9 / 45
第一章
08
しおりを挟む
この日、カタリーナは放課後久しぶりに王宮へと上がっていた。
カタリーナがいるのは王族の居住区域にあるサロンだ。
目の前にはカタリーナを呼び出したハインツが座っている。
……これは、好きな人が出来たから婚約を解消したいということだろうか。
それとも例の噂のことで咎められるのだろうか。
「カタリーナ」
期待と不安を胸に抱きながら目を伏せているとハインツが口を開いた。
「はい」
「隣に座っていいか」
「……はい?」
思わず顔を上げると、ハインツはカタリーナの返事を待たずに立ち上がり、その隣へと腰を下ろした。
(え……距離が近くない?)
エスコートやダンスの時に触れることはあるけれど……どうして肩が触れるくらい密着して座るのだろう。
そもそもソファに並んで座るなんて初めてだ。
(それにどうして手を握って来るの?!)
指を絡めるようにカタリーナの手を握ったハインツの意図がわからず、絡められた手をじっと見つめるカタリーナの耳元で、ふっと寂しげな吐息が聞こえた。
「やはり君は私に興味がないのだな」
「……え」
「少しでも私を意識していれば恥ずかしがるなり何らかの反応をするものだが」
思わず顔を上げる。
目の前のハインツは寂しげにカタリーナを見つめていた。
……しまった。
バレてしまった。
———いやそもそも隠してもいなかったし、ハインツも同じだと思っていたのだけれど。
「それは……失礼をいたしました」
「そう素直に認められると虚しくなるのだが」
頭を下げたカタリーナに、ふ、とハインツは再び息を吐いた。
「先日両親に怒られたのだ」
唐突にハインツは話題を変えた。
「両陛下に……ですか」
「お前達は婚約しているくせに他人行儀過ぎる、このままでは将来が不安だと」
カタリーナはハインツを見た。
「いくら政略結婚とはいえ、国王となる兄を支えていくには夫婦として信頼関係を築き共に支えあっていかなければやっていけないと」
「……それは……はい。そうですね」
「お前達は優秀だけれど愛情が足りていない。カタリーナの妃教育も区切りがついたのだから後は二人の心を通わせるようにと命じられたんだ」
———ん?
カタリーナは内心首を傾げた。
両陛下の言い分は正しい。
カタリーナも父親から同じようなことを言われた。
確かに将来夫婦となるのだから、カタリーナとハインツは信頼関係を築かなければならない。
でも。
ならばどうしてハインツはカタリーナではなく、他の女生徒と仲良くしているのだろう。
目線で訴えたのが分かったのか、ハインツはその綺麗な眉を下げた。
「君は私に興味がないようだったからな。まず私のことを意識してもらうことから始めようと思ったのだが、女性の気を引く方法というのを知らなくてね。ランベルトに相談したら他の女性と親密になったように見せかけて嫉妬させればいいのではと」
「……それで他の令嬢の方と?」
ランベルトはハインツの従者で、乳兄弟ということもあって幼い頃から親しくしていると聞いていた。
「ちょうど私にしつこく付きまとってきていたから何回か相手をしたんだ。だが君は我関せずだし、あの令嬢も何を勘違いしたのか嘘を振りまき出すし……だからこの作戦は止めて、君に直接言うことにしたんだ」
(そんなこと、最初から私に言ってくれればいいのに……というか)
「その作戦というのは……お相手のご令嬢には明かしたのですか」
「いいや。演技だとバレたら困るからね」
ハインツの返事にカタリーナは目を丸くした。
「それは……勘違いされるのも当然かと思われますが」
「そうか? 大体私が婚約者である君以外の女性と必要以上に親しくするはずないだろう」
「———相手の方はそうは思われませんわ」
想いを寄せる王子と何度も二人きりで会っていたら自分が特別だと思ってしまうのは仕方ないだろう。
悪意で嘘の噂を流すのは許されないことだけれど……乙女心を利用してしまったハインツにも問題はある。
「……その相手の方に説明はされたのですか」
「いや、まだだ」
「ではきちんと説明して、お詫びもして下さいませ」
「———君はやはり私に興味はないのだな」
ぐ、とハインツの手に力がこもった。
そのままぐいと引き寄せられて……カタリーナはハインツの腕の中に閉じ込められた。
「ランベルト曰く、こうやって抱きしめればさすがに君も私を意識すると言われたのだが……効果がないようだな」
「……ランベルト様のおっしゃったことは忘れましょうか」
他にハインツにこういうことを指導する者はいなかったのだろうか。
思わず冷めた目でハインツを見てしまう。
そんなカタリーナに、ハインツは淋しげに眉を下げた。
「……そういう殿下は、私のことをどうお思いになられているのですか」
思い返しても、ハインツがカタリーナに好意を寄せているような態度は感じられなかったと思う。
「好ましく思っているよ。この三年間、君は泣き言ひとつ言わずお妃教育をこなしてくれた。学園でもお妃として相応しい振る舞いをしてくれている。私は君が婚約者で良かったと思っているんだ」
「それは……ありがとうございます」
「けれど私はまだ君のことを深くは知らない。それは君もだろう? 私達はもっと互いをよく知るべきだ」
「……はい」
「それで、次の休日に一緒に出かけようと思うのだが」
「次の休日……ですか」
「何か用事があるのか?」
「……弟と遠乗りに……」
思わずそう口にしてカタリーナは慌てて口をつぐんだ。
「遠乗り? 君は馬に乗るのか?」
ハインツは意外そうに目を丸くした。
確かにカタリーナは馬にも乗れるが、『遠乗り』はアルムスター家の隠語で『ギルドへ行く』と言う意味だ。
思わず言ってしまったが、さすがにハインツもそんな意味が含まれているとは気づかないだろう。
「そうか、私も馬は好きなんだ」
ハインツは笑顔を見せた。
「ならば一緒に行こう。直轄領の一つにいい場所があるんだ」
「……はい」
違うとも言えるはずもなく、カタリーナは頷いた。
カタリーナがいるのは王族の居住区域にあるサロンだ。
目の前にはカタリーナを呼び出したハインツが座っている。
……これは、好きな人が出来たから婚約を解消したいということだろうか。
それとも例の噂のことで咎められるのだろうか。
「カタリーナ」
期待と不安を胸に抱きながら目を伏せているとハインツが口を開いた。
「はい」
「隣に座っていいか」
「……はい?」
思わず顔を上げると、ハインツはカタリーナの返事を待たずに立ち上がり、その隣へと腰を下ろした。
(え……距離が近くない?)
エスコートやダンスの時に触れることはあるけれど……どうして肩が触れるくらい密着して座るのだろう。
そもそもソファに並んで座るなんて初めてだ。
(それにどうして手を握って来るの?!)
指を絡めるようにカタリーナの手を握ったハインツの意図がわからず、絡められた手をじっと見つめるカタリーナの耳元で、ふっと寂しげな吐息が聞こえた。
「やはり君は私に興味がないのだな」
「……え」
「少しでも私を意識していれば恥ずかしがるなり何らかの反応をするものだが」
思わず顔を上げる。
目の前のハインツは寂しげにカタリーナを見つめていた。
……しまった。
バレてしまった。
———いやそもそも隠してもいなかったし、ハインツも同じだと思っていたのだけれど。
「それは……失礼をいたしました」
「そう素直に認められると虚しくなるのだが」
頭を下げたカタリーナに、ふ、とハインツは再び息を吐いた。
「先日両親に怒られたのだ」
唐突にハインツは話題を変えた。
「両陛下に……ですか」
「お前達は婚約しているくせに他人行儀過ぎる、このままでは将来が不安だと」
カタリーナはハインツを見た。
「いくら政略結婚とはいえ、国王となる兄を支えていくには夫婦として信頼関係を築き共に支えあっていかなければやっていけないと」
「……それは……はい。そうですね」
「お前達は優秀だけれど愛情が足りていない。カタリーナの妃教育も区切りがついたのだから後は二人の心を通わせるようにと命じられたんだ」
———ん?
カタリーナは内心首を傾げた。
両陛下の言い分は正しい。
カタリーナも父親から同じようなことを言われた。
確かに将来夫婦となるのだから、カタリーナとハインツは信頼関係を築かなければならない。
でも。
ならばどうしてハインツはカタリーナではなく、他の女生徒と仲良くしているのだろう。
目線で訴えたのが分かったのか、ハインツはその綺麗な眉を下げた。
「君は私に興味がないようだったからな。まず私のことを意識してもらうことから始めようと思ったのだが、女性の気を引く方法というのを知らなくてね。ランベルトに相談したら他の女性と親密になったように見せかけて嫉妬させればいいのではと」
「……それで他の令嬢の方と?」
ランベルトはハインツの従者で、乳兄弟ということもあって幼い頃から親しくしていると聞いていた。
「ちょうど私にしつこく付きまとってきていたから何回か相手をしたんだ。だが君は我関せずだし、あの令嬢も何を勘違いしたのか嘘を振りまき出すし……だからこの作戦は止めて、君に直接言うことにしたんだ」
(そんなこと、最初から私に言ってくれればいいのに……というか)
「その作戦というのは……お相手のご令嬢には明かしたのですか」
「いいや。演技だとバレたら困るからね」
ハインツの返事にカタリーナは目を丸くした。
「それは……勘違いされるのも当然かと思われますが」
「そうか? 大体私が婚約者である君以外の女性と必要以上に親しくするはずないだろう」
「———相手の方はそうは思われませんわ」
想いを寄せる王子と何度も二人きりで会っていたら自分が特別だと思ってしまうのは仕方ないだろう。
悪意で嘘の噂を流すのは許されないことだけれど……乙女心を利用してしまったハインツにも問題はある。
「……その相手の方に説明はされたのですか」
「いや、まだだ」
「ではきちんと説明して、お詫びもして下さいませ」
「———君はやはり私に興味はないのだな」
ぐ、とハインツの手に力がこもった。
そのままぐいと引き寄せられて……カタリーナはハインツの腕の中に閉じ込められた。
「ランベルト曰く、こうやって抱きしめればさすがに君も私を意識すると言われたのだが……効果がないようだな」
「……ランベルト様のおっしゃったことは忘れましょうか」
他にハインツにこういうことを指導する者はいなかったのだろうか。
思わず冷めた目でハインツを見てしまう。
そんなカタリーナに、ハインツは淋しげに眉を下げた。
「……そういう殿下は、私のことをどうお思いになられているのですか」
思い返しても、ハインツがカタリーナに好意を寄せているような態度は感じられなかったと思う。
「好ましく思っているよ。この三年間、君は泣き言ひとつ言わずお妃教育をこなしてくれた。学園でもお妃として相応しい振る舞いをしてくれている。私は君が婚約者で良かったと思っているんだ」
「それは……ありがとうございます」
「けれど私はまだ君のことを深くは知らない。それは君もだろう? 私達はもっと互いをよく知るべきだ」
「……はい」
「それで、次の休日に一緒に出かけようと思うのだが」
「次の休日……ですか」
「何か用事があるのか?」
「……弟と遠乗りに……」
思わずそう口にしてカタリーナは慌てて口をつぐんだ。
「遠乗り? 君は馬に乗るのか?」
ハインツは意外そうに目を丸くした。
確かにカタリーナは馬にも乗れるが、『遠乗り』はアルムスター家の隠語で『ギルドへ行く』と言う意味だ。
思わず言ってしまったが、さすがにハインツもそんな意味が含まれているとは気づかないだろう。
「そうか、私も馬は好きなんだ」
ハインツは笑顔を見せた。
「ならば一緒に行こう。直轄領の一つにいい場所があるんだ」
「……はい」
違うとも言えるはずもなく、カタリーナは頷いた。
47
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる