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3.懺悔
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「殿下」
顔を覆ったまま動かないエルネストに、ステファノは口を開いた。
「この一週間、調査いたしました」
「…調査?」
エルネストはゆるゆると頭を上げた。
「殿下の他にもアンジェリカ嬢と親しくしていた者達ですが。あのパーティー以降、殿下同様アンジェリカ嬢との事を反省する言葉を口にしているようです」
「———どういう事だ」
「まるで魔法が解けたようだと言いましょうか。全員綺麗さっぱりアンジェリカ嬢を慕う気持ちを失ってしまったそうです。…殿下のように」
ステファノの言葉にエルネストは目を見開いた。
「それは…一体何が…」
「調査担当の話では、おそらくアンジェリカ嬢に何が原因があるのではと。今アンジェリカ嬢と養父のタルティーニ子爵を調べている所です」
「そう、か…」
「この事は今朝陛下にも報告されました」
「……父上は何と?」
「〝目が覚めたのなら深く反省し迷惑を掛けた相手に謝罪するように〟と。皆様それぞれ婚約者がいらっしゃいましたからね。破棄を言い渡したのは殿下だけですが」
冷たさを感じる視線を送られて、エルネストは思わず視線を落とした。
「それから、陛下からルーチェ嬢とドゥランテ侯爵へ謝罪と使者を送っているのですが。先方からの反応は全くありません」
「何…?」
エルネストは顔を上げた。
「殿下からの謝罪の手紙も一緒に渡しているのですが。使者は門前払い、手紙は受け取ったようですが…果たして読んでもらえているか」
ふう、とステファノは息を吐いた。
「侯爵というよりも、ルーチェ嬢の兄達が激怒しているようです」
「…ああ———」
ルーチェの双子の兄ルキーノと、長男のレナート。
彼らの妹への溺愛ぶりは社交界でも有名で、エルネストもルーチェと婚約した時にその洗礼を受けた。
〝王子といえど妹を泣かせる事があったら許さない〟と言われ…そして誕生日パーティーで倒れたルーチェを抱きとめたルキーノの、エルネストを睨みつけたあの顔。
あれは明確に、エルネストへの殺意を抱いた目だった。
———約束を違えたのだから恨まれても仕方はないのだが。
「…ドゥランテ侯爵邸へ行くことは出来るだろうか」
「ルーチェ嬢へ会いに行かれるのですか」
「いや…会ってはもらえないだろう。せめて家族には謝りたい」
本当ならばルーチェに会って、謝罪と自分の気持ちを伝えたい。
けれど今の自分には…彼女に会わせる顔がない。
「分かりました。返事が頂けるかは分かりませんが伝えてみます」
「ああ、頼む」
そう答えて、気持ちを入れ替えるように息を吐くとエルネストは再び書類へと向き合った。
ドゥランテ侯爵家の長男レナートが王宮を訪れたのは、その三日後だった。
普段は次期侯爵として父親の代わりに領地でその経営に関わっているレナートは、誕生日パーティーに出席する為に王都に来ており、そのままタウンハウスに滞在していたらしい。
「こちらから伺うつもりだったのだが」
「いえ、殿下に御足労いただく訳にはまいりませんから」
穏やかな笑みを浮かべてレナートはエルネストと向き合った。
「国王陛下にもご心配を頂いておりましたが、我が家も一段落つきましたので陛下への報告も兼ねて王宮へ伺いました」
「…そうか」
ソファへ座るよう促すと、エルネストもその正面へと座る。
「———レナート殿。この度の事、誠に申し訳ない」
レナートをひたと見据えてエルネストは言った。
「私のせいでルーチェを傷つけてしまった。謝って済むものではないが…本当に、悪かった」
「今回の事は、どうやら事情があるそうですね」
ルーチェによく似たエメラルド色の瞳がエルネストを見据えた。
「ですがそれがどんな事情でも、殿下がルーチェにした仕打ちは事実として消える事はありません」
「…分かっている」
「そして彼女が負った傷も、決して消えないんです」
レナートの瞳が苦しげに揺れた。
「この半年間。ルーチェがどんな思いだったか、どれだけ苦しかったか。殿下はご存知ないでしょう」
「それは…」
「そもそもの原因は殿下です。けれどこうなる前にルーチェを守れなかった我々兄弟にも責任はある。ですから、私と弟ルキーノは決めました」
穏やかな瞳の奥に鋭い光が宿った。
「まず、父は隠居させます」
「侯爵を?」
「私とルキーノ、それに母が殿下との婚約を解消するよう何度も父に訴えてきました。けれど父はそれに応える事はありませんでした。娘を守れない父親などいりません」
エルネストの元を訪れる前、レナートは国王と謁見していた。
その場で父親の侯爵を隠居させる事、そして自身が侯爵家を継ぐ事を伝え、許可を得てきたのだ。
「それから、ルーチェは国外に出しました」
「……は?」
エルネストは目を見開いた。
「国外に…?」
「公の場、しかも大勢の前で婚約破棄を宣言されたのですよ。もうあの子にはこの国に居場所はありません」
先刻までの穏やかな表情は消え失せ———冷めた顔でレナートはエルネストを見た。
「……ルーチェは…どこへ…」
「殿下には関係のない事です」
酷く冷たい声でレナートは言い放った。
顔を覆ったまま動かないエルネストに、ステファノは口を開いた。
「この一週間、調査いたしました」
「…調査?」
エルネストはゆるゆると頭を上げた。
「殿下の他にもアンジェリカ嬢と親しくしていた者達ですが。あのパーティー以降、殿下同様アンジェリカ嬢との事を反省する言葉を口にしているようです」
「———どういう事だ」
「まるで魔法が解けたようだと言いましょうか。全員綺麗さっぱりアンジェリカ嬢を慕う気持ちを失ってしまったそうです。…殿下のように」
ステファノの言葉にエルネストは目を見開いた。
「それは…一体何が…」
「調査担当の話では、おそらくアンジェリカ嬢に何が原因があるのではと。今アンジェリカ嬢と養父のタルティーニ子爵を調べている所です」
「そう、か…」
「この事は今朝陛下にも報告されました」
「……父上は何と?」
「〝目が覚めたのなら深く反省し迷惑を掛けた相手に謝罪するように〟と。皆様それぞれ婚約者がいらっしゃいましたからね。破棄を言い渡したのは殿下だけですが」
冷たさを感じる視線を送られて、エルネストは思わず視線を落とした。
「それから、陛下からルーチェ嬢とドゥランテ侯爵へ謝罪と使者を送っているのですが。先方からの反応は全くありません」
「何…?」
エルネストは顔を上げた。
「殿下からの謝罪の手紙も一緒に渡しているのですが。使者は門前払い、手紙は受け取ったようですが…果たして読んでもらえているか」
ふう、とステファノは息を吐いた。
「侯爵というよりも、ルーチェ嬢の兄達が激怒しているようです」
「…ああ———」
ルーチェの双子の兄ルキーノと、長男のレナート。
彼らの妹への溺愛ぶりは社交界でも有名で、エルネストもルーチェと婚約した時にその洗礼を受けた。
〝王子といえど妹を泣かせる事があったら許さない〟と言われ…そして誕生日パーティーで倒れたルーチェを抱きとめたルキーノの、エルネストを睨みつけたあの顔。
あれは明確に、エルネストへの殺意を抱いた目だった。
———約束を違えたのだから恨まれても仕方はないのだが。
「…ドゥランテ侯爵邸へ行くことは出来るだろうか」
「ルーチェ嬢へ会いに行かれるのですか」
「いや…会ってはもらえないだろう。せめて家族には謝りたい」
本当ならばルーチェに会って、謝罪と自分の気持ちを伝えたい。
けれど今の自分には…彼女に会わせる顔がない。
「分かりました。返事が頂けるかは分かりませんが伝えてみます」
「ああ、頼む」
そう答えて、気持ちを入れ替えるように息を吐くとエルネストは再び書類へと向き合った。
ドゥランテ侯爵家の長男レナートが王宮を訪れたのは、その三日後だった。
普段は次期侯爵として父親の代わりに領地でその経営に関わっているレナートは、誕生日パーティーに出席する為に王都に来ており、そのままタウンハウスに滞在していたらしい。
「こちらから伺うつもりだったのだが」
「いえ、殿下に御足労いただく訳にはまいりませんから」
穏やかな笑みを浮かべてレナートはエルネストと向き合った。
「国王陛下にもご心配を頂いておりましたが、我が家も一段落つきましたので陛下への報告も兼ねて王宮へ伺いました」
「…そうか」
ソファへ座るよう促すと、エルネストもその正面へと座る。
「———レナート殿。この度の事、誠に申し訳ない」
レナートをひたと見据えてエルネストは言った。
「私のせいでルーチェを傷つけてしまった。謝って済むものではないが…本当に、悪かった」
「今回の事は、どうやら事情があるそうですね」
ルーチェによく似たエメラルド色の瞳がエルネストを見据えた。
「ですがそれがどんな事情でも、殿下がルーチェにした仕打ちは事実として消える事はありません」
「…分かっている」
「そして彼女が負った傷も、決して消えないんです」
レナートの瞳が苦しげに揺れた。
「この半年間。ルーチェがどんな思いだったか、どれだけ苦しかったか。殿下はご存知ないでしょう」
「それは…」
「そもそもの原因は殿下です。けれどこうなる前にルーチェを守れなかった我々兄弟にも責任はある。ですから、私と弟ルキーノは決めました」
穏やかな瞳の奥に鋭い光が宿った。
「まず、父は隠居させます」
「侯爵を?」
「私とルキーノ、それに母が殿下との婚約を解消するよう何度も父に訴えてきました。けれど父はそれに応える事はありませんでした。娘を守れない父親などいりません」
エルネストの元を訪れる前、レナートは国王と謁見していた。
その場で父親の侯爵を隠居させる事、そして自身が侯爵家を継ぐ事を伝え、許可を得てきたのだ。
「それから、ルーチェは国外に出しました」
「……は?」
エルネストは目を見開いた。
「国外に…?」
「公の場、しかも大勢の前で婚約破棄を宣言されたのですよ。もうあの子にはこの国に居場所はありません」
先刻までの穏やかな表情は消え失せ———冷めた顔でレナートはエルネストを見た。
「……ルーチェは…どこへ…」
「殿下には関係のない事です」
酷く冷たい声でレナートは言い放った。
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