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第5章 繋がる望み
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「カミーユ。いちいちついて来なくていいのよ?」
「図書館など不特定多数の者が集まる場所に一人では行かせられませんから」
全くもう、学園内くらい一人で行動できるのに。
図書館へ行こうとすると当然のようについて来たカミーユにため息がもれる。
もう一人、いつも一緒にいたがる殿下は今日は公務があるからと、授業が終わると名残惜しそうな顔を残しながらもすぐ帰っていった。
先日借りた本を返すついでに、司書のカイン・バシュレにマリアンヌのことを聞こうと思ったのだけれど。
案の定、カミーユが付いてきてしまった。
カミーユの前で聞いてもいいのだけれど……マリアンヌの悩みは親戚のカミーユには聞かれたくないことかもしれないから止めておいた方がいいだろう。
返却席には女性の司書が座っていた。
カインは貸出席にいるのが見える。
とりあえず本を返却すると、私は文芸書の棚へと向かった。
「また借りていくのですか?」
「ええ、冬休みに読む本を探そうと思って」
「バシュラール家の蔵書はかなりの量だと思いましたが」
「文芸書はあまりないのよ、領地の屋敷に行けばあるのだけれど……」
冬休みは王宮での新年の行事や社交が多く、領地へ帰る時間はない。
マリアンヌも本来ならば多くのお茶会に出るのだが、記憶が戻らないことを理由にほとんどを欠席することにした。
宿題などどいうものもないから、時間潰しのために本を読もうと思ったのだ。
幼い頃から読書は好きだった。
病気をして身体が弱ってからも、読書が大切な心の支えだった。
あの頃集めてもらった本はまだ領地の屋敷に残っているらしいので、取りに行きたいのだけれど。
「まあ、この本。あなた覚えているかしら」
一冊の本に目を留めるとそれを引き出した。
「家にいた頃、一番ねだられたわね」
「ああ……懐かしいですね」
差し出した本を見てカミーユは目を細めた。
それは勇者の剣を手に入れた少年が、世界中を旅しながら時には海賊と戦ってお宝を手に入れ、時には怪物と戦いお姫様を救い出すといった冒険を繰り広げる物話だった。
幼い頃のカミーユを一時期領地の屋敷で預かっていた時があり、寝る前に物語を読み聞かせるのが日課となっていた。
その時に彼が特に好んだのがこのシリーズだったのだ。
「――私は大叔母様のおかげで本を嫌いにならずに済んだんですよね」
本を見つめて、呟くようにカミーユは言った。
「え?」
「私にとって本を読む事は義務でしたから。あの頃は特にそれが苦痛だったので。でも、大叔母様が楽しそうに読んでくれたので私も本を楽しめるようになったんです」
「……そうだったの」
私の実家のアシャール家は国の記録を管理するのが仕事だ。
ただ管理するだけでなく、古文書を含めて文章を読み解く能力も求められる。
そのためアシャール家の子供は幼い時から本漬けの生活を強いられるのだ。
私も兄と共にそれらを学んだが、いずれは嫁いで家を出る身だったのでまだ気楽に読書を楽しめていたけれど……確かに兄も苦労していた。
カミーユを預かることになったのは、彼が精神不安定になってしまったからだ。
その綺麗な見た目で幼い頃から同性異性を問わず惹きつけていたカミーユを、雇ったばかりの侍女が攫おうとした事があった。
その時の恐怖で心が不安定になり、感情を出せなくなってしまったカミーユを私の元で預かることにしたのた。
カミーユの母親は家族を顧みない性質で、父親も祖父も仕事人間だ。
だから私は他に家族がいないカミーユの、祖母や母親代わりになれればと沢山可愛がった。
しばらく我が家で過ごすうちに感情豊かな子供に戻ったけれど……そうかあの時、彼にとって家業に繋がる読書もまた負担だったのか。
「あなたが本を嫌いにならなくて良かったわ」
「大叔母様には本当に感謝しています」
「ふふ、子供を守るのは親の役目だもの」
そう答えながら、私は同じ作者の見た事のない題名の本があることに気づいた。
「まあ……もしかして新しく出たのかしら?」
「ああ確か十年ぶりの新作が出たと少し前に話題になりましたね」
「まあ、素敵!」
それは是非読まないと!
期待に胸が高鳴るのを感じながら私は本を手に取った。
他にも以前よく読んだ作者の、まだ読んでいない本が何冊かあるのを見つけて手に取っていく。
「大叔母様はそういう冒険小説が好きですよね、すぐ城から脱走する姫君が出てくるものとか」
「アイシャ姫ね、あれは本当に面白かったわ」
『アイシャ姫の冒険』と名付けられたシリーズは、とある国の姫君が城を抜け出しては街を探検する物語だった。
平民の子と仲良くなったり、時には盗賊の仲間にされそうになったり……子供の頃、ドキドキしながら読んだものだった。
自由を求めて城を抜け出すアイシャ姫に自分を重ねて――それで私も屋敷を抜け出したのよね。
「脱走って……まさか本の影響で」
何かぶつぶつ言っているカミーユを尻目に私は四冊の本を選んで腕に抱え込んだ。
「図書館など不特定多数の者が集まる場所に一人では行かせられませんから」
全くもう、学園内くらい一人で行動できるのに。
図書館へ行こうとすると当然のようについて来たカミーユにため息がもれる。
もう一人、いつも一緒にいたがる殿下は今日は公務があるからと、授業が終わると名残惜しそうな顔を残しながらもすぐ帰っていった。
先日借りた本を返すついでに、司書のカイン・バシュレにマリアンヌのことを聞こうと思ったのだけれど。
案の定、カミーユが付いてきてしまった。
カミーユの前で聞いてもいいのだけれど……マリアンヌの悩みは親戚のカミーユには聞かれたくないことかもしれないから止めておいた方がいいだろう。
返却席には女性の司書が座っていた。
カインは貸出席にいるのが見える。
とりあえず本を返却すると、私は文芸書の棚へと向かった。
「また借りていくのですか?」
「ええ、冬休みに読む本を探そうと思って」
「バシュラール家の蔵書はかなりの量だと思いましたが」
「文芸書はあまりないのよ、領地の屋敷に行けばあるのだけれど……」
冬休みは王宮での新年の行事や社交が多く、領地へ帰る時間はない。
マリアンヌも本来ならば多くのお茶会に出るのだが、記憶が戻らないことを理由にほとんどを欠席することにした。
宿題などどいうものもないから、時間潰しのために本を読もうと思ったのだ。
幼い頃から読書は好きだった。
病気をして身体が弱ってからも、読書が大切な心の支えだった。
あの頃集めてもらった本はまだ領地の屋敷に残っているらしいので、取りに行きたいのだけれど。
「まあ、この本。あなた覚えているかしら」
一冊の本に目を留めるとそれを引き出した。
「家にいた頃、一番ねだられたわね」
「ああ……懐かしいですね」
差し出した本を見てカミーユは目を細めた。
それは勇者の剣を手に入れた少年が、世界中を旅しながら時には海賊と戦ってお宝を手に入れ、時には怪物と戦いお姫様を救い出すといった冒険を繰り広げる物話だった。
幼い頃のカミーユを一時期領地の屋敷で預かっていた時があり、寝る前に物語を読み聞かせるのが日課となっていた。
その時に彼が特に好んだのがこのシリーズだったのだ。
「――私は大叔母様のおかげで本を嫌いにならずに済んだんですよね」
本を見つめて、呟くようにカミーユは言った。
「え?」
「私にとって本を読む事は義務でしたから。あの頃は特にそれが苦痛だったので。でも、大叔母様が楽しそうに読んでくれたので私も本を楽しめるようになったんです」
「……そうだったの」
私の実家のアシャール家は国の記録を管理するのが仕事だ。
ただ管理するだけでなく、古文書を含めて文章を読み解く能力も求められる。
そのためアシャール家の子供は幼い時から本漬けの生活を強いられるのだ。
私も兄と共にそれらを学んだが、いずれは嫁いで家を出る身だったのでまだ気楽に読書を楽しめていたけれど……確かに兄も苦労していた。
カミーユを預かることになったのは、彼が精神不安定になってしまったからだ。
その綺麗な見た目で幼い頃から同性異性を問わず惹きつけていたカミーユを、雇ったばかりの侍女が攫おうとした事があった。
その時の恐怖で心が不安定になり、感情を出せなくなってしまったカミーユを私の元で預かることにしたのた。
カミーユの母親は家族を顧みない性質で、父親も祖父も仕事人間だ。
だから私は他に家族がいないカミーユの、祖母や母親代わりになれればと沢山可愛がった。
しばらく我が家で過ごすうちに感情豊かな子供に戻ったけれど……そうかあの時、彼にとって家業に繋がる読書もまた負担だったのか。
「あなたが本を嫌いにならなくて良かったわ」
「大叔母様には本当に感謝しています」
「ふふ、子供を守るのは親の役目だもの」
そう答えながら、私は同じ作者の見た事のない題名の本があることに気づいた。
「まあ……もしかして新しく出たのかしら?」
「ああ確か十年ぶりの新作が出たと少し前に話題になりましたね」
「まあ、素敵!」
それは是非読まないと!
期待に胸が高鳴るのを感じながら私は本を手に取った。
他にも以前よく読んだ作者の、まだ読んでいない本が何冊かあるのを見つけて手に取っていく。
「大叔母様はそういう冒険小説が好きですよね、すぐ城から脱走する姫君が出てくるものとか」
「アイシャ姫ね、あれは本当に面白かったわ」
『アイシャ姫の冒険』と名付けられたシリーズは、とある国の姫君が城を抜け出しては街を探検する物語だった。
平民の子と仲良くなったり、時には盗賊の仲間にされそうになったり……子供の頃、ドキドキしながら読んだものだった。
自由を求めて城を抜け出すアイシャ姫に自分を重ねて――それで私も屋敷を抜け出したのよね。
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