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10 警戒するのはいいことだ
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バシャリと温泉の中で一斉に魔物たちが立ち上がり、逃げだす気配と音がする。
(え、なに……)
ザワリ、と鳥肌が立つような感覚を覚えた。
「……何だこの魔力と……血の匂い」
エーリックが低い声でつぶやいた。
この嫌な感覚が……魔力?
視線の先、茂みが揺れると人影のようなものが見えた。
(人間……違う)
二メートル近くあるだろう。まるで熊のように大きな体格でマントを羽織った、人間の姿によく似たそれは真っ赤な目をしていた。
(魔物――?)
今まで見てきた魔物は全て獣の姿で。
ひとに似た姿の魔物は初めてだ。
魔物は足を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「……怪我してる?」
よく見ると黒いマントに赤黒いものがべっとりと付いている。
その顔は青ざめて恐ろしい表情をしていたが、それは苦痛に耐えているようだった。
「温泉……入りに来たのかな」
「分からないが、あれは強い」
エーリックが私を強く抱きしめた。
「逃げるぞヒナノ」
「え、でも……怪我が」
怪我してるなら、治さないと。
「治った途端に襲う可能性がある」
「……でも」
よろよろと歩いてくる姿に、雪男だったエーリックの姿が重なった。
「その温泉に入ると怪我が治るから!」
「あ、おい」
叫ぶと、赤いひとはこちらを見て、それから温泉へと視線を移した。
「そうそのお湯!」
「ヒナノ」
「エーリックだってつらかったし、助かって良かったでしょ」
顔を見てそう言うと、エーリックはぐ、と唇をかんだ。
私たちが見守る前を不安定な足取りで通り過ぎていった赤いひとは温泉の前まで来ると、立ち止まることなくそのまま入っていった。
エーリックの時と同じように、強い光が温泉からあふれ出した。
「――これは……」
光が消えると、血色のよくなったひとが驚いたように自分を見回していた。
「痛いところはないですか」
声をかけると、驚いたままの表情でこちらを見てすぐに破顔した。
「おう! 嬢ちゃんが治してくれたのか」
大きくて重そうな身体に似合わず軽い足取りで駆け寄ってくると、エーリックがその前に立ちふさがった。
「怪我が治ったならさっさと帰ってくれ」
「ちょっとエーリック!」
治ったばかりでそれはひどいんじゃないかな!
「ハハッ警戒するのはいいことだ」
けれど赤いひとは立ち止まると、笑顔でそう言った。
「驚かせて悪かったな、助かったよ。全くあの勇者の剣てやつは厄介だよ」
「勇者……?」
勇者って、あの勇者?
「ああ。あのガキども突然襲ってきやがって。こっちの話を全く聞きやしないんだ」
「あ、あの! その中にリンちゃんって子がいませんでしたか?」
「リンちゃん?」
「黒髪の女の子で、聖女って呼ばれてるんですけど」
「聖女……ああ、あの変わった娘か」
「変わった……」
「俺を見て顔はいいけど枯れ具合が足りないだの身体は合格だの。何なんだあれは」
「……リンちゃんだ」
想像できてしまって頭を抱えたくなった。
リンちゃんは高校生なのにいわゆる「オジ専」で、しかも格闘家のような、がっちりした筋肉質体型の人が好きなのだ。
居酒屋でアルバイトしているのも出会いが欲しいかららしい。
目の前の赤いひとは見た目三十代くらいで、確かにリンちゃん的にはまだ若いだろう。
「で、嬢ちゃんは勇者と知り合いなのか」
赤いひとの視線が鋭くなった。
「……リンちゃんは後輩だけど、他の人たちは会ったこともないです」
遠目で見たことがあるだけだ。
「後輩?」
「私たち、異世界から召喚されたんです」
「異世界から?」
「なんか、魔王を倒すためだとか……」
「ほう」
赤いひとから圧力のようなものが発せられるのを感じた。
とっさにエーリックが私を後ろに隠す。
「嬢ちゃんも魔王を倒しにきたのか?」
「わ、私はただ巻き込まれただけです!」
「彼女はむしろ魔物の味方だ。こうやって、その泉で傷ついた魔物たちを癒やしている」
エーリックが言った。
「……お前」
赤いひとはエーリックを見て、何かに気づいたように目を見開いた。
「お前、半魔だな」
「半魔?」
「魔物と人間の間の子だ」
「……そうかもしれない。父親は知らないし会ったこともないが」
「ふうん」
私たちをしばらく見つめて、赤いひとはまたにっと笑った。
「そうだな、嬢ちゃんは俺の恩人だな。またあとで礼に来るよ」
「え」
「礼はいらないし来なくていい」
「俺はアルバンだ。お前らは」
エーリックの言葉を無視して赤いひとは尋ねた。
「……ヒナノです」
「エーリックだ」
「ヒナノとエーリックか。ホントありがとな」
バサリ、と大きな音が聞こえると、アルバンと名乗ったその背中から黒いコウモリのような翼が生えた。
「飛んだ……!?」
翼を羽ばたかせながら、アルバンさんの姿はあっという間に消えていった。
「……魔物って翼があるの!?」
カッコいい!
「俺はないぞ」
期待の眼差しでエーリックを見たけれど、すぐに否定されてしまった。
「ええ……翼があったらカッコいいのに」
コウモリもいいけど、天使みたいな白い翼のほうがエーリックには似合うよね。
「……というか、ヒナノは俺が半分魔物でもいいのか」
「え? 今更?」
初めて会った時にそんなこと言ってたじゃん。
「……そうかもしれないとは言ったが」
「どっちでもいいよ。人間でも魔物でも」
今の姿が仮の姿で、あの雪男が本当の姿だって言われたら……まあ、中身が変わらないなら別にいいか。
「それに、それを言ったら私はこの世界の人間じゃないよ? 魔物と異世界人、どっちもどっちなんじゃない」
「……あんたって、そういう奴だよな」
ふ、とエーリックは口端を緩めると、その笑みを浮かべたまま……私の唇に、口づけを落とした。
「……!」
「ヒナノ。今夜はすぐ寝るなよ」
固まっていると、さらに笑みを深めた口からそんな言葉が出てきた。
(え、なに……)
ザワリ、と鳥肌が立つような感覚を覚えた。
「……何だこの魔力と……血の匂い」
エーリックが低い声でつぶやいた。
この嫌な感覚が……魔力?
視線の先、茂みが揺れると人影のようなものが見えた。
(人間……違う)
二メートル近くあるだろう。まるで熊のように大きな体格でマントを羽織った、人間の姿によく似たそれは真っ赤な目をしていた。
(魔物――?)
今まで見てきた魔物は全て獣の姿で。
ひとに似た姿の魔物は初めてだ。
魔物は足を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「……怪我してる?」
よく見ると黒いマントに赤黒いものがべっとりと付いている。
その顔は青ざめて恐ろしい表情をしていたが、それは苦痛に耐えているようだった。
「温泉……入りに来たのかな」
「分からないが、あれは強い」
エーリックが私を強く抱きしめた。
「逃げるぞヒナノ」
「え、でも……怪我が」
怪我してるなら、治さないと。
「治った途端に襲う可能性がある」
「……でも」
よろよろと歩いてくる姿に、雪男だったエーリックの姿が重なった。
「その温泉に入ると怪我が治るから!」
「あ、おい」
叫ぶと、赤いひとはこちらを見て、それから温泉へと視線を移した。
「そうそのお湯!」
「ヒナノ」
「エーリックだってつらかったし、助かって良かったでしょ」
顔を見てそう言うと、エーリックはぐ、と唇をかんだ。
私たちが見守る前を不安定な足取りで通り過ぎていった赤いひとは温泉の前まで来ると、立ち止まることなくそのまま入っていった。
エーリックの時と同じように、強い光が温泉からあふれ出した。
「――これは……」
光が消えると、血色のよくなったひとが驚いたように自分を見回していた。
「痛いところはないですか」
声をかけると、驚いたままの表情でこちらを見てすぐに破顔した。
「おう! 嬢ちゃんが治してくれたのか」
大きくて重そうな身体に似合わず軽い足取りで駆け寄ってくると、エーリックがその前に立ちふさがった。
「怪我が治ったならさっさと帰ってくれ」
「ちょっとエーリック!」
治ったばかりでそれはひどいんじゃないかな!
「ハハッ警戒するのはいいことだ」
けれど赤いひとは立ち止まると、笑顔でそう言った。
「驚かせて悪かったな、助かったよ。全くあの勇者の剣てやつは厄介だよ」
「勇者……?」
勇者って、あの勇者?
「ああ。あのガキども突然襲ってきやがって。こっちの話を全く聞きやしないんだ」
「あ、あの! その中にリンちゃんって子がいませんでしたか?」
「リンちゃん?」
「黒髪の女の子で、聖女って呼ばれてるんですけど」
「聖女……ああ、あの変わった娘か」
「変わった……」
「俺を見て顔はいいけど枯れ具合が足りないだの身体は合格だの。何なんだあれは」
「……リンちゃんだ」
想像できてしまって頭を抱えたくなった。
リンちゃんは高校生なのにいわゆる「オジ専」で、しかも格闘家のような、がっちりした筋肉質体型の人が好きなのだ。
居酒屋でアルバイトしているのも出会いが欲しいかららしい。
目の前の赤いひとは見た目三十代くらいで、確かにリンちゃん的にはまだ若いだろう。
「で、嬢ちゃんは勇者と知り合いなのか」
赤いひとの視線が鋭くなった。
「……リンちゃんは後輩だけど、他の人たちは会ったこともないです」
遠目で見たことがあるだけだ。
「後輩?」
「私たち、異世界から召喚されたんです」
「異世界から?」
「なんか、魔王を倒すためだとか……」
「ほう」
赤いひとから圧力のようなものが発せられるのを感じた。
とっさにエーリックが私を後ろに隠す。
「嬢ちゃんも魔王を倒しにきたのか?」
「わ、私はただ巻き込まれただけです!」
「彼女はむしろ魔物の味方だ。こうやって、その泉で傷ついた魔物たちを癒やしている」
エーリックが言った。
「……お前」
赤いひとはエーリックを見て、何かに気づいたように目を見開いた。
「お前、半魔だな」
「半魔?」
「魔物と人間の間の子だ」
「……そうかもしれない。父親は知らないし会ったこともないが」
「ふうん」
私たちをしばらく見つめて、赤いひとはまたにっと笑った。
「そうだな、嬢ちゃんは俺の恩人だな。またあとで礼に来るよ」
「え」
「礼はいらないし来なくていい」
「俺はアルバンだ。お前らは」
エーリックの言葉を無視して赤いひとは尋ねた。
「……ヒナノです」
「エーリックだ」
「ヒナノとエーリックか。ホントありがとな」
バサリ、と大きな音が聞こえると、アルバンと名乗ったその背中から黒いコウモリのような翼が生えた。
「飛んだ……!?」
翼を羽ばたかせながら、アルバンさんの姿はあっという間に消えていった。
「……魔物って翼があるの!?」
カッコいい!
「俺はないぞ」
期待の眼差しでエーリックを見たけれど、すぐに否定されてしまった。
「ええ……翼があったらカッコいいのに」
コウモリもいいけど、天使みたいな白い翼のほうがエーリックには似合うよね。
「……というか、ヒナノは俺が半分魔物でもいいのか」
「え? 今更?」
初めて会った時にそんなこと言ってたじゃん。
「……そうかもしれないとは言ったが」
「どっちでもいいよ。人間でも魔物でも」
今の姿が仮の姿で、あの雪男が本当の姿だって言われたら……まあ、中身が変わらないなら別にいいか。
「それに、それを言ったら私はこの世界の人間じゃないよ? 魔物と異世界人、どっちもどっちなんじゃない」
「……あんたって、そういう奴だよな」
ふ、とエーリックは口端を緩めると、その笑みを浮かべたまま……私の唇に、口づけを落とした。
「……!」
「ヒナノ。今夜はすぐ寝るなよ」
固まっていると、さらに笑みを深めた口からそんな言葉が出てきた。
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