優勝経験者は午後からです。午前中は予選ですよ、まあ、格闘術を勝ち上がるメンツはたいてい同じですから、毎年毎年同じ奴と戦っているんですけどね」
「そうかい、じゃ、まずは予選を見させてもらおうかな」
 首都大演習場に向かうと、その中で様々なブースが出来上がっていた。真ん中には正方形の闘技場が出来ており、柔道着を改造したような胴着を着こんだ隊員が徒手空拳で戦っている。マラソンの選手たちはすでに都内に出ているらしく、姿を見せない。射撃のブースでは狙撃班の二人が難しい顔をして、睨んでいた。
「取材をしますか?」
「もちろん。あの二人が一番いいだろうな。優勝経験者だし、インタビューをするにはうってつけだ」
「了解」
 狙撃班の二人に近づくと、真っ先に神崎が気づいたらしい。迷彩服に野球帽をかぶった二人は威圧感たっぷりだ。普段飲んだくれている二人は、いつもと様子が違うように見えた。
「ああ、隊長。お疲れ様です。そちらの方は誰っすか?」
「好日新聞の記者。いい子にしてなさいよ。下手にレアステーキが好きだと言えば、血に飢えた殺人鬼みたいに書かれるわよ」
「大丈夫っすよ。私はウェルダンステーキが好きなんで」
「なら、うーん……」
 うまいたとえが見つからず、迷っていると芳香が笑いながら、肩をたたいてきた。
「肉の焼ける匂いが好きなサイコパスとかか?そこまでにしといてくれ。いくら何でもそこまでひどい記者はいない。毎一の山路とかはあんたを嫌っているからそう言うかもしれんけどな。肉にナイフを突き立てるのが好きだとか」
「あっている分、なんとも言えませんね。私はステーキも好きで、それを切り分けて口に運ぶ間に香りをかぐのも大好き」
「誰でもそうさ……ところで、軍曹の方はどうなってるんだ?えらく難しい顔をしているけど」
 芳香が顔を引きつらせて聞くと、恵美は話しを初めて聞いたかのように芳香の方を向いた。
「なんだ、好日の記者さんか。どうも。この間ぶりだね」
「ご無沙汰、っていうには近すぎるけどな」
「言ってないじゃん。まあ、また会えるといいななんて思ってはいたけどさ」
「そりゃうれしいね。で、なんでそんな顔してるんだ?ライバルでもいたわけか?」
 軽口のつもりでそう言った芳香に、恵美はうなずいた。
「実はそのまさかなんだよ。ほら、あれ」
 彩音は射撃をやっているペアを見た。移動する目標に偏差射撃をバシバシ当てている。吊り上がった口角が印象的な子どもだった。
「あれ?うわ、凄いわね。満点じゃない」
 射撃はポイント制で優劣が決まる。移動目標や小目標ならその評価も高くなるのだ。観測手による敵情観測や、風の強弱などもあり、運が絡む場面も多い射撃競技は、よほどのことがないと満点など夢のまた夢なのが通説だったが、その二人の子どもは簡単にその目標を射抜き続けていた。
「あれは誰?ぜひうちの隊に来てほしいわね」
「残念だがすでに唾がついてる。あいつは三護の新人らしいよ。何でも双子のペアだから息はぴったりってわけだ」
「それは残念。あの分だと決勝はあなたのペアとになりそうね」
「さあて、どうかな。あいつこそ今度のオリンピックじゃねえか。若いし、私は何のかんの言って脂がのっている時を逃したからなあ……あ、違うぞ。別に嫌味ってわけじゃない」
「わかってるわよ」
 真ん中の闘技場でも歓声が響いた。見ると見覚えのある顔がその闘技場で倒れ伏していて、師岡が救護班を呼びつけているところだった。
「お、おい……あれ」
「マジ?嘘ォ……」
 タンカに乗せられて運ばれているのは彩音の部下、水木伍長だった。上等兵の頃には彩音と決勝を争っている。元々護身術の大家の家に生まれているからか、洗練された格闘技術の持ち主だが、腹を抑えて何やら苦しそうにしていた。
「あれも、三護の新人……来島二等兵だ。おいおい、どうした?今年はずいぶんと粒ぞろいってわけか?」
 困惑気味に彩音に聞く。そんな事知るわけない。グンバツの粒ぞろいだとすれば隊長会議で少しは話題になるはずだ。それなのに、隊長である秋山は何も言わなかった。いきなり伸びたのか?いくら伸び盛りの学校出たてとはいえ、二か月ばかりでそんなに急成長するわけもない。
「……あとで大尉に聞いてみるわ」

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