乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子

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前編

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「アンナ・ウォーディントン!お前との婚約は既に破棄されている!」


ああ———三次元でも推しは尊い。

突如始まった糾弾劇に周囲の人々が息を呑む中、私は心の中でそっと手を合わせ声の主を拝んだ。


ここはホイートストン王国にある王立貴族学園の大ホール。
今日は卒業式で、今は卒業パーティーの真っ只中。
いつもは制服姿の生徒達も、今日は煌びやかなドレスやコートを身に纏っている。
卒業後に社交界デビューする生徒達にとって、父母達も参加するここは最初の晴れ舞台。
見送る在校生にとっては、社交界に入ってしまったら雲の上の存在となってしまうような高位貴族の子息達と最後に触れ合えるチャンスという事で皆気合が入っている。

そんな中、私は一人壁の花として片隅に陣取っていた。
在校生はこのパーティーへの参加は自由だ。
懇意にしていた先輩も、繋がりを持ちたい相手もいない私がこの場にいる理由。
それはただ一つ、これから始まるシーンをこの目で見たいためだ。



「まあ、殿下…お戯れを」
美しく整えられた眉をひそめたのはアンナ・ウォーディントン侯爵令嬢。
スタイルの良さを強調した真っ赤なドレスを身にまとい、これでもかと巻いたドリルのような黒髪。
キツい印象をあたえる吊り目の、けれどとても美しい顔———絵に書いたような『悪役令嬢』だ。

対峙するのは『殿下』こと、アンナ嬢の婚約者でこの国の王太子、ランドルフ・ホイートストン。
頭脳明晰で剣の腕も立ち、人望もあり、そしてなにより、そのお顔。
切れ長の翡翠色の瞳に太陽のように輝く黄金色の髪。
冬の夜空に輝く月のような冷たさを感じさせる美貌だけれど…いやだからこそ、時折見せる柔らかな笑顔にやられてしまう女子は多い。
全ての女生徒憧れと言っても過言のない絶大的なヒーロー、それがランドルフ殿下だ。


「戯れではない。お前がこのフローラ・ウォードに数々の嫌がらせを行なってきた事は既に調査済みだ。証拠も揃っている」
書類を掲げる殿下の背後で、ふわふわとしたピンクゴールドの髪を震わせながら怯える愛らしい少女フローラ。
元々は平民だったが、その可憐な容姿と優秀な頭脳で男爵家に引き取られ養子となった『ヒロイン』だ。


ああ、やっと拝める。
この日を、この場面を見るために私はこの学園に入ったのだ。

「本当に…ここは乙女ゲームの世界だったんだ…」

思わず漏れた私の呟きはざわめきによってかき消されていった。




私が前世の記憶を思い出したのは五歳の時だった。
突然頭の中に流れ込んできた、別の誰かの人生…けれどすぐに、それは自分の記憶だと気付いた。

この世界にはない、日本という国で生きていた私は———どうやらいわゆる異世界転生をしたらしい。
前世でそんな小説や漫画を読んでいた私はすぐにそう思い立った。
ならばここは乙女ゲームの世界なのか、それとも私には特別な役割があるのか。
外に出る事もままならない五歳の令嬢にそれを調べるのは難しかったが…十歳の頃、地図を見ていて覚えのある地名を見つけた。
そうして分かったのだ、ここが乙女ゲームの世界である事を。

元平民のヒロインが、学園で才能を発揮し王子や高位貴族の子息に認められ、結ばれるストーリー。
一人の攻略対象に対し初心者向けから攻略が難しいルートまで幾つもの多彩なイベントとエンディングがあり、また綺麗な絵柄も相まって幅広く人気があるゲームだった。

私も一時期ハマり、ずっと遊んでいたそのゲームだとすぐに気がつかなかったのは…私がモブだったからだ。
一応私の存在が示されるシーンもあったけれど、顔も名前も出ないのでは気がつけない。

それにしても、どうしてモブなどに転生したのだろう。
理由はさっぱり分からないけれど、せっかくだからゲームの世界を楽しみたい。
あんなシーンやこんなシーン、魅力的なキャラをこの目で見てみたい。

本当は別の学園に通うはずだったのを、お父様に頼み込んでこの学園に通う事ができたのだ。


だが、悲しいかな。
私は彼らとは一つ下の学年だったのだ。

なかなかその姿を見る事ができず、イベントに遭遇する事もなく。
それでも噂でヒロインのフローラが王太子と親しいという情報を得る事ができた。

王太子ランドルフは五人いた攻略対象の内、一番好きなキャラだった。
彼のルートは初心者向けにひたすら甘いものから共に陰謀に立ち向かうサスペンス風など、何種類もあった。
同じルートでもエンディングは更にいくつもあり、中には見るのがとても難しいエンドもある。

ヒロインはその王太子ルートに入ったのか。
それは何と喜ばしい。

自分が攻略対象とどうにかなりたいという気持ちはない。
彼らは王太子や未来の宰相やら…その肩書が大きすぎるのだ。
前世の記憶がある私はどうにも王侯貴族の世界には馴染めず、出来れば平民になりたいと思っていた。
それは叶いそうもないけれど…どこかの図書館や博物館の職員として働きたい。
前世で学芸員になりたかった私の———無理だとわかっていても———それが願いだった。

だからキラキラした見た目と肩書のゲームの攻略対象達は拝むだけで充分。
ヒロインが誰を選び、どんなルートに入ろうと関係ない。
でもできれば一推しの王太子ルートに入って…出来れば婚約者で悪役令嬢の断罪シーンを見てみたい。
そう願っていた、まさにその場面が目の前で展開されているのだ。

頑張ってこの学園に入った甲斐があった…
これまでの苦労を噛みしめながら私はその舞台を見守っていた。


王太子が艶のあるイケボで悪役令嬢の罪を読み上げている。
初めはキツい言葉を掛ける事から…やがて持ち物を奪ったり、水をかけたり、挙句には階段から突き落としたりとゲーム同様の事をやっていたようだ。
そしてその断罪が悪役令嬢だけでなくその父親、ウォーディントン侯爵にまで及び出した事で周囲のざわめきが大きくなった。
それまで学園内での揉め事だったのが…国家規模の犯罪へと広がったのだ。

…あれって確かサスペンスルートにあったやつだよね。
悪役令嬢の罪の証拠を得ようとして、ついでに父親の犯罪の証拠も手に入れてしまうやつ。

密売やら人身売買、挙句には他国への機密情報流しまで。
娘が王太子の婚約者であるのをいい事に、さんざん悪事を働いていたようだ。
それらをすっかり暴かれ———悪役令嬢のアンナ、そして父親のウォーディントン侯爵は力なく床に座り込んでしまった。

「この犯罪者達を連れていけ」
威厳のある声で王太子が命じた。


くー、カッコいい。
さすが将来の国王。
険しい顔も素敵だわ。

でも見どころはこれからなの。
それまでと一変して甘い表情でヒロインを見つめ、愛の告白をするのよ。
そのギャップが最高なの!
そして人目も憚らずヒロインを抱きしめ…二人は口づけを…キャー!

ゲームで見たスチルを思い出してしまい悶えてしまう。
…危ない、誰も私の事なんか見ていないとはいえ危ないヤツになってしまう。
私は緩みそうになる表情筋を引き締めた。



「…ランドルフ様…」
潤んだ瞳で王太子を見上げるヒロイン。
うう、可愛い。
女の私でも守ってあげたいと思ってしまう。
きっと王太子も———

「フローラ・ウォード」
だが、聞こえたのは冷えきった声だった。
「お前の罪状もここにある。何人もの生徒達を惑わした罪がな」

「え…?」
信じられないとばかりに、フローラはぽかんと口を開けた。
…私も今、彼女と同じ顔をしていると思う。

王太子は淡々と、フローラが学園の複数の生徒と親密な関係になっていた事…そのせいで彼らは婚約者達と不仲になり、中には婚約解消までいった者もいると告げていった。
そこに出てくる名前の中には聞き覚えのある———攻略対象も入っている。

なんてこった。
ヒロインは逆ハーを狙っていたのか。

このゲームでは同時に何人もの相手をするなど…そんな事出来ない筈なのに。

淡々と暴かれていくフローラのふしだらな行動に、会場内の空気がなんとも言えないものになっていった。
彼女の相手をしていたという子息達、そしてフローラの顔は真っ青だ。
…親達も同席する場であんな事やらこんな事まで暴露されてしまっては…おそらく勘当されてしまうだろう。


———あれ、じゃあ王太子と親しくしていたというのは…デマ?

「…私もさんざん纏わりつかれて迷惑だった。そのお陰でアンナ親子の犯罪が明らかになった事には感謝するがな」
王太子はため息をついた。

…つまりヒロインが一方的だったという事?
ええ…がっかりだよ。

せっかく乙女ゲームの世界に転生して、ヒロインとヒーローのうっとりするような甘いシーンが拝めると思ったのに。
それを見るために…こんな遠い所まで来たのに。

この一年…何だったのだろう。
私は急激に虚脱感に襲われた。

そんな沈んだ私の心とは裏腹に、学生達は王太子による断罪劇に盛り上がっていた。
…確かにカッコ良かったけど!
でも足りないの!ヒロインが!


「…とりあえず、寮に帰ろう」
呟くと私は会場に背を向けて歩き出そうとした。




「待ってくれ」
背後から声が聞こえた。

———ん、今の…私に?
思わず振り返る。

まるで前世にあった十戒のように、人混みがさあっと二手に分かれた。
その間から現れたのは…王太子。

え、何? 私に向かってきてる?!


いや、そんなはずはない。
だって全く面識はないし…向こうは私の事なんて…知らないはず…

だが王太子は私の目の前で立ち止まると、あろう事か膝をついた。
途端にあがる悲鳴のような、歓声のような声。

「クララ・ホワイトリー嬢」
あのゲームのスチルで見た、甘くて柔らかな表情の王太子が私を見上げていた。

「あのような見苦しい婚約破棄の直後にこんな事を言うのは失礼だと分かっているが…それでも言わせて欲しい。どうか私の婚約者になってくれないだろうか」

更に激しい悲鳴と歓声がホール中に広がる中。
私は頭の中が真っ白になった。
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